「故に、トリオン体の修復にはトリオン能力に比例して時間が掛かるという訳だ」
「なるほど」
最初のうちはちょっとした疑問を解決する為に開発室の門を叩いていたが、気付けば鬼怒田さん直々の講義を受けることになり、気付けば早数週間。
そのお陰か、気付けばいつの間にかアンロックされていた〈トリオン工学〉まで取ってしまった。
近頃の講義の内容は専門性を増していき、うっかり熟練度を無駄遣いしてしまった。
いや、将来的に役に立つと思うから。大丈夫、大丈夫。
褒められて調子に乗った事のない者のみ、私に石を投げるがいい。
「それにしてもここまで飲み込みが早いとは」
「そうですか?」
私は称賛を繰り返された事でこそばゆい気分になり、頬を掻く。
講義の内容は幅広く非常に興味深いものばかりだった。
例えば、トリオン体による食事では消化吸収率が100%に近く、非常に効率的な反面、満腹中枢の刺激が少ない。
そのため少々過食気味になり、生身がどんどん太っていく現象が起こる。
「もう技術者になっちゃえばいいのに」
噂をすれば、大きめのシェイクを片手にその現象の生き証人が現れる。
「雷蔵さん、こんにちは」
寺島雷蔵。19歳にして新型トリガー、レイガストを開発した若き天才技術者。
1年前まで孤月でかなり上位の
レイガストは重さが難点とは言え
ただ、まだまだ開発されてから日が浅く、使い手が少ない為ランク戦で見る事は少ない事に彼はよく愚痴を溢している。
軽い挨拶を返され、彼は鬼怒田室長に向き直る。
「鬼怒田さん。これ、頼まれてた物です」
「ご苦労だったな。雷蔵」
何だろう。態々雷蔵さんが
「新しいトリガーでもロールアウトしたんですか?」
「そんな訳あるか、この前レイガストを出したばかりだろう。そうポンポン新型を出せるものか」
確かにそうだ。新しいトリガーを作ることは比較的簡単であるが、それを多くの隊員が使い易く、全員が同じ挙動が出来る様に規格化する事が難しいのだ。
「お前さんの昇格祝いだ」
そう言って、手渡されたのはトリガーホルダーだった。なんと粋な計らいだろうか。世の女性がサプライズを好む気持ちが分かる気がする。
私は先日、無事4000ポイントを達成し、B級隊員に昇格した。
3000ポイント近くから入隊したにも関わらず、それなりに時間が掛かったのはトリガーを何度も変えた事と講義が原因だろう。
菊地原なんて、もうランク戦を荒らし回っている。
最近のランク戦はカメレオンを使用する隊が増えているが、やはり風間隊は頭一つ抜きん出ている。
同時に風間さんの手腕にも恐れ入る。
見えない隊員同士であそこまで指揮が取れるのはなかなか出来ることじゃない。
A級に上がるのも時間の問題ではなかろうか。
A級になればB級と違って固定給になる。今度焼肉でも奢ってもらおう。
「A級に上がればお前さんのトリガーもワシが見てやる。励めよ鹿島」
そう言われて、奮い立たない男がいるだろうか。
「勿論です。でも良いんですか、こんなにして頂いて」
「何、お前さんには色々手伝って貰ったからな。トリガーを調整してやるくらい、誰も文句を言うまい」
「それまでには鬼怒田さんには高血圧と眼精疲労と睡眠不足を改善していただきたいですね」
「うるさい、これくらいで死にゃあせん」
「ほらほら俺も暇じゃないし。使いたいトリガー教えて」
私も次の
【tips】人から教わる事でも熟練度は貯まる。それによって技能が変質することもある。
楽しい時間とはどういう物であっただろうか。
自分にとって、血が沸き立つような戦いの時間は何物にも換え難い物だった。
その一瞬に全てを賭けていたばすだった。
それは自分の高校卒業さえ危うくなる程に。
師を得て、剣を振り、なにより互いを高め合う
手を変え、品を変え、挑み、挑まれ、掴み取る勝利を知った。
敵を斬り、高みへと昇っていくだけで満足だった。
出席数が留年一歩手前なのにも関わらず、国公立の大学の入学が決まった事に両親は喜んだが、男にとっては取るに足らないことだった。
男の名は太刀川慶。ボーダーで頂点に位置する部隊の隊長にしてトップクラスの
輝かしい日々には終わりがあった。
