彼女にその時が訪れる。
議員に連れられて向かった先は、彼女の母親の実家だった。
何を言われるか不安に駆られる中、祖父母が口にしたことは。
ザラに引きずられていくレオナを見送り、ハルカたちは苦笑する。
「そういえば、紅茶はないのかしら?」
エンマのなにげない問いに、ホナミ議員は表情を曇らせた。
「申し訳ありません。紅茶は、今回は対象ではないんです」
「そうですの?私、ハリマ産の紅茶、好きだったので」
「そうでしたか。ありがとうございます。実は、……自由博愛連合の爆撃の被害で、紅茶畑が殆ど焼かれてしまったんです」
エンマの表情が一瞬険しくなった。
「かつてハリマは、イケスカの誘いを断り、自由博愛連合には加盟しませんでした。その結果、加盟した商売敵の都市、ナハタが紅茶の専売を認められ、連合の飛行隊が我々の畑を焼きに来たのです」
傍で話を聞いたユーリア議員の表情も険しくなった。
ハルカが護衛隊に入ってすぐの外遊で訪れたアレシマで、強引に要求をのませようとした市長のことを思い出したのだろう。
「ですが、今復興に取り組んでいます。遠くない先に、再びお届けできるよう、農家と頑張っております。だから、待っていてくださいね」
「はい。楽しみにしております」
エンマは笑みを浮かべ、ハンブルグサンドにかぶりつくケイトや酒を嗜むザラたちのもとへ歩いていった。
「まだ、被害から立ち直れてないのね」
「そうね。紅茶はとれるようになるまで時間がかかるから、すぐにはね」
ハリマが紅茶畑を焼かれた上に、商売敵のナハタはイケスカ動乱以降、財政が悪化して畑の維持も難しいようで、紅茶は品薄状態となり、値段が高騰。
紅茶を嗜むエンマにとっては、頭が痛い問題だろう。
「でも、必ずもう一度立て直す。必ずね」
「その日が待ち遠しい。ハリマの紅茶ないのかって、客がうるさくてかなわん」
突如聞こえた声に、マダムは振り向く。
そこにいたのは、サングラスをかけた禿げ頭の、マフィアのような男性。
「ウッズじゃない」
「来てくださったんですね、ウッズ社長」
「初めましてだな、ハリマ評議会ホナミ議員。今回は招待してくれて、感謝する」
ウッズは議員に軽く頭を下げた。
「よう、ルゥルゥ。お前自らが来るとは、珍しいな」
「それはあなたもでしょ」
オウニ商会のマダム・ルゥルゥ。ガデン商会のウッズ。この二人は、余程重要な場でなければ姿を見せないことで有名だった。
「ハリマの誘いを断る奴などいない。来て当然だ」
「そうね。ところで、あなたの小鳥ちゃんたちは?」
するとウッズは後ろを指さした。
「おいしい~。普段食べられないものが一杯!」
「ユーカ、口の周り汚れているわよ。拭いてあげるから、動かないで」
「ああ、こんな食事久しぶり……」
そこにはガデン商会の雇っている飛行隊、ハルカゼ飛行隊の面々が食事に舌鼓を打っていた。
副隊長のエリカは口回りを汚す隊長のユーカの世話をし、ベルや他の隊員たちは一様に天にも昇りそうな表情を浮かべている。
「てめえら、酒だけは飲むんじゃねえぞ」
「「「は~い」」」
まだお酒が飲める年齢に達していないのか、そこだけは社長が釘をさす。
元気よく応えたハルカゼ飛行隊の面々は、再び食事に戻る。
余程日頃の食事が質素なのだろう。料理の減り具合が早い。
「……すまねえ、こういう場なれてなくてな」
そんな微笑ましい光景に、マダムたちは笑みを浮かべる。
ふと、ラハマ町長はウッズの周囲を見渡す。
「おや、カイチからは町長は来てないのですか?」
「お、ラハマの町長さんか。カイチの長はこれねえっていうから、代理で俺が来たんだ」
「まあ、あなたの方が交渉がスムーズに進むでしょうからね」
「……どういう意味だ?」
「言葉通りの意味よ」
きっと、ウッズ社長のほうが交渉が進みやすいだろう。
主に外見的な理由で。
「お久しぶりです、ウッズ社長」
「お、ハルカじゃねえか。元気だったか」
「はい。ところで、あの子たちはあの後……」
ハルカは、気まずそうにユーカたちの方を眺めながら言う。それでウッズは察した。
