ならないことがあるという。
祖父が話し始めたのは、彼女のもう一人の祖父と出会った
飛行隊のこと。だがその飛行隊の所属に、彼女は衝撃を受ける。
*この話はフィクションです。
ハルカは、心臓が跳ね上がったような錯覚に陥った。
タカヒトおじいちゃんとカスガさんが出会った飛行隊は、海軍第721航空隊。
あの桜花を、実戦運用した飛行隊だという。
いや、それ以上に気になる言葉が含まれていた。
「ユーハング……」
カスガは2機の零戦に近寄り、見比べる。
「私とタカヒト君。そして、君の愛機の尾翼に描かれている斜めの白線は、斜め雷といって、我々がいた神雷部隊の零戦に描かれていたものだ。主翼の端が白いのも、この部隊の機体の特徴だった。それに、君の主翼の機銃が片方ないのも、私も彼も、機体を軽くするために、13.2mm機銃を外して使っていた名残だ。私もタカヒト君も、かつての部隊の名残を消すことはできなかった」
そして彼は、ハルカの愛機に近寄ると、主翼の模様を眺める。
「君の機体の模様は、タカヒト君が?」
「……あ、はい」
「そうか……。この模様の意味は、知っているかい?」
「確か、ユーハングとイジツは、つながっていたんだっていう意味だと」
「なるほど……。この模様は私たちの、君のルーツを、タカヒト君の願いを表すものだ」
「ルーツと、願い?」
「この暗い青色は、私とタカヒト君の故郷の深い海の色。水色の丸は、このイジツに来たときに見た、この世界の空の色。そして白い輪郭は……」
カスガは一度黙り込むが、少しした後、その模様を見つめながら言った。
「白い輪郭は……、私と彼が通ってきた……、穴だ」
そこまで聞いて、ハルカは確信を得た。
「皮肉なものだ。ルーツや願いを込めた模様が、故郷を示す模様に酷似してしまうなんて」
『故郷の深い海の色』
イジツに海はない。
『水色の丸は、イジツに来たときに最初に見た、この世界の空の色』
つまり、カスガさんとタカヒトおじいちゃんはイジツの、この世界の人間ではないということ。
なにより、白い輪郭が示すのは、彼らが通ってきた、穴。
穴といえば、あれしかない。
かつてこの世界に空を飛ぶ技術を持ち込んだ異邦人たちが通ってきた、この世界に恵みと混沌を招く遺産をもたらした、あの穴。
心臓の鼓動がうるさい。
カスガさんは振り返ると、言った。
「私とタカヒト君は、この世界でいう、ユーハングだ」
「……ユーハング」
この世界に、空を飛ぶ技術を持ち込んだ、異邦人。
自分の二人の祖父がそうであったことを初めて知り、彼女は衝撃を受ける。
だが、同時に疑問もわく。
「でも、彼らは70年以上前に帰ったって」
ユーハングが帰ったのは70年以上前。
一方、カスガさんがタカヒトおじいちゃんと出会ったのは50年近く前。
第721航空隊がユーハングの飛行隊なら、時代にずれがある。
「私とタカヒト君がこの世界にやってきたのは、ユーハングが去った後だったからね。驚いたよ。見たことない世界で、見慣れた飛行機が飛んでいたんだからね」
「でも、穴が開いたのは70年以上前のユーハングが帰った、あのタイミングだけじゃ……」
カスガは首を横に振る。
「いいや、実は小さな穴なら、ある程度の頻度で開いているんだ」
少し前には、ラハマやイケスカ上空で穴が開いている。
「ユーハングは、穴の向こうでは、日本軍と言ってな。日本という国を守る軍隊のことを言うんだ。私とタカヒト君は、その中で海を戦場とする、海軍でパイロットをしていたんだ」
ハルカは驚きながらも、カスガの話に耳を傾ける。
「私がいたころの日本は、他の国と戦闘をしている、戦争という状態だった。最初は有利に進んでいたんだが、長引く戦争で日本は次第に劣勢に追い込まれていった。そんな戦局を打開するために、人を誘導装置として使う決戦兵器、桜花は作られた。私と彼は、最初は桜花を搭載した一式陸攻の護衛が役割だった。だが、それでも悪化していく戦局の中、ついに私もタカヒト君も、敵の船に向かって、機体に爆弾を括り付けて体当たりする、特攻という攻撃を命じられた。私と彼は爆弾を抱えて敵に向かって突入する途中、偶然開いた穴に飛び込み、この世界にやってきた」
