ワールドトリガー -Fool-   作:ゆーり

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BBF②はすごく読みたい。
けど間違いなく設定破綻するだろうなというジレンマ。


第零参話「結成」-三上 歌歩-

 彼がボーダーに入隊したと聞いたとき、感じたのは安堵だった。

 

 あの日、彼が一人で被害地域に向かうのを止められなかった後悔は、忘れることができそうにない。検査のために入院したという彼を見舞いに行き目にしたのは、彼とは似ても似つかない誰かだった。

 

「清志くん。その、大丈夫?」

 

 そんな無意味な、むしろ害ですらあったかもしれない言葉しか、口にだすことができなかった。大丈夫な訳がない。一日と経たずに家族全員と思い出のある家を失ったのだ。だが、それに反して今の彼からは何も感じない。心なんてないかのように落ち着いた態度。能面のような表情。

 

「うん、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう。歌歩ちゃん」

 

 会話をしている気がしなかった。まるで、彼の皮を被ったロボットが彼の声で言いそうなセリフをリピートしているかのような空々しさ。元気がないのも、落ち込んでいるのも当然だ。けれど、彼からは激怒も絶望も拒絶も感じられない。不自然なまでに自然体。

 

『恐らくは家族を失ったショックで心を閉ざしてしまっているのではないかと。今は、時間が彼の心を癒してくれるのを待つしかありません』

 

 診断した医者はそう言っていた。果たしてどれほどの時間が掛るのだろうか。癒されたとして、そのときに帰ってくるのは私の知る彼なのだろうか。

 

「私、嫌な子だなぁ」

 

 彼の両親には、私もたくさんお世話になった。弟と妹とも一緒に遊んで仲が良かった。もう会えないのだという悲しみは私の中にもある。だけど、同じようにあるのだ。彼から『お前たちさえ居なければ』という思いをぶつけられなかったことに対する安堵が。車に乗って避難するとき、彼がしていた表情が脳裏にこびりついて離れない。青を通り越して白くなっている顔色。固く食いしばった口。後悔と絶望を嚙み殺す表情。

 

 彼が、誰を守るか選んだのだということは私たち全員が気付いていた。

 

 しばらくの間だけでも家に来ないかと両親が彼に声を掛ける。私が両親に頼み込んだこともあるが、二人も償いの意識は持っていたのだろう。特に反対はされなかった。烏丸さんたちも同じように彼を迎える意思があったようだが、そのどちらも固辞された。不安だ。今の一見落ち着いているように見えて、なにも立脚点がない彼を一人にしていいのだろうか。目を離すと、ふらりとどこかに消えて二度と会えないような、そんな怖さがある。

 

 だから、仄暗い感情であったのだとしても、彼が立って前に進む意思があるのだと知れて、安堵した。

 

 私も前に進まなければいけない。彼が心配なら、近くに居るべきだ。役に立つ術を身に付けるべきだ。守ってもらわなくても大丈夫だと言えるようになるのだ。

 

「お父さん、お母さん、私もボーダーに入りたい」

 

――――――――――――――――――――――

 

……結局、入隊することに同意してもらうのに一年近くも掛かってしまった。まだ小学生で、戦闘員としての入隊審査も通らなかったからだ。だが、粘り強く説得して後方部隊【オペレーター】としてならと頷かせることができた。弟妹全員を懐柔して総動員で説得した甲斐があったというものだ。

 

 本当はもっと早くボーダーに行きたかった。入隊して以降の彼に会えたのはたったの一度だけ。メールや電話をすれば、少し時間が置かれることはあっても必ず返事をくれた。だから安否だけは確認できていたのだが、彼に一度だけ会えて感じたのは、やはり無理にでも家に連れてくるべきだった、という思いだ。

 

 あの大規模侵攻から一年後、家族の命日にお墓参りに来た彼の目には、底が見えないほど真っ暗な何かが宿っていた。能面のような表情ではない、薄い笑み。だが、それを見た私が感じたのは安堵ではなく、一瞬の後には体をバラバラにされているのではないかという恐怖だった。

 

『心配してくれて本当にありがとう。けど、もう会わないほうがいい』

 

 そう言って横を通り過ぎていく彼に、私は何も声を掛けることができなかった。ボーダーに入隊すると、傍に居ると、一緒に戦うと、そう伝えたかったはずなのに。

 

 ――――私はまだ、弱いままだ。

 

――――――――――――――――――――――

 

「……歌歩ちゃん、歌歩ちゃん?」

 

「はっ、はい!」

 

 いけない、任務中に呆けてしまうなんて。オペレーターとして本部付けになって、やっと能力を評価してもらえてきたのだ。ここで躓いてしまっては目的を果たせなくなる。

 

