荒野のコトブキ飛行隊 ~ 蒼翼の軌跡 ~   作:魚鷹0822

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ラハマ上空での空戦の末、胴体着陸した彼女は病院に運ばれ、
数日後に目を覚ました。
目的や色んなものを失い、これから先の不安に襲われる。
そんな彼女をレオナは、ある場所へ連れていく。


第12話 最後を迎えた、この場所で

 最初に見えたのは白い天井に壁、次いで鼻をつく薬品の匂い。

 わずかに持ち上げた、重いまぶたの隙間から差し込んでくる太陽の光に、目がくらむ。

「……ここは」

 首だけを回して横を向くと、室内にいた看護師らしき女性と目が合う。すると彼女は慌てた様子で扉を開け、どこかへ走って行ってしまった。

 

 しばらくして、部屋に人がやってきた。

 

「目が覚めたか?」

 

 赤い髪を後ろで縛った凛々しい女性。コトブキ飛行隊の隊長、レオナ。他には、自警団の団長、ラハマの町長もいる。

「……何日たっています?」

 ハルカは上体を起こそうとしたところ、わき腹に痛みが走り、顔をしかめる。

「無理はしない方がいい。浅かったとはいえ、機体の金属片が刺さっていたんだ」

 レオナや看護師が制止するも、彼女は上体を起こし、ベッドのヘッドボードに背中を預けた。

「……さきの件から4日経っている。ケガの治療のため、ずっと眠っていたんだ」

 彼女は病院着の中を見る。左わき腹を覆うように包帯がまかれ、額の左側には大きなガーゼが貼られていた。

 

「……なんで助けたんですか?」

 

 彼女は窓の外を見ながら、虚ろな瞳で、弱々しい声で言った。レオナの目が、わずかに細められる。

 

「……助けられたことを、後悔しているような言い方だな」

 

 ハルカは緩慢な動きで、窓の外から、レオナへ視線を向ける。でもその瞳には、生気がない。

「なんで、あそこで私を落とさなかったんですか?折角の機会だったのに」

 ラハマにとって彼女は、町を襲撃し、自警団やコトブキ飛行隊に損害を与えた敵。恨まれて落とされる理由はあるが、助けられる理由が彼女には思い浮かばなかった。

 まして、ウミワシ通商の機体を全機落とし、弾薬を使い切り、燃料も底をつく寸前で、機体の損傷も激しかった。

 敵を落とすのに、これ以上の機会はなかったはず。

「……君がなぜ、組んでいた空賊たちを落としたのか、なぜラハマを守ったのか気になったからだ。どういう理由であれ、この町を守ってくれた恩人を落とすのは恩知らずのやることだ」

 レオナの言った理由に、彼女は俯く。

「……町を守った、ですか」

 彼女は、口元に乾いた、気味の悪い笑みを浮かべながら言う。

「それは、ただの結果です。私は、ラハマを守るために動いたわけじゃない」

 彼女は内情を話した。

 

 組織を太らせるために自分の金が使われていたこと、病院や学校へ送られていたはずの家族がこのラハマ近くで墜落した輸送機に乗せられ、すでに全員死んでいたこと。

 十分貢献したために、もう用済みと判断され処分されそうになったことなどを。

 

 

「滑稽な話でしょう?こんな笑える話がありますか?」

 

 

 笑うどころか、誰も言葉を発さなかった。彼女の瞳は生気が宿っておらず、虚構を見つめているように焦点が合っておらず、濁っていた。

「私は、ただあいつらが許せなかった。一緒にあの世に送ってやりたい。そう思ったから、落としただけ……。ただの、敵討ちみたいなものです」

「それで、仇はとれたのか?」

 彼女は静かに頷いた。

「輸送機に不要な者たちを乗せて処分するよう命じたのは、ウミワシ通商社長、ナカイ。紫電改に乗っていました。私が落としましたが……」

 なら満足いっただろうと、皆は思う。

「でも、仇をとったはずなのに、何も得るものがなかった」

 彼女のシーツをつかむ手が震える。

「これでもう、ウミワシ通商による略奪は起こらない。君は、みんなを守ったんだ」

「……私は、家族がいてくれればそれでよかった。仇をとっても、皆は帰ってこなかった……」

 あの場では仇をうつんだと、そうやって思い、ウミワシ通商の機体を撃墜した。

 だが、結果得た満足感や達成感は、失った家族の21gの魂の、数グラム分の価値もなかった。

 

