解けない魔法を塗り替えたい   作:ゴマ醤油

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 虹原と話してたあの日から早数日、私の心は平穏という怠惰に不満を抱き始めていた。

 

『──君が夢を追い掛けない理由(いいわけ)にしかならないはずだ』

 

 黒板をぼんやり眺めていようが学校で誰かと話していようが浮かんでくるあの時の言葉、それを自分の中から振り払おうと何度も何度も努力してみた。

 でも、そう上手くはいかなかった。忘れようとしても、その後にはより強くこびり付てしまう。どこぞの三流小説にありそうなくらいには安っぽい未練。けれど、どうしようが脳裏から離れてはくれなかった。

 

 呆れたものだ。散々アイドルに難癖付けてきたのに、いざ言葉を掛けられればころっと流されてしまう。そんな自分がどうしようもなく嫌で、子供の頃からなんら変わらない──刻が止まったままなのを自覚させられる。

 

 ……確かに私は悩んでいる。ああ、それは認めよう。

 かつて折れてしまった自身の夢。例え不慮の巡り会いによるが関係しているとしても、揺らいでしまっているのは事実。ほんの僅かでもそういう欲があることに間違いは無いのだ。

 結局、ぐちぐち悩んでいても仕方が無い。そういうのはもっと思慮深くて決断できる人がやることだ。

 

 ──だから試しに来た。ようやく今更になって、自分と向き合う気になったのだ。

 訪れたのは決して広くはない個室。様々なCMを流れるテレビとマイクを使うだけの場所──カラオケだ。

 

「……とりあえず一曲入れるか」

 

 カラオケに来るのなんていつぶりだろうか。いくつだったか公園や河川敷が物足りなくなってからは、少ないお小遣いの大半をここに使っていた気がする。少なくとも、高校に入ってからは来た憶えがない。

 呆れるほど無我夢中に歌っていたあの頃を思い出しながら、付属のタブレットを弄り曲を入れていく。

 

 目的は一つ。自分が今歌うことについて思っているのか──それを確かめたかった。

 私みたいな面倒くさい女にはこれくらいシンプルな方法がお似合いなのだ。少なくとも、このまま心にむかむかを買っているよりずっとましなはずだ。

 

「……マイクなんて久しぶりだ」

 

 馴染みのあるイントロが流れ始め、ゆっくりと腰を上げる。

 マイクを握る手に力が入って仕方が無い。まだ音は取れるのだろうか。曲に乗れるのだろうか。──今の私は、歌うときに笑顔でいられるのか。

 軽快なメロディーと共に少しずつ、少しずつ声を出すタイミングが近づいてくる。何の緊張か、ごくりと唾を呑んで落ち着こうとする。

 

 ──そしてその瞬間は、運命の一瞬が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 建物に入り、社員だと思われる人の後ろを就いていく形でゆっくりと歩を進める。

 一歩進むごとに緊張と不安が強くなる──それでも、その感情は何処か心地良いものであると感じていた。

 

「ちょっとここで待っててくださいね~」

 

 後ろに波線でも付いてそうなくらい緩い口調の彼女が先に部屋に入るのを確認し、一回溜息を吐く。

 何でかどっと疲れた気がする。昔ならこのくらいなんて事無かった気がするし、メンタルは弱くなったなと切実に思える。

 そんなしょうもないことを考えていると、すぐにドアが開き先程の女性が顔を覗かせる。

 

「お待たせしました~。こちらにどうぞ~」

 

 彼女の言葉に従い部屋に入る。

 会社のオフィスにしては妙に生活感のある空間。あえて例えるなら、ルームシェアの共用スペースみたいものか。ルームシェアとか見たこともないけど。

 ともかくそんなふわふわした部屋のに置かれた机──ここだけ世界が違うかのように仕事してます間を出しているデスクに目的の人物はいた。

 

「翼さ~ん。お客様ですよ~」

「──はづきさん。ありがとうございます」

 

