依頼を完遂するため、翌日彼女たちは再びラハマへ襲撃をしかける。
その最中に告げられた事実に、彼女は耳を疑った。
最短コースを外れて大きく迂回して飛び、ハルカはウミワシ通商の根城へと帰還した。
「お、ハルカじゃねえか?帰ってこられたのか」
つくなり彼女はナカイのいる部屋へ直行した。
「帰って早々だが、明日の朝、ラハマに襲撃をかける。準備しておけ」
ナカイはそれだけ言うと、部下に指示を出す作業に戻った。
「……ナカイ」
彼女は彼を見据え、静かに言う。
「なんだ?」
振り向くことなく、彼は声だけで言った。
「……家族に、会いにいかせて」
「……聞こえなかったのか?明日の朝、ラハマへ攻撃をしかけるから、準備に移れ」
軽くあしらわれるが、彼女はその場を動かなかった。
「それじゃあ、今の母の容態を教えて。お金を運んでいるあなたなら、わかるでしょう?」
「……やけに聞き分けがないな」
彼は、鬱陶しそうにハルカへ振り向いた。
「……どうなの?」
しばし2人の間に沈黙が満ちる。彼女はキリエに言われたことが、頭に引っかかったままだった。
家族は今、どういう状況なのか。
ナカイは、大きなため息をはきだす。
「わかった。この依頼が終わったら、会いにいっていい」
「……本当に?」
「ああ、約束する」
2人はそのまま見つめ合う。石油ランプしか明かりのないうす暗い部屋では、サングラスの向こうに隠れた表情をうかがい知ることはできなかった。
「……わかった」
ハルカはそれだけ言い、愛機のレイの元へ向かった。
ナカイはその背中を見送ると、無線で部下たちを集めた。
「お前たちにいっておくことがある」
ハルカを除き、出撃する部下たちに、彼は作戦の一部を伝えた。
翌朝、出発を前に滑走路脇に参加機体が並べられ、作戦確認が行われる。
「さて、ウミワシ通商の社員諸君。これより、ラハマに2度目の襲撃をかける。目的は、第二羽衣丸の破壊。今回は、彗星に250kg爆弾を搭載して行う」
ウミワシ通商の総数30機の内、彗星は合計4機。止まっている目標相手なら、十分すぎる数だ。
「前回の襲撃で、敵の戦力は大幅に減っている。今度は正面から爆撃に向かう。いいな」
「「「はい」」」
「ムフッ、今度こそ、成功させてくださいね、皆さん」
依頼人の丸眼鏡をかけた男性がいけ好かない笑みを浮かべながら、出撃する皆を見渡す。
「では早速……」
そのとき、迫る爆音に全員が気づく。それもかなり近い。その音は、彼らのいる滑走路の上空から発せられていた。
「社長!あれを!」
社員が指さした方向、雲を突き破って1機の赤い機体が急降下してくる。
丸眼鏡をかけた依頼人の男性は、降下してくる機体に目をこらす。
「あれは、エリート興業の彗星?」
赤く塗られた機体の主翼に白文字でエリート、と書かれた彗星艦上爆撃機はダイブブレーキ代わりのフラップを展開したまま進入、上空で何かを切り離した。
それが何であるのか、皆が即座に理解した。
「「「逃げろおおおおお!」」」
全員がその場から駆け出した。
直後、彗星が切り離した250kg爆弾がさく裂。滑走路そばに並べられていた戦闘機たちを爆炎が包み込んだ。
「消火を!火を消すんだ!」
消火ホースを手に火を消そうとする社員たちだが、炎は戦闘機の燃料に引火して誘爆を起こし、火の海は広がっていく。
その上空を、悠々と彗星は引き返していく。
「くっそお!」
上空をにらみつけるナカイに、依頼人は迫る。
「どうしたのですか?出撃しないのですか?」
起こっている光景を前に出撃をせかす依頼人に、ナカイは怒鳴った。
「この状況が見えないのか!こんなので襲撃などできるわけが」
「半数近くは無事のようです。十分な数ではないでしょうか?」
男性は眼鏡のブリッジを指で持ち上げ、
