涼しくなるどころか冷や汗をかく彼らに、チカはこの話と同じような声を
聞いたという。
正体を確かめるべく目的地へ向かう彼らの前に現れたのは……。
*少々ホラー要素を含みます。
これは、とある飛行機乗りがあった、世にも恐ろしいお話。
その飛行機乗りの名は、仮にレナさんとしましょうか。
彼女は特定の飛行隊には属していなかったんだけど、腕利きの飛行機乗りって評判だったの。
だから、仕事の依頼が舞い込んで来ては、イジツの色んな所に行く日々を送っていたそうなの。
そして、その日もある商会の用心棒を終えた帰りだった。
彼女はその日も隼に乗り、荒野の中を飛んでいたそうなの。
「……暗くなってきたな」
日は傾き、次第に闇が周囲を支配し始めた中、彼女は下りられる場所をさがしていたわ。
荒野で方角を見失えばどうなるか、夜間飛行が危険なのは彼女も理解していた。
でも、運悪く彼女が飛んでいたあたりは、町はおろか空の駅もないような場所。
燃料が確実に減っていく中、彼女の視界に一軒の屋敷がうつったわ。
何もない荒野の中、岩陰に隠れるように建つ大きな屋敷だった。
なんでこんな場所に屋敷が、と違和感を抱いたけど、燃料は残り少ないし、他にあてもない。
こんな場所にあるから、きっと事情を説明すれば一晩だけ泊めてくれるかもしれない。もし燃料があったら、少し分けてもらおう。
彼女はわずかな望みにかけ、屋敷へ向かったわ。
屋敷近くに着陸した彼女は、正面のドアをノックした。
すると、中から出てきたのは品のよさそうな女性だった。
レナは事情を説明すると、もう暗いから中へお入りと通された。
お屋敷の中は高価な調度品が多く、裕福そうな家であることは間違いなかった。
そして中に通された彼女は、豪華な食事でもてなされた。
レナは遠慮しようと思ったけど、女性は1人では味気ないからと、レナは厚意に甘えて食べることにしたわ。
料理は肉が多かったけど、どれも味がよく仕事帰りで空腹だったのも手伝って彼女はたべきった。
食後は部屋に案内され、彼女はベッドに寝転がった。
満腹になったことや、仕事の疲労で彼女は次第にまぶたが重くなり、眠りについた。
そして目が覚めると、彼女は違和感に気が付いた。
手足が、縄で縛られていたのよ。
「ひぃ!」
戸惑っていると、彼女は自身を見下ろす視線に気づいた。
そこには、彼女を見下ろす赤い瞳の存在、女主人の姿があったわ。
なんのつもりかと聞くと、彼女はいったわ。
食事をするのだと。
そういう彼女の口の中では、会ったときにはなかった、妙に伸びた2本の歯、いえ、牙が見えた。
それは、ユーハングの物語に出てくる吸血鬼のようだった。
女主人はベッドに乗ると、レナを黙って見下ろした。
女主人は、レナの首元の服を緩めはじめた。
それでレナは悟った。これから血を吸われるのだと。
こんな荒野の何もない場所に家を建てたのは、獲物が叫んでもだれもこないから。
先ほど食事で肉が多めだったのも、きっと吸える血を増やすため。
でも、気づいたときにはすべてが遅かった。
レナの首筋に、2本の牙がつきたてられた。
「いやああああああああああああああああああああああああ!」
翌朝、荒野の中で干からびた遺体が発見された。
血が一滴残らず吸い出され、干からびた状態でね。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああ!」
照明が落とされ、小さなロウソク1本の灯しかない薄暗い室内に響く大声に、皆が悲鳴を上げた人物に視線を向ける。
「……レオナ、少し叫びすぎじゃない?」
先ほどの話をしていた茶色い髪の優美な体格をもつ大人の女性、コトブキ飛行隊副隊長のザラは、先ほど悲鳴を上げていた女性、自身の後ろに隠れながら震えている赤髪の女性、コトブキ飛行隊隊長レオナの方を振り向く。
「こ、怖いものはしょうがないだろう!怖いものに悲鳴をあげて、何が悪い!しかも、なぜパイロットの名をレナにするんだ!?私を怖がらせたいのか!?」
怖い話など軽く流すだろうと思われていたレオナが、珍しく動揺している。
「レオナが叫ぶのって、これ以外にはドードー船長が現れたときくらいよね?」
