義宗録・‘‘偽’’経記~ぎそうろく・ぎけいき~   作:鈴見彼方

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 時空移動をしてからはや数年。義宗は鞍馬寺を抜け出した後道中元服した牛若丸(源九郎義経)の部下となり、藤原秀衡を頼るため義経らと共に奥州に向かう。


五話 追憶・今剣(いまのつるぎ)

 「貴様ら、金目の物をそこに置けぇいっ!」

 義経様の元服まもなく、厄介事が降りかかって来た。山賊の襲来。

 戦いの末、義経様は山賊の頭すら仲間に率いれて、また郎等が増える。伊勢義盛という男だった。

 

 仲間に加わって直ぐに馴れ馴れしくしてくるあいつとは、どうも気が合わなそうだったが、やつが話しかけてくるので、無視はできない。

 「アンタが義宗さん?さっきの戦い、格好良かったっす!その小刀···結構良いヤツっすよね?」

 近づいてきた義盛の首を押し退けながら、

 「五月蝿えよ、お前。ちっと黙れねぇの?」

 こんなに五月蝿いヤツだとは思わなかった。

 「義宗さんが小刀を握った瞬間、周りの空気が震えて···。すっごく恐ろしかったっすね。」

 「自我を保つのに必死だからな。」

 山賊どもとの戦いの時は咄嗟のことだったから、太刀ではなく短剣で立ち回っていた。

 義盛に短剣を見せると、目を輝かせ、じっと見つめられた。

 “今剣(いまのつるぎ)”。それがこの短剣の名。俺が元服したとき、常陸坊が勝手に渡して来た。

 遠い昔の話。

 

 

 

 ───

 

 ──「若殿。元服おめでとうございまする。」

 縁側で全くの気力無しでいた俺の元に、一人の僧がやって来た。

 「誰。」

 別に誰だって良かった。早く帰って欲しかった。養父上(ちちうえ)を亡くしてからというもの、気分が優れない俺にとって客は迷惑千万なのだ。

 「名乗らないなら帰れ、このクソ馬鹿。」

 そう言葉を吐き捨てて、縁側から去ろうとした。

 

 「若殿は覚えておりませぬか。それもそのはず、あれから10年経っておりますゆえなぁ。拙者は常陸坊海尊にごさいます。」

 笠をとってお辞儀をするも、布で顔が覆われており、その素顔は見えない。

 俺は出せる声を全て出した。苛立ちのままに、目の前に立つ僧にぶつけた。

 「もう···、もう過去の記憶は捨てることにしたんだ!!」

 そうはいっても、まだ完全に捨てられた訳ではない。むしろ、捨てようと意識すると、今までの記憶も引き摺り出されて上手くいかない。それが悔しかった。

 「うわぁぁぁあああああぁあっっ!!ああぁぁ····っ!」

 本当は海尊の事をしっかりと覚えていた。

 

 

 

 

 あの時。

 

 ──「いや、いやだぁぁぁ!!ははうえ、ちちうえ、あねうえぇーー!」

 もがいても、もがいても、海尊の腕は俺を掴んだままだった。

 文治五年。俺たちが暮らす奥州衣川に藤原氏が攻め込んできた。

 「若殿···!危ないです。お下がり下され。」

 海尊は暴れ狂う俺を押さえつけた。

 

 「自害する時間は、弁慶が稼いでくれる。郷はもう腹を括ってるようだし、弥郷もかなりの手負いゆえ、逃げた所でもはや助かるまい。」

 血塗れで傷だらけの父は、とても苦しそうだった。

 「しかしながら、···よ、義経公···。」

 「おい、主の命令が聞けないのか。···疾くと行け···。」

 

 父は血だらけのままよろよろと近づき、俺の頭を撫でた。傷による発熱で熱くなった手が、俺の頬に触れた。

 「千歳丸。お前は不必要だ。地獄に行くのに、お前は要らない。」

 荒い息をしながらも、父は一生懸命話そうと必死に口を開き、言葉を紡いだ。

 「···ッ、早く行かないか。」

 父が苦しげに言うと、海尊はハッとしてお堂の外に出ていった。

 

 「ちちうえーっ!」

 駆け出した海尊の腕の中、必死にもがいた。

 逃げ出せなかったが、どうにかして後ろを振り返った時、障子越しに、小刀で首を斬り落とさんとする父の影があった。

 俺がやめろと叫んだと同時に、障子は一瞬のうちに赤い飛沫で彩られた。

 

 

 

 その後の事はよくわからない。覚えていない。

 海尊が言うには、あの血が父のものであり、あの赤い障子の中で起こった惨事を理解した途端に泣き叫び、俺は気を失ったらしい。

 

 

 ────────

 

 

 

 