好敵手が師の遺したトリガーを手にする為、最後の戦いとも思えた争奪戦にも参加出来ず、何も出来ないまま、違う道を進んでしまった。
それからは打ち込んでいたランク戦もやる気になれず、チームの順位を上げるほど、自分の
戦術や他の分野にも手を出してみるが、特にこれといって惹かれるものはなかった。
そんな悶々とした日々を過ごしている中で、かつての好敵手を気遣ってか、はたまたその剣技を錆びつかせぬ為なのか1人の隊員を連れてきた。
一目では男女の見分けが付かない中性的な顔立ちをした男だった。
曰く、自分を超える可能性が見えると。だから鍛えてやって欲しいと。
彼の未来視を疑うほど付き合いは短くなかったが、その真意が理解できるほど付き合いは長いとは言えなかった。
彼の語る未来を覆したくなったわけでも、頼みに応えてやりたいと思った訳でもない。
何となく、以前の様に、一時でもあの時間が味わえるならと迅の申し出を承諾する。
自分でも柄に合わないと理解しながらもその日から太刀川慶の師としての生活が始まった。
弟子を斬ること数週間。太刀川は他人を鍛えた事などなかったので、自分の師から教えられた事をそのまま伝え、後は実戦あるのみだった。
率直に言えば自分の弟子に剣の才があるとは言えなかったが、何度斬り捨てても文句一つ言わずに立ち上がるその気概は好感が持てる。
精神の強さが勝敗に反映される事は余程の実力差がない時だけというのが自論であるものの、何処まで成長できるかどうかにはある程度のそれが必要だと知っていた。
敗北というのは誰にとっても好ましい物ではないと思っていた為に、弟子が笑みを浮かべ続けている事が不思議で仕方がなかった。
何かが変わるわけでもなく、成長している感触もなく、黒星を叩き付ける日々に飽きが来始めた頃、状況が一変した。
数太刀与えれば崩れていた体勢に余裕ができ、揺らぎのない重心は自身の剣を的確にいなす。
誰だお前は、双子か何かと思ったほどだ。
自分にとって初めての弟子は色々異質であった。過程に軌跡が見えず、段差を上るが如く、突然成長する。
それが後に副作用である事を知らされたが、そんな事はどうでもよかった。
本能が告げる。コイツは
久しく忘れていた闘争に太刀川は気付けばー弟子を真似るわけではないがー以前の顔に張り付いた笑みを取り戻していた。
【tips】基本的に基礎技能の成長によって解放されるが、条件が整えば意思によって解放される事もある。
何だコイツは。剣を合わせた男は震撼した。
打ち込めど打ち込めど手に伝わる感覚は一様で変わらない。
堅牢な要塞を相手にしている気分だった。絶え間ない攻撃を浴びせるが、相対する相手は崩れない。
長引く戦いに焦れた為か、上段からの大振りの一撃にて決着を付けようとする。
気合を入れた渾身の一振りが相手に迫る。崩れた防御、晒された隙、予想していた手応えではないという違和感があったが、二撃目をすかさず放とうとする。
しかしその一閃は決まらなかった。それどころか先程の違和感の正体を察する。
上段に合わせた受け流しだった。気付いた時点で男は詰んでいた。
滑り込むような軌道を描き首筋に刃が入っていく。
格下だと侮っていたからか、万全の状態であれば勝てていただろうかと思案するが見惚れる様な技術に相手との力量差を自覚させられる。
ー勝者、鹿島。
ブースに戻され、クッションが体を受け止める。
自分が最強だと思った事はない。ただ正隊員になり、それなりの研鑽を積んできたが故の誇示があった。
正隊員になったばかりの新人に負ける事はないと思い込んでいた。
だが結果は惨敗。再戦を挑もうかとも考えたが、積まれてきた経験が何度か似た感覚を思い出させる。
8000点から先のマスタークラスと呼ばれる領域。そのトリガーにおける、ある種の到達点。
単に8000点に到達すれば良いのではない。書類上では認められるが、真の意味でのマスタークラスはその壁の先で点を奪い合う人間と渡り合う事を指していた。
自分にとっては越えられない壁。そこで戦う人間から与えられる印象が彼にはあった。
「化け物か...」