「それとも、怖気づいたのですか?」
と言い放った。
「……消火作業と並行して、無事な機体を出せ!作戦は続行するぞ!」
『爆撃成功だ!帰還する』
「エリート興業のトリヘイさんから連絡です!爆撃に成功!」
成功の報告を聞き、ラハマ自警団詰め所内で連絡を待っていたものたちは、ほっと一息ついた。
「……これで、戦力は少しでも減ったはずだ」
ハルカの零戦に取り付けた発信機の電波を辿り、ウミワシ通商の根城を特定。出発の瞬間を攻撃する作戦は成功した。
「少し卑怯な気もするけど……」
「キリエ、相手は空賊です。手加減は無用ですわ」
表情を曇らせるキリエにエンマは言い放つ。キリエは、ハルカが被害にあっていないか、内心気になっていた。
用心棒が空賊の心配をするなど、キリエは妙な気分だった。
「続いて連絡。無事な機体約15機が出撃体制に入ったと。例の零戦もいるようです」
「……流石は悪魔。悪運が強いですわね」
エンマが皮肉めいた言葉を漏らす。
「これでなんとか、勝機はあるかしら?」
ザラの言葉に、レオナは浮かない顔をしている。
「確かに、30機とやり合うことを思えば、まだ勝ち目はあるが……」
彼女の言葉の先が、皆にはわかった。
ラハマの今の戦力は、コトブキの隼4機、エリート興業の彗星、ラハマ自警団の九七戦10機の計15機。
数の上では近くなったが、それでも相手には悪魔がいる。
1機でラハマの戦力に大きな損害を与えた蒼翼の悪魔、ハルカが無事である以上、ラハマ側が不利という可能性がある。
「続報がトリヘイさんから。ウミワシ通商が根城を発ちました」
「出撃準備だ。いくぞ!」
いずれにしても、空賊がラハマを襲撃してくる以上、用心棒として彼女たちには、選択肢はなかった。
どこまでも続く荒野を飛ぶ、ウミワシ通商の戦闘機たち。
その先頭を、ハルカの零戦は行く。後続には爆弾を積んだ彗星が2機、護衛の零戦21型9機、飛燕4機が続く。先ほどの爆撃の被害を逃れた機体全てが参加。
ナカイは遅れてくるらしい。
『間もなくラハマ上空だ。彗星はまっすぐ羽衣丸へ向かえ。戦力は分散せず、全員で向かう。ハルカ、わかっているか?』
「……了解」
彼女は進路を、羽衣丸の係留されている場所へ向ける。
あの輸送船、ラハマという町。この2つを前にすると、彼女はどうしてもキリエのことを思い出してしまう。
外見からして、年はおそらく近い。初めてそんな人と口をきいた。
そのときの彼女の、好きなものを前にしたときの輝く瞳、意気投合したときのまぶしい笑顔が頭から離れない。
空賊になって以来ずっと、誰かから憎まれ、恨まれ、警戒される視線しか知らなかった彼女にとって、それは数少ない、自身に向けられたお日様のような、温かい視線だった。
鉄格子の中にいたとき、ハルカはキリエから罵声を浴びせられると思っていた。だが、彼女は恩を仇で返したハルカに対し、それをしなかった。
だからか口がすべり、自分の身の上話をした。
そんな人間に出会ったのは、初めてだったから。
でも、キリエは羽衣丸を守る用心棒。
ハルカはそれを破壊する空賊。
2人の見る視線の先は違う。
彼女は頭を振って雑念を追い払おうとする。
それより、お金がいる。弟に妹の生活費、病気の母親の治療代が。
そのためには、依頼を完遂しなければならない。もう、奪われないために。
金と力があれば、奪われる側にならなくて済む。
ウミワシ通商でやっていくと決めたとき、初めて輸送船を襲撃したそのときから、もう、後戻りできないとわかっていた。
彼女は飛行眼鏡をかけ、操縦桿を握りなおし、視線を羽衣丸へ向けた。滑走路から、コトブキの隼や自警団の九七戦が上がってくる。
数はこちらと同程度。十分やれると、彼女は思った。
そのときだった。
