「人間っ! 肉肉肉ウウウウウウウウッッ!!」
「食わせろっ! 食わせろっ!! 食わせろおおおおおおおおッッ!!」
鋭い爪を振り上げ、醜く裂けた口から涎を垂らし牙を剥き出した鬼ら。
「…………クソ鬼どもが。そんなに食いたきゃ食わせてやるぜ」
襲い来る鬼に悪態を吐くザンバラ髪を刈り上げた頭、体格がある少年。左手に二連砲筒の散弾銃を構える。
「たっぷりと鉛弾をよおぉっ!!」
ズガアアアンンンンッッッ!!!
撃ち放たれた幾つもの礫(つぶて)の弾丸。飛び掛かる鬼らの身体に命中し、肉を抉り削った。
「うぎぇぇえええッッッ!!?」
「.ごばぁあああっっっ!!?」
頭もろとも半身を撃ち抜かれた鬼らの身体が崩れる。通常ならばこの程度の裂傷などすぐに再生してしまうのだが、再生出来ずに苦悶の叫びを上げる。
「苦しいか? クソ鬼ども。こいつの弾には日輪刀に使われる玉鋼をふんだんに混ぜ込んであるからなぁ。オラァッ! たらふくおかわりくれてやるぜぇっ!!」
ガアアアンッ!! ガァアアンッ!! ガアアアァァンッ!!
続け様に撃ち込まれた無数の銃弾に身体中に風穴を空けられ鬼は断末魔を上げ塵芥となった。
「…………これで鬼は全部倒したか? にしても随分弱っちかったな」
右頬から大きな傷があるモヒカン頭の少年、不死川玄弥は散弾銃の弾を入れ替え訝しむ。こんな雑魚鬼程度に何人も鬼殺隊士がやられたというのか? おかしい話だ。
玄弥は銃を構え周囲を警戒する。この場所は岩肌が連なる山裾の中腹。辺りには細い枯れ木があるだけで身を潜めるには向かない。
恐らく本命は別にいる筈だ。油断なく岩山の荒地を進む。
ガクンッ!
唐突に態勢を前のめりに崩す玄弥が目を見張る。その脚には岩の塊りの人ような手で鷲掴まれていた。
岩肌から人の形の半身が浮き上がっている。そいつがニヤァと不気味に嗤った。
鬼っ!!
すぐ様、散弾銃をぶっ放し、岩が木っ端微塵に破壊される。
だが手応えがない。逃げられた。
「チッ! 野郎っ、何処にいきやがったっ!?」
玄弥は周囲を見廻す。ズキリと掴まれた足が酷く腫れあがり痛む。どうやら折られたようだ。反撃が遅かったら片足をもぎり取られていたかもしれない。
銃をいつでも撃てるように構え思考する。
今のは何だ? 姿が見えなかった?岩場と同化していた? あの鬼の血鬼術か?
「げっげっげっ。また鬼狩りが殺されに来た。お前で5人目だぞ。どいつもこいつも、おれの腹の中におさまった」
何処からともなくカサついた嗄れ声が聴こえる。
「テメエ…………コソコソ隠れてんじゃねえっ! クソ鬼っ! 姿見せやがれ、この根性無しの臆病もんがっ!!」
「げっげっげっ。つまらん安い挑発だ。馬鹿正直に姿見せるものか」
玄弥の挑発を馬鹿にしたように嘲笑う鬼。伊達に鬼殺隊士を返り討ちにしてはいない。
「!? 後ろかっ」
玄弥の首辺りにヌルリとした生暖かい風が吹き付ける。瞬時に身体を捻りその場から飛び退く。
刹那、細長い何かが狙いを逸れて地面を抉りつけ岩盤を穿った。
地面を転がり振り向き様に散弾銃を連射する玄弥。
岩場を次々と穴だらけにする。
「げっげっげっ。当たらない当たらない。矢でも鉄砲でもおれには当たらない」
岩が砕け粉塵が舞う。ビュッンと何かが伸び玄弥に迫る。
「チッ!」
日輪刀を抜刀し弾く。ガキィンと金属音がなり、シュルルルルルと細長いそれは触手のような硬い槍先を持つ。見えない何かに巻き取られ岩場の辺りに戻っていく。
すかさず散弾銃を撃ち銃弾を叩き込む。岩が散弾で砕かれるが当たった感触はない。
玄弥の反対側から風切る音が鳴る。
「こっちかっ! めんどくせえっ!!」
日輪刀を振るい、伸びしなる触手の矛を弾いて防ぐ。
何かがいるのが判る。違和感。そこだけ何らか空間が歪んでいるのだ。
ただ姿が見えない。岩場というわけではない。あれは周りの景色に同化している。
「げっげっげっ。感がいいヤツだ。今までの鬼狩りとは違うなぁ。お前みたいな強いヤツを喰えばおれはもっと強くなれる」
ビュッンビュビュッビュビュンッ、次々とあちこちから槍先が貫かんと襲いくる。その都度に身を躱し日輪刀で防ぎ銃を撃つ玄弥
だが手応えはなく一方的に玄弥の肉体は傷を増やしていくばかりだ。
「はあっ、はあっ、はあっ…………クソが…………何処から来やがる? 右か? 左か? 下か? それともまた後ろか?」
荒い息を吐き出す玄弥。姿を隠しながら攻撃する鬼。面倒なやつと当たっちまった。愚痴りながら鬼の一挙種一同を見逃さんと鋭い視線で気配を探る。
ヌルリとした強い殺気を帯びた風が吹いた。
「上だっ!!」
真上に銃身を掲げて散弾を撃つべく引き金を引く。