「レオナにとって、怖い話とドードー船長は同じ程度の怖さなのだろうか?」
意外にもドードー船長が現れた時以外悲鳴をあげないレオナが、怖い話をしていると悲鳴を上げる様子に皆は目を丸くする。
レオナは額にかいた汗をぬぐう。
「暑い日に怖い話をすれば、涼しくなれるというが、私はかえって汗をかいてしまったぞ……」
イジツは、比較的温暖な気候が多く、時折猛暑という日もある。
そんなとき、暑い時期は怖い話で涼しくなっていた、とユーハングではそうだったらしいという出所不明の噂を耳にしたキリエが怖い話しようよ、とみんなを集めたのだった。
「レオナの場合は冷や汗なんじゃないの?」
キリエは、レオナをおちょくるように少し楽し気な笑みを浮かべる。
「ぐっ、それは否定しないが。先ほどの話は、飛行機に乗っていれば降りる場所を探したりするだろう?これじゃあ、見つけても降りるかどうか判断に迷うことになる」
「まあ、ちょっと作り話と割り切るには、現実寄りすぎたかしらね……」
空の駅があればいいが、実際飛行中に周囲が暗くなり、夜間飛行で方角を見失う危険を考え、着陸して夜明けを待つ場合というのはある。
こんな話を聞いてしまっては、そういうとき着陸できる場所を見つけても怖くなって近寄れない。
なんて話をしてくれたんだ、とレオナは心の中で文句を言う。
「それじゃあ、次は私ですね」
ハルカがいうと、レオナはまたザラの後ろに隠れる。
そんな隊長さんに、ザラは苦笑する。
「これは、ある商会での話なんですけど……」
ある日、商会で飛行船や戦闘機の整備を担当している人が、仮に名前をレナさん、としますね。夜に格納庫へ向かったそうなんです。
部品の在庫の確認をしに、手に在庫表を挟んだボードを持って。
暗い廊下を歩いて、格納庫に近づくと、何やら声が聞こえてきたんです。
自分以外に、だれかまだ整備中でいるのかな。
気になったレナさんは、耳を澄まして聞いてみたんです。
「……沈頭鋲が、1つ、……2つ」
誰かが部品の在庫の確認をしているのかな。
そう思ったらしいんですが……。
「沈頭鋲が、7つ……、8つ……、9つ……。た、足りない」
すると、また声の主は沈頭鋲を数え始めたらしいんですね。
「沈頭鋲が、6つ、7つ……、8つ、9つ……。た、足りない」
足りないって何度も言ったそうなんです。
ふと、レナさんは、服のポケットに沈頭鋲が入っているのを思い出した。
「……沈頭鋲が、7つ……、8つ……、9つ……。た、足りない」
そのタイミングで、彼女は格納庫に入りました。
「沈頭鋲1つ、ありますよ」
でも、格納庫内には誰もいませんでした。
不審に思ったレナさんはあたりを見回しますが、だれもいません。
そして、彼女の足元には、なぜか赤い液体に濡れた沈頭鋲が転がっていたそうなんです。
それに驚いていると、背後から声がしたんです。
「……そこに、あったのね」
レナさんは思わず後ろを振り返りました。
背後にいたのは、整備班が着る服を着た女性でした。
でも、いたるところに血の染みがあって、肌が異様に白くて、髪がボサボサだった。
翌日、レナさんは遺体で発見されました。
全身に、沈頭鋲が刺さった状態で。
なんでも、昔その商会の飛行隊では、空賊が襲撃に来た時、部品不足で整備が滞り、用心棒が出られなかったことがあったんです。
その責任を、当時の整備班長が押し付けられた。
その整備班長は、責任を感じて飛行船から飛び降りて亡くなってしまったとか。
そのことを悔やみ、夜になると、沈頭鋲を数えに現れるそうです。
「いやああああああああああああああああ!」
またもレオナが叫んだ。
「いだだだだだだだだ、は、離して!」
レオナは叫びつつも、ハルカの頬を両手でつかむと左右に引っ張った。
しばらくして、ようやく手を離してもらえたハルカは頬をさすった。
「何するんですか?」
「なんで登場人物を仮とはいえ、またレナさんにするんだ!?それから、現実寄りの話をしないでくれ!」
「……そんなに怖がらなくても」
「君の話は妙に現実的だ。そういうことで幽霊になるなら、ここにもいそうで怖いんだ!」
この話は、元ネタはユーハングで有名な怪談話なのだが、まあ、部品不足で頭を抱えたり、落ち度を気にして身を投げる人も、実際居そうだから、ある意味現実寄りの話だろう。