「心配するな。今はもう立ち直っている」
「よかった」
彼女はほっと胸をなでおろす。
「……5日ほど自信喪失して全員部屋から出てこなかったがな」
「ぐっ!」
ハルカの胸に、何かが突き刺さる幻覚が見えた。
「その間、仕事は断るしかなくて、一部損失が出た」
「ぐっ!……申し訳ないです」
彼女は両手を合わせてウッズを拝むように謝る。
「……ハルカ、あなた」
「何やったの?」
ユーリア議員とマダムが尋ねる。
「今回の商談会の招待状を、彼女がうちへ持ってきてくれた際、ユーカたちが演習に付き合ってほしいと言ってきてな。彼女と1対6で戦ったんだが……」
「もしかして、負けたの?あなたの小鳥ちゃんたち」
「……しかもかなり一方的にな」
それを聞いてマダムたちは、「まあそうなるな」と言いたげな表情を浮かべた。
通常なら数が多い方が勝つのだが、悪魔と名高いハルカに対し、ハルカゼ飛行隊はまだ経験が浅いひな鳥たちの飛行隊。
いかに数的優位があろうとも、それを覆せる相手では仕方のない結果だろう。
なんせハルカは、今では共に仕事をしているコトブキ飛行隊でさえ、初めて会敵したとき半数を撃墜しているのだから。
「まあ、なんだ。演習で負けたのはユーカたちの実力不足。てめえが気にすることはない」
「……はい」
「……だが、それによってわが社に少しだが損失が出た」
「ぐっ!」
またもハルカは胸を押さえた。
「そんなわけでだ。どうだ。短期間でいいから俺のところで仕事を」
「ちょっと待ちなさい!」
背後から声がしたかと思うと、ハルカは襟首を掴まれ、引き寄せられる。
「彼女の雇い主は私よ。勝手な真似は許さないわ」
そういうのはユーリア議員。
ハルカは、ユーリアの腕の中に納まった。
「損失分はいくら?私が補填してあげてもいいわ」
「議員が払っていいのか?」
「ええ、勿論よ」
「ユーリア。彼女の雇い主は、私もなのだけど?」
「お二人とも、私のことをお忘れですか?」
マダムとホナミ議員も主張する。
「お前が3人に雇われているっていうのは、本当だったんだな?」
「ええ……まあ」
ウッズが目を見開く。
「まあ、さっきのは冗談だ。気にしなくていい」
「いいんですか?」
「ああ。ただ、もしそいつらのとこ首になったら、俺のところにこいよ。いい給料で雇ってやるから」
「ご安心を。この子を手放すつもりはないから」
そういうユーリアの顔は、襲い掛かろうとせん番犬のようだった。
「……これじゃあどっちが番犬かわからねえな」
ウッズは会釈すると、ユーカたちのもとへと歩いていった。
それを確認したユーリアは、ハルカの頭をつかんで向かい合う。
「ハルカ。あなたの雇い主は私たち3人よ」
「ええ、勿論ですよ」
「なら、ああいう話があったら、必ず断りなさい。いいわね?」
「は、はい……」
念押しをするユーリアを見て、マダムにホナミ議員、護衛隊の隊長と弟さんはクスクスと笑う。
「さて、それじゃあ、他の料理もどうぞ楽しんでください。いいお話ができること、期待しておりますよ」
「ええ、ぜひとも」
ラハマ町長とホナミ議員は軽く会釈をする。
ホナミ議員は去り際、ハルカの耳元でささやくように言った。
「今夜、迎えにいくからね」
それを聞いたハルカは、心臓の鼓動が少し早くなるのを感じた。
「だあ~、おいしかった~」
羽衣丸の会議室に置かれたソファーに、キリエはもたれかかる。
「いやあ、あのパンケーキ美味しかった!ホイップ以外にアイスやはちみつ、あんことかトッピング自由!また食べたい!」
「カレーもおいしかったな~。野菜たっぷりお肉たっぷり!」
「ハンブルグサンドも」
「お酒も色んな種類があったわ~」
コトブキの面々は、ほぼすべての料理を味わい、胃に収めていた。
そのどれにも、彼らはご満月のようだ。
「それにしても、あれだけの食材を一つの都市で全て賄っているのが、凄い所だな」
食べた食材はどれも味が良く、間違いなくどこの都市も欲しがるものだと、彼らは確信して言える。