ガキン。
空鳴る銃身。
弾切れっ!? やばい。撃ち過ぎたっ。
「げっげっげっげっ! 馬鹿なヤツだっ! 死ねえっ!!」
「糞がぁあああああっっっ!!!」
身を反らし躱そうとする玄弥。だが、うねり伸びる鋭い触手の穂先が肩を抉り背中から身体を深々貫いた。
「がはぁっっっ!!!」
「げっげっげっ。勝負あったな。おれの勝ちだぁ、鬼狩りぃ」
玄弥の身体を貫く触手を裂けた口からヌラリと伸ばす鬼。透明な空間から姿を現した。
ギョロギョロと左右非対称に回る飛び出た丸い眼玉。触手は裂け広がる口から伸ばした赤い舌。猫背で背中がコブのように歪んで盛り上がった醜い鬼がせせら嗤う。
「…………それがテメエの姿か。思った通り酷え成りしてんな。ごふっ!」
「げっげっげっ。負け惜しみか、死に損ない。さてどうしてやろうかあ。バラバラに引き裂いて食いやすくするか? このまま生きたまま貪り食ってやろうか? どっちがいい? 選ばせてやる」
身体を貫かれ大量の血を吐きながらも余裕そうにする玄弥。しかし出血が酷く顔面は蒼白。長くは持たない強がりと解る。
鬼は自らの勝ちを揺るぎなく確信して嗤う。最近自分を殺しに鬼狩りどもがやってくる。普通の人間を食らうより鬼狩りを食らう方が力が増す。この調子で鬼狩りを殺していけばそのうち柱も来るだろう。
今回来た鬼狩りは柱では無かったが、それなりに力を持った人間だ。そこそこ腕は立ったが己れの相手ではなく、結果はご覧の通り。
「げっげっげっ。お前は呼吸? とかいう技は使わないのか? 鉄砲ばっかりアホみたいに使いやがって」
「…………ああ、そうだ。俺は呼吸が使えねえ情けねえ鬼狩りなんだ。いつも他の奴らの足引っ張っちまうんだ。だからよ、俺には俺にしか出来ない方法で兄貴たちの役に立つんだよおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」
玄弥が雄叫び、身体を貫いた鬼の舌を鷲掴み齧り付いた。
「なにぃっ!?」
万力で挟み込みんだかブチブチブチと鬼の舌を噛み千切る。異常なほど顎の力と尋常ではない硬質の歯牙。舌と言っても鬼の体の一部分。人間が噛み切るなどあり得ない。
そしてさらに信じられないことに噛み千切った肉片を飲み込んだのだ。
「ぐっ…………ガアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァッッッ!!!」
鬼の肉片を喰らった玄弥。目がドス黒く染まり牙を剥き出し身体中にビキビキと血管が走り筋肉が巌のように変貌する。
その有り様はまさに鬼。
玄弥は鬼の血肉を喰らい自らを鬼と等しい力を手にし、身体を貫く舌の触手をそのまま力任せの怪力で引き千切り分断した。
「ぐっげぇぇえええぇぇえええッッッ!!?」
ブシャアアアッと血の雨が降り注ぎ、玄弥は頭から真っ赤に染まる。岩場にドチャッと赤い塊りが叩きつけられた。
「ウガアアアアアアアアアアァァァッッッ!!!」
貫かれた傷がたちどころに塞がり、舌を毟られタタラを踏んだ鬼目掛けて日輪刀を突き刺した。
「ぎゃあああああああああああああッッッ!!!」
そのまま後ろ手に吹き飛び岩場に叩きつけられ、刺さった刀ごと縫い付けられる鬼。
「ハアッ! ハアッ! ハアッ、ぐううぅっ! …………ちっ! もう鬼化が終わっちまったっ」
玄弥の黒い瞳が元の色味を戻す。鬼食いの効果はその時々で一定ではない。食らう鬼と食らう血肉の量で様々だ。強力な力を得るが、誰でも出来るわけではない。
それに食らい過ぎると自身を鬼化から戻れなくなる。そうなったらおしまいだ。まさに諸刃の剣。
「くそッ! 頸を斬らねえとっ! まだ死んじゃいねえっ」
大量の失血、急激な鬼化の反動が玄弥を襲う。岩に貼り付けられた鬼が身をよじり抜け出そうとしている。
まずい。早くぶち殺さないと。何で俺は日輪刀ぶん投げたんだ、と悔やむ。鬼化すると凶暴になり思考が定まらなくなる。散弾銃の弾を補充しようとして、落っことしてしまう。
慌てる玄弥。鬼は血反吐を吐きながら自分の体から日輪刀を引き抜こうともがく。
意識が漠然として足が絡れ転ぶ。
「ちくしょうっ! 何やってんだ俺っ!」
鬼が自分の身体半分を自ら日輪刀から切り離そうとしている。夜明けまでまだ時間がある。陽が昇るまで悠長に待つなど言ってられない。
逃げられちまうっ!
その時、鬼が縫い留められている岩場に横一線に疾る黒い陽炎の揺らめき。
踠いていた鬼の動きがピシリと止まる。素っ首がズレ落ち、身体ごと灰となり散っていく。
数瞬、遅れて岩も断たれ、滑らかな切面を覗かせ落ちる。
払われた黒染めの太刀。
白衣装束の女が佇んでいた。