 お金を稼ぐのも、空を飛ぶのも、あくまで家族を守る、という目的のための手段だった。

 

 でも、その目的がなくなった今、彼女はどうしていいか、これからどうすればいいか、わからなった。

 

 目指すものも、守るものもない。

 

 自分が空っぽになったような空虚さ、不安を、彼女は感じていた。

 

「こんなことなら、あの時、あなたたちが落としてくれた方が、よかった……」

 

―――そうすればあの世で、今頃会えていたかもしれないのに……。

 

 祖父の言葉を思い出し、生き残ろうとおもった。

 だが生き残ってみれば、目的を失った今、頭の片隅に追いやっていたことが彼女をむしばんでいた。

 これまで自分がおこなった罪や、過去の記憶に押しつぶされそうになる。

 自分のしたことで、どれだけの人々を不幸にしたか。

 そんなことを、彼女は思うようになっていた。

 

 

「そんな……、腑抜けていてどうする!」

 

 

 黙って聞いていたレオナが、突如大声をあげた。町長や自警団長たちは皆、呆気に取られている。

「落とされた方がよかった?死にたくないのに、大事なのに、理不尽に突然奪われることがどれだけ悲しいか!君は身に染みているはずだ!折角助かった命を、何だと思っている!?」

「……私1人の命で誰かが生きられるなら、あげますよ」

 空賊行為を働いた以上、生きてもろくな未来はない。彼女は、そのことがわかっていた。レオナは彼女の病院着の胸倉をつかんだ。

 あまりの剣幕に、自警団長たちは戸惑う。

「そうやって逃げるのか!自分の過去や罪から!このラハマの空で死闘を演じた君は、どこに行った!?」

「私がいなくなった方が、みんなのためでしょう?これ以上被害がでることも、なくなるんですよ?」

 レオナは右手を握り締め、拳を振り上げる。だがそれで彼女を殴ることはなく、奥歯をかみしめて耐えている。

「あいにくだが、死にたがっている人間を、そのまま死なせてやるほど、私は優しくないんだ」

 レオナは両手で彼女の胸倉をつかみ、鼻先が触れそうなほど彼女の顔を引き寄せる。彼女の瞳には、レオナの姿が朧気にうつる。

 

「君が、今こんな状態だということを知ったら、君の母親は、家族は、さぞ悲しむだろうな!」

 

 ハルカの瞳に生気が戻り、瞬く間に殺気が宿る。彼女はレオナの胸倉をつかんだ。

「私の家族の気持ちを代弁しないで!」

 レオナは眉一つ動かさない。

「君の母親は、最後まであきらめなかった!その娘の君が腐っていたら、死んでも死にきれないだろうな!」

 彼女の煽るような言葉は、火に油を注いだ。

 レオナの首を両手でつかみ、額が触れる寸前まで彼女は引き寄せた。

「あなたに何がわかるっていうの!死んだ人間がしゃべるわけ……」

 ハルカの表情は次第に曇り、顔が俯いていく。

「わけ……、ない、から……」

 首をつかんでいた彼女の手が、レオナの胸の上を力なく滑った。

「……わかるさ」

 ハルカは少しずつ顔を上げ、彼女の顔を見上げる。

 

「君の母親が、最後にどんな思いだったか。全てではないがわかる。……飛行機乗りならな」

 

 ハルカは頭の中に疑問符を感じた。

「……どういうこと」

「……すいません。車いすを1台用意してください」

 レオナは看護師に言った。そしてハルカをベッドから抱え上げると、車いすに座らせる。

「ちょ、何す」

「いっしょに来い。君を連れていきたい場所がある」

「……また鉄格子の中ですか?」

 その言葉を無視し、車いすで押されるまま、彼らはある場所へ向かった。

 

 

 

 

 