ハルカは背後から何か不穏なものを感じ取り、とっさに操縦桿を引いて上昇した。先ほどまでいた位置を、機銃弾に混ざった曳航弾の閃光が駆け抜けていく。
「……何!」
途端に、後続の味方が彼女を一斉に撃ち始めた。
「何するの!止めて!標的は私じゃない!」
無線で彼女は味方に抗議する。
『どうするも何も、ナカイさんからの命令だ』
彼女は、彼らが何を言っているのか理解できなかった。
後ろから飛来する飛燕や零戦の機銃弾を回避しつつ、彼女は前方に視線を向ける。
「……あ!」
急いで回避する。前方からコトブキの隼が迫り、放たれた機銃弾を寸での所で避けた。
「命令って。味方を落とすなんて、何考えているの!?」
『いずれはこうするつもりだったんだ』
無線から聞き覚えのある声が響く。ナカイだと、彼女は察した。
『貴様は十分組織に貢献してくれた。用済みになれば処分して当然だ。他の組織の手に渡ると面倒だからな」
後ろからは味方と思っていたウミワシ通商の機体から、違う方向からはラハマの機体から発砲され、彼女は頭を前後左右に動かして周囲を見つつ、回避に徹する。
「落ちるわけにはいかない……」
彼女は操縦席でつぶやく。
「私には、家族が、まだ……。だから……」
彼女は周囲が敵ばかりの状況でもあきらめず、自分の原点を心に刻む。
守らなければならない、奪われるわけにはいかない。大事な人々がいる。
だから、生きなければならない、帰らなければならない、と。
「だから、こんなところで。落とされるわけにはいかない!」
『……ふふ。ははは、はっはははは!』
だがそんな彼女を、ナカイは笑う。
「何がおかしい!」
『ははは。おかしいに決まっているだろ?だってよ……』
ナカイは言い放った。
『お前の家族はもう、この世にいなんだからよ!』
ハルカは、一瞬周囲の時が止まったような錯覚に陥った。
ナカイが何を言っているのか、すぐには理解できなかったのだ。
『冥土の土産に教えてやる。半年前、ラハマのそばで所属不明の輸送機が墜落しただろ?あれはわが社の輸送機で、不要な社員や人員を、墜落に見せかけて処分したんだよ!お前の家族も一緒にな!』
「なっ!」
『お前が輸送船を襲ってくれるようになってから、商売で儲かってしょうがないんだ!笑いが止まらない!積み荷はどれだけ高くても金を積むやつがいる!儲けが沢山出れば、それを少しでも多く受け取りたいのが人間ってもんだろ?どうすれば多く受け取れるか?単純なことだ。食い扶持を減らせばいい』
「だからって……、だからってそんな!」
『お前は人が良すぎるんだ。仲間でも、俺たちは空賊だ。法を破る人間が、口約束程度忠実に守ると思うか?』
そうだ。ウミワシ通商は無法者たちの集まり。彼女は、長く組織にいたことでそれを失念していた。
『お前を雇ったのは、戦闘能力が目的だった。俺はお前の戦果に対して報酬を払っていた。等価交換だろ?』
「じゃあ、私が渡していたお金は!?」
『ああ、あの金か?お前が病院へと言った金は、ありがたく装備の更新に当てさせてもらった!だから俺の機体も新しくできたし、飛燕など高級な機体を揃えることができたんだ!』
言葉がでなかった。家族のため。そう思って空賊行為にまで手を出した。
そうやって必死になって翔け抜けた果てに、家族はいつの間にか殺され、お金は組織を太らせるために使われた。
自分は何のために戦っていたのか。
何のために空賊行為に加担したのか。
足場が崩れゆく幻聴が聞こえたような気がした。
とんだピエロになり果てたものだと、彼女は思った。
『だがどんなに強くてもお前1機じゃあリスクが高い。だから、新しい機体を沢山買って、代わりにすることにした』
「……じゃあ、家族に会いに行っていいっていったのは」
『ああ。約束通り会わせてやるよ!
