鬼舞辻無惨には、弟至上主義の兄上がいる   作:ふるふる

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読んで貰った友人から「お前のジメッとした性格が出て暗すぎる。1.5話でギブアップ」と言われてブリリリイッてなったので、兄上の陽キャ度を上げました。語尾に!マークを多用して、あべしとか言って潰れる中年になりました。(陰キャの想像の限界
それに伴い、ちょこまか全話(2話しかない)の描写を弄りましたが、大筋(2話しかない)は変わっていません。
あと今回鳴女にしようと思って検索したら、「メタルモンスター」って出てきてビックリしました。ワニ先生しゅごい…



鳴女

 鳴女は血鬼術で波止場の一部始終を把握していた。もちろん三人を滞りなく転移させる為だ。

 兄上は慣れた二人とは違い、一瞬の空間移動を受けて楽しそうにクルリと周囲を見回した。彼の視線の締めくくりは板間に座した鳴女だったので、彼女は軽く会釈した。

 すると、何故だか兄上の相貌がでれっと崩れた。品のいい造形が台無しだった。女好きの浮かべるそれに近い──いや、そのものと言っていい表情だった。

 彼は品よくゆったりと、しかし脇目も振らず鳴女の前までやって来ると、洗礼された所作で片膝をついた。大柄な身体から大きな手のひらが鳴女へと差し出される。

「俺の名は無情。美しい黒髪の君、名を聞かせてくれ」

 熱のこもった生き生きした瞳に見つめられて、鳴女は似てないな、とだけ思った。彼は日々の喜びを見い出すのが上手い質に見受けられた。

「鳴女と申します」

「ああ鳴女、お前は声まで美しいのだな。目にも耳にも麗しい」

 淡々と返せば、情熱的に囁かれる。

「お褒めいただき光栄です」

「蓮の花のようだと言われたことは?」

「ございません」

「では、極楽浄土の清き花を最初に手折るのは、この無情だ」

「夫が居りました」

「ああ、地獄で最も忙しい男。極楽を逃した回数を数えるのは大変そうだ」

 ふと、鳴女は予感を覚えた。この流れるような熱烈な返しが、延々続く予感だった。

 彼女は自然な仕草で長い前髪を払い、隠れていた大きな一つ目を主張した。

「過分なお言葉、恐れ入ります」

「ほう、吸い込まれそうな瞳だ。この煌めきを葉影に隠していたなんて、罪な花だな」

 兄上は一瞬の躊躇もなく距離を詰めて来た。鳴女の単眼に、甘くとろけた男らしい顔立ちが映る。

「もっと近くで愛でさせてくれ、美しい鳴女よ」

「……お戯れを」

 彼女は絡み合った視線を板間へと滑らせた。

「決して戯れではない。俺の口は君の魅力で真実しか語れぬようになってしまったのだから──」

 日本人離れした賞賛が次々繰り出され、鳴女の身が後ろへ後ろへと傾いていく。彼の差し出された手が琵琶に添えられた彼女の手を取るのも時間の問題に思われた。

 仕事道具に触られるのは頂けない。鳴女はそうなる前に無惨へと視線を逃した。彼女は思考を読まれる事に少なくない羞恥を感じていた。

「──船を持ってこい」

 無惨がおざなりに命じた。黒死牟との会話が上手いこと終わった瞬間だった。

 仕事である。人外の聴衆を前に、鳴女は意識を切り替え、密やかに息をついた。人間だった頃も、鬼になった今も、この瞬間の緊張は変わらない。

 ──ベン、ベン、ベベン、ベン。

 無限城にて、独演である。

「貴様の女の趣味は相変わらずおかしい」

「ハッハッハッ! お前も彼女の美しさに惹かれているだろうに。この兄のように正直な男になれ!」

