発射基地はもう一か所あった。持ってきた爆弾を使って
しまった今、彼女は対地用ロケットで攻撃を試みるが、
上手くいかない。
敵の戦闘機隊が迫る中、応援に訪れたのは……。
*この物語はフィクションです
「……ふう」
爆炎の上がる桜花の発射場を見送りながら、零戦の操縦席でハルカは大きく息を吐き出す。
『やったあ!』
キリエの嬉しそうな声が無線から聞こえる。
『目的は無事達成。ハリマへ戻ろう』
「了解」
そういって、ハリマへ機首を向けようとする。
直後、進路上の峡谷の間から炎を噴き出しながら何かが飛んでいくのが目に入った。
その様子に、彼女は目を見開いた。
「……今のは」
間違いない、桜花だ。
『なんで!発射場は破壊したはずじゃ!』
「まさか、一か所じゃなかった!?」
思えば、発射場が1か所とは限らないという可能性を、彼らは見落としていた。
彼女は、急いでハリマに無線をつなぐ。
「こちら爆撃隊。発射場の破壊には成功。しかし、発射場はもう一か所あります!繰り返します。発射場をもう一か所確認!」
今頃指揮所では、ハチの巣をつついたように騒ぎがおこっているだろう。
『ハルカ、どうする?』
ケイトが問う。
できることなら、このまま一度ハリマへ帰還し、爆弾を再装填して戻って攻撃したい。
だが、もう1か所の発射場の所在を知られた以上、敵は一刻も早く攻撃を仕掛けたいはず。
戻っている時間はないし、戻ったとして飛行場が無事という保証はない。
なら、この場でなんとかするしかないが、250kg爆弾は先ほど投下した1発だけ。
となると、残された手は……。
「……積んできた対地攻撃用ロケットを、あの中に撃ち込みます」
今彼女の零戦には、地上攻撃用のロケットが4発残っている。
爆弾に比べれば破壊力は劣るが、運よく搬出口に入れば中で炸裂して被害は与えられる。
『ハルカ、無茶だって!』
『キリエに同意。そんな難易度が高いこと、あなたでも難しい』
高速で峡谷の中を飛びながら低空で接近し、ロケットを打ち込むなど、はっきり言って曲芸だ。
爆弾なら投下後に高度を上げればいいが、ロケットは主翼の真下についていて直進しかしないので、桜花の搬出口に撃ち込むには、それこそ地面すれすれの低高度を飛ぶしかない。
とはいえ、発射のタイミングを誤れば搬出口に激突するし、遠すぎれば入る前に爆発してしまう。
「他に手はないんです!やるしかない!」
彼女は操縦桿を引き、反転。
さきほど見た搬出口への進路をとった。
高度を極力下げ、搬出口へ向かう。
タイミングを見計らい。彼女はロケットを1発撃った。
直後に上昇。だが、それは搬出口を外れて爆発した。
「……もう一度!」
『ハリマ管制塔から爆撃隊へ!敵の戦闘機6機が向かっています。急いで離脱してください!』
『ハルカ、離脱しないと危ない』
「もう一度!」
彼女は連絡を無視し、再び搬出口への進路をとる。
だが今回も攻撃は失敗だった。
「もう一度……」
残りは2発。限られたチャンス、迫る敵機の連絡に、彼女は操縦桿を握る手が震える。
『ハルカよ、落ち着け!』
聞きなれた声が聞こえた。
同時に、峡谷の中を1機の戦闘機がかけてくる。
その機体を見て、彼女は目を見開いた。
上面が濃緑色、翼端は白色に塗られ、そして、ハルカの愛機と同じく、主翼の13.2mm機銃が外された、零戦52型丙。
それは、かつてよく目にしていた、祖父のタカヒトの愛機。
「……おじい、ちゃん」
無意識に、彼女はつぶやくように言った。
『落ち着くんだ、ハルカ!爆弾ならここに1発ある!』
返ってきた声に、彼女はハッとした。その機体の主翼には、ハリマ所属を示すマークが描かれている。
「カスガさん!?」
その声は、祖父のカスガのものだった。
それにしたって、彼女は困惑する。
指令室にいるはずの祖父が、もっともここに来てはいけない議長が、なぜここにいる。
彼の後方からは、連絡にあったらしき敵戦闘機、五式戦闘機6機が迫っている。
『ハルカ、聞こえるかい?』
「シズネさん!?」
機上電話を通して聞こえたのは、祖母の声。
『いやね、うちのバカジジイが、あなたが心配だからって飛び出して行っちゃってね』
シズネの声には、明らかに呆れが混ざっていた。
無理もない、いかに孫が心配といえど、ここに議長は最も来てはいけない。
『ハルカさん、聞こえるかしら?』
「マダム!?」
『市長が言ったように、議長がそっちに行ってしまったから、絶対守り切りなさい。でないと……、色んな意味で私たちの首がとぶから、ね』
マダムの通信を聞いたハルカたち3人の顔が、蒼白に染まった。
「2人とも!議長の零戦を援護!迫っている五式戦を落とすよ!」
『了解!!』
ハルカは舵を切って、議長の零戦の方向に向かう。
久方ぶりに乗る愛機の操縦席で、カスガは操縦桿を握り締め、標的を見定める。
相手が、もし発射場を1つだけでなく、複数作っていたら?
