────例えば、空に浮かぶ星に手を伸ばしても決して届かぬように。
陽炎の幻には決して辿り着くことが出来ないように。
理想というものは、いくら胸に抱いたところで手は届くことはない。
それを求めるのは、光のない洞窟の直中(ただなか)を出口を探して彷徨い歩くようなものだ。
そして私も今、その暗い穴の中にいる…………
分厚い壁に囲まれ、一筋の光さえ見えない深く長い終わりの知れない果てしなく続く闇の中に────
「いっやああああッ! オレには無理なのってだからっ! 鬼なんてたおせないよっ!!」
「そんなことないっ、善逸は凄いよっ! 前の鬼も一瞬で頸を斬ったじゃないかっ!」
黄色い髪の少年と墨色の髪の木箱を背負った少年が人里離れた山間を歩く。
「あれは寝不足でウトウトしてたからっ! 運が良かったからっ! たまたまなんだよっ! いつもあんなこと出来るわけじゃないのっ!!」
「それでも凄いっ! 善逸はやれば出来るんだっ! 練習すれば自在に使えるようになるかもしれないっ!」
「あ〜〜〜〜っ、ごちゃごちゃウッセーなぁっ! 餡蜜も豚児郎も弱味噌なんだよっ! 強くなりたきゃ俺様みたいになりやがれっ!!」
猪頭の上半身裸の少年が怒鳴り付けている。
月明かりが照らす夜の帳。
その奇妙な組み合わせの三人は鬼殺隊である。即ち鬼狩り。
この山野の何処に鬼が居るので討伐せよ、と指令が下った。故に三人は向かったのだが────。
「あれ? なんだこれ。白いのが降ってくる。雪? こんな時期に?」
見上げる曇天の闇空からフワフワ降り注ぐ幾つもの白いもの。
「!? 嫌な臭いがする…………善逸っ! それに触れたらダメだっ!!」
「えっ」
手の平の上で綿毛のようなモノが弾けた。
「あがぁっ!? か、身体が…………痺れ、て…………っ!」
「な、なんだコレっ! …………ビリビリ、しやが、るっ!」
「し、しまったっ! これは鬼の攻撃だっ! この粉みたいなやつに触ると弾けて毒が身体中に廻るんだっ!!」
「うっふふふ。誰が来たかと思ったら可愛い坊やたちじゃない♡」
暗闇の空から翅を羽ばたかせ降りてくる異形。
綿毛のようなモノで局所を少しばかり覆った大胆な格好をしたほとんど裸に近いグラマラスな美しい妖艶な女。頭には二本の触覚、その背中からアゲハ蝶のような大きな翅から巨大で不気味な眼玉がギョロリと見下ろしている。
舞い落ちる白い粉は羽ばたく翅から発生していた。つまりこれは鱗粉。この鬼の血鬼術であるのは間違いない。
「…………くっ! 匂いが風上で感知するのが送れたっ! まさか空から襲ってくるなんてっ!」
「…………ああああ、お、おパイがががが、おおおおおっきな、おパイイイイイ様がが、まままままるっと丸々お見えににににににィィィィィィィっっっ」
「…………ち、ちっくしょうおおおっ! 腕が、言うこと…………効か、ねえっ! 脚も、痺れ…………て、動か、ねぇ…………っ!!」
三者三様同じく這いつくばり身体に廻った毒で痺れ、まともに動くことすらままならない。
「あはっ♡若い人間の肉は美味しから今夜は当たりだわね♡誰から頂こうかしら♡」
異形の鬼の女がひらひら浮かび飛びながら舐めるような悍ましい視線で見下ろす。
まずい…………っ! このままでは…………っ!
────"虚(うつほ)の呼吸 壱ノ型 影楼正鵠"(かげろうせいこく)
大気が震えた。
影。
夜の常闇よりも昏い影が一直線に空を切り、疾る。
鬼の背中に生えた翅が真っ二つに引き裂かれ千切れ飛んだ。
「きゃあああああああああああああっっっ!!?」
翅を失った鬼がバランスを無くして地面に墜ちる。
暗がりの向こう、何者かが黒い太刀を携え姿を現した。
「…………鬼の気配を辿って来てみたが…………」
白い。
雪のように真っ白な女の人。
白染めの長衣に藤色の行灯袴。巫女装束。
幽鬼さながら氷のような冷たさと凍えるような眼差し。
なんて哀しい匂い。
墨色の髪の少年は感じ取った。
そして同時に恐ろしい匂いも。
鬼だ。この女の人は鬼だ。
でもこの人からは人の血の匂いがしない。ただ鼻が痛むくらい色々な他の鬼の匂いがたくさん入り混じっている。
それにさっきこの人は呼吸を使っていなかったか? 見たことのない技の型だった。凶々しい力だった。それも自分と同じく黒刀から。鬼なのに呼吸を使う? 鬼が鬼狩りをしている? この人は鬼殺隊なのか? 鬼なのに? あ、禰豆子も鬼だった。
「あ、あなたは…………?」
刀を手にして地に落ちた鬼のもとに歩む白すぎる女に問う少年。
「…………む? 子供が…………日輪刀? この子供らは鬼狩りなのか」
女が足を止め向き直る。蹲る少年らに今更に気付いたようだ。
仄かに差す朧月の光りを背に浴びた女はあまりにも幻想的であり、この世ならず幽幻の世界、黄泉から舞い戻った亡者にも思えた。
少年は息をするのも忘れて魅入った。
その美しさに。
その冷気を宿す青い瞳に。
その哀しさに彩られた儚げなさに。
今にも淡粒となって溶け消えてなくなってしまいそうな。
少年は手を伸ばして差し出していた。
消えないように。溶けてなくらならないように。繋ぎ止めるように。
「ん? …………鬼の毒で動けないのか。放っても死に至るものほどではないが…………まあいいだろう」
女、幽螺魏は少しばかり考え、少年の差し出した手をその青白すぎる細手で引き上げようとし────
白い粉塵が吹き荒れ巻き上がった。
「アアアアアッ! よくも私の美しい身体に傷をつけたなあぁっ! 殺すっ! 腹ワタ引き摺り出してやるウウウウウウッッッ!!!」
異形の鬼の女が背中の斬り落とされた翅を修復しながら羽ばたかせる。赤目を血走らせ牙を剥き出し叫んだ。