「はっ。強引過ぎる男は嫌われるのだと偉そうにご高説垂れていたのは、どこの誰だったか」

「ん? あんなの軽い挨拶じゃあないか。フフ、無惨はまだまだ子供だなあ」

「……異国暮らしが長過ぎたようだな」

 兄弟の会話を聞き流しながら、鳴女は琵琶をかき鳴らす。遠い場所ほどいくつも空間を経由するから、音色を重ねねばならない。

 四人の鬼を、板間の和室から、空虚な巨大倉庫へ。倉庫の地面を大きくこそげ取ってから、遠く、波止場の多量の海水とともに、手際良く異国船を転移させる。

 見上げるほど高い天井からの僅かな光量に照らされて、巨大倉庫に大きな船影が浮かび上がった。帆を畳んだ立派なマストがギイギイと軋む。強烈な磯臭さが鼻腔をついた。

 無限城は、今日も完璧に彼女の管理下にあった。

「──なんと素晴らしい能力だ! 美しい鳴女よ、お前ならばその有能さで、真実我らを極楽へと運べるのではないか?」

 兄上がほぅ、と感嘆の吐息を漏らしてから言った。

「ありがとうございます」

 鳴女は今度こそ素直に、彼の手放しの賞賛を受け取った。

「これほどの転移能力は千年無かった。習熟期間の短さを考えると、これでまだ研鑚する余地がある」

「誠に見事な成長……行き着く先が……楽しみな能力です」

 無惨が鼻を高くし、黒死牟が真摯な同意を添えた。

「大陸を旅するのにうってつけの能力──たわばっ‼︎」

「やらんぞ」

「は〜あ、むざ──うぼべっ‼︎」

 食い気味の拒否だった。復活した兄上はワザとらしく眉をハの字にして大袈裟に肩をすくめたので、すぐさま肉塊に戻った。

「成果を出してからものを言え。そもそも、私は出奔を許していない」

 弟が鬼腕を振るう度、グチャッ、グチャッと臓物が飛ぶ。鳴女は転移時にキチンと黒死牟の斜め後ろを陣取っていたので、汁の飛び散り被害を免れていた。

「……まあ、いいか」

 気が済んだのか、無惨は鬼腕を戻しながら考える素振りをした。

「鳴女の成り損ないをくれてやる。能力は期待外れだったが、やる気だけはある奴だ」

「ああ無惨! 優しい弟を持って兄は嬉し──てべぼっ‼︎」

 抱き着こうとした兄上が再び潰れだしたので、彼女の前に立った黒死牟がハッキリと眉を顰めた。珍しい事だと鳴女は思った。

 

 下働きをする鬼たちを転移させてしばらくしても、荷下ろしは長いこと終わらなかった。太平洋を渡る大型帆船だ。船員の大部屋を除いても、船室はまだ多く、そこにはギッシリと積荷が詰まっている。

 倉庫のあちこちに、大小様々な木箱が山積みになった。それを兄上が分別し、無惨と黒死牟が見聞し、行方の定まった物から、鳴女が琵琶で処理していく。

 丸や三角のフラスコが詰まった箱が沢山、丁寧に梱包されたガラス器具の数々、最新の顕微鏡が数台、異国の本が数えきれぬほど、植物の種が種類で小分けされた袋が幾つも、腐葉土が詰められたズタ袋もある。極彩色の鳥の羽や、見慣れぬ動物の剥製。凶々しい仮面や、得体の知れない液体が揺れる瓶。羊皮紙に綴られた各地の詳細な地図、緻密なカラクリの設計図、美しい装飾の楽器類、何者かとの契約書、手紙、宝石や貴金属、銀食器、干果物、乾いた草花、瓶詰めの死骸、生きた昆虫、生きた小動物、生きた人間……。

 荷はまだまだ船内にある。

「それは植物学者だ。これは医者。あちらのも医者だな。あれは数学者、あれは人殺し。ああ、あっちのはカラクリ職人で──」

 船に残っていた不運な船員以外にも、手足を荒縄に括られた異国の人間たちがゾロゾロ連れ出された。倍もいる女性や子供は、兄上が指を差して紹介する学者や医者の人質だという。