「まあ、ですけど幽霊話は多くが作り話で」
「え、その声なら私、聞いたことあるよ」
「へ?」
チカが言った言葉に、皆が一斉に彼女を見つめる。
「……チカ。今なんと?」
「だから、私その声聞いたことあるって」
室内が一瞬静まり返った。
「……ホントに、か?」
「うん。一昨日だったかな。夜トイレに行った帰りに、格納庫の方から声がしてさ」
「……どんな声でした?」
「えっと、1つ、2つって何かを数える声だった」
皆が顔を見合わせる。
まさか羽衣丸船内に、おばけがでたとでもいうのだろうか。
「ふん、そんなのきっとチカの聞き間違いだよ、そうだよ、きっとそうにきまっているって!」
「……キリエ、言いながらケイトの後ろに隠れても説得力ないよ?」
「か、隠れたんじゃないよ!そう、ケイトが震えているから、ケイトを元気づけようと」
「ケイトは震えてなどいない。……冷や汗で、身体が震えているだけ」
それを怖かった、というのではなかろうか。
ちなみに、ケイトは表情は変わっていないが、表情筋が少々ひきつっている。
「2人とも情けないですわ。おばけなどより、現実の空賊や悪党の方が、余程怖くてよ」
一理あるものの、エンマも足が震えている。
相変わらずレオナはザラにしがみついている。
このままでは、夜中に飛行船の中を移動するのに支障が出かねない。
「なら、その正体を確認しましょうか?」
「な!?」
「そうだね!そうしよう!」
ハルカの提案に、チカは乗り気だ。
一方、レオナたちは少々ひきつった顔をしているが、みんなで行けば怖くないだろう。
……多分。
深夜0時すぎ。
明かりが落とされた羽衣丸船内の廊下を、チカとハルカを先頭にコトブキのメンバーが静かに進んでいく。
先頭を行く2人の背中には、レオナやケイトたちがしがみつき、最後尾のザラはそんな様子を見て苦笑いをかみ殺している。
目的地は、隼が駐機されている格納庫。
チカは、そこで声を聴いたという。
「時間は、この時間であっているんですよね?」
「うん、この時間のはずだよ」
チカは気にした様子もなく、進んでいく。
チカの後ろにはケイトがしがみつき、その後ろにはエンマが続く。
ハルカの後ろにはキリエとレオナが続く。
キリエのいつもの元気はどこへやら、すっかり縮こまっている。
「それでさ、一体どんな姿しているんだろうね。ハルカの話の通り、整備班の服装に、ボサボサの髪かな」
「どうでしょう?まあ、実際に見てみればハッキリするでしょう」
話している間に、格納庫へと続く扉にたどり着いた。
話を一旦やめ、全員が口をつぐむ。
すると、扉の向こうから、わずかに音が聞こえてきた。
「1つ……、2つ……」
それは、何かを数える音だ。
「8つ……、9つ……。た、足りない。……足りない」
レオナたちから、「ひぃ」という小さな声が聞こえた。
どうやら、チカの言っていたことは本当だったようだ。
「では、行きますか」
ハルカは携帯電灯を取り出し、扉を静かに開ける。
震えているキリエたちを置き去りに、チカと扉の向こうへ静かに足を踏みいれる。
「8つ……、9つ……。た、足りない」
声の発信源に次第に近づいてきた。
場所は、格納庫の端にある部品の保管庫だ。
そこに向かって、ハルカは携帯電灯を照射した。
「な、なんだ!うお、まぶし!」
照射された光が、幽霊の正体を暴いた。
そこにいたのは、整備班の着る服装を身に着けているが、女性というには小柄で、少女にも見えかねない背丈。
そして少しはねている髪型に、つば付きの帽子を前後逆にしたかぶり方。
その人物は、この格納庫で見慣れた人物だった。
「……ナツオ」
「班長……」
羽衣丸整備班の班長、ナツオだった。
「なんだてめえら、こんな時間に?良い子は寝ている時間だぞ?」
「チカさんはともかく、私はそこまで子供じゃないですよ?」
チカが不満そうに頬を膨らませているが、ハルカは無視する。
「それで、こんな時間に暗い格納庫で何をしているんですか?」
「何って、部品の在庫確認だよ」
「在庫確認?じゃあ、先ほどの足りないって声は?」
ナツオはため息を吐き出した。
