間もなく、彼女から得たお金で買った高級機と共に姿を表したウミワシ通商社長のナカイ。
他の組織に渡る前に彼女を処分したいナカイと、許せない男を殺したい彼女。
2人の一騎打ちが、始まる。
照準器のサークルの中心に前を飛ぶ敵機、ウミワシ通商の零戦21型をとらえる。その進路上に照準を合わせ、スロットルレバーに取り付けられた引き金を引く。
機首の13.2mm機銃から放たれた銃弾が右主翼の根元に命中。21型は瞬く間に火をふき、荒野へ落ちていった。
周囲を見渡し、敵機を探す。背後に隼2型が迫る。機首を下げて降下。隼もあとを追って急降下に入る。
制限速度に迫った隼が上昇へ転じる。そのタイミングでハルカは機首を上げ、隼を背後から撃つ。
隼が落ちていくのを確認しつつ周囲を見渡すと、ウミワシ通商の機体15機は荒野に消えていた。
だが、最も落とさなければならない人物が見当たらない。
『……やるな。さすがは悪魔』
最後の標的、ナカイの声が無線機から聞こえてくる一方、機影が見えない。ハルカは風防から周囲を注意深く見渡し、彼を探す。
『だが、それも今日までだ!』
エンジンの発する爆音を察知した彼女は後ろ上方を見上げる。するとそこには、雲を突き破って降下してくる機影が見えた。
零戦に比べ太い胴体、主翼から突き出す20mm機銃の4本の銃身、そして小型高出力の誉エンジンの奏でる金属が高速で回る甲高い爆音。
「紫電改!?」
機体の下面は灰色一色である一方、上面は緑色に塗られ、その上に鳥の翼の羽模様が黒と茶色で描かれている。
他の鳥の採った餌を奪い取る習性をもつ
『そうだ!お前が稼いでくれた金で買えた高級機だ!』
紫電改は零戦の後方につく。直後、主翼に装備された4丁の20mm機銃が、一斉に咆哮をあげた。彼女はフットペダルを蹴りこみ、機体を横滑りさせて回避する。
そのまま機体を左へ垂直に傾け、紫電改の背後を目指して旋回する。
紫電改もそれに続く。紫電改は速度が速く、翼面荷重が高い分旋回半径は大きくなる。
速度で敵わない以上、小回りの良さを生かし、早々に決着をつけなければならない。
「ぐっ……」
操縦席に押さえつけられる激しいGに耐えながら、ハルカは紫電改の背後へ回り込もうと旋回を続ける。
だが、一向に敵の姿が見えてこない。
彼女は風防から後方を確認する。
「くそ……」
紫電改も、彼女の背後に回り込もうと旋回を続けていた。両者の距離は、縮まる気配をみせない。
零戦52型丙は、21型に比べ主翼が短く、翼面荷重が高くなった分、旋回性能が犠牲になっている。また速度があがるほど、零戦は舵の効きが悪くなる。
一方紫電改は、翼面荷重が高くても、フラップ角度が速度によって最適に調整される自動空戦フラップを装備している上に、零戦の栄エンジンの倍近い馬力の誉エンジンを装備したことで速度がでる分、早く旋回を終えることができる。
旋回戦なら勝ち目がある、とはいかなくなっていた。
次いで機首を下げ、降下を始める。
『急降下程度で逃げ切れると思うのか!?』
ナカイの紫電改もハルカの零戦を追う。2機の距離は徐々に縮まる。
地表が迫り、彼女はフラップを下ろして操縦桿を引き、機首を引き起こす。上昇に転じた途端、再び紫電改の機銃弾が後方から殺到する。
『無駄だ!零戦で紫電改に勝てると思うのか!』
ハルカは回避しながらも、ナカイを倒すための方法を模索するべく思考を巡らせる。
最高速度は、零戦52型丙にくらべ、紫電改は50~80km近く上回る。
急降下速度も、機体が頑丈な相手が上。
火力も20mm機銃を4丁装備しており、被弾すれば52型丙の防弾装備では防げない。
旋回性能にしても、先ほどの旋回戦で遜色なかった。
まともにやり合って勝てる相手ではない。
いかに彼女の腕が良くても、性能差を埋めることは容易ではない。
金属同士がぶつかる音が響き、機体が振動した。
