義宗録・‘‘偽’’経記~ぎそうろく・ぎけいき~ 作:鈴見彼方
これは、とある奇跡を起こしてしまった、義経の遺児・中村義宗の話である。
俺にはもう、両親はいない。
とはいえど俺ももう十七なのだ、元服もしている。
幼いころ、俺は養子に出された。親には、俺以外の男子もなかった。跡継ぎを諦めたことの理由は、今ならわかるかもしれない。
どうせ、跡継ぎがいたって、俺の叔父···父上の兄に殺されてしまうのだから。
──
いかなる理由があれど、一御家人如きでは、鎌倉殿には逆らえない。
···鎌倉殿というのは、源頼朝公である。征夷大将軍に任命され、鎌倉幕府の創建者として、初代将軍として、懸命に励む男だ。
が、義宗にとって、鎌倉殿は特別な存在であった。
我が主君であり、
そして叔父であり、
さらに養父の
何よりも、両親と姉を自害に追い込み、弟を殺した俺の一番の
──俺は、頼朝が大っ嫌いだ。この上なく嫌い。
そもそも、頼朝流のやつらが嫌いなのだ。次期将軍になるであろう頼家もまた然り。
俺の養父は、伊達家の当主、伊達朝宗。
生みの父親は、源義経。
それぞれの父から一文字づつ取って、俺は義宗と名乗っていた。
それなのに。
鎌倉に呼び出された俺は、頼朝から一つの紙を渡された。
近々、「義宗」の名を捨てよとのこと。
義の通名を許可しない、と突然言い渡された。
周りで見ていた頼朝の部下は、まるで俺がずっと違法を犯して「義宗」を名乗っていたかのような目で見る。
新たな名を考えるまでの猶予を与えられたが、尊敬する父・義経から頂いた一字をどう捨てろと言うのだ。
去り際に、頼朝の顔をギッと睨み付けた。
「矢に刺さって死ね」と小声で呪詛を吐くように呟きながら、その場を去った。
鎌倉を足早に去り、馬を走らせ中村領に帰る。
そう思うと、悔しくて堪らなかった。
「···父上が生きてたら···こんなことにはならなかった!」
馬の手綱を握る手に力が籠る。
「···衣川で戦いがあったころに戻れればな···。」
つまり、今の俺には、戦える力がある。刀の腕も良いし、運動能力と馬術は父譲りだ。
書物は沢山読んでいるから、最近起きたことから昔のことまで、歴史はそれとなくわかる。
一人で行っても、きっと十分に戦える。
父上、母上、姉上···その他、散っていった郎党たちの命も救える自信がある。
そんなことを考えながら、山道を馬で駆けていった。そろそろ暗くなる。真夜中になる前に妻と部下の待つ中村城へ帰らねば。
ふと、一つの神社が目についた。一つ、駄目元で試してみるか。目を固く閉じ、祈る。
「俺を15年前の衣川へ···、連れていってくれ。」
ピタリと合わせた手に、手汗がじんわりと滲んだ。
「····無理···だよな。」
こんな事を願った自分が馬鹿馬鹿しい。
仕方ない、と目を開けた時、俺は言葉が出なかった。
神社に向かって手を合わせていた俺の目の前には、寺が建っていたのだから。
神社に向かって手を合わせていたはずなのに、なぜ寺が?
