「失礼しまーす」
「ドアのノックは覚えたようだが、返事をする前に入ってくるな」
「いいじゃないですか。俺と風間隊の仲ですし」
「認めてはいるが、親しき仲にも礼儀ありと言うだろう」
風間さんは礼節わきまえる人だもんな。合う人には合うだろうけど、合わない人には合わないタイプ。割り切る人でもあるから、風間さんはその辺気にしないけど。
これでも隊員には優しいんだもんなぁ。弟なのに面倒みのいいことで。
「それで、何の用なんだ? ラボから出てくるなんて珍しい」
「引き篭もりみたいに言いますね」
「実際そうでしょ」
「なんだきくっちーてめぇ。模擬戦で揉むぞ」
「嫌ですよ疲れる」
「エンジニアの人間は特に多忙と聞いているからな。学校でも仕事の事を考えることが多いのだろう?」
「楽しいからってのもありますけどね」
誰に聞いたかなんて聞く必要はないな。この隊のオペレーターは三上ちゃんだし。宇佐美も良い後任を見つけたものだ。
「あれ? 流川くん来てたの?」
「三上ちゃん見っけ~。見かけないなと思ったら部屋の外にいたのか」
「ちょっとお手洗いに行ってて。私に用事?」
「うん。
風間さんの眉がぴくっと動いて、菊地原が隠すことなく嫌な顔をする。
「デートって何言ってんの流川さん。いろんな意味で頭おかしいよ」
「
「おっと三上さん?」
頭おかしくなったのかなみたいな顔して三上ちゃんを見るでない。自分の隊のオペレーターでしかも先輩なんだぞ。風間さんも誰に電話してんのさ。病院がどうとかやめたげて。
「それでは風間さん。行ってきますね」
「ああ。何かあったら連絡しろ」
「大丈夫ですよ。流川くんがついてますから」
「わかった言い直そう。流川に何かされそうになったらすぐに連絡しろ」
「もしや俺の信用ない?」
「え、あると思ってたんですか?」
「みんな流川くんを何だと思ってるんですか……」
この隊で味方してくれるのは三上ちゃんだけだ。歌川は間を取り持つような人間だから、味方ってわけでもないし。敵でもないけど。
「風間さんも菊地原くんも、もっと流川くんのこと信じてくれたらいいのにね」
「味方してくれるのはありがたいけど、三上ちゃんが思ってる程俺は良い人じゃないからね?」
「どう見えるかは人それぞれ。私にとっては良い人だよ?」
「物好きだなー。入りたての頃に相談乗ったくらいなのにさ」
「それが大きいの」
三上ちゃんが入ったのは1年半くらい前。その頃のボーダーは成長中だったし、今みたいにそれぞれの教育体系が確立してなかった。分かれてはいても、どこも経験が浅いから仕方ない。先輩オペレーターも数がそう多くなかった。
だからまぁ、基本的な扱いとかは学校みたいに教えるんだけど、教える人も足りなくて俺も駆り出されたというわけだ。三上ちゃんはその頃に教えた人の1人。
「流川くんは努力家だから」
「努力家じゃなくて天才だから。ここ大事」
「ふふっ。そうだったね、ごめんね」
「……作るからにはテストもしないといけない。それの事を把握できてないといけない。だから全部習得しただけ」
「それができる人って少ないんだからね?」
太刀川さんとか、当真さんとか、出水とか。一芸に特化してる天才には及ばない。
「出水みたいな天性はないよ。理論上可能だからってコソ練してた合成弾を、あいつは『やってみたらできた』ってすぐに完成させたし」
「悔しがってたよね。でも、流川くんもすぐに覚えたじゃん」
頭を下げて教わりましたよ。出水相手に頭下げるのなかなかにメンタルに来たけどな。
「今日はどこに行くの?」
「ちょっと遠いとこ。バイクで行くから」
「…………私制服なんだけど?」
「大丈夫。俺も制服」
「そこじゃなくて! その、スカートが……」
「下に体操着のズボン履いてないの?」
「……うん」
顔を赤くした三上ちゃんがこくりと頷いた。マジですか。そんな女子もいるんですか。結束だって遥だってスカートの下に履いてるって言ってたのに。それが当然だと思ってたからこれは油断した。
「んー、車の免許は年齢的に持ってないしな。ラーメンは食べに行きたいし」
「お店どの辺り?」
「ここ」
端末で地図を見せる。これから行こうとしてる店は、駅からは遠いしバス停に近いというわけでもない。駐車場がそれなりにあるから、行く人は近場の人か車両で来る人ばかりだ。
「……座り方次第では大丈夫かな?」
「バイク以外の手段を考えてなかった俺が言うのもなんだけど、正気?」
「私も
「脚と車体で挟んで、あとは引っ付けばたぶん……」
「今日奢ってね」
「それはもちろん」
ラーメン欲が勝ったらしい。駐車場まで移動して、ヘルメットを三上ちゃんに渡す。カバンはサイドバックに……カバンでスカート抑える手もあるのでは?