右主翼の翼端が吹き飛ぶ。さらに機銃弾を受け、撃ち抜かれた右主翼の燃料タンクから炎が上がる。
燃料タンク内の温度センサーが温度上昇を検知、消火装置が自動で作動。出火は収まったが、燃料が霧状に漏れ続ける。
『さっさとあきらめろ!ここはお前の家族の落ちた場所だ!同じ場所で死ねるなら本望だろう?さっさとあの世へ会いにいったらどうだ!?』
彼女は燃料の供給ルートを右主翼に切り替える。流出は止まらないが、少しでも使わなければ先に燃料が尽きて墜落は免れない。
「……許さない」
彼女は無線機へ叫んだ。
「許さない!お前だけは!絶対に落とす!」
『やれるもんならやってみろ!』
紫電改の機銃弾が零戦に殺到する。数発が胴体を貫通。真後ろで防弾板を叩く金属音が響く。
だが20mm機銃を何度も受けられるほど、丙型の防弾は頑丈ではない。防弾板が割れる嫌な音がした。
直後、被弾によって損傷した防弾板や部品の金属片が、操縦席内を跳ねまわった。
「っぐ!」
飛行眼鏡の左側の視界に赤いシミがついた。跳ね回った破片が、額のどこかをひっかいたらしい。おまけに、別の金属片は跳ねまわった挙句、彼女の右わき腹へ刺さった。
痛みが増していく中、背後の紫電改の追撃はやまない。
自分が死ぬのは構わない。
散々重ねた過ちを、自分1人の命で償えるなら、安いもの。
―――でも、その前に。
―――家族を奪ったこの組織、この男だけは……。
―――絶対許せない!
20mm機銃の弾が左主翼を撃ち抜き、後縁下部の補助翼やフラップの一部が脱落した。
機体を右へ、左へ滑らせ、回避行動を続けようとも、速度差はいかんともしがたく、ハルカの零戦は徐々に損傷していく。
おまけに燃料の流出が止まらず、残量を示す針はどんどん0へ近づいていく。早く勝負を決めなければ。
彼女はスロットルレバーを開き、操縦桿を手前に引いた。機首を上げた零戦は上昇に転じ、紫電改もそれを追う。
『ははは、どこにいこうっていうんだ?』
2機は高度を上げていく。装備を増したことで重くなった52型丙に、紫電改はたやすく追いついた。
『終わりだ!』
無線を通じて、ナカイの声が操縦席内に響く。ハルカはひそかに微笑んだ。
攻撃の瞬間を声に出してくれたことに。
直後に機銃の発砲音が後方から聞こえる。零戦の主翼付け根付近を撃ち抜き、火の手が上がる。
彼女は即座にスロットルレバーを絞り、両手で操縦桿を手前に目一杯引く。
零戦は機首を90度あげた。抵抗が急激に増して失速。わずかな間、空中に制止した。
『な!』
急なことにナカイは減速も回避もできず、紫電改の機首と零戦の胴体後部が激突した。
2機が空中で接触したことで生じた、大きな金属音が空に響く。
零戦は胴体後部に大きな亀裂が走り、紫電改は機首の4枚羽のプロペラの内2枚がちぎれ飛んだ。
プロペラを損傷したことでバランスが狂った紫電改は、きりもみ状態に入った。
ナカイはエンジンを緊急停止させ、機体の制御を取り戻すべく奮戦する。まもなく、きりもみから抜け出すことに成功する。
「……はあ」
彼は大きく息を吐き出す。
エンジンが止まっているせいで滑空しかできず速度は出ないが、平地には不自由しない荒野の広がったイジツ。不時着できる場所などいくらでもある。
この後どうするか、ナカイは算段を始める。
「このままゆっくり降下して、なんとか不時着する。そして金を全てもってしばらく雲隠れして……。なに、金があれば組織も飛行機もいくらでも……」
そのときだった。
彼は自身に向けられた、針のような鋭い殺気を背中に感じ、体を震わせた。
ゆっくりと、彼は後ろを振り返った。
「う、うそ、だろ……」
背後には、先ほどまで追い回していた蒼い翼の零戦がいた。胴体後部に大きな亀裂を作りながらも、かろうじて飛んでいる。
サングラス越しでも遠目に、刃のように細めた目で照準器を覗きこみ、こちらに狙いを定めているハルカの顔が見える。
悪魔は、狙った者の命を摘み取るまで、追いかけ続ける。