しかも、これが全てこの都市一つでとれたものなのだから驚きを隠せなかった。
「でも、ハリマだって最初からそうだったわけじゃない」
お茶を静かに飲んでいたユーリアが口をはさんだ。
「そうなのですか?」
「今の議長がハリマにやってきて、大きく変わったそうなの。それまでのハリマはどちらかといえば、他都市とあまり関係を持ちたがらない都市だった」
「その都市が、真反対に姿勢を転換したんですか?」
「ええ。今の議長や市長の功績ね。おかげで、食料の流通量が増え、飢えから脱した都市も多いわ」
それほど大きな方針転換を、あのカスガ議長はやってのけたのだ。
彼は議長をやめさせてもらえないと言っていたが、むしろやめてほしくないという声が多いのだろうとレオナは察する。
ふと、部屋のドアがノックされる。
「どうぞ」
ドアを開けて顔を見せたのは、ホナミ議員だった。
「失礼します。……ハルカさん」
「……はい」
短く言葉を交わすと、ハルカはソファーから立ち上がる。
「ユーリア議員……」
「行ってらっしゃい」
彼女は手を振って、ハルカを送り出す。
そして2人はドアの向こうへと消えていった。
「あれ、ハルカどこ行ったの?」
「ちょっとね」
ユーリアは言葉を濁す。
「議員についていったんだから、きっと仕事じゃないのかしら」
「複数人に雇われているというのも考えもの」
だが、レオナには察しがついていた。
「ユーリア議員」
「何かしら、隊長さん」
レオナはユーリアを見つめながら言った。
「教えてもらえないでしょうか?」
「……何を?」
首を傾げるユーリアに、彼女は言い放った。
「……ハリマ評議会のカスガ議長と、ハルカの関係を」
いいながら、レオナはポケットから一通の封筒を取り出した。
それを見て、ユーリアとマダムは察した。
「……ここではちょっと。でもまあ、後々彼女から教えられるでしょう」
「否定しないのですね」
「……そういうことよ」
皆が首を傾げる中、先の短いやりとりでレオナだけは確信を得たのだった。
ホナミ議員の運転する車に乗せられると羽衣丸から離れ、車は暗い道をライトで照らした明かりを頼りに進んでいく。
そんな中、ハルカは助手席に座り、太ももの上できつく手を握っていた。
「……そんなに緊張しなくて大丈夫よ」
「……はい」
両手を開くと、手の平は湿り気を帯びていた。
わかっている。長らく会ってなかった祖父母に会いに行くだけ。
わかっていても、彼女は緊張が解けなかった。
それは、自分の犯した罪故だ。
彼らの大事な家族を守れなかった、無力な上に、空賊行為という悪事を働いた孫に、何をいうのか。
そんな考えが頭から離れない。
「安心しなさい。2人とも、いつ会えるんだって、首を長くしてまっていたのよ」
「……はい」
こちらを安心させようとしてくれているが、それでもハルカはさきほどから激しさを増す心臓の鼓動を抑えることができない。
頭の中で想像をすれば、悪いことばかりが浮かぶ。
ふと、車が止まった。
「着いたわ」
ドアを開けて車を降りる。
下りた先は麦畑が広がっていたので、反対側を向く。
そこにあったのは、木造2階建ての家で、庭があるものの、政治家の家と言われて連想する豪邸とはかけ離れた質素な家だった。
「あなたが来るのは久しぶりね。変わってないでしょう?」
でも、ハルカは思い出せない。
何度も来ているはずの、この建物を思い出せない。
彼女はホナミの後ろにくる。
ホナミは、ドアの横にある呼び鈴を鳴らす。
「母さん、父さん、ただいま」
間もなく、ドアから鍵が外れる音がする。
ドアが開かれ、中から昼間に出会った女性が顔を出した。
「あ、ホナミお帰りなさい」
「ただいま」
ハルカはホナミの後ろに隠れようとするが、首根っこを掴まれ、前に引きずりだされた。
細腕に似合わず、腕っぷしは強いようだ。
「あら~」
目の前の女性、祖母のシズネは目を丸くする。
そしてハルカを視界に収めると、瞳が潤んできた。
「お……、お久しぶり、です」
シズネは笑みを浮かべ、ハルカの背中に腕を回して抱きしめた。
「よく、来てくれたわね」
