義宗録・‘‘偽’’経記~ぎそうろく・ぎけいき~   作:鈴見彼方

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前回のあらすじ
鎌倉幕府の将軍、源頼朝に不満を持つ中村義宗は、衣川の戦いの頃に戻りたいと神社に願い、タイムスリップに成功したものの、ついた場所は約三十年前の鞍馬寺だった。
そこで出会った少年、牛若丸に剣術の師である鬼一を探してほしいと頼まれる。



二話 鬼一と源氏の子

「···きて···下さ···。」

 

 「あの···。起きてくださーい···。」

 

 耳元で囁き声が聞こえた。意識がはっきりすると、次第に鳥の声が聞こえる。

 

 「····んん···何だ···もう朝か···。眠ねみぃ···。そうだった。ここ鞍馬の寺だったな、そういえば。」

 

 ぐっと伸びをして、目を覚ます。

 

 

 

 「早速、鬼一を捜しに行きましょう!」

 

 昨日の怖がりな牛若とはうってかわって、義宗の腕を掴み、催促した。

 

 「寝間着から着替える。少し待ってろ。」

 

 そう言い終わらないうちに、

 

 「待ってるの苦手なんで、早くしてくださいね。」

 

 そう笑顔で牛若は言った。

 

 長い髪を解かし、項うなじの辺りで括る。その間、牛若は退屈そうに辺りを見渡していた。

 

 「私も髪を括れるほどまで伸ばそうか···。」

 

 なんて呟きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 朝餉の後、俺たちは鞍馬の山を駆け巡った。

 

 川や崖、いろいろなところを走る。

 

 二人きりだけで、静かな藪のなかに入るのは、何だか楽しかった。

 

 「きーいーちー!いるなら返事しろー!牛若が呼んでるぞー。」

 

 牛若と手分けして捜し始めてすぐ、手応えがあった。

 

 

 

 『···わしの名を呼ぶものは誰ぞ···。』

 

 ヒュゥゥゥと風が吹き抜け、木々が呻く。

 

 「牛若、こっちだ!」

 

 近くにいた牛若を呼ぶと、声のする方へがむしゃらに走った。

 

 

 

 不自然に(つむじ)風が起こっている。烏の羽と木葉が舞い上がっていた。

 

 牛若は、タタタっと駆け寄ると、飃のなかに身を入れる。危ない、と言う前に、牛若はしっかりとなにかを掴んでいた。

 

 

 

 「···鬼一~!会いたかったぞ!」

 

 大きな黒い翼を生やした優しげな顔立ちで背の高い中年の男に牛若はしがみついていた。

 

 「牛若···。·····怒っていないのか、わしのことを···っ。」

 

 

 

 そういえば、牛若を川に突き落としたんだっけ。

 

 「怒るわけなかろ?川から引き上げてくれたし、私が目を覚ますまで傍にいてくれた···。」

 

 「わしはてっきり、牛若が怒ってると思ってな。牛若が夜に泣かないか心配だったが、会いに行けなんだ···。」

 

 鬼一と呼ばれた中年男が牛若の頭を撫でる。

 

 「それはもう怖かった···が、鬼一がいれば夜なんて平気ぞ。···義宗もいればなおさらだ!···そうですよね、義宗っ!」

 

 突然に話を振られた俺は、反射的に首を縦に振った。

 

 

 

 「牛若は···、どうして夜が嫌いなんだ?」

 

 「おぅ、それはわしも聞いたことないねぇ。」

 

 牛若は、鬼一の腰に回していた腕をパタンと下ろした。

 

 

 

 

 

 「···私は、鞍馬寺の稚児なのじゃ。鬼一も知ってるであろ?坊主は女と体の関係を結べぬ。だから、私ら男おのこの稚児はその夜伽の相手をすることもある。···私は好かぬ者の相手などしとうない!だから夜は鬼一の元に逃げて、剣術の鍛練を積んでおった。···鬼一が来ないときは、ただひたすら逃げ回って、相手が捜しに来なくなるまで隠れたんだ···。」

 

 牛若の声は酷く震えていた。

 

 唇も震えているらしく、カチカチと歯がなる音がした。

 

 

 

 どうにかして、牛若を宥なだめてやりたいが···。

 

 『···私がここにいるんだ。何を心配することがある?』

 

 不意に、脳内に蘇ったあの声。

 

 そうか。

 

 そっくりそのまま返せば良いのだ。父に言われたことを、幼い父に。

 

 「俺がここにいる。お前が心配することなんてないんだ。···な、鬼一?」

 

 「···そうだな、若者。そうじゃ。牛若···と、そこの若者。···いっそのこと、寺を抜け出すのも良いのではないか?」

 

 牛若ははっとして鬼一の目を見た。

 

 大粒の涙が牛若の頬を伝い続け、水晶のようにまるくなって落ちていった。

 

 「···もう少し、強くなりたい···。鞍馬で強くなってから···。遠

 

いところに行くのはそれからだ。これからも、毎夜ここに来る。だから、迎えに来てくれ。·····今までみたいに。」

 

 

 

 牛若はもう一度、鬼一を抱き締めた。

 

 それからというもの鬼一は毎夜牛若を迎えに来た。

 

 

 

 「···行くぞ、牛若。」

 