それにここはこんなに木が生い茂っているような場所ではなかったはずだ。
薄気味悪く、魑魅魍魎が出そうな雰囲気が漂う。
「はぁ、どこだよここ。····ったく、どうみても衣川じゃねぇだろ···。」
呆れた。期待した俺が馬鹿だった。くるりと踵を返し、歩き出した。
「···誰かいるの?···
二、三歩歩いたところで、幼い声に呼び止められた。
「···鬼一じゃなかった···ごめん···なさい···。」
振り向いて見れば、目に涙を浮かべた子供が、寺の外廊下に立っていた。
「俺、鬼一っていう奴じゃねぇし。···ってかお前、何で泣くんだよ!」
「ぇう···っう···うう·····だって···鬼一が···鬼一がぁ···!」
とうとう声をあげて泣き出した子供。急に、罪悪感がこの身を襲った。元服した大人が、こんな小さい子を訳もなく泣かせるなど、馬鹿だ。馬鹿馬鹿しい。
「····あー····悪かったな···。」
「···こっち来て下さい。···お願い···。私一人じゃ····怖いんです···。」
啜り泣く子供が小さく手招きしたからか、なんだか断る気にもなれず、俺は子供のいるところまでゆっくりと歩いていった。
石段に座っている少年の隣に腰を下ろす。
「···あの···名前、教えてもらっていいですか?」
少年が恐々と言った。
「···中村義宗。」
朝宗の名を名乗るように言われたが、俺は従いたくなんて、微塵もない。こんな小さな子供に名乗るくらいなら別にいいだろう。
「···義宗?そうなんだぁ···よろしくね、義宗!あ···次は私ね。私、牛若丸。皆には『牛若』って呼ばれております。」
牛若丸。どこかで聞いたことがある。とても有名な人の幼名がそれだったはずだ。
ただ、幼名なんて、自分が千歳丸だったことしか覚えていない。牛若丸というのが誰の幼名だか、俺には良くわからなかった。
「···ったく、呼び捨てかよ。別に何だっていいけどよ···。···そうだ、牛若。さっき鬼一がどうのって言ってなかったか?それ何なんだ?」
「鬼一?鬼一は師匠です。···でも、鍛練中に私を川に突き落としたあと、私が溺れて死にかけてから、姿を見せてくれないのです····。私、怒ってないのに。」
穏やかに揺れる
彼が、まるで自身の弟のような我が子のような気持ちになって、俺は勝手に「よし。」といって、牛若の前に立った。
「···明日になったら、俺も捜してやるよ。鬼一のこと。」
「···鬼一は鞍馬天狗ですからね!捜すのは困難を極めましょう···。」
天狗だというのは初耳なのだが。
「鞍馬寺、ぜーんぶ捜せばいるかなぁ···。いなかったら···どうしよ···。」
鞍馬寺!?鞍馬寺と言えば、我が父、源義経が身を置いていた···。珍しいこともあるものだ····が。いや、まさかそんな事はあるまい。この寺に来る前の自分が祈願した事を思い出した。
衣川の戦で父を救いたいとは願った。父を生かしたいとは願った。しかし、鞍馬寺に来たということはもしや。
「···なあ、突然で済まないが、一つ訊いて良いか?···えっと!今何年だ?」
「···今?今は嘉応元年···ですけど?」
えっと。今は建仁三年のはず。しかし、もしもあの神社での願いが叶ったのなら、今から十四年前の文治五年にいるはずだ。
嘉応元年ならば、今から三十五年前···。平治の乱が起こってから十年経つか経たないかくらいの時。
「あー···そうだったのか。教えてくれてありがとなー···。」
棒読みで感謝を伝えて、腰を下ろした。
「···父上なのほぼ確定じゃねぇか···。」
隣で見ていた牛若が、カクンと首を傾ける。
「義宗?何を嘆いているのです?」
「···牛若には関係ねぇよ。」
関係しかないけど、事を荒立てたくはないし、突然、「あなたの息子です、こんにちは」と行く訳にもいかないだろう。
それにしたって、俺の知ってる父はもっと···。
艶のある
そう思うと、この弱々しい少年が、どうやってあの父になっていったのか気になってくる。
(悪くねぇな。幕府に偽りの忠義心を注ぐよりもずっと良い···。)
「そうと決まれば、鬼一捜しのため、明日に備えて寝るか!な、牛若!」
「そうですね!お休みなさい。また
こうして、俺は牛若に協力することとなった。
──そして、牛若の命運は、狂ったまま動き出した。──
続く
第1話・登場人物
千歳丸/経若/中村 義宗
(ちとせまる/つねわか/なかむら の よしむね)
本作の主人公。物語登場時は17歳。
源義経の嫡男。3歳の頃、衣川の戦いの最中に常陸坊海尊により救出され、その後は伊達朝宗の元で育つ。
朝宗亡き後は中村城城主となっている。
両親と姉を自害に追い込んだ源頼朝を心底嫌っているためか、幕府からは結構ぞんざいに扱われている。
牛若丸/源 義経
(うしわかまる/みなもと の よしつね)
本作のサブ主人公。物語登場時は11歳。
源義朝の九男で、義宗の父。7才で鞍馬寺に預けられ、天狗である鬼一から剣術を教わったとされる。
その後は秀衝を頼り、奥州に行く。
奥州にいる間に黒髪から白髪に変わっている。
何かと人を馬鹿にした態度をとることが多く、基本的には空気を読まない速さ重視の戦闘狂。
鬼一法眼
(きいちほうがん)
牛若丸の剣術の師。鞍馬天狗。
通称は鬼一(きいち)
牛若には時に優しく、時に厳しく接するが、心配性な一面もある。
源頼朝/鎌倉殿
(みなもと の よりよも/かまくらどの)
義宗の叔父にして、鎌倉幕府初代将軍。物語登場時は62歳(史実オーバー)
異母弟の義経とその妻子を自害に追い込ませたため、義宗から嫌われている。
無駄に落ち着き払っている。