眠ってしまった彼女をよそに、会話を盗み聞きして
いた人々を格納庫内へ招き入れる。
そして議長は、ある懸念を口にする。
しばらくして、腕の中から寝息が聞こえてくる。
腕を緩めれば、ハルカはいつの間にか寝てしまっていた。
まぶたから頬にかけて、泣いた跡がついている。
爆弾を抱えての峡谷の飛行に、爆撃、空戦による疲労。何より自身のルーツや祖父たちの願いなど、一度に情報を与えられすぎた上に、感情を久しぶりに吐き出したために、脳が疲れたのだろう。
彼は、彼女を起こさないよう優しく背中と膝裏に腕を回し、彼女を抱え上げると、そばに駐機されているカスガの零戦の着陸脚にもたれさせる。
起こさないよう慎重に手を離し、彼女の乱れたスカートの裾を直す。
一瞬、中の白いものが見えた。
彼は着ていた上着を脱いで、彼女に着せる。
孫の浮かべる可愛い寝顔や、スカートから伸びる綺麗な足に、彼は笑みを浮かべる。
本当は、この可愛い寝顔や彼女の無防備な姿をしばらく眺めたり、写真に収めたりしたい。
だが、そうもいかない事情が今はある。
彼はすぐさま表情を引き締める。
「さて……」
彼は、ゆっくりと立ち上がる。
「そろそろ、出てきたらどうかな?」
彼は、格納庫の出入り口に向かっていった。
少しすると、ドアを開けて入ってきたものたちがいた。
ユーリア議員、マダム・ルゥルゥ、レオナ、ケイト、ユーリア護衛隊長、副隊長の6人だった。
「……盗み聞きとは、趣味がいいとは言えませんね」
カスガはユーリアたちに向きなおる。
先ほどまで浮かべていた、可愛い孫を前にした甘い祖父の顔はない。
相手を警戒するような、そんな険しい表情を浮かべた彼がいた。
「それで、何か聞きたいことがあるから、そこに居たのではないのかな?」
皆は顔を見合わせていたものの、少ししてユーリアが一歩前に出た。
「議長……」
彼女は、意を決したように言う。
「先ほど、彼女にしたお話。……あれは」
「私がこの子に、あんな手の込んだ嘘を言うと思うかね?」
それはないだろう。皆はそう思う。
同時に、やはりその内容故に信じられないという感情も、彼らの中にはあった。
「では、議長は……」
「他言無用でお願いしますが、私はこの世界でいうユーハング。そして孫のハルカは、私とタカヒト君の、ユーハングの血と知識を受け継いだ子孫。……ある意味この子も、ユーハングの遺産といえる」
寝息を立てている彼女を、皆は信じられないものを見る瞳で見つめる。
最初は強い用心棒が欲しかったり、賠償金の請求がしたかっただけのはずだった。
だが、ハルカの最初は知らなかった部分がわかるにつれ、彼らはとんでもない拾い物をしてしまったと今は感じる。
腕がいいだけじゃない。
この世界を去ったユーハングの血を引き、彼らの、まだイジツでは知られていない未知の技術や言葉を理解できる。
そんな彼女を、他勢力には、絶対渡してはいけない。
「ですが、あなた方は彼女の可能性については、感づいていたのでしょう?」
「……ハルカは、一般的に知られていないユーハングの遺産の知識を持っていた。それに、聞いたことのない言語で話したこともある。今回使われた桜花や、ヤマセでの橘花やジェットエンジンの件といい、関係者でなければ知りえないことまで、彼女は知っていた」
ケイトが静かに言う。
「なるほど。……では、あなた方にお聞きしたいことがあります」
「……何でしょうか?」
ユーリア議員の声に少し固さが混じる。
こんな議長を、彼女も見たことがなかった。
カスガは表情を引き締め、言った。
「まさかと思いますが、ハルカから、彼女が知っている知識全てをすぐにでも引き出そうなどと、考えてはおりませんな?」
ケイトは目を見開く。
「なぜ、その点を気にするのでしょう?」
レオナが議長に問う。
「返答次第では、彼女の今後を考える必要がありますからな」
「今後?」
レオナは首をかしげる。
「先も言いましたように、遺産はこのイジツに光をもたらした一方、この世界が何度も荒れる原因になった。今でも、遺産を求めて目には見えなくとも、駆け引きが行われている」
彼は、孫をチラッと見やる。
「彼女が遺産に関する知識を持っていると知れば、色んな勢力が彼女を巡って動き出す。私たちは、彼女がそんな面倒ごとに巻き込まれることを望まない」
「それは、私たちも同様です」
「私の親友で、ハルカのもう一人の祖父のタカヒト君が行方不明なのも、彼が持つ知識や技術が理由と推測される。彼がどうなったかは私もわかりませんが、私たちは彼女まで失いたくはない」
「全くもって、私たちも同意見です」
「だが、あなた方はこの子の力を間近で見てきたはず。誰も知らない遺産の知識を使って、敵対勢力に対抗する彼女を」
イヅルマでの桜花、ヤマセでの橘花、ハリマでの銀河に新型の桜花。
いずれも、ハルカの知識がなければ事態を鎮圧できなかった。
「この子の中には、まだ話していない情報が多くあります。そんな彼女を間近で見てきたあなた方が、今以上のものを得ようとしないと、なぜ言えますか?」
皆は黙った。
カスガは、孫のハルカを厄介ごとに巻き込みたくないのだろう。
この世界に光をもたらしたと同時に、混沌をもたらしたユーハングの遺産。
それについての詳細な知識や、まだ見ぬ情報を、ハルカは持っている。
すぐそばに、宝箱が置かれているような状況だ。
身近にいる人間であれば、アレンやケイト、タミルも研究を手伝ってほしいと言い出すだろう。
だが、もし遺産を独り占めしようと画策する勢力、例えば、旧自由博愛連合の残党がこのことを知ったら?