ハルカの後方の飛燕や零戦たちが銃撃を続ける。別の方向からは、コトブキやラハマ自警団の機銃弾が彼女に殺到する。ここに味方は、もはやいない。
彼女は操縦桿とスロットルレバーを握る手に力をこめる。頭の中を、色んな考えや疑問等が交錯する。
自分は今まで一体、何をしていたのか?
なぜキリエに言われたように、まめに会いに行かなかったのか?
後悔がよぎる。その一方、考えないようにしていたことが頭をよぎる。
輸送船を襲うたび、どれだけの人々の生活を狂わせた?
どれだけの人々を傷つけた?
どれだけの人々を殺した?
その結果、
色んな疑問や考えが頭の中を渦巻く。
そんな中、彼女の頭の中を特定の心情と言葉が埋め尽くすようになり、一つの行動を導き出した。
―――許さない。
『落ちろ!』
後方から飛燕が機首の機銃を撃つ。だが、その銃弾は空を切った。標的だったハルカの零戦は機首を上げ減速し、飛燕の後方へ回り込んだ。
後ろを取った零戦の機首の機銃が火を噴き、銃弾は飛燕の急所、胴体下のラジエーターに命中した。
冷却機構に被弾した飛燕は、煙を吹きながら墜落していく。
『てめえ、裏切りやがったな!』
「……先に裏切ったのはそっちでしょう?」
冷気のように冷たい声で、彼女は言う。
彼女は速度をあげ、別の飛燕の後ろにつく。撃たれると思ったのか、飛燕は急降下を始めようと機首を下に向けた。
その瞬間を狙い、ラジエーターを同じく撃つ。
「……とりあえず、何をしなければならないか、それはわかるわ」
彼女は目を大きく見開き、眉間に皺をよせ、操縦席内で叫んだ。
「全員、叩き落してやる!」
ハルカの零戦は速度をあげ、ウミワシ通商の機体へと向かっていった。
「総員戦闘中止、上空へ退避しろ!」
レオナが無線に向かって叫ぶ。コトブキ飛行隊の隼、自警団の九七式、エリート興業の彗星は上空に退避した。彼らは、眼下で繰り広げられる空戦を見つめる。
「なにが起こっているの?」
眼下には、仲間であるはずの機体を次々落としていく蒼い翼の零戦の姿がみられる。爆弾を抱いた彗星を2機素早く落とし、速度差や急降下を使って零戦は通り魔のように仲間を落としていく。
「内乱?仲間割れ?」
ザラやキリエも戸惑いを隠せない。ウミワシ通商が再び現れたと思ったら、蒼い翼の零戦目掛けて攻撃を始めた。その後、零戦は味方だったはずの彗星や飛燕を落とし始めた。
零戦は血に飢え、首輪が外れた狂犬のように次々手近な機体に襲い掛かっては撃ち落していく。
「レオナ、私たちどうすればいいの!?」
「……状況がわからない。様子を見る」
「いいの?加勢しなくて」
ザラの問いに、レオナは黙る。以前彼女たちはラハマから奪われた雷電を取り戻すため、エリート興業の拠点、エリート砦を襲撃したことがあった。あの時社長のトリヘイは部下に裏切られ、撃墜されそうになった。
その際は、ザラが姐さんと約束をしてきたから攻撃対象がわかった。
だが今回は違う。
どちらが自分達の敵かわからない以上、うかつに手は出せない。
それに、もしこの場であの零戦がウミワシ通商の機体を片付けてくれるのなら、ラハマ側は残った零戦1機だけを撃墜すればいいことになる。
今ラハマ側の戦力が限られる以上、状況を利用するしかない。
だが、なぜ味方であるはずのウミワシ通商の機体が、一斉に彼女に攻撃を始めたのか疑問はある。
レオナは状況を静観しつつ、無線機をいじりはじめた。