 「鬼一!今行く。···義宗も来て下され。」

 

 「おお、牛若の太刀筋、どんなもんだか見てみたかったんだ。」

 

 

 

 鬼一と話している時の牛若はなぜかとても生き生きしている。

 

 時々見せる無邪気な顔は、俺の記憶の中の父そっくりだった。一緒に遊んでくれた記憶は数少ない思い出だが、はっきりと残っている。

 

 牛若の幸せそうな顔を見て、何か温かさを感じた。

 

 

 

 「義宗も掛かってこい。わしが相手してやる。」

 

 鬼一の錫杖と、俺の真剣がぶつかり合う。

 

 激しく響く金属音が、木々に木霊している。

 

 最終的に、錫杖で鳩尾みぞおちを突かれ、俺の負けとなってしまったが。

 

 

 

 あれと互角に打ち合う牛若が尋常ではないことは、誰の目にもわかるほどであった。

 

 牛若は俺を超し、鬼一を超し、いつしか何もかもにおいての最強となるのではないかと思ってしまうほどに鍛練を積む。

 

 鬼一も、牛若を我が子のように育てているらしい。

 

 

 

 その絆は深くあれから月日がたっても、二人は鍛練を続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ─── 一年後

 

 

 

 「ったぁぁぁ!···てやぁぁぁっっ!」

 

 「っと···ほっ!」

 

 今宵もまた、刀の音が響く。

 

 真剣がぶつかり、鬼一の錫杖が宙を舞う。

 

 牛若は鬼一を組倒し、喉元に刀の切っ先を突きつける。

 

 息は切れているものの、まだ動けそうな余裕があり、十二の子供の癖に物凄い気迫がある。

 

 

 

 義宗は隣で見ているのみであったが、組倒された鬼一が目で合図をしたのを見て、「牛若にかかれ」と伝えようとしているとわかった。

 

 

 

 

 

 「ふぅん。俺が、か。」

 

 鬼一に教わらず、この一年間、俺は自分自身で武芸を磨いてきたので鬼一の太刀とは違うだろう。

 

 だが、むしろそれこそが牛若の為になるだろう。

 

 「俺が相手だ!牛若っ!」

 

 木刀で牛若の足を凪ぎ払おうとする···が、俺の身長以上に飛び上がった牛若は、刀の柄の部分で俺を殴った。

 

 「痛ぇな、この野郎ー!」

 

 負けじと牛若の籠手を思い切り打つ。

 

 「····っ!」

 

 前によろけた牛若は、そのまま振り返って、義宗の腕を狙って思い切り振りかぶったが、

 

 ガランゴロと音がして、牛若の刀が地面に落ちる。

 

 「しまっ···」

 

 「危ねぇな!刀投げるなよ。」

 

 牛若よりも先に刀を拾い、地面に突き刺した。

 

 

 

 牛若が立ち上がると、俺の後ろから怒号が飛んできた。

 

 「牛若ぁ!身が入っていないぞ!相手と得物が違うとて情けは無用。」

 

 「え、こっちは木刀···」

 

 俺が口を挟んだのも聞かず、鬼一は続けた。

 

 「闇雲に打つな。相手の動きに集···」

 

 「すまぬ鬼一!今日は無理だ!」

 

 

 

 牛若は、寺の方に走っていった。

 

 「おい、牛若?···待て!待てよ!」

 

 足が速い牛若に追い付けないのはわかっていた。

 

 だが、牛若は近くの草むらに踞うずくまっていた。

 

 

 

 鬼一と俺が追い付くと、牛若はしゃくりあげながら、

 

 「私は···!私は一体何者なんだ?···父上が···、私の父上は···っ!」

 

 錯乱する牛若の額に汗が一筋流れる。

 

 「義宗は何か知っていますか···?私が源氏の生き残りだというのは本当ですか?私は何をすれば良いのですか?」

 

 牛若は顔を上げ、義宗を見上げた。

 

 

 

 「私の元に、一人の男が来たのです。その者は、私が源義朝の九男坊で、異母兄の中には伊豆に流されたが生きている者もいるのだと。そう教えて去って行きました。·····二人に問う。私はそれを信ずるべきか?」

 

 俺がちらりと鬼一を見ると、鬼一は優しげに目を細めた。

 

 「牛若が良いと思えば思うがよい。」

 

 深く頷いた鬼一は、俺に話すように促した。

 

 「俺は···。」

 

 

 

 ──「私は鞍馬に預けられた親無し。源氏の生き残りと周りの大人たちに囃し立てられ、勘違いしただけ、騙されただけだと、いまだに思うことがある···。·····慰めなど要らぬ。何も言うな、弁慶···、千歳···!」

 

 胸の底から吐き出すように苦しげな震えた声が、閃光のように蘇った。

 

 

 

 「···牛若が源氏の生き残りだという事、俺は絶対に信じる。俺、その男が言うのは正しいと思う。」

 

 牛若には信じてほしかった。心の底から、源氏の棟梁の子であると云うことを。

 

 「義宗と鬼一が言うなら間違いない。私は、源氏の生き残り。源氏の揺るがぬ誇りを、私は貫こう。」

 

 しっかりと前を向いた牛若の瞳には、雲のかからぬ綺麗な満月が映っていた。

 

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