義宗録・‘‘偽’’経記~ぎそうろく・ぎけいき~   作:鈴見彼方

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 前回のあらすじ
 弁慶と出会い、とうとう鞍馬寺を抜け出すことを決意した牛若丸。
 商売人・金売り吉次の案内のもと、藤原秀衡を頼り奥州へと向かう。


四話 巣立つ者、源義経

 あれから2ヶ月とちょっと。

 とうとう、出発の日になってしまった。

 

 牛若が紹介したのは、金売り吉次と呼ばれる男だった。

 吉次にお辞儀をし、牛若と並ぶ。

 鬼一とは前日に別れを告げてきたというが、俺は会っていない。別に、二人で特別な最後の時間を過ごせたならそれで良い。

 

 奥州に行くことなど、中村領を継いでからは滅多にないことだった。いつもは数人のお供しか連れないか、一人で行くかだからこんなにたくさんの人数で奥州に行くのは、それこそ都落ちした時ぶりである。

 

 

 「そろそろ日が暮れますれば、ここらで休息をお取りなされ。」

 吉次は茜色の空を仰いだ。

 「ああ。そうだな。」

 牛若は馬から降りると、近くの木に馬を繋ぎ止めた。

 

 そして日は落ち、俺たちも眠りについた。

 

 

 ───

 

 

 

 

 

 『おお、少し伸びたな。若ももう三つか。』

 『俺ね、いつか弁慶さんよりでっかくなるよ!』

 『私の方が大きくなります!』

 『やぁだ!俺の方がでっかくなるの!』

 縁側の外で、二人の子どもと一人の大人が騒いでいる。

 ···俺だな。俺と姉上と弁慶さんだ。

 小さい俺がここにいるってことは、きっと夢なのだろう。

 

 夢だとわかっていれば···、醒めて欲しくない。ずっとこのままの幸せのなかで満ちていたい。

 古の歌人、小野小町も同じことをいっている筈。

 

 『夢だよな。』

 ふわふわとした空間をそっと進めば、子どもたちがこちらに気づく。

 『お兄ちゃん、だぁれ?』

 『近寄らないでくださいな、不審な人。』

 姉上は四つとは思えぬ、相変わらずの毒舌だな。どこか安心する。まあ、俺を守るためみたいだけど。

 

 『んー、お前らの父上の知り合いだな。』

 そう言って誤魔化してみる。

 

 『呼んだか?』

 ずっと長い廊下の向こうに、少し着崩した着物の父上が立っている。

 『父上。』

 ああ、頭頂で結ばれた白髪、これこそ俺の記憶の中の父上だ。

 『こいつは不審なやつに見えるがそうではないぞ、弥郷(みさと)。』

 そうだ、そうだ。姉上の名前は弥郷だ。

 「弥」は阿弥陀様だかなんだかの弥で、郷は母上の名(郷御前)からとって郷。

 っていうか、「不審なやつに見えるが」なんて一言多くないか?

 『例え、どんな敵が来ても、私がしっかり守ってやる。大丈夫だ。お前たちを死なせたりはしない。』

 

 父上はこちらに来て、小さい方の俺の頭をポンと軽く叩いた。

 今の俺も、小さい俺も笑っていたし、弁慶さんもそれを見守る形で見ていたけれど。

 

 

 

 『父上の嘘つき!』

 

 

 

 腹の底から叫ぶような声が、俺の耳をつん裂く。

 そうだ。そうだ。姉上の言う通りなんだ。父上は自らの手で俺の姉上を殺したのだから。

 驚いて目を固く瞑ると、目の前が真っ白になり、ただしくしくと泣く姉上の声だけが響いていた。

 

 

 

 

 

 ───

 

 

 「·····ろ。起きろ!義宗ぇっっ!」

 突如掛けていた布を引き剥がされ、俺は目を覚ました。

 「うわっ···って、弁慶さん···!?」

 「おはようございまーす。んー、どちらかと言えば遅ようございます、か。義宗が一番最後ですし。」

 ケラケラと笑って牛若はくるりと身を翻す。

 「義宗が寝ている間に弁慶と話していたのですがね?···そろそろ元服しようかな~、と思いまして。義宗はどう思います?元服のこと。」

 元服すれば、大人の仲間入りをしたと同然。こんな小さい子供が元服する気なのか。

 「まだ早いんじゃねぇか···?」

 牛若の肩を掴み、恐る恐る言ってみる。

 「よ、し、む、ね!あのですね、まだ幼いから無理だって思ってます?····こんなこと自分で言うのは嫌なのですが、小さいのは···その、『身長』だけです。」

 ああ、そうだった。俺とは違い、父上は小柄な人だ。母上と同じくらいだった。本当、俺は誰に似たのだろう。

 「ふぅん。で、弁慶さんはどう思う。」

 「牛若の意にまかせらぁ!···どこか寺かなんかにたどり着いたらそこで元服すればいいと思うがな。」

 弁慶は豪快に笑う。

 

 「···良かった。二人とも賛成してくれるのだな。」

 牛若の目に宿る魂のような闘志は、はっきりと俺に伝わってくる。父が存命であった頃には、こんな空気の震えるような闘志は感じなかった。それは俺が幼くてそういうものを感じることができなかったのか、はたまた父上にそのような闘志がなかったのか。真相は深く常闇の中だ。

 「吉次、元服に相応しい場所までつれていってくれ。」

 「御意に···。」

 吉次の声はなぜか震えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────翌日。

 

 「これより、私は元服する。」

 とある寺に立ち寄った俺たち一行は、牛若の元服を見守る。

 「昨日一日、一人で新しく名乗る名を考えていたのですが、」

 牛若はニコッとしてから強く言い放つ。

 

 「(みなもとの)九郎(くろう)義経(よしつね)。」

 

 「義経···。」

 ああ、父上だ。俺が知る父上のその名前。

 「ああ···こんなにもご立派で···。私は昨日から涙が止まらぬのです···。」

 吉次が涙ぐみながら義経を拝んだ。

 「昨日からって···。というより、拝まないでくれ。」

 苦笑いしていた義経は、ふと俺の方に向き直った。

 

 「源氏の通り名の『義』、我が先祖、経基王より『経』。···それに、お前の『義』でもあるしな。」

 本当は逆なんだが。義宗の義が義経の義なのだ。そこは突っ込まず黙っておこう。

 「おめでとうございます。」

 俺は静かに頭を下げた。ヤツは元服したのだ。もう牛若ではない。それに、俺は義経と対等な立場の人間ではない。本来、俺は義経の子なのだから。

 「これより俺は、義経様の部下として励ませてもらいます。」

 

 義経は少し驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になった。

 「それは本当にありがたい。そうだな···。弁慶を第一の友とし、義宗を第一の部下とする。両方、共に励もう。」

 「おうよっ!」

 「は、御意に!」

 

 

 牛若···いや、義経様が盃を掲げる。ただただ大きな月が、天に輝いていた。




 第4話・登場人物
 
 金売り吉次 (かねうりきちじ)
 商売人。京に出ていたところを牛若に絡まれ、奥州逃亡の案内人にされてしまう。非常に涙脆い。

 弥郷 (みさと)
 義経と郷御前の子で、義宗の同母姉。衣川の戦いの直前、義経により郷御前と共に殺された。享年4。年齢以上に大人びており、父に似た為か少し毒舌。
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