荒野のコトブキ飛行隊 ~ 蒼翼の軌跡 ~   作:魚鷹0822

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彼女に自身が伝えるべきことを言い終えた議長は、
眠ってしまった彼女をよそに、会話を盗み聞きして
いた人々を格納庫内へ招き入れる。
そして議長は、ある懸念を口にする。



第11話 過保護な議長と市長からの警告

 しばらくして、腕の中から寝息が聞こえてくる。

 腕を緩めれば、ハルカはいつの間にか寝てしまっていた。

 まぶたから頬にかけて、泣いた跡がついている。

 爆弾を抱えての峡谷の飛行に、爆撃、空戦による疲労。何より自身のルーツや祖父たちの願いなど、一度に情報を与えられすぎた上に、感情を久しぶりに吐き出したために、脳が疲れたのだろう。

 彼は、彼女を起こさないよう優しく背中と膝裏に腕を回し、彼女を抱え上げると、そばに駐機されているカスガの零戦の着陸脚にもたれさせる。

 起こさないよう慎重に手を離し、彼女の乱れたスカートの裾を直す。

 一瞬、中の白いものが見えた。

 彼は着ていた上着を脱いで、彼女に着せる。

 孫の浮かべる可愛い寝顔や、スカートから伸びる綺麗な足に、彼は笑みを浮かべる。

 本当は、この可愛い寝顔や彼女の無防備な姿をしばらく眺めたり、写真に収めたりしたい。

 

 だが、そうもいかない事情が今はある。

 

 彼はすぐさま表情を引き締める。

「さて……」

 彼は、ゆっくりと立ち上がる。

 

「そろそろ、出てきたらどうかな?」

 

 彼は、格納庫の出入り口に向かっていった。

 少しすると、ドアを開けて入ってきたものたちがいた。

 ユーリア議員、マダム・ルゥルゥ、レオナ、ケイト、ユーリア護衛隊長、副隊長の6人だった。

「……盗み聞きとは、趣味がいいとは言えませんね」

 カスガはユーリアたちに向きなおる。

 先ほどまで浮かべていた、可愛い孫を前にした甘い祖父の顔はない。

 相手を警戒するような、そんな険しい表情を浮かべた彼がいた。

「それで、何か聞きたいことがあるから、そこに居たのではないのかな?」

 皆は顔を見合わせていたものの、少ししてユーリアが一歩前に出た。

「議長……」

 彼女は、意を決したように言う。

「先ほど、彼女にしたお話。……あれは」

 

「私がこの子に、あんな手の込んだ嘘を言うと思うかね?」

 

 それはないだろう。皆はそう思う。

 

 同時に、やはりその内容故に信じられないという感情も、彼らの中にはあった。

 

「では、議長は……」

 

「他言無用でお願いしますが、私はこの世界でいうユーハング。そして孫のハルカは、私とタカヒト君の、ユーハングの血と知識を受け継いだ子孫。……ある意味この子も、ユーハングの遺産といえる」

 

 寝息を立てている彼女を、皆は信じられないものを見る瞳で見つめる。

 最初は強い用心棒が欲しかったり、賠償金の請求がしたかっただけのはずだった。

 だが、ハルカの最初は知らなかった部分がわかるにつれ、彼らはとんでもない拾い物をしてしまったと今は感じる。

 腕がいいだけじゃない。

 この世界を去ったユーハングの血を引き、彼らの、まだイジツでは知られていない未知の技術や言葉を理解できる。

 

 そんな彼女を、他勢力には、絶対渡してはいけない。

 

「ですが、あなた方は彼女の可能性については、感づいていたのでしょう?」

「……ハルカは、一般的に知られていないユーハングの遺産の知識を持っていた。それに、聞いたことのない言語で話したこともある。今回使われた桜花や、ヤマセでの橘花やジェットエンジンの件といい、関係者でなければ知りえないことまで、彼女は知っていた」

 ケイトが静かに言う。

「なるほど。……では、あなた方にお聞きしたいことがあります」

「……何でしょうか?」

 ユーリア議員の声に少し固さが混じる。

 こんな議長を、彼女も見たことがなかった。

 カスガは表情を引き締め、言った。

 

「まさかと思いますが、ハルカから、彼女が知っている知識全てをすぐにでも引き出そうなどと、考えてはおりませんな?」

 

 ケイトは目を見開く。

「なぜ、その点を気にするのでしょう?」

 レオナが議長に問う。

 

「返答次第では、彼女の今後を考える必要がありますからな」

 

「今後?」

 レオナは首をかしげる。

「先も言いましたように、遺産はこのイジツに光をもたらした一方、この世界が何度も荒れる原因になった。今でも、遺産を求めて目には見えなくとも、駆け引きが行われている」

 彼は、孫をチラッと見やる。

「彼女が遺産に関する知識を持っていると知れば、色んな勢力が彼女を巡って動き出す。私たちは、彼女がそんな面倒ごとに巻き込まれることを望まない」

「それは、私たちも同様です」

「私の親友で、ハルカのもう一人の祖父のタカヒト君が行方不明なのも、彼が持つ知識や技術が理由と推測される。彼がどうなったかは私もわかりませんが、私たちは彼女まで失いたくはない」