「……残り少ない部品もあってな。届けられるまで在庫が持つか不安で、足りないって頭抱えていたんだよ」
それは間違ってないようで、ナツオのそばには、沈頭鋲を入れた段ボール箱が置かれている。
箱には、在庫少、発注済みと書かれている。
「班長そんなことに悩んでいたの?マダムに言って、たくさん買ってもらえば頭抱えずにすむんじゃないの?」
チカがそう言った瞬間、ナツオの中で何かが切れる音がした。
「なんだと……。大体、その部品の在庫に頭を悩ませる最大の理由は、チカとキリエ!お前たち2人だ!」
ナツオは、愛用のイナーシャハンドルをチカに突きつけながらいう。
「機体に無茶な運動させて、よく沈頭鋲飛ばした状態で帰ってきやがって!入荷のペースより、消費のペースの方が早えから頭抱えてんだよ!」
「ええ……、そんなに私機体の扱い、荒い?」
「ああそうだ!そんなこともわからねえで飛ばしてやがったのか!」
「うん」
「うんって……。よし、決めた」
ナツオは、愛用のイナーシャハンドルを手にパンパンたたきつけ始めた。
「こうなったら、チカのケツの穴にイナーシャハンドルぶっさして、その働きの悪い頭を再始動させてやる!ケツをこっちに向けやがれ!」
「いやあああ!班長!ごめんて!」
「こら待て!逃げるな!」
明らかに班長の本気の意志を感じ取ったチカは、その場から逃げ出した。
一方、班長も本気なのだろう、イナーシャハンドル片手にチカを追いかける。
「まさか、正体が班長だったとはな」
お化けでないとわかって安心したのか、レオナたちが格納庫に入ってきた。
「君は初めからわかっていたのか?」
「まあ、一応」
「なんでなんだ?」
「ユーハングには、幽霊の正体見たり枯れ尾花ってことわざがあるんです。要するに、疑いや不安、恐怖心が、何気ないものを怖く見せることがある。あるいは、怖いものの正体など、案外大したものではない、という意味です」
「なるほど。ところで、君は幽霊の存在を信じてないのか?」
ハルカは表情を曇らせた。
「そうですね。いないと思っています。……だって」
彼女は、少し悲しそうな声で言い放った。
「死んだ人が幽霊になるなら、死んだ家族が、私に会いに来ないはず、ないとおもってますから」
「……そうか」
「もし幽霊というものがいるなら、幽霊でもいい。会いたいと思います。でも、会えないということは、幽霊なんて存在しない。そう思っています」
レオナは言葉に詰まった。
死者に会いたい、話をしたい。
それは、生きる者の、彼女の願いだろう。
その彼女の前には、怪談話など些細なものだったに違いない。
「班長~、ということは、一昨日も同じように頭抱えていたんですか?」
チカを追いかけていたナツオが足を止めた。
「へ?なんのことだ?」
「え?でも、一昨日、この時間に、チカさんが格納庫で同じように何かを数える声を聞いたって」
「一昨日は久しぶりに整備班で町に出て、どんちゃん騒ぎしてそのまま酔いつぶれちまって、店で朝を迎える羽目になったんだ。この時間に羽衣丸に整備班は1人もいなかったぞ」
皆が表情をひきつらせ、顔を見合わせた。
「じゃあ、一昨日チカさんが聞いたって声って……」
「まさか……」
全員の表情が、血の気が引くように蒼くなったのは、言うまでもない。
その後、深夜に羽衣丸船内を歩く際、2人以上で行くことがしばらく続いたという。
格納庫の扉に大量に張られた「悪霊退散」のお札や、周囲を時折キョロキョロと見ながら作業をするコトブキ飛行隊や整備班を見て、マダムは思わず仰天したという。
この異様な光景を見た彼女が、知り合いの伝手を頼って羽衣丸にお祓いをしてもらうまでそれは続いたらしいが、あの日チカが聞いた声が誰であったのかは、だれも調べようとはしなかったという……。
読んでいただき、ありがとうございました。
本筋の執筆に時間がかかっている中、気づけばまた短編を……。
気長にお待ちいただければ、と思います。
今回の話は、暑い時期が近くなってきたので、怖い話はどうかなと思って
書いたものになります。イジツに幽霊とか怖い話は伝わっているんでしょうかね。
今回の話はあまり怖くなかったと思いますが。
思いつきで書いた話ですが、楽しんでいただけたら幸いです。
ありがとうございました。