ナカイの目には機銃の銃口が、殺人鬼の手にするナイフのごとく、妙に鈍く輝いて見えた。
「ちょ、ま!す、すまねえ!お、俺が、俺が悪かった!か、金なら」
零戦の機首と主翼に装備された計3丁の機銃が、一斉に咆哮を上げた。
機首の13.2mm機銃と主翼の20mm機銃の弾が一斉に放たれ、紫電改に突き刺さる。いくら防弾装備があっても、20mm機銃の銃撃を受け続けては限界がすぐやってくる。
ナカイの紫電改の主翼から、瞬く間に火の手があがる。操縦席付近にも容赦なく撃ちこまれた銃弾は風防のガラスを飛散させ、操縦席内を赤く染めた。
それでも彼女は、撃つのをやめない。
遂に主翼や尾翼がちぎれ飛び、制御を失い急角度で降下しはじめた紫電改は炎に包まれ、空中で爆散した。
「はぁ……はぁ……」
ようやく全機片付けたことを確認したハルカは、操縦席内で荒い呼吸を繰り返す。
「……13.2mm、20mm、ともに残弾無し。燃料、間もなく無し。機体の損傷、……大」
各所の動翼や胴体後部を損傷したことで操縦系に異常が起こったのか、いつもに比べ機体がいうことをきかない。
零戦は水平を保てず、次第に傾きながら機首を下げていた。
「……ここまでか」
家族を支えるために、空賊行為にまで加担したのに、いつの間にかその空賊に家族は殺されていた。それを知らず、彼女は組織を太らせるために日々戦っていた。
とんだ空回りの行動。
回し車の中で、意味もなく必死に手足を動かして走るハツカネズミのように。
いや、被害を及ぼさないだけ、ハツカネズミの方がマシかもしれない。
こんな滑稽な話があるだろうか。
ウミワシ通商のものたちを落とした上、家族も残っていない彼女に、もはや帰る場所はない。
生き残っても空賊行為をはたらいた罪で、自警団に捕まるだけ。
逃げてもお尋ね者として、一生追われる身になる。
―――もう、いいよね。
彼女は操縦桿から手を離した。祖父と父が残してくれた愛機、レイと共に逝けるのなら悪くない。彼女は、そう思った。
巷では悪魔といわれ、祖父はこの機体を死神だといった。誰かの命を摘み取る存在でも、最後の運命は避けられないらしい。
傷の痛みで意識がもうろうとし始めた彼女は、静かに目を閉じた。
―――ナカイの言う通り、だった。
―――あの世なら、家族に会えるよね。
―――きっと。
『聞こえるか!零戦のパイロット!』
『ハルカなんでしょ!?応えて!』
『聞こえているなら返事をして!』
無線から聞こえた声にわずかに目を開ければ、周囲をコトブキの隼が取り囲んでいた。
いっそこのまま撃ち落してくれればと思うが、彼らにその気はないらしい。
『機体を水平に戻せ!不時着できる場所まで誘導する!』
『あきらめちゃだめ!守りたいものがあるんでしょ!』
隊長さんに次いで、今のはキリエの言葉だろう。彼女には身の上話を少ししたためだ。こんなとき、そういうものがあれば、最後まで頑張れるのだろう。
でも、今の彼女にはそんなものはない。とっくに無くしていた。
彼女の視界を、暗闇が支配していく。
意識が遠のく中、彼女の脳裏に、昔の光景がよみがえってきた。
『ねえ、なんでこの飛行機は死神なの?』
後に愛機になる零戦52型丙、レイを見上げながら、ハルカは祖父に話しかけた。
『私が乗っていた頃、この機体は、敵へ向かっていく味方を守る役目を任されたんだ』
『それって、すごいことなんじゃないの?』
だが、祖父の表情は晴れない。
『……私には、何も守れなかった。どんなに頑張っても、いつも見るのは、敵に落とされる味方の姿だけ。そんな光景を見ながら、この機体に乗った私は帰った。どれだけ味方が命を落とす中でも、どんな戦場でも生き残る。それが死神。この機体も、乗っていた私も……』
祖父は表情を曇らせる。一方、両手に握りこぶしを作っている。
『だが……』
祖父は座っていた椅子から立ち上がり、レイの主翼の前縁に右手を伸ばし、撫でるように触れる。