そんな懸念が彼の中にはあった。
そんな考えのもと愛機に飛び乗ってきてみれば、その予感は的中した。
ハルカは対地用ロケットを搬出口に撃ち込もうとしているようだが、うまくいっていない。
「私が爆撃を行う。援護を頼む!」
『はい!』
反転した彼女の零戦は、彼の後方に向かって残っていた2発のロケットを放った。
ロケットは小弾をばらまく。それを見た五式戦は回避のために高度を上げようと機首をあげる。
その瞬間を狙い、彼女は機銃を撃ち込み、2機を撃墜。
彼女は高度を上げて旋回。降下の速度を乗せ、五式戦に後方からせまり撃ち落す。
逃れようと上昇に転じた1機を追い、またも彼女は撃ち落す。
獰猛な猟犬のように、彼女は次々敵機を屠っていく。
孫の実力を目の当たりにして、カスガは恐怖と安堵、その両方が生まれた。
―――タカヒト君。君の残してくれた遺産は、とても大きなものだったよ。
これなら、もし敵の増援が来ても大丈夫だろう。
彼は、爆撃に専念する。
高度を下げ、地面すれすれの低空飛行で、峡谷の間にあるもう1つの桜花の搬出口へ向かう。
速度を加減しつつ、フットペダルを蹴り込んで進路を調整。
こんな低空を、爆弾をぶら下げて飛ぶのは久方ぶりだった。
カスガの頭に、かつての記憶がよぎる。
今と同じ愛機で、250kg爆弾を吊り下げ、低空飛行で敵艦船に向かっていった、あの日のことを。
だが、今回は死ぬためではない。守るために、彼は飛ぶ。
地面から出た桜花搬出口、標的が迫る。
孫の前で、カッコ悪い所は見せられない。
爆弾の安全装置を解除。スロットルレバーを固定、投下レバーを握る。
「よーい。……って!」
タイミングを見計らい、彼は爆弾を投下。すぐさま操縦桿を引き、高度を上げる。
切り離した爆弾は降下しながら、吸い込まれるように搬出口に入り、その後、炎を噴き出した。
「成功だ!」
中にあった桜花の爆薬や燃料にでも誘爆したのか、搬出口から爆炎を上げながら、周囲の地面が崩れていった。
それを見た五式戦闘機たちは舵を切り、どこかへと飛び去って行った。
桜花発射基地から上がる炎を横目に、峡谷の間をヒデアキが乗った五式戦闘機は翔けていく。
「くそ。またもあの悪魔にコトブキのせいで」
この食糧生産都市、ハリマを屈服させることができれば、ユーリアの横のつながりを進めるうえで大きな損失になるはずだった。
だが、またも作戦は失敗。まさか、銀河に大部隊をぶつけておいて、同時に爆撃隊を送り込んでくることは思わなかった。
もっとも、今の彼には作戦の失敗以上に懸念があった。
彼らは、どうやって桜花の発射基地の位置を特定したのか。
そもそも。43乙型が地上から撃てると、なぜ知っていた。
「あちらにもいるということですか。あのお方と同等の、遺産の知識を持つものが……」
それなら、イヅルマでの桜花、ヤマセでの橘花、今回のハリマでの銀河や桜花に対抗できたのもわかる。
「あの悪魔ですか。あのお方は、なぜあやつを放置するのか」
あの蒼い翼の悪魔は、彼の主人が、時が来たら始末すると言っていた。
だが、その結果ナガヤの爆撃に失敗し富嶽を1機失い、イヅルマでユーリアの排除に失敗し、ヤマセで橘花は落とされ、今回ハリマを屈服させることもできなかった。
さすがに、これ以上は看過できない。
「ですが、あやつを倒すとなると、それ相応の準備が必要なのも事実。今は、従っておきましょう。それに、無人兵器の有用性は証明できましたからね。……ムフッ」
ヒデアキは眼鏡の位置を直し、イケスカへ向かって飛び立っていった。
空港に降り立ったハルカは、格納庫のそばに機体を誘導。係員の指示に従って機体を停止させると、エンジンを切った。
「……はあ」
作戦が無事成功したことで緊張の糸が切れたためか、どっと疲れが押し寄せてきた。