「いやあ、参ったぞ。南蛮には我ら鬼に似た妖の伝承があって、抵抗激しいのだ。航海の間にも何人か自死してしまった」

 もったいない、と兄上は凛々しい眉をハの字にして嘆いた。

「死んだ者の人質はここで分けておけ。無駄は嫌いだ」

 無惨の手が犬を払うように動いた。下働きの鬼たちが働く手を止めないまま、猿轡を嵌められた南蛮の女子供に向かって舌舐めずりをしている。

「なあ無惨、子供は残そう。頭の良い親を持った子たちだから、然るべき教育を施してやれば将来有望だぞ!」

 兄上の朗らかな提案に、無惨は腕を組んだ。

「……日本は最早開かれた。今後盛んになる異国との交易に、南蛮姿の鬼が数匹いれば便利ではある」

「おお、成程! その考えは無かった! 無惨はやっぱり賢い子──あべし‼︎」

 顎に手を当てた弟の頭を撫でようとした兄上の上部が吹き飛んだ。

「だが、言葉から教えねばならないのは悠長に過ぎる。結果が不透明過ぎるのも気に食わん。既に、日本在住の有能な南蛮人の見繕いは済んでいるしな」

 故に不要。無惨は事、人材育成に関して短気であるので、その結論には鳴女も納得した。兄上は納得していないようだが。

「なにもお前が直々に世話をするわけでもない、少し待つくらい良かろう。お前は本当に気が短──ぺげぇ‼︎」

「世話をする者がいる。人間の子供を悠長に育てられる理性を持った鬼は貴重だ」

「そこでほら、珠世の出番だ! 子の世話ならば喜んで従うだろうし、慈悲を見せればあれも少しはお前への態度を──あらら」

 でれっと目元を下げた兄上の首から上が宙に浮いた。彼の胴体は鬼腕に裂け出た大口に食われゴッソリと消失していた。始祖の一撃である。

「お前は本当に珠世が嫌いだなあ」

 けれど、残った頭と足が床へと落ち切る前に、兄上の肉体は復活を遂げた。まさに一瞬の出来事だ。彼はほにゃりと和んだ顔をして、弟の怒りを気にも留めていない様子だった。

 鳴女は口元に手を当てて瞠目した。波止場でもそうだったが、実に凄まじい回復力である。ただ潰されるのと、始祖に捕食されるのとでは、大きな違いがあるというのに。この兄上とやらは一体──。

