荒野のコトブキ飛行隊 ~ 蒼翼の軌跡 ~   作:魚鷹0822

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久しぶりに会えた孫を、祖父母は受け入れ、温かく
迎える。折角帰省してくれた孫に対し、祖父母は
長い間会えなかった分触れ合いを求めてきて……。


第4話 黄金の海を眺めて

「くっ……、ん、はあ……!」

「あらまあ、可愛い声ね。もっとおばあちゃんに聞かせて頂戴」

「そ、そんな。ふぁ!」

 祖父母の家にある庭に面した場所、縁側にはハルカの普段は聞けない喘ぎ声のような声が木霊する。

「さあ、ここをこうすると」

「ひゃあ!……ん!」

「あらまあ、可愛い。もう少し聞かせて……、痛い!」

 ふと、シズネは悲鳴を上げる。彼女の頭には手刀が振り下ろされていた。

「何するんだい?ホナミ。遅れて反抗期がやってきたのかい?」

「それはこちらのセリフよ。ハルカに何やっているのよ」

「何って、ただの耳かきだよ」

 シズネはそうやって、右手に持っている耳かき棒を見せる。

 ハルカはシズネの膝の上に頭を乗せ、祖母から耳を掃除してもらっていた。

 先ほどの件の後、カスガは孫においしい物をごちそうしたいと調理場にこもってしまい、なら夕食ができるまで待とうとシズネやハルカは縁側のある部屋に来た。

 そして、折角孫が来たからと、シズネはハルカと触れ合っていたり、これまでの出来事の話をしていた。

 その最中、シズネの提案でこうなったのだった。

「誰かに耳掃除するなんて、久しぶりでね。それに彼女の反応が可愛いから、つい楽しくなっちゃって」

「楽しいからって、やりすぎないで。彼女の声、少し誤解されかねないから」

「祖母と孫の微笑ましい時間を何と勘違いするというんだい?それに、孫の可愛い声を聴きたいと思うのは、祖母として自然なことでしょう?」

「可愛い孫の声じゃないの?」

「言葉って難しいね」

 シズネはクスクスと笑う。

 完全に楽しんでいる。

 ハルカはというと、シズネの膝の上で余程刺激が強かったのか、瞳はどこか虚構を見ており、少し息が荒くなっている。

「はい、今度は反対側ね」

 ハルカをひっくり返し、お腹側に向かせ、耳掃除を再開する。

 彼女に抵抗の素振りはない。

「ひゃ!……うん、ひ、ああ、ふん」

 シズネのたくみなテクニックで進む耳掃除。よほど気持ちいいのか、彼女が喘ぎ声をあげることしばらく、ようやく終わったようだ。

 だが、ハルカが起きる気配がない。

 彼女は、シズネの膝で可愛く寝息を立てていた。

 彼女の頭を、シズネは優しくなでる。

「本当に、綺麗になって……」

 スタイルは、彼女の母親が若かったときのように、胸よりお尻が大き目で、脚は長めで程よい肉付き。そして綺麗な肌。

 20歳のときの彼女の母親そのままといってもいいほど、ハルカは母親の血を色濃く受け継いでいた。

 彼女はハルカを起こさないよう、優しく腕の中に抱く。

 久しぶりに会いに来てくれた孫と、彼女の中にある彼らの娘の面影に触れるように。

「シズネ、さん?」

 ふと視線を下げると、ハルカが目を覚ましていた。

 今の状況に戸惑っているのか、頬が少し赤く染まっている。

「あなたが、あんまり可愛くてね。触れずにはいられなかったんだよ」

「そ、そう、ですか」

「ああ。できれば、一日中撫でまわしたいほどに、ね」

 そう言いながら、スカートから近い位置の太ももを撫でる祖母を見て、その言葉が冗談でないことを彼女は悟る。

「10年ぶりに会ったんだよ。少しくらい触れ合ってもいいでしょ?」

「まあ、少しなら……」

 直後、彼女の顔がシズネの胸に押し付けられる。

「優しい孫に育ってくれて、おばあちゃんは嬉しいよ」

 そして、背中に回された両腕に力が込められていく。

 無言で、絶対離さない、と言っているようだ。

 

「お~い。夕食の準備ができたぞ~」

 

「は~い」

 シズネはハルカを腕の中から解放する。

 あぶないあぶない。危うく窒息するところだったと、ハルカは胸をなでおろす。

「それじゃ、行きましょう」

 シズネが彼女の手を引いてやってきたのは、長いテーブルに椅子が向かい合うように置かれた部屋。

 そのテーブルの上には、所せましと料理が並べられ、湯気を立てている。

 大皿のような大きさのあるハンバーグ、みずみずしい野菜を使った野菜サラダ、野菜に盛られたポテトサラダ。やさしい香りが鼻にくるコーンスープ、肉や野菜を練り込んだあんを皮で包んだ餃子、さっぱりとした豆腐等など。