「大丈夫? かなり任務のスケジュールも詰め込んでいるし、少し休みを取ってもいいのよ? 中学生活だって色々とあるでしょう」

 

 先輩の月見さんが心配そうに話しかけてくる。表情は冷静だが本当に心配してくれているのだろう。確かに慣れない中学生活とボーダーの二足の草鞋は大変だ。でも、弟妹たちも私がボーダーに入るのを決めて以降、面倒を見なくてもいいように一人立ちしようとしてくれている。無理はしていない。

 

「大丈夫です。その、どうしてもここでやりたいことがあって、今は少しでもオペレーターとしての力を磨きたいんです。」

 

「……そう、大丈夫よ。あなたのやりたいことが何かは分からないけれど、オペレーターとしての素質は十分にあるわ。経験を積めばちゃんとこなせるわよ」

 

 嬉しい評価だ。まだまだ人員が豊富と言えないボーダーではあるが、月見さんはオペレーターとしても指揮官としても既に一目置かれている人だ。この人にそう評価してもらえているのならば、少なくとも最低ラインには到達できているのだろう。

 

 ……あとは、椅子取りゲームに勝利するだけだ。

 

「あの、月見さん。あの話は本当なんですか?」

 

「あの話……? ああ、チームによるランク戦ね。ええ、本当よ。今までは各ポジション毎に戦闘訓練と暫定的なチーム編成による防衛任務を行っていたわ。けれど、隊員の数が増え、ある程度の力量が備わってきたことを鑑みて、部隊の編成と実力向上を目的にランキング形式のチーム戦が行われるようになるわ。既に噂にはなってるけど、あと一週間もせずに正式な告知がされるはずよ」

 

 一~四人の戦闘員と一人のオペレーターからなる部隊編成。現時点では、そこまで多くの部隊が作られるわけではないだろう。一人という制限があるオペレーターの座を争うと、かなりの競争率になる。目の前の月見さんだって、そういう意味ではライバルなのだ。

 

「……? ああ、そういうこと。心配ないと思うわよ。今のところ、誰からも声は掛かってないはずだから。東さんは心配していたけれど、誘っても断るでしょうね。だから、あとはあなたが足踏みせずに勇気をもって向かい合うだけよ」

 

「えっ! あ、その……」

 

 バレているのだろうか。私と彼の関係を知ってる人なんて、一人を除けば上層部や人事部くらいのはずなのに。 

 

「そりゃあ、話しかけても反応がないときのあなたの目線を追うと、毎回同じものに行きつくから。あなたも苦労するわね。私の苦労とは別方向だけど」

 

 ……月見さんは太刀川さんと幼馴染なんだっけ。戦闘狂という言葉で括れば今の彼と大差ないので、確かに苦労しているのだろう。戦闘に狂っているのか、狂ってしまった人が戦闘しているのか、という違いはあるけれど。

 

「でも、少しだけ安心したわ。このまま進めばどうなるのかと気が気ではなかったけど、あなた達が傍で支えるのなら、きっと彼は大丈夫」

 

 その言葉に、今の私はまだ自信をもって肯定の返事はできない。けれど……。

 

「はい、少なくとも諦めるつもりだけは、ありません」

 

 ちらりと、オペレーター室のモニターの一つに目を向ける。そこには、無表情にトリオン兵を狩る彼の姿が映っていた。

 

――――――――――――――――――――――

 

 心臓の音がとても大きく聞こえる。足も唇も震えているし、息が整わない。隣のもう一人も同じようだ。表情は落ち着いているように見えるが、握りしめた手がかすかに震えている。

 

 彼が怖いわけではない。彼に拒絶されるのが怖いのだ。付き纏うなと、何様のつもりだと言われたら……どうしよう。

 

 弱気になるな。私たちが諦めてしまえば、彼は本当に一人になってしまうかもしれない。贖罪じゃない。憐憫でもない。私自身が一緒に居たいのだと伝えよう。大丈夫、私も一人じゃない。

 

 ――彼が歩いてきた。こちらに気付いたのだろう。無表情か微笑しか見なくなった彼だが、今はそのどちらも浮かべてはいない。その感情を読み取ることはできないけれど。

 

「ボーダー本部所属のオペレーター、三上 歌歩です。竹尾 清志くん。私と、私たちと、チームを組んでください!」

 

 私の言葉を聞いた彼の表情からは、やっぱり感情が読めなかった。けれど、それでも、あの日から止まってしまっていた私たちの時間が、また動き出したことだけは確かだった。

 




祝!! 竹尾隊結成!!

この二年後には、立派に清志を物理で叩き潰せるなまはげに成長します。
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