ふと地面を見ると、飛行服を着たカスガ議長が笑顔で見上げていた。
彼女は風防を開け、足掛けを伝って地面に足を下ろす。
「議長、ご無事で」
言い終わる前に、カスガの腕の中に抱き寄せられた。
「流石だ、ハルカ。一発で成功させるとは」
「で、ですけど、議長が来てくれなかったら、もう一か所の方はとても……。想定が甘くて、申し訳ありません」
「気にすることはない。結果として、この町は守られたのだからな」
「結果としては、ね」
そこには、ジト目でカスガ議長を見つめる、市長のシズネの姿があった。
「全く、少し出かけてくるとかいって、どこに行ったかと思えば、爆弾抱えて手伝いかい?」
「あくまで万一の保険だ。他に爆撃ができるものがいない以上、選択肢はあるまい」
「あんたは自分が議長ということを、もう少し自覚したらどうだい?」
「空賊が怖くて議長ができるか!」
どうやらカスガは無断で出撃したようで、市長から少しお小言をもらっている。
そんな中、ハルカは自身に向けられている好奇の視線に気が付き、首をひねってその方向を向いた。
そこには、同じくジト目で見つめてくるコトブキのメンバーに、ハリマ自警団に護衛隊の方々。
「……ハルカ」
一歩前に出て、ケイトが静かに言う。
「……無線で、カスガ議長と自然に話していたな」
ハルカは、今になって失念していたことを察した。
先ほどの作戦中、カスガは彼女の名前を呼んでいたし、彼女も自然に応えていた。
その会話は、無論ケイトやキリエには聞こえていたはず。
「……ハルカは、カスガ議長とどういう関係だ?」
「えっと、その……」
「そんな状態で無関係というのは無し。隠し事はしないでくれることを、ケイトは望む」
要するに、正直に応えろと言ってくる。
かといって、ここで正直に応えると、まだ過去の清算も終わっていない現在。孫の犯した過ちのせいで、祖父母に迷惑をかけることになるかもしれない。
だから申し訳ないが、誤魔化そう。
そう思い、口を開こうとした。
そのとき。
「別に特別な関係ではない。この子は、私の孫だ」
カスガが正直に言ったことに、彼女は思わず振り返った。
「ちょ!議長!」
「どうした、隠すことあるまい。そなたは、私の自慢の孫なんじゃからな」
笑顔で言うカスガに対し、目の前のものたちは皆呆然としていた。
後に、隠し事はなしと、ホナミ議員に連れられてどこに行ったかなど、根掘り葉掘り説明を要求されたり、今回の商談のことで各商会や町の代表から議長や市長に取り次いでくれと散々声をかけられたのは、言うまでもない。
「はあ、疲れた……」
羽衣丸の自室のベッドで大の字に寝っ転がりながら、彼女はため息を吐きだす。
コトブキのメンバーに洗いざらい事情を説明し、商談を有利に進めるべく議長たちに取り次いでくれと声をかけてくるものたちからようやく逃れることができた。
恐らく、ユーリア議員もマダム・ルゥルゥも、そのことには以前から気づいていたのだろう。
だから、彼女が利用されるのを防ぐべく、黙っていたのだろう。
今となっては、議長が認めたため遅いが。
「お疲れ様」
彼女は声のする方向を見ると、隊長のレオナの姿があった。
「レオナさん?」
「とんだ騒ぎだったな」
さきほど、色んな商会の人々から迫られていた様のことを言っているのだろう。
「そうですね……」
レオナは苦笑する。
「それにしても、本当に議長のお孫さんだったとはな」
「……知っていたんですか?」
すると、レオナは一通の手紙を取り出した。
「議長から、私に手紙が来ていてね。君は自分の孫に間違いないから、会わせてくれないかって」
「じゃあ、以前から?」
「ああ。でも、マダムから口止めされていた。因みに、ユーリア護衛隊隊長のところにも、同じ手紙が来たそうだ」
議長は、余程ハルカの会いたかったのだろう。
