ブラック鎮守府の整備士日記   作:小椋屋/りょくちゃ

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村雨ちゃん……。


第四話

変な姿勢で寝たからか、首が痛い。

空が薄ら明るくなり、鳥の囀りが聞こえる。

……とりあえず風呂に入ろう。そう考え、小部屋を後にする。後ろからひたひたと誰かが着いてきていたが、気づくことはなかった。

 

「ここか。」

 

昨日、風呂場、と案内された場所に着く。

……本来は艦娘用のはずなのだが、何故かここでは人間"様"の物のようだった。

とにかく急いで服を脱ぐ。すぐにさっぱりして、駆逐艦娘達と明石達のために朝食を用意しなくてはそう思っていた。

 

中に入るとどこぞの提督の執務室に比べれば何倍もマシだったが、やはり悪趣味なものだった。しかしそれでも、暖かい湯とは気持ちを解す。昨日の朝から張り詰めていた何かが溶けだしていくのがわかった。

 

「湯加減はぁ、いかがですかぁ…?」

「…あぁ最高だよ……。」

 

横から聞こえた声にそう返す。……精神的に疲れすぎたせいか、幻聴がするな。帰って朝食を用意してやったら、また少し寝させてもらおう…。

そう思い左を向くと…

 

「おはようございまぁす。人間様ぁ。」

 

歪んだ笑みを浮かべた村雨が一糸纏わずそこに居た。

ニタリと顔に張り付いたような笑顔は、目は焦点が合っておらず、虚ろであり、喋り方も他の鎮守府で見たものとは全く違う。何かがおかしい、何かがおかしい、と、本能が最大レベルの警鐘を鳴らしている。はっきり言って狂気。狂気の沙汰だった。

勢いよく後方に飛び退き村雨に目線を合わせる。真っ黒に塗りつぶされたような瞳は限りなく不気味で、狂いそうだ。しかし、不気味とはいえ彼女の瞳を真っ直ぐ見つめ返す。心の奥底まで見透かすような鋭い視線を飛ばす。そして

 

「村雨?何故ここに?」

 

幾分か動揺も落ち着いた。大丈夫だ。

 

「人間の男性はぁ、こうするとみんな喜ぶってぇ、司令官がぁ言ってたんですよぉ…。」

 

村雨は、抑揚のない声でそう言いながら、ユラりと立ち上がるとおぼつかない足取りでこちらに近づいてくる。ひたひた、ひたひたとゆっくり歩きながら近づいてくる。

 

「村雨、自分がやりたくない事はするな。」

「これはぁ、私がやりたくてぇ、やってるんですよぉ?」

「……ならなんで泣いてる。」

「え?あれ?なんで私……泣いてるの……?」

 

村雨はボロボロと涙を流していた。

 

「……タオル巻いて。後で話があるから出て服きて待ってて。」

「………はい。」

 

手近かにあったバスタオルを村雨に渡す。村雨の目は微かに闇が薄れているように感じた。

 

 

 

 

「……村雨。」

「…はい。」

「やりたくない事はするな。やりたくなくてもすべきことはしなきゃならないが、それは僕が指示する。」

「…はい。」

「ましてや自分の体を売るようなマネは絶対にやめろ。絶対だ。」

「…はい。」

「自分の体は、自分で大事にしろ。」

「ですが私達は艦娘です。自分の体を大事にする価値など」

「艦娘だから大事にしろと言ってるんだ。艦娘がいなかったらこの国は既に滅んでる。だから艦娘は誰よりも大事にされなきゃならない。わかるか?」

「ですが」

「ですがじゃない。しかも艦娘は大半が身も心も純粋無垢な少女だ。それを悪用する提督(クズ)もいる。とにかく、自分の体は自分で大事にする。僕が指示した以外でやりたくないような事はしない。この二つは守って欲しい。」

「…わかり、ました……。」

 

 

 

 

「お前らは艦娘だ。換えはいくらでも効く。ボロ雑巾になるまで使い込んでやるからな。ガーハッハッハッ。」

「村雨ェ……。お前いい身体してんなァ…。ちょっと俺らのために体でも売って稼いで来いよォ…。」

「白露に手出されたくなかったら、なにすればいいかわかってるよなぁ?」

 

罵詈雑言と共に暴力を振るわれたり、肉体関係を強要されたりしたことを思い出す。それが変わることのない日常なのだと思っていた。しかしそれは間違っていたことだと思い知らされる。それが自分をここから助け出してくれる唯一の光だと最後に信じて縋り付く。

 

「……助けて…。助けてよ司令官……。」

 

艦娘として、最も信頼すべきと心に刻まれた名前を漏らす。ただそれは、目の前にいる人に向かって吐き出された言葉だった。

 

「助けて…。お願い。村雨を、白露を、みんなをここから、絶望から助け出して……!」

 

最後の希望に一縷の望みをかけ縋り付く。しかし不意に彼の右手が上がり

(……殴られるのかしら…。……もう、おしまいね…。)

絶望が心を塗りつぶす刹那、頭の上に暖かい感触があるのに気がついた。

 

「…司令官……?」

「……もう大丈夫ですよ。私が何とかしますから。まだ時間はかかるかもしれませんが、必ず変えてみせますから。安心してください。」

「うぐっ……うぅっ……。ありがとう……ありがとう司令官…!」

 

思い切り抱きつく。今だけは、今だけはこうさせてもらおう。

優しく撫でてくれる手がとても暖かい。今までに感じたことの無いくらいに暖かい。最後にこの人だけ信じてみよう。この人に裏切られたら、その時はその時と諦めてしまおう。それまではずっと従おう。

そう心の奥底で決意するのだった。

 

 

真っ黒に染まって、光を失ってたその瞳は、極々僅かに、光を取り戻したのだった。




村雨ちゃん……!

正直に言うと、こういう話はあんまり描きたくなかった。
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