義宗録・‘‘偽’’経記~ぎそうろく・ぎけいき~   作:鈴見彼方

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 タイムスリップしてきた義宗と共に無事、鬼一を見つけた牛若。彼は鞍馬から出たいと考えながら時を過ごす。
 一年が経ち、牛若はとある噂を聞き付け、五条大橋へと足を運ぶ。


三話 京の五条の橋の上

 ある日。

 「あれ、牛若は···。」

 「よぉ、鬼一。牛若なら、京の都に出るという怪僧に挑みに行ったぜ。あいつ、『義宗の刀は本当に良い刀ですね。少し拝借致します』とか言って俺の刀持っていきやがった。よく考えたら、あの刀は数物、良いやつじゃないんだよなぁ。」

 義宗はポンと手を打った。

 「何でも、周りの奴らから強者の噂を聞き付けたみたいでな。面白そうだといって、扇子と笛···と俺の刀一振り持って駆けていったな。五条の大橋に。」

 

 

 

 ──京・五条の橋

 

 「小僧。····おい、小僧。」

 後ろから、大きい声が響く。

 「ん、私のことか。」

 竜笛を唇から離し、振り向かずに言った。

 「よい太刀を持っているな。おいて行け。」

 「刀を寄越せ、だと?ふふふ···。」

 牛若は竜笛を懐にしまった。

 「嫌なこった。」

 舌を出し、挑発するかのように手をヒラヒラと振って見せた。

 「ぬうぅん!」

 薙刀を大きく振りかぶった怪僧は牛若が飛び上がったのを見ると、薙刀を上に突こうとした。

 牛若は空中で身を翻し、橋の欄干へと足を降ろした。

 

 「名は何という。」

 余裕な風で牛若は尋ねた。

 「我が名は武蔵坊弁慶。九百と九十九の刀を集め、貴様の剣で千だ。さっさと寄越さぬなら、殺して奪うまで!」

 

 「やはりそなたが噂の···。この刀、取れるものなら取ってみよ。···はっ!」

 牛若は欄干から欄干ヘと跳ぶと、刀を見せびらかすように差し直し、くすくすと笑った。

 「うぉおぉぉおおお!」

 弁慶は牛若目掛けて激しく斬りかかる。

 牛若は一度よろけたが、すぐに体勢を整えた。

 

 弁慶の次の一振りを宙返りで避けると、扇子で弁慶の額を思い切り突いた。

 尻餅を衝き、怯んだ弁慶が顔を上げると同時に、牛若は刀の切っ先を喉に突きつけた。

 「よく見れば、義宗と同じくらいの子供ではないか。···ほら見ろ、刀だ。···目の前に刀があるではないか。」

 「俺の負けだ。お前にこの身を預けよう。刺し殺すなり、引き渡すなり、好きにしろ。」

 それを聞くと牛若は刀を鞘に収め、突然腹を抱えて笑いだした。先程の高貴さなどなく、橋の上に転げた。

 「···っははは!あっはははは!楽しかったぞ、弁慶!普段はさすらい人と天狗としか打ち合った事がなくてな。···こんなに楽しかったのは久しぶり···いや、はじめてだ。」

 弁慶は牛若を睨み付けたままだった。

 「好きにしろ、というのなら私の友になれ。もちろん、その刀を全て持ち主に返してから···だけどな。」

 友になれ、と言われたからか、目を丸くしている弁慶。

 仕方ねぇ、と呟いて、笑い転げる牛若を起こした。

 「お前、名は。」

 「おっと、まだ名乗っていなかったか。私の名は牛若丸。鞍馬の山に住んでいる。」

 

 月明かりの中、弁慶と牛若は共に笑いあった。

 

 

 次の日。牛若は鬼一と俺に弁慶を紹介した。

 「···ほう。これが弁慶か。」

 「おい、牛若。この爺さん烏の羽根生えてるぞ。」

 カラカラと弁慶は笑った。

 「誰が爺さんじゃ。まだそう呼ばれる筋合いなどないぞ!」

 「弁慶。鬼一は天狗だ。羽根があってもおかしくないだろ?」

 俺は3人とは少し離れた場所の木にもたれ掛かって、腕組みをしながら目を伏せた。

 

 懐かしい記憶。弁慶さんは牛若や弁慶さんを見て思うことは、自分は幼いときの記憶をほとんど忘れているということだ。

 それもその筈、奥州で伊達朝宗···養父上の元に預けられてから、義経の子だということを忘れなければ生きられないと思っていたから。本当は忘れることができず、心の奥に封印されていた記憶が溢れ出してくる。

 「弁慶···さん。」

 弁慶さん、弁慶さんと呼び慕っていた頃の自分が思い浮かぶ。

 衣川にて、全身に傷を負いながらも父上の名前を呼び続けた。

 ああ、確か「牛若」呼びだったよな。聞いたことがあると思ったのはそれだったのか。

 

 「···っおい、義···宗?···っだっけか。」

 目を開けると弁慶が立っていた。さすがは弁慶さん、顔つきや声は俺と同じ年くらいとはいえ、体格は大男。

 「な、なんですか弁慶さん。」

 「どこか苦しそうであったからな。牛若やお前に悪を働く者がいるならこの弁慶、薙刀振るい全て凪ぎ払ってくれようぞ!」

 牛若がぴょこぴょこ跳ねながら喜んでいるのを見て、俺も少し安堵する。

 

 「そろそろ役者が揃ったろう?」

 喜んでいた牛若は、突如腕を腰に当て、堂々と言い放つ。

 「「役者?」」

 弁慶さんと俺の声がぴたりと重なった。

 鬼一はふぅむ···、と思案していたが、そのうち、

 「ほほう、アレの話か。確かに、揃っておる。」

 と、首を大きく振って頷く。

 

 牛若は手招きして、皆を近くに呼び集め、

 「前々から、鬼一とは話し合っていたことなんだが。」

 牛若は、鬼一と目配せした後、

 「鞍馬から抜ける。奥州の藤原秀衡殿を頼る。あのお方は、源氏の味方。きっと私の事を信じてくれる。」

 と耳打ち程度の小さな声で言った。

 

 「先日、京で奥州に詳しい商人とであったのじゃ。確か···吉次という男なんだがな?すでに袖の下は渡してある。」

 牛若はニコッと笑って、

 「出発は近いうちにしよう。」

 と意志強く言った。

 

 「弁慶、義宗。付いてきてくれるな?」

 牛若が俺たちに言う。弁慶さんも俺も、無論、答えなど一つに決まっている。

 「おう!」

 「勿論、行くに決まってるだろ。」

 

 次に牛若は鬼一に言った。

 「出発の直前にも会いには行くが···。鬼一とこうして話ができるのも残り少ないと思うと···。」

 それ以上言葉を紡げなくなった牛若を、鬼一は抱き締めた。

 「良いのだ。お前が良いように生きるのが良い。」

 

 何かカラクリが動き出すような···そんな気がして、俺の体はなんとも言えないやる気に満ちていた。




 第3話・登場人物

 武蔵坊弁慶(むさしぼう べんけい)
 
 言わずと知れた義経の郎等。物語登場時は16歳。(牛若12歳)
 五条大橋で出会ってから牛若の友として、右腕として助力する。
 怪力の持ち主で、暴れ回ったり派手な立ち回りを好む。とはいえ、時々思慮深い一面を見せる。
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