「もし落ちちゃったら大変でしょ?」
「せやかて工藤」
「工藤じゃないよ」
バイクに跨り、後ろに三上ちゃんを乗せる。少しすると準備ができたのか、腹の前に三上ちゃんの腕が回された。背面ほぼ全体が三上ちゃんと接してる。胸に関してはノーコメント。三上ちゃんはAカップなのだ。
ボーダーからその店までの道は覚えてる。人を後ろに乗せて走るのも初めてじゃないし、三上ちゃんが後ろに乗るのも初めてじゃない。けどカーブの時とかはちょっと怖いみたいで、腕の締め付けがその度に強くなってた。
「到着。スカート大丈夫だった?」
「う、うん」
「バイクは慣れない? これからは違う手段で行ける店探すよ」
「そ、そこは大丈夫。後ろに乗るのも、楽しいし」
そう言った三上ちゃんがバイクから降りて、ヘルメットを外す。俺も降りてヘルメットを預かり、バイクにあるフックにそれぞれ引っ掛けた。
(無反応だと、ちょっと自信失くすなぁ……)
「三上ちゃんどれ食べる?」
「流川くんは味玉だよね?」
「もちろん。よく当てたな」
「これあったらいつも頼むじゃん。じゃあ今度は、私が何を食べるか当ててみて?」
「えー」
ぶっちゃけ三上ちゃんも味玉なんだろうけど、ここで味玉って言うとなんか揶揄われる気がする。そうなると味玉以外のメニューにしないといけない。チャーシュー麺はない。
絞り込んで決めよう。
「お子様ラーメン」
「これ私怒っていいやつかな?」
「胃が、小さいわけだし?」
「目が泳いでるよ? ふふっ。入ろっか」
「三上ちゃん何頼むか決めたの?」
「うん。流川くんと一緒のやつ」
やっぱり味玉だったよ。さっきのやり取りなんだったんだ。
「そういや、ラーメン食べに行くのをデートって言って隠す必要ある? 風間さんたち勘違いしてるでしょ」
「だって……とんこつラーメンが好きって知られるのなんか恥ずかしいし」
「それでデートって隠す意味!」
「男女2人だもん。デートでしょ?」
「その気もないくせに」
「あるよ」
「ん?」
今なんか聞き間違えた気がするな。菊地原みたいな耳の良さだったらちゃんと聞き取れたかもしれないのに。
「私流川くんのこと、好きだよ」
「……友達としてだろ」
「……もう、少しくらい焦ってくれてもいいのに。どんどん自信なくしちゃいそう」
「三上ちゃんは可愛いぞ。俺が保証する」
「流川くんに言われても……。でも、ありがとう」
本当のデートかぁっていう三上ちゃんの呟きは、聞かなかったことにした。