間違いなく、放っておくはずがない。
今より、かつて穴から落ちてきたものより、もっといいものが得られる鍵が、目の前に転がっているのだ。
「でも、敵は待ってくれない。旧自由博愛連合の残党は、遺産を戦力化しつつある。彼女の協力がなければ、多くの犠牲を払った上に、事態も収束できなかった」
「だから彼女から知識を引き出したい、と?今回のように」
「必要なとき、必要な最低限の知恵を貸して欲しい。あなたが彼女を厄介ごとに巻き込みたくないことも、その遺産の知識の危険性を懸念することもわかるが、ケイトやみんなにだって守りたいものはある」
「それが、彼女の持つ情報を使うことで救えるのなら、私たちは彼女に協力を求めるわ」
ケイトとマダムは、必要な情報を彼女から引き出すことを求めた。
「最低限というが、それがいずれは」
だが、カスガ議長は渋い顔をする。
「過保護が過ぎるんじゃないかい、議長」
声がした方向に視線を向けると、そこに居たのは議長の妻のシズネ市長だった。
「あなたとタカヒトさんは、彼女が遺産を正しく使ってくれることを願って、色んなことを授けたのでしょう?」
「……ああ」
「なのに、彼女から何も引き出すなでは、意味がないんじゃないかしら?」
「それは、そうだが……」
シズネは議長の横を通りすぎると腰を下ろし、零戦の着陸脚にもたれて寝息を立てているハルカの頭を撫でた。
「まあ、こんなに可愛いから、そう言いたくもなるわ」
「だったら……」
「なんで、この子にハルカという言葉を名前につけたのか、思い出したらどうだい?」
たとえ、目的がどれだけ時間がかかろうとも、歩き続けていってくれる。
どれだけ遠くであろうとも。
そういう願いを込め、彼女に名付けた。
「この子は、あなたたちの願いに背き続けたことを悔やんでいる。だからこそ、彼らと行動を共にし、授けられたものを使い、今回ハリマを襲ってきたような連中と戦う。そうやって、向かっていく方向を認識させ、今やっていることは間違いじゃない。そう知る必要があるんじゃないかい?贖罪という牢獄にとらわれている、彼女の心を、その牢屋からいつか解き放ってあげるためにも」
議長は黙ったまま、わずかに頷いた。
「皆さん」
シズネは、ユーリアたちに振り返った。そして、両手を前で重ね、丁寧な所作でお辞儀をする。
「ハルカのこと、よろしくお願いします」
市長が頭を下げるという行動、そして彼女を頼むという言葉に、張り詰めていた空気が緩み、ユーリアたちはほっと胸をなでおろす。
カスガも、シズネに習って頭を下げる。
「……ありがとうございます、市長、議長」
「……ですが」
だが、次に発されたシズネのトーンが低くなった声に、皆に緊張が走る。
「……必要な最低限の知識を得ようとする分には構いませんが、くれぐれも扱いは慎重に。情報の管理はしっかりと、ね。もしそのことで、彼女が厄介ごとに巻き込まれるようなことになったら、……わかっていますね?」
笑顔を浮かべるシズネだが、全員は背中を嫌な汗が流れるのを感じる。
「人の口に戸は立てられない。そうユーハングでは言いますが、必要な時は必ず戸を閉めるようにお願いします。さもないと……ねえ」
笑顔を浮かべているはずなのに、全員寒気がしているように震える。
「私たちは、できるだけ平穏な手段を好みますが、場合によっては手段を選ばないこともあります。ユーハングの世界ではこういうそうですね。戦争と恋愛では手段を選ばない。私たちの場合、孫の件でも、手段は選びません。あなた方に、そんなことをしないで済むことを、祈っておりますよ」
要するに、もし彼女から余計な知識を引き出そうとしたり、それが原因で厄介ごとに巻き込まれるようなことになれば、彼女をあなた方には預けておけない。
そして、あらゆる手段を講じる。そう言っているのだ。
「……約束します」
「ええ、約束するわ」
「その言葉に偽りがないと、信じておりますよ。……皆さん」
圧をまとったシズネの言葉に、ユーリア議員やマダムも、一様に頷くしかなかった。