「……アレはこの私の呪いから逃れた。貴様も知っている事だろう」

 鳴女が黒死牟の六つ目と視線を交わした時、無惨が尖った犬歯を見せて実に忌々しく言った。

「そうだったか? うーん、そうだったかなあ──ほぴゃ‼︎」

「チッ、白々しいにも程がある」

「うーん、思い出せん──ひでぶ‼︎」」

 鳴女は始祖の赤眼に煌々と憎しみか燃えるのを見た。無惨は幼な子のようにうんうん首を傾ける兄上を何度も何度も打ち据えてから、黒死牟へ指示を出した。

「私は仕事に戻る。後は任せた」

「御意……」

「コレがおかしな素振りを見せたら、すぐに首を刎ねろ。懲りるまでだ」

「は……」

「鳴女」

 ──ベン、ベベン。

 不機嫌を撒き散らす始祖に琵琶を奏でる。残された鬼どもから、ほぅ……と安堵が広がった。

「黒死牟は珠世という鬼を知っているか?」

 兄上だけが呆れるほどケロッとしている。

「……江戸の世で……何度か顔を合わせている」

「そうか、彼女は美人だったよなあ。何処へ行ったかは?」

「知らぬ……」

 黒死牟の短い返答に兄上はそうかあ、とガッカリ肩を落とした。

「兄上殿……。其方の無惨様への態度……いくらご兄弟とはいえ……目に余る……」

 序列に厳しい黒死牟は、始祖を怒らせても平気の平左の兄上に思うところがあったようで、説教をする構えを見せた。

「人としては兄でも……鬼としては後に生まれた弟であるのだ……もっと振る舞いに……気を付けねばならぬ」

「ハッハッハッ! 面白いことを言うなあ」

 兄上は盛大に笑い飛ばした。

「俺は生まれて死ぬまで無惨の兄だ。それは鬼になろうと地獄に堕ちようと変わらんぞ」

「上位者が示しを付けねば……下位の者も……困惑する」

「君は本当に真面目な子だなあ」

 兄上はあっけらかんとした様子で大きな手のひらを黒死牟の頭へと向けた。目にも止まらぬ太刀筋が閃き、兄上の右手が宙を舞った。

「なんだ、撫でられるのは嫌いか?」

 カラッとした笑顔で首を傾けられて、黒死牟は戸惑っている様子だった。

「……兄上殿は……私の事が嫌いだろう」

「ああ──悪い兄は、嫌いだなあ」

 いやにうっそりした返答だった。彼の瞳から生き生きした感情が失われると、整った顔立ちと相まって人形じみて見える。夢を見ているような望洋とした風でもあった。

 鳴女は彼が囚われているのだと察した。人であった頃の過去に囚われた鬼に時々見られる症状だ。

「ならば……」

「──そう、俺は無惨の側に居る悪い兄が嫌いなのだ! あの子はここにはいない! だから君は良い子だ!」

 兄上は弾けるような手のひら返しをしてから、派手に両腕を広げた。おいでおいでする指先の軽快な動きが実に不気味だ。クイクイッ、クイクイッ。絶対に飛び込みたくないな、と鳴女は思った。

「……もう良い」

 黒死牟も忌避するように身体を背けて荷解きに戻った。残された兄上は孤独を主張するように大きな背を丸めていじけ始めている。どうにも仕草が大仰だ。存在自体が五月蝿く感じられる程である。鳴女は無惨がこの兄上とやらを千年殺してない事を純粋に不思議に思った。

「鳴女、慰めてくれえ」

「仕事中です」

「仕事が終わったら?」

「多忙です」

「はぁ、君は仕事に熱心だなあ。そこもまた魅力的だ。集中する君の横顔の清廉さといったら──」

 ぞんざいな態度にも兄上は一向にへこたれない。つらつらと流れる彼の言葉を聞き流しながら、彼女は淡々と、されど緊張を持って仕事に当たった。荷はあらかた降ろされたので、後は鳴女の采配で事前に通知していた鬼たちの元へ手際良く物を、人を転移させていく。

「兄上殿……この南蛮人は……何をする者なのだ」

 黒死牟が拘束された南蛮人の一人を連れて来た。でっぷりと肥え太った中年男だった。夜目の効かぬ人間であるので、至近距離になって初めて黒死牟の六つ目に気付いて、バタバタ暴れて出っ張った腹を揺らしている。

「ああ、それは今回の長旅の目玉だぞ!」

 兄上が全身で手柄を誇ってみせたので、鳴女も黒死牟も周りの鬼たちも、皆んなが皆んな、すわ日光克服の足掛かりになる手柄であろうかと注目した。期待を一心に背負った彼がキリリとした表情で頷き返したので、もしや、という期待まで広がった。

「こいつは何と、菓子職人だ!」

 巨大倉庫に殺意が充満した。

「…………菓子職人」

「そう、世界で最も舌の超えた国のpâtissierだ!」

「…………ぱちーしえ」

 黒死牟は繰り返しながら斬るべきか斬らざるべきかと鞘を触って悩んでいる。やってしまえばいいのに、と鳴女は内心応援した。思い切りは大切なのだ。芸の肥やしにもなる。

「何故……菓子なのだ」

 気の長い鬼が問うた。

「もちろん、可愛い可愛い弟に、世界一の菓子を食わせるためだ!」

 兄上が胸を張って答える。

「鬼は人肉しか……味わえん……」

「そこでこれよ! voila! 鬼の味覚を変える薬だ!」

 ジャジャーン! と兄上が別の南蛮人を指した。倒れ込んで啜り泣いているネズミのような小男に鬼の目が集中した。

「此奴がその薬を作り出した学者だ! これで無惨も人であった頃のように、大好きな菓子を食えるようになる! ハッハッハッ! 無惨は喜ぶぞお! 兄上はなんと良い兄上だっ、と抱きついてくるに決まっている!」