 「···父上っ···うぅ···あああ···ッ···!」

 海尊は俺の前に黙って立っているばかりで、一つも言を発しない。

 「···不必要でも、何でも、俺は父上と一緒にいたかった!」

 今はもう、父上も、養父上もいない。どうやら独りぼっちになるのが怖かったみたいだ。あのときもそう。自分だけこの世に取り残されるのが嫌だったんだ。

 

 養父上が死んで以来誰かに繋がれた事の無い···いや、繋がれる事を拒否し続けた両手は、心と同じく空っぽで。

 

 「···若殿。」

 泣きじゃくる俺の手に、何かが収まった。冷たい漆塗りの感触が腕の神経を伝う。

 「···何だよ、これ。短剣?」

 柄には血が染みており、どう見ても曰く付きだが、鞘の色は美しい。まじまじと眺めていると、

 「落ち着きましたか、若殿。」

 とカラカラ笑う声がする。きっと顔を覆う布の下では笑っているのだろう。

 「若殿の元服祝い、でございまするよ。」

 「抜いてみて良いか?」

 そわそわしながら海尊に訊くと、海尊は「あー····。」と誤魔化してペロリと顔を覆う布を捲る。

 深く笠を被っているため、鼻から上は見えないが、その口許がしっかりと見えている。

 「決して、感情が昂っているときに抜刀しては成りませぬ。約束できますかな?」

 「···えっ、ああ、約束する。」

 そのときはその言葉の意味はわからなかったけど、俺は反射的に頷いた。

 

 ──────────

 

 

 

 ──感情が昂っているときに抜刀するななんて約束、もう何回破っただろうか。その度に、俺は······。

 「···おーい、義宗さん?義宗さーん?」

 「うるさい、黙れ。」

 「だってボーッとしてたじゃないっすか。」

 俺はずっと、昔の事を思い出して黙り込んでいたらしい。義盛が俺の顔を覗き込んでいるのにも気が付かず。

 「そういえば、義宗さんの目って深緑だったんすね。···光の加減かな、さっき短刀を振り回してた時は左の瞳が赤かった気が···。ん~、気のせいっすよね。」

 義盛はひょいひょいと俺の周りを回りながら、俺をまじまじと見つめる。

 義盛を押し退けてもずいっと寄ってくるので、「馬鹿だな」とか言って頭を軽く叩いてみる。

 「思ったんですけど、義宗さん。さっき短刀で戦ってた時、自我が薄いっつうか、何つうか···。俺ら盗賊はそういうの割と結構鋭くて。」

 無意識に肩がびくりと跳ねた。全くもってその通りである。確かに俺は、短剣を持っているときに自我を失いかけている。

 戦いの最中今剣を抜刀すると狂気に駆られ、俺は自我を失う。最近は己に打ち克つことができるようになり、自我を失わずに済んでいるが、今尚俺の体を短剣が支配しかける。

 それは海尊曰く、父上の血と怨念が刀に残っているから、血の繋がっている俺に反応があるのだ···とのこと。

 

 「その通りだ。」

 「え、じゃ当たりっすか!ぃよっしゃあ!」

 拳を天に突き上げる馬鹿を見て、自然とため息が出る。

 「なにやら楽しそうだな。」

 いつの間にか義経様がそこにいた。

 「ちっとも楽しくありませんけど。」

 「いや、義盛が。」

 お前はどうでもいい、とでもいうように義経様は手をひらひらと振った。

 「それは今剣か。二振りあったとは思わなんだ···。」

 本当は、全く同じ刀だが。一つしかないのが二つある、なんて事は予測するわけないし、そう思うのが妥当か。

 「なんだか面白いな。深い深い縁を感じる。親子でも何でもないのにな。」

 義経様は気づいてない。本当は親子だということに気づいていない。それでも義経様の口から親子という言葉が出てきたことに驚いた。

 「そ···、そうですか。」

 苦笑いしか返せない自分が悔しい。親子であることは、最後の切り札として取っておかねばならないから。

 

 「面白いやつだろ?義宗は。····なぁ義盛!」

 義盛は、さぞ嬉しそうに笑った。ぶっきらぼうに結ばれた橙色に近い茶色の髪ががさがさ揺れる。

 

 幼少の記憶に義盛が居なかったような気がするけれど、その明るい顔は、今剣の事を考え詰めていた俺の心を解くようで、どこか温かい。

 俺はいつの間に笑顔になっていた。

 

 今剣をまた腰に括ると、俺は縁側の外の星を眺めて伸びをした。

 




第5話・登場人物

伊勢義盛(いせ よしもり)
 上野国に蔓延る山賊一味の親分。義経や弁慶、義宗の強さに感服して義経軍に加わる。
 義宗を先輩のように慕っているが、「暑苦しい」と義宗本人からはあまり好かれていない。
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