『だか、例え周りから何と言われようとも、私は絶対に落とされるわけにはいかなかった。どんなに過酷な戦場でも、生き残らなければいけなかった』
ハルカは、少し言葉に力をこめる祖父の話に耳を傾ける。
『生き残った者は、死んだ者たちがどんな最後を迎えたか、その瞬間を目にすることになる。だからこそ、帰らなければならない。亡くなった者たちの、彼らの最期を、生きた証明を伝える責任があったからだ』
『せきにん?』
『ハルカは、私が知らないところで死ぬのは、嫌か?』
『嫌だよ!』
彼女は即座に答えた。
『そう思う者たちは沢山いる。だが大事な人の最期に、必ず立ち会えるとは限らない。遺された家族が心の整理をつけるためにも、結末を伝えなければならない。生き残る者がいなければ、最後が伝わることはない。だからこそ、帰らなければならなかった。結果として、死神と呼ばれることになろうとも』
祖父は彼女を見つめながら言った。
『最期を看取った証人として、己の命ある限り、行きつく所まで歩き続ける。死んだ者たちの想いや物語、全てを連れて。彼らの存在を、消させないためにも』
祖父はレイを見つめながら言った。その瞳に、色んな記憶や感情をにじませて。
『それが残された、敵も味方の死も看取った、この機体に乗った私が、果たさなければならない、責務だった』
―――そうか。
ハルカは記憶の奥底から、忘れかけていた記憶を見た。
どんな戦場でも生きのこった祖父だから、仲間たちの最期を何度も看取ったから、自分自身を、乗っていた機体を、死神だと、そう表したのだ。
『ハルカは、私のこと、ずっと覚えていてくれるか?』
『うん!』
『そうか。私はもうこの年だ。この世界の知らないところへいくのは、難しそうだ』
『そうなの?』
表情がかげるハルカに、祖父は笑いかける。
『もし君が、私の知らない世界を見に行くとき、私のことを思い出してくれると嬉しい。君が覚えていてくれる限り、私はいつも、君と共にある』
祖父は腰をさげ、ハルカと視線を合わせる。
『私を、忘れないでいてくれるか?一緒に連れて行ってくれるか?』
『うん!絶対覚えているよ!いつかレイに乗って、色んな空を一緒に見に行くんだ!』
祖父はハルカの頭へ右手をやさしく乗せる。
『ありがとう。きっと君は、名前の通りの子になる』
『私の、名前?』
『お爺ちゃんの居た場所、ユーハングでは、ハルカという言葉は、とても遠くのことを言うんだ』
祖父は微笑みながら、やさしく言った。
『いつか、知らない世界を見に行ってくれる。自分の手で道を切り開いてくれる。君のお父さんは、その願いを名前に込めた。私は、君がそんな子になってくれると、信じているよ』
今の今まで忘れていた。
祖父が言った、生き残り続けた者の責任を。
彼と交わした約束を。
自身の名前にこめられた、父の想いを。
『私を、忘れないでくれ』
『私を一緒に、連れて行ってくれ!』
大好きだった、この機体をくれた大事な祖父の声が、脳に直接響いたように聞こえた。その声が、彼女を動かした。
「……痛っ」
彼女は痛みの走る手を動かし、操縦桿とスロットルレバーを握る。燃料残量はゼロに近い。でもまだエンジンは動いているし、かろうじて機体も制御できる。
操縦系統に異常がある上に動翼をいくつも損傷しているせいで苦労はしたものの、彼女は機体を横転させ、上昇と下降を僅かにして機体を水平に戻す。
着陸脚は出ない。このまま胴体着陸しかない。
『そのまま機首を少しずつ下へ。緩やかに高度を下げるんだ』
そして眼下の風景を見たとき、彼女は目を見開いた。
今彼女が飛んでいるのは、ラハマの町の真上だ。中央の通りならなんとか着陸できなくもないだろう。
だが道幅は、零戦1機がギリギリ下りられる程度しかない。もし残った燃料に引火して機体が爆発したら、道幅からわずかにでもはみ出たら、住民に被害が出る。
―――それは、できない!