「……あなた」

「……父さん」

「なんだ?」

 ホナミとシズネは、カスガをジト目で見つめる。

「これはちょっと……」

「作りすぎじゃない?」

「何を言う。4人分なんだからちょうどいいんだ。それに、可愛い孫にうまいものを食わせたいというのは、祖父として当然の感情ではないか」

 そんなカスガさんの言葉に、ホナミさんとシズネさんは苦笑する。

「ささ、お座り」

 カスガに案内され、ハルカは椅子に腰かける。

「ささ、お食べ」

「……はい」

 カスガにすすめられ、ハルカは両手を合わせた後、目の前のハンバーグから手をつける。

 折角彼女を思って用意してくれたものだ。

 その厚意をむげにはできない。

 目の前のハンバーグは、一見すると大皿かと思うほどの大きさがあった。

 比較的なんでも食べられる羽衣丸のジョニーズ・サルーンや、ガドール評議会護衛隊の食堂などでの食事が多くを占める彼女だが、こんな大きなハンバーグは初めて見る。

 ナイフで切り分け、フォークで肉をさす。

「いただきます」

 肉片を口に含んだ。

 噛めば噛むほど肉汁があふれ、うまみを増す。

 そして豊かな香りが、鼻に抜ける。

「おいしい」

 ふと言葉がこぼれる。

 それを聞いたカスガは目を輝かせる。

 

「おおお!お爺ちゃんはうれしいぞおおおお!」

 

 あまりに嬉しいのか、涙が流れるのを腕で隠す祖父に、彼女は戸惑う。

 そんなカスガの頭部に、シズネは手刀を振り下ろす。

「痛い!何をするんだシズネ!」

「それはこっちのセリフだよ、バカジジイ」

「バ!バカジジイ!?」

「久しぶりに孫に会えて嬉しいのはわかるけど、少し自重したらどうだい?折角の食事がさめる」

 

「何を言うか!どんな高級料理よりも、目の前のハルカのほうが、どう見てもおいしそうじゃないか!痛い!」

 

 シズネはまたも手刀を振り下ろす。

「……その発言は危険だからやめんか、このバカジジイ」

 目の前で繰り広げられ夫婦漫才を前に、ハルカは苦笑し、ホナミさんは淡々と箸を進め、目の前の食事を胃袋に送る作業を続ける。

「仲、いいんですね?」

「まあ、いつものことよ」

「昼間の議長としての顔は何処へ?」

「議長の時は威厳があるんだけど、私生活ではこんな感じよ」

「あはは、そうですか……」

 折角用意してくれた食事が冷めてしまっては勿体ないので、彼女も箸を進める。

 どれも味は本当によく、箸がドンドンすすんでいく。

 その後夫婦漫才もいつの間にか収まり、4人で大量の料理をなんとか片付けたのであった。

 

 

 

 

「あ~、もう何も食べられない」

 縁側のある和室で、ハルカは手足を投げ出し、大の字に寝っ転がる。

 大量に作られた夕食をなんとか食べきったものの、おかげでお腹は満腹で、もう何も入りそうにない。

 少し突っ張った気がするお腹のあたりを、彼女は右手で撫でる。

「無理して食べなくても、残してもよかったのよ?」

 ホナミさんが苦笑しながら言う。

「いえ、折角用意してくれたものを、残すなんて失礼です。それに、どれもおいしかったですから」

「そう言ってくれると、用意した私も嬉しいよ」

 片付けを終え、カスガが笑顔で部屋に入ってきた。

「ごちそうさまでした」

「お粗末様、気に入ってもらえたようでうれしいよ。何せ、10年もたっていれば人は変わる。性格や言葉遣い、体つき、食の好みもな」

 

「だからお父さん、あなたのためにどんな料理を用意しようか、2週間前から悩んでいたのよ」

 

