義宗録・‘‘偽’’経記~ぎそうろく・ぎけいき~ 作:鈴見彼方
「貴様ら、金目の物をそこに置けぇいっ!」
義経様の元服まもなく、厄介事が降りかかって来た。山賊の襲来。
戦いの末、義経様は山賊の頭すら仲間に率いれて、また郎等が増える。伊勢義盛という男だった。
仲間に加わって直ぐに馴れ馴れしくしてくるあいつとは、どうも気が合わなそうだったが、やつが話しかけてくるので、無視はできない。
「アンタが義宗さん?さっきの戦い、格好良かったっす!その小刀···結構良いヤツっすよね?」
近づいてきた義盛の首を押し退けながら、
「五月蝿えよ、お前。ちっと黙れねぇの?」
こんなに五月蝿いヤツだとは思わなかった。
「義宗さんが小刀を握った瞬間、周りの空気が震えて···。すっごく恐ろしかったっすね。」
「自我を保つのに必死だからな。」
山賊どもとの戦いの時は咄嗟のことだったから、太刀ではなく短剣で立ち回っていた。
義盛に短剣を見せると、目を輝かせ、じっと見つめられた。
“
遠い昔の話。
───
──「若殿。元服おめでとうございまする。」
縁側で全くの気力無しでいた俺の元に、一人の僧がやって来た。
「誰。」
別に誰だって良かった。早く帰って欲しかった。
「名乗らないなら帰れ、このクソ馬鹿。」
そう言葉を吐き捨てて、縁側から去ろうとした。
「若殿は覚えておりませぬか。それもそのはず、あれから10年経っておりますゆえなぁ。拙者は常陸坊海尊にごさいます。」
笠をとってお辞儀をするも、布で顔が覆われており、その素顔は見えない。
俺は出せる声を全て出した。苛立ちのままに、目の前に立つ僧にぶつけた。
「もう···、もう過去の記憶は捨てることにしたんだ!!」
そうはいっても、まだ完全に捨てられた訳ではない。むしろ、捨てようと意識すると、今までの記憶も引き摺り出されて上手くいかない。それが悔しかった。
「うわぁぁぁあああああぁあっっ!!ああぁぁ····っ!」
本当は海尊の事をしっかりと覚えていた。
あの時。
──「いや、いやだぁぁぁ!!ははうえ、ちちうえ、あねうえぇーー!」
もがいても、もがいても、海尊の腕は俺を掴んだままだった。
文治五年。俺たちが暮らす奥州衣川に藤原氏が攻め込んできた。
「若殿···!危ないです。お下がり下され。」
海尊は暴れ狂う俺を押さえつけた。
「自害する時間は、弁慶が稼いでくれる。郷はもう腹を括ってるようだし、弥郷もかなりの手負いゆえ、逃げた所でもはや助かるまい。」
血塗れで傷だらけの父は、とても苦しそうだった。
「しかしながら、···よ、義経公···。」
「おい、主の命令が聞けないのか。···疾くと行け···。」
父は血だらけのままよろよろと近づき、俺の頭を撫でた。傷による発熱で熱くなった手が、俺の頬に触れた。
「千歳丸。お前は不必要だ。地獄に行くのに、お前は要らない。」
荒い息をしながらも、父は一生懸命話そうと必死に口を開き、言葉を紡いだ。
「···ッ、早く行かないか。」
父が苦しげに言うと、海尊はハッとしてお堂の外に出ていった。
「ちちうえーっ!」
駆け出した海尊の腕の中、必死にもがいた。
逃げ出せなかったが、どうにかして後ろを振り返った時、障子越しに、小刀で首を斬り落とさんとする父の影があった。
俺がやめろと叫んだと同時に、障子は一瞬のうちに赤い飛沫で彩られた。
その後の事はよくわからない。覚えていない。
海尊が言うには、あの血が父のものであり、あの赤い障子の中で起こった惨事を理解した途端に泣き叫び、俺は気を失ったらしい。
────────
「···父上っ···うぅ···あああ···ッ···!」
海尊は俺の前に黙って立っているばかりで、一つも言を発しない。
「···不必要でも、何でも、俺は父上と一緒にいたかった!」
今はもう、父上も、養父上もいない。どうやら独りぼっちになるのが怖かったみたいだ。あのときもそう。自分だけこの世に取り残されるのが嫌だったんだ。