「全くもって、私たちも同意見です」

「だが、あなた方はこの子の力を間近で見てきたはず。誰も知らない遺産の知識を使って、敵対勢力に対抗する彼女を」

 イヅルマでの桜花、ヤマセでの橘花、ハリマでの銀河に新型の桜花。

 いずれも、ハルカの知識がなければ事態を鎮圧できなかった。

 

「この子の中には、まだ話していない情報が多くあります。そんな彼女を間近で見てきたあなた方が、今以上のものを得ようとしないと、なぜ言えますか?」

 

 皆は黙った。

 カスガは、孫のハルカを厄介ごとに巻き込みたくないのだろう。

 この世界に光をもたらしたと同時に、混沌をもたらしたユーハングの遺産。

 それについての詳細な知識や、まだ見ぬ情報を、ハルカは持っている。

 すぐそばに、宝箱が置かれているような状況だ。

 身近にいる人間であれば、アレンやケイト、タミルも研究を手伝ってほしいと言い出すだろう。

 だが、もし遺産を独り占めしようと画策する勢力、例えば、旧自由博愛連合の残党がこのことを知ったら?

 間違いなく、放っておくはずがない。

 今より、かつて穴から落ちてきたものより、もっといいものが得られる鍵が、目の前に転がっているのだ。

「でも、敵は待ってくれない。旧自由博愛連合の残党は、遺産を戦力化しつつある。彼女の協力がなければ、多くの犠牲を払った上に、事態も収束できなかった」

「だから彼女から知識を引き出したい、と?今回のように」

「必要なとき、必要な最低限の知恵を貸して欲しい。あなたが彼女を厄介ごとに巻き込みたくないことも、その遺産の知識の危険性を懸念することもわかるが、ケイトやみんなにだって守りたいものはある」

「それが、彼女の持つ情報を使うことで救えるのなら、私たちは彼女に協力を求めるわ」

 ケイトとマダムは、必要な情報を彼女から引き出すことを求めた。

「最低限というが、それがいずれは」

 だが、カスガ議長は渋い顔をする。

 

 

「過保護が過ぎるんじゃないかい、議長」

 

 

 声がした方向に視線を向けると、そこに居たのは議長の妻のシズネ市長だった。

「あなたとタカヒトさんは、彼女が遺産を正しく使ってくれることを願って、色んなことを授けたのでしょう?」

「……ああ」

「なのに、彼女から何も引き出すなでは、意味がないんじゃないかしら?」

「それは、そうだが……」

 シズネは議長の横を通りすぎると腰を下ろし、零戦の着陸脚にもたれて寝息を立てているハルカの頭を撫でた。

「まあ、こんなに可愛いから、そう言いたくもなるわ」

「だったら……」

「なんで、この子にハルカという言葉を名前につけたのか、思い出したらどうだい?」

 たとえ、目的がどれだけ時間がかかろうとも、歩き続けていってくれる。

 どれだけ遠くであろうとも。

 そういう願いを込め、彼女に名付けた。

「この子は、あなたたちの願いに背き続けたことを悔やんでいる。だからこそ、彼らと行動を共にし、授けられたものを使い、今回ハリマを襲ってきたような連中と戦う。そうやって、向かっていく方向を認識させ、今やっていることは間違いじゃない。そう知る必要があるんじゃないかい?贖罪という牢獄にとらわれている、彼女の心を、その牢屋からいつか解き放ってあげるためにも」

 議長は黙ったまま、わずかに頷いた。

「皆さん」

 シズネは、ユーリアたちに振り返った。そして、両手を前で重ね、丁寧な所作でお辞儀をする。

「ハルカのこと、よろしくお願いします」

 市長が頭を下げるという行動、そして彼女を頼むという言葉に、張り詰めていた空気が緩み、ユーリアたちはほっと胸をなでおろす。

 カスガも、シズネに習って頭を下げる。

「……ありがとうございます、市長、議長」

 

「……ですが」

 

 だが、次に発されたシズネのトーンが低くなった声に、皆に緊張が走る。

 

「……必要な最低限の知識を得ようとする分には構いませんが、くれぐれも扱いは慎重に。情報の管理はしっかりと、ね。もしそのことで、彼女が厄介ごとに巻き込まれるようなことになったら、……わかっていますね?」

 

 笑顔を浮かべるシズネだが、全員は背中を嫌な汗が流れるのを感じる。

 

「人の口に戸は立てられない。そうユーハングでは言いますが、必要な時は必ず戸を閉めるようにお願いします。さもないと……ねえ」

 

 笑顔を浮かべているはずなのに、全員寒気がしているように震える。

 

 

「私たちは、できるだけ平穏な手段を好みますが、場合によっては手段を選ばないこともあります。ユーハングの世界ではこういうそうですね。戦争と恋愛では手段を選ばない。私たちの場合、孫の件でも、手段は選びません。あなた方に、そんなことをしないで済むことを、祈っておりますよ」

 

 

 要するに、もし彼女から余計な知識を引き出そうとしたり、それが原因で厄介ごとに巻き込まれるようなことになれば、彼女をあなた方には預けておけない。

 そして、あらゆる手段を講じる。そう言っているのだ。

「……約束します」

「ええ、約束するわ」

 

「その言葉に偽りがないと、信じておりますよ。……皆さん」

 

 圧をまとったシズネの言葉に、ユーリア議員やマダムも、一様に頷くしかなかった。

 

 

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