何度かやれば勝てる事もあるだろう。ただそれは今だけだと、そういう予感がした。
相手に礼を言い、男は一層の鍛錬を行う事を心に決めた。
自分を追い抜く後輩が多くとも努力を怠る理由にはならないのだから。
【tips】(忍田流)戦場刀法
ボーダー本部長、忍田真史が戦場に身を置く中で磨かれた戦闘技能。
正確無比な剣撃は2本の業物を使用すれば高い攻撃力を得る事が可能だが、その真髄は重量のあるブレードを片手で使用する事にある。
開祖を忍田真史とし、太刀川慶が修め、鹿島道長が享受する。
鬼怒田さんにトリガーを仕立てて貰い、開発室から出ると待ち構えていた実力派エリートこと迅悠一に捕まり、気付けば目の前にボーダー随一の
了承の是非など聞かれはしなかったが、トップから教えを賜る事が出来るなら私としても願ったり叶ったりであるので良しとする。
実戦における経験は身体能力をフル活用する為なのか熟練度の溜まり具合はデスクワークの比ではなかった。
実力者である事は重々承知していたものの、その差は歴然であり、その刃を受ける事すら出来なかったほど。
私は師匠との稽古を最大限に生かす為には少しでも太刀を受けきる必要があると思い、〈揺るがぬ重心〉と元々レイガストのテストを手伝う為に取っていた〈流水盾法〉を〈基礎〉まで上げた。
〈揺るがぬ重心〉どんな体勢でも自らの重心を崩さない特性。
重心とは戦闘における力点と作用点の中心に存在する場所であり、安定した攻撃、回避、防御を行う為には大切な概念であり、近接、遠距離に関わらず物理戦闘技能にボーナスが掛かる。
〈流水盾法〉攻撃を受け止める事で防御するのではなく、いなす事に重きをおいた戦闘技能。
データマンチにおいて最上の瞬間は何かと問われると、それは鍛え上げたデータを叩きつけ、何コイツと視線を貰う事である。
ただ、まだまだ完成には程遠いが故にマスタークラスの人達に勝ち越せる事は少ない。
A級部隊である太刀川隊の作戦室に出入りしている噂が広まるのにそう時間は掛からなかった為、先輩方からご指導頂く機会が増え、熟練度が稼ぐ事ができた。
教えてもらっている〈戦場刀法〉には高い〈技量〉と〈筋力〉が必要な為、〈基礎〉までしか取れなかったが他の技能と組み合わせるとそれなりの戦闘が可能になった。
このまま技量特化の
接近戦はある意味非常に分かりやすく強力な戦法ではあるが、複数を相手にするとなると手数が足りない。
そう思うと近接一辺倒は避けるべきなのかもしれない。
ここ最近のハードな訓練と成長期も合わさってか脳内に広がる技能の可能性は果てしないものになっている。
空いた時間に確認しているがこれを全て最高まで取ろうすればどれだけの時間が掛かるのか、人生10回分でも足りるか怪しい。
キャラクターのビルドを考える事は楽しいが、自分のビルドを考えるのもなんと楽しいことか。
などと悦に入っていると扉が開く。
「鹿島さん。来てたんですか」
「お、早いなお前」
入室したのは烏丸京介。太刀川隊の痒い所に手が届く万能手。
なんでもそつなくこなすモサモサしたイケメン。trpgで言えば
そして我が師、最近私の指導の為か
「お邪魔してます。あ、これどうぞ」
菓子折りを渡す。彼の家はとても裕福とは言えない上に大家族だ。その為多くのバイトを掛け持ちする苦学生でもある。
学生しながらバイトしつつボーダー隊員もやるという生活には素直に尊敬する。
「前も貰ったのにすいません」
「この部屋を使わせてもらっている身分だからね」
どんな身分であろうとも居候には変わりない。差し入れくらいしなければ私の居心地が悪い。
「さぁ今日もやるぞ、鹿島。取り敢えず100本だ」
「反省が追いつかないので50本でお願いします」
【tips】容姿値。
クトゥルフ神話TRPGにおいて使用される能力値の1つ。APPと表される。
9〜12が平凡とされる。顔だけでなく身嗜みによって値が変化することもある。
感想、評価等、ありがとうございます。励みになります。
誤字修正)イオナ様より
誤字修正)ソロランナー様より
誤字報告)ユウれい様より
誤字修正)三の丸様より
誤字修正)みやとも様より