「ちょ!ホナミ余計なことを言うでない!」

 カスガの顔が、少しばかりの恥ずかしさで赤く染まった。

「さて、ハルカ。おいで」

 カスガは彼女を抱き寄せ、自分の足の上に彼女を座らせる。

 後ろからお腹に両腕が回され、背中にはカスガのぬくもりを感じる。

 ふと彼は、ハルカの髪や背中、お腹、太もものあたりを高級なものでも扱うように丁寧に撫でる。

「本当に、大きくなった。それに、綺麗になったね」

 10年近くぶりに会いに来たためか、どうも祖父母の彼女に対する接し方は猫かわいがりに近かった。

 年頃ならべたべた触るな、と言ってしまいそうだが、それだけ長い間会いに来なかったハルカが原因でもあるので、彼女は恥ずかしさを我慢しながらただ受け入れる。

「そんなに、ですか?」

「ああ。アレシマの新聞を見たときも思ったが、見違えたよ」

「それで、よく自分達の孫だってわかりましたね」

「当たり前だ。どれだけ体が成長しようとも、昔の面影は残っている。それに、自分達の可愛い孫を、見間違えるわけがないだろう?」

「……そういうものなんですか?」

「そういうものなんだ」

 背後から頭が撫でられる。

 ふと、彼女は思い出したことがあった。

「そういえば、私の誕生日にアルバムを送って下さった件、ありがとうございました」

「そうか。手紙でも書いてあったが、直に言ってもらえると、やっぱりうれしいね」

「嬉しかったです。誕生日に贈り物をされるのは久しぶりでしたし、カスガさんやシズネさんの写真が、手元になかったので」

 ナガヤを出た際、私物は最小限にしたので、持っている写真は2枚だけだった。

 母親だったら持っていたかもしれないが、その行方も今となってはわからない。

 

「でも、ハルカにどんなプレゼント送ろうかって、お父さん3週間近くも議会の議題そっちのけで毎日悩んだのよ。10年近くも会っていない孫に、好みのものを送ろうなんて身の程知らずと思わない?」

 

 少しいたずら心をにじませた表情でホナミがいう。

「やかましい!そういうおまえたちは、現金を送れといったではないか!」

「あ~ら、受け取り拒否されない確実なものといえば、これ以上のものはないじゃない?」

 

「え~い、この金の亡者が!」

 

 ホナミの挑発にむきになるカスガ。

 娘に遊ばれる父親という風景を見て、ハルカは苦笑する。

「でも、最終的にこれから一緒に生きて欲しい彼女に、アルバムに写真を入れて送るのがいいって提案したのは私でしょ?」

「ぐぬぬ……」

「私が言わなかったら、彼女の誕生日に間に合ったかしらね~?」

 カスガは言葉に詰まる。ふと、彼はハルカに身を寄せる。

 

「ハルカ~、娘が嫌味を言ってくる~」

 

 そんなカスガの様子に、ハルカは頬をかきながら言う。

「ホナミさん、ほどほどに、ですよ」

「あら~、ハルカはお父さんの味方なの?」

「そ、そういうわけでは……」

「なんじゃ?ハルカはお爺ちゃんを見捨てるというのか!?」

 

「いえ、そういう意味では……。ええい、どういういえばいいんですかこれ~」

 

 悩むハルカに、ホナミは笑みを浮かべる。

 ヘタな言い訳をしない素直なところが、カスガやアスカとそっくりだ。

 カスガやアスカもそうであったように、彼女も、ウソや誤魔化しが下手な人種だとすぐにわかる。

「お風呂わいたわよ~」

 部屋にシズネさんが入ってきた。

「ハルカ、お風呂わかしたから、一緒に入りましょう」

「一緒に?」

「安心しなさい。うちのお風呂は広いから」

「いえ、そういうわけじゃ……」

「遠慮することないじゃない?昔はよく一緒に入っていたんだし」

 そりゃあ10年近く前の、無邪気なときならそうかもしれないが、今はそんな年頃ではない。

「折角来てくれたんだし、おばあちゃんと裸のお付き合いをしましょうよ」

 ハルカが応える前に、シズネは彼女の腕をつかんで抱き寄せた。

「なら、私も入ろうかしら」

 ホナミさんも立ち上がった。

「こら!ホナミ、シズネ!ずるいぞ!」

「流石に、年頃だから異性は無理よね~」

「ぐぬぬ……」

「言っておくけど、覗いちゃだめよ」

「……わかっておる」

 そしてくやしがるカスガを残し、ハルカは2人に連れられ、お風呂へと向かった。

 因みに、風呂では背中を流し合ったり、髪を洗ってもらったら、抱き着かれたりと、疲労をとるはずなのになぜか疲れたハルカであった、

 

 

 

 