 私を虹原まで誘導した後こちらに軽く手を振り、ソファに寝転がるはづきさんと呼ばれた女性。

 ……休憩時間だったりするのだろうか。だとしたら、わざわざここまで案内してくれたのにはすごい感謝しなきゃな。……さて──。

 

「──久しぶり……というわけでもないか」

 

 最後に会ったときと変わらない爽やかな笑顔を向けながらこいつはそう口にした。

 こっちとしては随分と日が空いたように感じていたが、虹原的にはそうでもなかったらしい。なんだか悩んでいたのが馬鹿らしくなってくるが、それは置いておくことにする。

 

「それで、ここに来てくれたということは──」

「……ああ。……まあなんだ。やってみることにしたよ」

 

 しどろもどろになりながらそれでもはっきりと、導き出した解答をこいつに告げる。

 

 結局、あの時歌って感じたのは歌う事への快感──楽しいという気持ちだった。

 あれほど忌避感を感じながら、いざ始めてしまえば次へ次へという貪欲な欲求が次々と湧き上がり、気づけば3時間くらい一人で歌い、途中から軽くダンスも入れるほどに熱中していた。

 やはり私はどうしようもなく歌い踊ることが──あの輝きを追うことが好きなのだ。散々目を背けてきたその本音を受け入れざるを得なかった。

 

「ただし条件が二つ。それが呑めないのならこの話は終わりだ」

 

 私の言葉を聞いてほっと一息つきたそうにしていた虹原に向かって指を二本立てる。

 

「まず一つ目。私は基本ソロでやりたい。だからよっぽどのことが無い限りユニットは組まねえ」

「そして二つ目。もし私がもうこれ以上輝きを伸ばせない、ここが限界だとちょっとでもそう思ったなら隠さずに言え」

 

 それは至高の星を目指す故で必要不可欠で譲れない要素。私の理想である一番星(アイドル)──日高舞を目指すというのだからグループは組む気はない。まあ、心変わりする可能性も幾億万分の一くらいにはあるかもしれないので絶対とは言わない。調べた限りでは今現在、ここに所属しているアイドルは皆ユニットを組んでいるようだし。

 そして、もう一つは私の弱い部分をお強引に補強するため。──そして限界が来たときに自分を納得させるための条件だ。

 

「……ならこっちからも一つ。いいかな?」

 

 おもむろに口を開いた虹原の言葉は、私の予想とは違うものだった。

 

「君と俺。二人両方が折れない限り、夢に向かうのを諦めないでほしい」

 

 私に目をしっかりと見てそう言った虹原の表情は、随分と優しいものだった。

 それは簡単なようでいてどうしようもなく難しいであろうこと。私が投げ出さないための鎖に近いと思えてしまった。

 ……それでも少しだけ、ほんの僅かだけど気持ちの昂ぶりを抑えきず頬が緩まるのがわかる。

 私にとってはそれぐらいで丁度良いのかもしれない。ちょっと我に返って逃げ出すような根性なしにはこのくらいの重りが必要なんだろう。

 なら私も覚悟を決めよう。幼子のような少女の夢と、私よりも私を信じるこの男の根比べだ。

 

「……言ったからには付き合ってもらうからな」

「──ああ!! これからよろしく!!」

 

 差し出された手を握る。──それがこいつとの始まり。私が進む苦難の幕開け。

 これから私はどうしようもないくらい苦労するだろう。幾度となく、理想と自分の差に嫌気が差すのだろう。それでももう止まらない──止まるつもりも一切ない。一度導火線に火を灯してしまうのと同じで、この気持ちと執着は燃え広がるだけなのだから。

 

「……そういえば、名前を聞いてなかったな」

「そうだっけか。──なら、改めまして」

 

 そう、ここから始まるんだ。私の──。

 

音無夢唯(おとなしゆい)だ。よろしくな、プロデューサー──!!」

 

 音無夢唯の物語。一度折れた夢に向かう、私の物語は──。

 




 これで終わりです。後は書きたくなったらキャラとの一幕を書くかもしれないです。
 この世界は全部の事務所が存在する謎時空です。よって時系列もある程度弄っていたりしていますが気にしたら負けです。
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