「特攻って、それ、桜花と……」
「ああ、同じだ。パイロットの命を一発の弾丸と同じく使い捨てる。十死零生の、最悪の作戦だ」
彼女は、祖父が桜花のことを、存在してはいけなかったもの。そう表現した理由がわかった気がした。
「帰ろうとは、思わなかったんですか?」
「日本にか?そんな気は起きなかった。空襲で身内は全て死に、天涯孤独の身の上だった。私も、タカヒト君も。それに、例え生還できても、また死んで来るよう命じる場所に帰る理由など、私にはない」
カスガは首を横に振った。
「私もタカヒト君も、ナガヤで保護された。当時は日本の、ユーハングの言葉を話せる人が多くいたから、特に不自由はなかったが、現地の人々からイジツ語を教わった。そして、私と彼はこの世界に残ることを決めた。私はタカヒト君と約束した。彼はナガヤで工場を助け、私はハリマで食料を作る。私は元々農家の出身だ。戦局が悪化する中、僅かな食料さえ口にできず、餓死するしかない仲間を見送ることしかできなかったが、今度はこのイジツの人々の胃袋を満たして見せる、と」
きっと、それが今の彼の方針のもとになったのだろう。
「やがて、私はハリマでシズネと出会い、結ばれ、子供にアスカとホナミが生まれた。タカヒト君はミコト君と結ばれ、ミタカ君に恵まれた。ある日、アスカとミタカ君とを合わせたら、2人は結ばれた。そして……」
カスガは、ハルカを見つめる。
慈愛を込めた、愛おしいものを見つめる瞳で。
彼女の中にある、もう亡き人々の幻影を見つめるように。
「孫の、君が生まれた。何かの運命と思った。君の誕生日の4月11日は、私と彼が死ぬはずの日だった。私と彼は誓った。故郷ではかなわなかったが、このイジツでは、君たちが平和に、不自由なく暮らせる世界を残したい、と」
カスガの顔が曇る。
「だが、思いはどうであれ、実際はなかなかうまくいかない。ユーハングのもたらした航空技術で、この世界は命をつなぎとめたが、同時に何度も荒れた。リノウチ大空戦、イケスカ動乱。遺産は人々の生活を豊かにした一方、多くの悲しみをもたらした」
身内を亡くしているだけに、ハルカもそのことは知っていた。
ユーハングが帰ってから、残された遺産は、それまで人々の生活を豊かにしていた状況から一変、混沌をもたらした。
「私たちの生きている間に、それが実現できればいいが、時間がかかることは考えられた。だからこそ、タカヒト君は考えた。イジツとユーハング。その両方を知る者なら、遺産の正しい使い方を示してくれるのではないか、と」
イジツで優位に立つために、遺産を独り占めするわけでもなく、ユーハングに憧れを抱き、貪欲に遺産を求めるものでもない。
イジツとユーハング。つながった2つの世界を知り、残された遺産の生み出された経緯や詳細、いい面も悪い面も理解している者なら、それができるのではないか。彼らは、そう考えた。
同時に、遺産を使って争いを起こそうとするものたちに、対抗するための術として。
カスガはハルカに近づくと、彼女の胸に手を静かに置いた。
「え……」
戸惑うハルカに、彼は静かに言った。
「だからこそ、タカヒト君は君に、自身の知る全てを教え、願いを託した」
彼は言った。
「君の中にも、流れているんだよ。私たちの、ユーハングの血がね」
彼女は目を見開いた。
「ユーハングの、血……」
この世界を一変させた異邦人たち。
その血が、自分の中に流れている。
「君には、ユーハングから来た私とタカヒト君の、そして、イジツ生まれのシズネとミコト君の血が流れている。いわば、君の半分はユーハング、半分はイジツ、といったところかな」
祖父母から受け継いだ、彼らの血。この体には、イジツと、ユーハング。2つの異なる世界の血が流れている。
ハルカは、妙な気分だった。
「血だけじゃない。君は、タカヒト君から色々教わったと聞いているよ。操縦、技術、格闘術、それに……、ユーハングの言葉や文字も」
「あれは、ユーハングの言葉だったんですか?」