ふと、レオナは一通の封筒を差し出してきた。
「なんですか?」
「……議長からだ」
彼女はレオナからは見えない角度で封筒を開け、便箋に書かれた文面に目を走らせる。
「……ちょっと出てきます」
「議長に会いにいくのか?」
「はい」
彼女は簡潔に応えて羽衣丸の廊下を進んでいく。
便箋には、簡単な文が描かれていた。
「ハリマの飛行場にある、3番格納庫で待っている。一人で来て欲しい」
カスガ議長に呼び出されて向かった先は、指定にあった飛行場の3番格納庫。
閉じられている正面の大きな扉は開きそうもないので、側面に設けられた出入口から中へはいる。
広い格納庫内には、2機の零戦52型丙が駐機されていた。
議長のものと、ハルカの愛機。
「お、来てくれたか、ハルカ」
ハルカは機体の前に立っている、微笑みを浮かべているカスガ議長のもとに歩いていく。
「議長、それで、何か?」
「今は、おじいちゃんとよんでくれないか?」
笑みを浮かべながら振り返りつつ、彼は言った。
今は議長としての顔ではないらしい。孫を前にした、嬉しそうな祖父の顔をしている。
「あの、カスガ、おじいちゃん。用事って何ですか?」
すると、彼の表情が曇った。
「……君に、話しておかなければならないことがあってね」
「話しておかなければ、ならないこと?」
カスガは再び機体に向きなおる。
だが、何も応えず沈黙が続く。
やむなく、ハルカは口を開いた。
「そういえば、カスガさんも、52型丙に乗っているんですね。それも、タカヒトおじいちゃんと、そっくりの」
主翼が暗い青色で塗られ、他は灰色が多いハルカの機体に対し、彼の52型丙は上面が暗い緑色、下面が灰色、主翼の翼端が白色でぬられ、主翼には所属を示すハリマのマークが描かれている。
彼がこの機体に乗って現れたときは、一瞬もう一人の祖父のタカヒトが来たものと彼女は思ってしまった。
ハリマ所属のマークの有無くらいで、タカヒトとカスガの愛機はそれほどに似通っていた。
「ああ、私とタカヒト君は、かつて同じ飛行隊にいたからね」
「そうだったんですか」
初めて聞く話に、ハルカは驚くも、カスガはなぜか表情が晴れない。
「……どこから話したものかな」
彼の声には、どこか戸惑いが混ざっていた。
「思えば、遠くまできたものだ。あれはもう、50年近く前になるのかな。タカヒト君と出会ったのは、私が君くらいの年の頃だった」
彼は思い出すように、ゆっくり話始めた。
「その飛行隊には、若いのに誰よりも操縦が上手いパイロットがいた。おまけに、整備や技術にも詳しくて、整備班から疎まれるほどだった。その人物の名が、タカヒト。みんなからは死神と呼ばれていたが、それほどに生き残ったパイロットだった。私は、彼から操縦や技術を短い間だったが教わった」
「タカヒトおじいちゃんに、カスガさんが?」
「ああ。彼との時間は、居心地のいいものだった。人付き合いが苦手なのか不愛想なやつだったが、操縦や技術のことになると、普段のふるまいが嘘のように流暢になって、とても楽しそうに話すんだ。おかげで、操縦の腕を私はすぐにあげることができた。味方を守り、生きて帰るために」
「その、タカヒトお爺ちゃんと出会った飛行隊っていうのは、もうなくなってしまったんですか?」
初めて聞いたからだろう。ハルカは興味を示す。
「私が、タカヒト君と出会った飛行隊は……」
彼はそこで一度言葉を切り、何か意を決したように言った。
「海軍、第721航空隊……」
「だい、721?」
聞きなれない名前だった。コトブキ飛行隊やハルカゼ飛行隊のように、名前ではなく番号が使われているのに違和感があった。
「神雷部隊と呼ばれた、ユーハングの飛行隊の一つで、今回敵が使ってきた兵器、桜花の実戦運用部隊だ。私とタカヒト君は、桜花を運ぶ一式陸攻の護衛が役割だった」