そのまま抱きしめられることしばらく、ようやく解放された。
「さあ、中へお上がり」
祖母のシズネに手を引かれ、ハルカは家の中に案内される。
ドアを入った先にある玄関で靴を脱ぎ、室内用の履物に履き替えると廊下を進む。
突き当りを曲がると、広い部屋に出た。
そこには、来客を迎えるためだろう。大きめのテーブルや椅子、棚や調度品などが置かれていた。
「あなた~、ハルカ来てくれたわよ~」
シズネが言った直後、奥にある扉から何かが崩れたりぶつかるような騒々しい音がしたと思うと、扉が開き、1人の男性が入ってきた。
その男性も昼間に会っている。
ハリマ評議会議長、祖父のカスガ氏だ。
カスガは慌てた様子でシズネの近くまで来ると、彼女に手を引かれているハルカを見つめる。
すると、カスガも瞳が潤んできた。
「その……、お久しぶり、です」
「久しぶりだね。よくきてくれた、ハルカ」
カスガは、彼女の頭のてっぺんからつま先までを眺める。
「しばらく見ない間に、大きくなったね。それに、綺麗にもなった」
「そうだね。見ない間に、こんな別嬪さんになって」
カスガとシズネが彼女を見つめる。
でも、その瞳はどこか彼女を見ていないようでもあった。
「やっぱり、面影があるね。……我が子のアスカと」
母親の名前を出され、彼女は胸がズキンと痛んだ。
「背格好や体つきや髪の色、多くの部分は、アスカに似たのね。本当に、昔のあの子そっくり。でも、目元のあたりはむしろ、夫のミタカさんに似たのね」
「ああ、間違いなく、2人の子供だ」
ハルカの中に、今はもういない自分たちの娘とその夫の面影を見つけた2人。
ハルカは、頭を下げた。
「申し訳、ありませんでした」
突然の謝罪に、皆は面食らう。
「その、母親の……。あなたたちの家族の、アスカさんのこと。その、本当に……」
たとえホナミさんから説明がされていても、これだけは言わなければならない。
でも、ハルカはそこから先が言えなかった。
その先を言えば、どんな返答がくるか、こわい。
ふと気が付けば、ハルカはカスガの腕の中に抱かれていた。
「もうよいのだ、ハルカ」
「……でも」
「ホナミから事情はきいている。もうよいのだ」
「だって、私は、あなたたちの、家族を」
「君は、母親を、のこされた家族を守ろうと必死になってくれた。そんな君を、誰が責められる。……むしろ、我々こそすまなかった」
カスガの腕に力が込められ、2人の体が密着する。
「君たちが大変だったときに、手を差し伸べることができなくて。我々が手を差し伸べていれば、君が空賊行為に手を染める必要もなかった。……本当に、すまなかった」
カスガは彼女と少し離れ、顔をじっと見つめる。
「生きていてくれて、来てくれて本当にありがとう。久しぶりに会えて、私たちは嬉しい」
彼は右手で彼女の頬に触れる。
「彼らの分まで、君には生きて欲しい。私たちと共に、これからの時間を、一緒に過ごして欲しい。それが、私たちの望みだよ、ハルカ」
胸の中に、彼女は何か温かいものが広がるのを感じる。
不安や緊張が途切れたためだろうか。
それだけじゃない。
ずっと胸の中に楔のように撃ち込まれ、消えることのなかった罪悪感。
でも、祖父からそう言われたことで、少し気持ちが楽になった。
悪事を働いた過去がありながら、共に生きて欲しいと、彼らは望んでくれている。
彼女は、祖父の胸にしがみついて、涙を流していた。
胸に楔のように刺さっていた彼女の罪悪感が、ほんの少しだけ、軽くなったような気が、彼女にはしたのだった。
今回で、連載開始から100話目となりました!
開始当初は、読んでくれる人少なかったらどうしよう、
つまらない内容しかかけなかったらどうしようと不安でしたが、
なんやかんやで続けてこられました。
ここまで続けてこられたのも、読んで下さる皆さまのおかげです。
ありがとうございます!
なんとかこのシリーズは完結まで行きたいと考えております。
(一応オチは最初から考えてありますが)
これからもお付き合い頂けたら幸いです!