養父上が死んで以来誰かに繋がれた事の無い···いや、繋がれる事を拒否し続けた両手は、心と同じく空っぽで。
「···若殿。」
泣きじゃくる俺の手に、何かが収まった。冷たい漆塗りの感触が腕の神経を伝う。
「···何だよ、これ。短剣?」
柄には血が染みており、どう見ても曰く付きだが、鞘の色は美しい。まじまじと眺めていると、
「落ち着きましたか、若殿。」
とカラカラ笑う声がする。きっと顔を覆う布の下では笑っているのだろう。
「若殿の元服祝い、でございまするよ。」
「抜いてみて良いか?」
そわそわしながら海尊に訊くと、海尊は「あー····。」と誤魔化してペロリと顔を覆う布を捲る。
深く笠を被っているため、鼻から上は見えないが、その口許がしっかりと見えている。
「決して、感情が昂っているときに抜刀しては成りませぬ。約束できますかな?」
「···えっ、ああ、約束する。」
そのときはその言葉の意味はわからなかったけど、俺は反射的に頷いた。
──────────
──感情が昂っているときに抜刀するななんて約束、もう何回破っただろうか。その度に、俺は······。
「···おーい、義宗さん?義宗さーん?」
「うるさい、黙れ。」
「だってボーッとしてたじゃないっすか。」
俺はずっと、昔の事を思い出して黙り込んでいたらしい。義盛が俺の顔を覗き込んでいるのにも気が付かず。
「そういえば、義宗さんの目って深緑だったんすね。···光の加減かな、さっき短刀を振り回してた時は左の瞳が赤かった気が···。ん~、気のせいっすよね。」
義盛はひょいひょいと俺の周りを回りながら、俺をまじまじと見つめる。
義盛を押し退けてもずいっと寄ってくるので、「馬鹿だな」とか言って頭を軽く叩いてみる。
「思ったんですけど、義宗さん。さっき短刀で戦ってた時、自我が薄いっつうか、何つうか···。俺ら盗賊はそういうの割と結構鋭くて。」
無意識に肩がびくりと跳ねた。全くもってその通りである。確かに俺は、短剣を持っているときに自我を失いかけている。
戦いの最中今剣を抜刀すると狂気に駆られ、俺は自我を失う。最近は己に打ち克つことができるようになり、自我を失わずに済んでいるが、今尚俺の体を短剣が支配しかける。
それは海尊曰く、父上の血と怨念が刀に残っているから、血の繋がっている俺に反応があるのだ···とのこと。
「その通りだ。」
「え、じゃ当たりっすか!ぃよっしゃあ!」
拳を天に突き上げる馬鹿を見て、自然とため息が出る。
「なにやら楽しそうだな。」
いつの間にか義経様がそこにいた。
「ちっとも楽しくありませんけど。」
「いや、義盛が。」
お前はどうでもいい、とでもいうように義経様は手をひらひらと振った。
「それは今剣か。二振りあったとは思わなんだ···。」
本当は、全く同じ刀だが。一つしかないのが二つある、なんて事は予測するわけないし、そう思うのが妥当か。
「なんだか面白いな。深い深い縁を感じる。親子でも何でもないのにな。」
義経様は気づいてない。本当は親子だということに気づいていない。それでも義経様の口から親子という言葉が出てきたことに驚いた。
「そ···、そうですか。」
苦笑いしか返せない自分が悔しい。親子であることは、最後の切り札として取っておかねばならないから。
「面白いやつだろ?義宗は。····なぁ義盛!」
義盛は、さぞ嬉しそうに笑った。ぶっきらぼうに結ばれた橙色に近い茶色の髪ががさがさ揺れる。
幼少の記憶に義盛が居なかったような気がするけれど、その明るい顔は、今剣の事を考え詰めていた俺の心を解くようで、どこか温かい。
俺はいつの間に笑顔になっていた。
今剣をまた腰に括ると、俺は縁側の外の星を眺めて伸びをした。
第5話・登場人物
伊勢義盛(いせ よしもり)
上野国に蔓延る山賊一味の親分。義経や弁慶、義宗の強さに感服して義経軍に加わる。
義宗を先輩のように慕っているが、「暑苦しい」と義宗本人からはあまり好かれていない。