彼女は左へ旋回し、荒野へ向かった。
『ハルカ、どこにいくの!?』
「町の中に機体は落とせない!荒野まで行く!」
『機体のダメージが深刻だ!引き返せ!』
「ダメ!」
だが彼女は、かたくなに拒んだ。
「これ以上……、これ以上、私の過ちで、誰かを傷つけられない」
奪われたくないと、残った家族だけでも守りたいと、奪う側になったはずだった。それができるだけの力が、お金があれば守れると、幼い心はそう思った。
思えばそれが、過ちの始まりだった。
金に目がくらんで空賊の誘いに乗り、遂には略奪行為に加担した。
キリエの言うように、抜けようと考えもした。
だが、家族を支えられた。その結果を自分に言い聞かせて心にフタをし、自身の行いを正当化し、略奪を行うナカイに黙って従い続けた。
そして気が付けば、残された家族は彼らに処分されていた。
結局、奪われる側から抜けることができなかった。
気が付いたときには、全てが手の平から零れ落ちていた。
ナカイたちと同じ穴のムジナとなり、他人を傷つけ続け、自分と同じ立場の人間を作り続けた。
祖父との約束や、父の願いに背き続けた。
これ以上、過ちは繰り返せない。
「っぐ!」
主翼から炎が昇る。消火装置は作動しない。主翼内部の温度センサーが壊れているのか、それとも炭酸ガスがもうないのか。
なんとか機体を横滑りさせ、火を消す。
機体の振動やふらつきが、次第に大きくなる。
前方を見れば、もう少しで荒野に出る。そのとき、目の前のプロペラの回転が止まった。
「あっ……」
速度が落ちた機体は降下角度を増し、荒野へ向かって高度を下げていく。
彼女は機体を操ろうと奮闘するも、みるみる地面が迫る。
地面に接触する寸前、一瞬だけ機首を上にあげた零戦は、直後地面にたたきつけられるように落ち、全身を激しく揺さぶるほどの衝撃が彼女を襲う。
地面との摩擦で、機体がようやく止まる。彼女は地面に降りられたことを確認した直後、意識を手放した。
「急げ!」
ハルカの零戦のそばに着陸したレオナたちは、隼から下りると急いで彼女のもとへ向かう。
彼女が出てくる様子はない。
零戦に駆け寄り、風防へ手をかける。着地の衝撃でゆがんだのか、レオナが歯を食いしばり、渾身の力を込めてもなかなか動かない。
ザラとキリエも加わり、3人がかりでようやく風防を後ろへずらした。
「ハルカ!生きてる!」
狭い操縦席の中で項垂れている彼女は、キリエの声に反応を示さない。見れば、額の左側に切った跡があり、わき腹にも金属片が刺さって血が流れだし、履いている白色のスカートに赤いシミが広がっていく。
「急いで病院へ!」
腰のベルトを外すと、レオナは彼女のわきの下に手を入れ、操縦席から引っ張り上げる。キリエは足を支えて彼女を機体から下ろし、そばに駐機しているケイトの隼の胴体後部に押し込む。
ケイトは直ぐに飛び立ち、ラハマの病院へと向かった。