 時計の針が12時を回り、周囲が深い闇と静寂に包まれた頃、カスガは目を覚ました。

 布団から顔をのぞかせると、目の前には10年近くぶりに来てくれた孫、ハルカが安らかな寝顔を浮かべている。

「ふふ」

 彼は彼女を起こさない程度に、やさしく髪に触れる。

 こうしてみると、本当に彼女は母親に似ている。

 最後に会った当時は本当に子供で、肩車もできた彼女だったが、すっかり大人の女性になりつつある。

 背は伸びて体は曲線を帯びるようになり、そして綺麗になった。

 彼女の向こうにはシズネの布団があり、ハルカの頭のあたりでホナミが寝ている。

 今日は、久しぶりに彼女に会えたということで、ハルカを囲むように寝ている。

 彼女は、カスガとシズネの娘と、その夫の面影を色濃く残している。

 

 そして、今となっては、タカヒトから知識や技術を受け継ぎ、さらには彼とカスガから受け継がれた血脈(・・)を宿す、ただ一人の孫。

 

「ありがとう、生きていてくれて」

 アレシマで発行された新聞を見たときは驚いたが、こうやって会いに来てくれてようやく彼女が生きていてくれたのだと実感した。

 彼女は、自分の母親を守れなかったことに負い目を感じているようだが、カスガたちもそれは同じだった。

 彼らが大変な時期に、何も手助けできなかったことを、今でも悔いている。

 あの時手を差し伸べていたら、ハルカを一人にすることも、彼女が空賊に身を落とすこともなかった。

 だが、どんなに悔やんでも、時計の針は巻き戻らない。

 だからせめて、ハルカだけでも共に生きて欲しい。そのために、今度は自分達にできることをしたい。

 先に逝ってしまった、彼女の家族の分も。

 カスガは、そう考えている。

 

――――タカヒト君。今、一体どこにいるのかわからないが。

――――どうか安心してほしい。

――――今度は、私たちがこの子の成長を、見守っていく。

 

 彼は頭の中で、旧友であり、ハルカのもう一人の祖父にそういう。

 そして可愛い孫の寝顔を脳裏に焼き付けると、再び目をとじ、眠りの世界へと沈んでいった。

 

 

 

 

「……うん」

 小鳥のさえずりで、ハルカは目を覚ました。

 体を起こすと、周囲を寝ぼけた頭で見回す。

 久しぶりに自分が来たからと、カスガさんたちが同じ部屋で布団を敷いて寝ようと提案され、彼女を囲むように配置され眠ることになった。

 ナガヤで暮らしていた当時は大人数が同じ部屋で寝ることが普通だったが、家族を失ってからはそんなことはもうないだろうと思っていた。

 でも、自分を思ってくれて、歩み寄ってくれるカスガさんたちが、ハルカは嬉しかった。

「あれ?」

 ふと、カスガさんが布団にいないことに気づく。

「どこ行ったんだろう?」

 息が白くなる中、彼女は防寒用の茶色の上着を羽織ると、まだ夢の中にいるホナミさんとシズネさんを起こさないよう静かに寝室を出た。

 まだ日がのぼる前で、室内は暗い。

 そんな中、玄関のドアが少し開いていて、薄明りが差し込んでいるのが目に入る。

 彼女は玄関でブーツを履いて外へ出る。

 家から出ると、目的の人物があっさり見つかった。

「カスガさん?」

「おや、ハルカ。起きたのかい?もう少し寝ていてもいいんだよ?」

 笑顔を浮かべながら振り返るカスガさん。

「目を覚ましたらカスガさんの姿がなかったので」

「心配してくれたのかい?ありがとう」

 孫のやさしさに、彼は微笑む。

「どうしたんですか?」

「ちょうどいい。綺麗な光景がみられるぞ」

「綺麗な?」

 まもなく、地平線の彼方から、太陽が昇り始める。

 闇に包まれていた世界に、徐々に光が広がっていく。

「……あ」

 その光に照らされるのは、目の前に広がる麦畑。

 人々の生きる糧になる、豊かに実った穂が風で揺れ、上る太陽の光に照らされる。

 それによって、目の前に広がる麦畑が、イジツにはもうない波打つ黄金色の海のように見える。

「綺麗……。黄金色の、海みたい」

「そうだろう。イジツ広しといえど、ここハリマでしか見られない光景なんだ」

「実った、小麦の穂の波……」

 その風景に、ハルカはある言葉を連想した。

「あの、もしかしてホナミさんの名前の意味って……」

「気づいたかな?」

 カスガは、目の前に広がる小麦の海を見ながら言う。

 

「ホナミという名は、ユーハングの言葉だ。人々に恵をもたらしてくれる、小麦や稲の穂の波。そうあってくれることを願ってね」

 

「じゃあ、もしかしてお母さんも……」

 

「ああ。アスカという言葉は、ユーハングで安住の地という意味だ」

 

「そして……」

 

「勿論、君もだ。遠くを意味する、ハルカ」

 