「なんだ、タカヒト君は何もいってなかったのか。彼は、君をイジツの民として、ユーハングの民としても育てた。君の父親のミタカ君亡き後、自身の全てを受け継いでくれる、ただ一人の孫として」
カスガは、再び彼女の愛機に視線を向ける。
「イジツとユーハングを知り、遺産を知る。このイジツという世界に、遺産を使った争いではなく、人々に恵をもたらして欲しい。この空に、平穏を、自由な空を、取り戻してほしい。ユーハングからもたらされたものを使い、この閉じられた世界に、争いではなく、希望を見出して欲しい。それが、どんなに遠くにあるものであっても、目指して歩んでいってほしい……。それが、祖国ではできなかった、タカヒト君の、私たちの願い。この蒼い翼に込められた、……祈りだ」
視線を戻すと、彼女の足元に水滴が落ちた。
視線を上げると、彼女の瞳から雫が零れ落ちていた。
「は、ハルカ!?」
「……ごめんなさい」
彼女は、静かに謝罪の言葉を口にした。
「そんな、願いがあったなんて、しらなくて……」
彼女は俯き、つぶやくように言う。
「カスガさん、タカヒトおじいちゃんは、……とても大切で、特別な人なのに……。その人が託してくれた願いの意味も知らず……、授けてくれたもので、悪行を働いて……。多くの人々の歯車を狂わせて……、大事なものさえ、何も守れなくて」
彼女の中に芽生えたのは、大事な祖父が託してくれたもので、悪行を働いたことに対する罪悪感や、大事なものを守れなかった後悔。
残された遺産で、このイジツは何度も荒れた。
そして、ある意味ユーハングの遺産と言える彼女も、このイジツを荒らすのに加担したという事実。
自分の犯した過ちに、大事な祖父たちの願いに背き続けたということに、彼女は悲しんだ。
「それは、人として、最低の……」
彼女は両手で顔を覆い、その場に膝をついた。
「大事な人の、想いに、願いも踏みにじり続けた……。そんな私が、世界のため、遺産を正しく使えるか、なんて……。そもそも、人のために、なれるかなんて……」
カスガは、地面に膝をついて涙を流す彼女を、腕の中に抱きしめる。
「ハルカ、もうよいのだ」
「……でも」
「もうよい。回り道することになってしまったが、結果として君は私たちの願いにこたえてくれている」
「……え?」
彼女は、理解できない、という顔でカスガを見つめる。
「アスカたちがいなくなってしまったことは残念だが、アレシマの件、ショウト、ナガヤ、イヅルマ、ヤマセ、今回のハリマ。いずれも、君は多くの人々を、皆を守った」
彼は、孫を見つめながら言う。
「タカヒト君の遺産を使って、私たちを、皆を助けてくれたんだよ、君は。私たちの、願いの通りに」
「……本当に?」
「ああ。タカヒト君の、私たちの想いを、君はつないでくれたんだ。……ありがとう」
笑みを浮かべるカスガの胸に、ハルカはしがみついた。
そのまましばらく、彼女は涙腺が決壊したように泣き続けた。
祖父や自身のルーツのこと、愛機の模様に込められた願い。
色んなことが彼女の中に入ってきた。
驚き、戸惑い、後悔、色んな感情が混ざり合い、彼女の心は荒れていた。
カスガは幼い子供のように泣きじゃくる孫の背中を、やさしくさすり続けた。
こんにちは!
恐らく、皆さんが気になっていたであろう、主人公のルーツが
今回の話になります。
主人公のルーツは、この物語を書き始める最初に考えました。
タカヒトさん、カスガさんが死ぬはずだった4月11日というのは、
この2人を思いつくきっかけになった元ネタに関係しています。
以前投稿した「短編:雲に消えた軌跡」はタカヒトさんの視点で
書いたものですが、作中の1945年4月11日というのは、後にポツダム
宣言調印の場となるアイオワ級戦艦「ミズーリ」の右弦後方に、1機
の零戦52型丙が特攻をした日です。ミズーリのその場所には今もその
当時の痕跡が残されています。この零戦は20mm機銃を外していたようですが。
また神雷部隊の52型丙には、13mm、20mm機銃のいずれかを外していた。
またはフル装備で使っていたという写真が残されています。
それらの歴史とコトブキ飛行隊に出会ったことが、この物語を思いつく
きっかけになりました。