 三十代半ばの大男の外見ではしゃぎ散らす高齢の鬼から、鳴女はそっと目を逸らした。

「……そうか……其方は……良い兄なのだな……」

 黒死牟のその声量は囁き程度だった。

「フッハッハッ! その通りだ!」

「無惨様は……菓子がお好きなのか」

「そうだ! 俺は小ちゃな無惨が可愛い頬っぺたを膨らませて食う姿を何度も見ているからな! それはもう、愛らしくて愛らしくて……っ!」

「そうか……」

 鳴女は感極まらせた兄上と、眩しそうに六つ目を細めた黒死牟を交互に見てから、ギイギイと軋むマストへ単眼を向けた。

 彼女は菓子を夢中で頬張る現在の無惨を想像して少し愉快になって、すぐさま忍び寄る恐怖に晒された。あの御方は頭に浮かべた映像も読めるのだろうか……。

「もっと早くに思い出せたら良かったんだが……」

 躁病のように上機嫌だった兄上が一転、気を落とした声を出した。鳴女はハッとした。彼は悩ましく眉尻を下げて、自嘲を浮かべている。

「俺は物忘れがひどいようで、その愛らしい記憶が中々思い出せずにいたのだ。俺が菓子を作れるようになった時にも、不味いと分かっていて食うか、と散々怒られてなあ……。結局こんな迂遠な方法になってしまった。いやはや、長かったわ」

「兄上殿は……菓子が作れるのか」

 これには鳴女も驚いた。記憶うんぬんは鬼にはよくある事であるので、驚きはない。

「ああ、可愛い弟が喜ぶ為なら、俺は下男の真似事だって喜んでするぞ。まあ、結局食ってもらえておらんがな!」

 ハッハッハッ! と巨大倉庫に陽気な笑い声が響いた。根っから明るい質らしい。鳴女は千年経ってもここまで感情豊かであることに呆れと尊敬の念を抱いた。

「鬼の味覚を変えると言うが……食ったものは……血肉になるのか……?」

「ならんな! 今まで通り腹の中で腐るから、ちゃんと吐き戻さねばいかんぞ」

「……それは不味いのでは?」

「ん? どこが不味いのだ?」 

「吐き戻すのが不味いと言っている……あの感覚を嫌がる鬼は多い……それに肝心の無惨様は……殊更無駄を嫌う御方だ……」

「ハッハッハッ、無駄ではないぞ! 幸せを味わうためのちょっとした手間だ! 長生きには、より多くの喜びがいるからなあ」

「……兄上殿のものの考えは……ちと前向きが過ぎる……」

 兄上と黒死牟の会話は、鳴女がそろそろ仕事してくれないかな、と思い始めるくらいには、意外と長く続いた。

 

 ──ベン。

 彼女は最後の木箱を送り終わった。巨大倉庫の中身は死んだ海と、空になった船と、鬼たちだけになった。

 その鬼たちも全て送り届け、残りは黒死牟と兄上、という段になって、

「それにしても君の琵琶は、良い音色だなあ」

 兄上がぽつりとこぼした。

「揺れと張りが繊細だ」

 大振りな仕草もないまま、ぽつぽつと言葉が落ちている。

「良い音色だ」

 彼の表情は、朗らかというよりは柔らかかった。笑い皺が幸せそうに深まって、情の厚そうな唇が緩やかに弧を描いていた。

 鳴女はその静けさに似合うように、目礼だけを返した。口の回る男が単純に良い、とだけ繰り返すのがくすぐったかった。

「一度、俺の為だけに弾いてくれ」

「──喜んで」

 余計な装飾のない求めに、鳴女の口が勝手に応えた。兄上は嬉しそうにニッコリ微笑んで、黒死牟は凪いだ海を見ている。

 ──ベン、ベベン。

 丁寧な音を奏でた。男たちが居なくなり、彼女の姿も追って消えた。

 

 




鬼舞辻 無惨

色々と忘れてるポンコツな兄上におこ。
兄上の女の趣味にはたぶん辟易している。
なぜそれを選ぶんだ? というラインナップばかりのマザコンから、母上そっくり〜と言われたらぷんぷん丸になるしかない次男。
平安貴族なので、たぶん長い黒髪の良さだけは激しく同意出来る千歳。

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