 ふと、カスガはハルカの背中に腕を回し、抱きしめた。

「でも、あまり遠くに行かないでおくれよ。折角また会えたのに、おいて行かないでおくれ」

「は、はい……」

 カスガはハルカに回していた腕を緩め、向かい合う。

「ハルカ、生活の拠点を、ハリマに移す気はないか?」

「拠点を?」

「確か今は、ユーリア議員のもとにいるのだろ?この家で、一緒に生活しないか?」

 ハルカはしばし悩む。悪い話でないどころか、むしろ嬉しい申し出である。

 彼らは、彼女に残された最後の親類だ。

 自分が来ることをずっと待っていてくれて、そして受け入れ、共に生きて欲しいと願ってくれた人々。

 彼らと一緒に居られるのなら、それはきっと楽しいに違いない。

 彼女はそう思う。

 彼女は一瞬首を縦に振ろうか悩むが、最終的に首を横に振った。

「なぜだ?」

「……ご存じでしょう?私がしてきたこと」

 

 彼らと今は一緒になれない。

 

 それは、まだやらなければならない。清算しなければならないものがあるから。

 

 彼らと一緒になれば、日々がきっと楽しいだろう。

 でも、彼らの厚意の海におぼれ、自分の気持ちが鈍ってしまう。

「それは君だけのせいではない」

「でも、私がしたことは事実です。だから、マダムたちを通じて過去の清算をしているんです。今はまだその道半ば。昨夜一緒の空間にいてわかりましたが、毎日あなた方と一緒にいたら、自分の気持ちが鈍ってしまう。それくらい、居心地が良すぎます」

 あくまで、過去の清算が終わるまでは、それはできない。

 それが、彼女の考えだった。

 

「……君はいつまで、自分を贖罪という檻に閉じ込めておくつもりかな?」

 

 声のトーンが引き締まったものに変わり、ハルカは思わずカスガを見上げた。

「君が過去に何をしたか、ホナミから聞いている。その償いのために、ユーリア議員たちに雇われ、賠償金を払っていることも」

「……なら」

 

「確かに、過ちに対する償いは大事だ。だが、そればかりに執着してはいけない。そうやって自分を、贖罪や過去の清算という檻に閉じ込めて送る日々に、何の意味がある?タカヒト君は、君にそんなことを望むと思うのか?」

 

 彼女は俯く。わかっている。祖父がそんなことを望まないのは。

 

「君が賠償金という清算を行いながらも、平穏な日常が送れるようにと。そのために今の形をとっているのではないか?」

 

「でも、この間仕事で行った町、ヤマセは、賠償金ではなく行動で過去の清算を求めてきました。……だから」

 

「そうやって、自分の行っている清算の枠を逸脱した行動をとるのはよくない。その繰り返しの結果、最後に差し出させられるのは、自分の命だけだ。その果てが見えるから、マダム・ルゥルゥは、賠償金という形にとどめているんじゃないのか?」

 

 伊達に年を重ねているわけではない。

 カスガさんは全てお見通しだった。

 彼女は何も言えず俯き、黙り込んだ。

「まあ、犯した罪に向き合い、しっかり償いたい。そう考える君だから、ユーリア議員たちは君を雇ったのだろうしな」

 カスガの右手が、ハルカの頭に乗せられる。

「心の整理がまだついていないのだろう。今は、とりあえず、目の前のことに集中することだ」

「……はい」

「それと、今は一緒になれなくてもいい。だが、そうなら、時々顔を見せにきてはくれないか?」

「それくらいは、勿論構いませんが」

「あと、手紙を送るから、返事を書いてくれると嬉しい」

「わかりました」

 一緒にはいられなくても、それでも一緒にこれからを生きて欲しい。

 そういうことなのだろう。

 それに、彼らはハルカに残された最後の親族だ。

 だから、せめて大事にしたい。彼女は、それだけは決めている。

 カスガは小指を差し出すと、ハルカの小指と絡めた。

「いいか、約束だぞ」

「はい」

「本当に、本当だぞ!」

「心配性ですね……。約束します」

 

「もし破ったら、ハリマに君を閉じ込めることにするよ」

 

「針千本のます、じゃないんですか?」

「飲まされたいのか?」

「いえ……」

 妙に現実的な約束に、ハルカは一瞬背筋が寒くなった。

 でも、久しぶりにする人との約束に、彼女は胸が温かくなった。

 黄金の海の前で、彼女は祖父と約束をした。

 その後、彼らは朝食を終わらせると、ホナミ議員の運転で、ハルカは羽衣丸へと向かった。

 

 

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