「ここは……」

 連れてこられたのは、ラハマの外れにある山のふもとだった。そこには、輸送機らしき飛行機の残骸が、今も散らばっている。

 そして彼らの視線の先には、小さな石碑が立てられている。

「半年前、ここに所属不明の輸送機が墜落してね」

 町長が話を始めた。

「深夜のことだった。ラハマの中央に、燃える輸送機が向かってくるのが見えてね。すぐに避難命令を出した。だけど、その輸送機はラハマへ向かって降下していたのに、突如進路を変え、町の外へと出た。結果、この町は救われたけど、輸送機は山へ墜落した」

 それが、この目の前の場所だった。

「すぐに医療班や自警団を向かわせたんだけど、生存者は1人もいなかった……」

 ハルカは、ナカイが言っていた話を思い出す。

 

 

 半年前、ラハマ近郊に墜落した輸送機。あれはウミワシ通商所有の輸送機で、その中に彼女の家族を含む、不要とされた者たちを乗せ、事故に見せかけて処分したと。

 自分達の取り分を、少しでも増やすために。

 

 

「遺体の回収だけでもと作業は行ったんだが、どれも損傷がひどくて……」

 自警団長は当時を思い出しているのか、沈痛な面持ちで言う。

 飛行機、とりわけ輸送機などの大型機の事故は、大きな惨事となる。

「だが、そんな中幸運にも、燃えずに残った遺留品があった」

 レオナがそれを差し出してくる。

 それを見て、ハルカは目を見開いた。

「これは……」

 差し出されたのは、2枚の、フチが少し焦げた写真だった。

 1枚には、9人ほどの老若男女が収まっている。

 そしてもう1枚には、今と変わらない姿のハルカが写っていた。

 彼女が真ん中で、その左には、彼女を大人にしたような女性。右には幼い少女と少年の姿があった。

 裏面には見慣れた文字で、こう書かれていた。

 

「私の、大事な、宝物……」

 

 ハルカは、この2枚の写真に見覚えがあった。

 1枚目は、リノウチ空戦前、まだ祖母が健在で、父や兄姉が参戦する前に、家族全員で撮った最後の写真。

 そして2枚目は、1年ほど前、母親たちに最後に会いに行ったときに撮った、最後の家族写真。

 2枚目には、続きに、簡素な言葉が書かれていた。

 

「ごめんなさい……」

 

 この写真は、母親が最後まで持っていたものなのだと、彼女は悟った。

 リノウチ空戦以降、最愛の夫や家族の一部を亡くしたショックで病気がちになり、普通に働くことが母親はできなかった。

 その変わりを、幼いハルカが担うことになった。

 通っていた学校をやめ、当時家にあった九七式戦闘機に乗り、危険な空へと上がる日々。まだ幼かった娘に子供らしい生活を送らせることができず、全ての負担を押し付けてしまったことに母親はいつも、ごめんね、と言っていた。

 

 実はレオナは、上空から彼女とウミワシ通商の社員たちが戦っていたのを見下ろす中、無線で彼らの会話を聞いていた。

 ナカイという人物が話していた内容は、全てラハマ側にも聞こえていたのだ。

 あのときレオナが上空に退避を命じたのも、無線から聞こえた、聞きなれない男の声に惑わされたからだ。

 最初はかく乱を意図したものかと思われたが、その後ハルカが味方を落としにいったことや、声の主ナカイが彼女を落とそうとしていた様子を見て、今にして思えば、ただ回線を間違えただけだろう。

 その中で、ラハマ近郊に墜落した所属不明の輸送機がウミワシ通商のものであったことや、彼女の家族が乗っていたことを知り、キリエたちと一緒に自警団が保管していた遺留品等を探った。

 

 レオナはかつて自身の未熟さを思い知らされ、彷徨った中、ザラに出会い幾度となく助けられた。

 でも、ハルカには空賊しか手を差し伸べてくれなかった。その同胞だった空賊を、彼女は撃った。

 手を差し伸べてくれたものたちに裏切られ、彼らを撃ち、空を翔けた理由の根本を失った結果、彼女は暗闇の中にいる。

 

 己の未熟さを思い知らされながらも、理想に向かって一心不乱にもがいたレオナ。

 

 家族のため、がむしゃらに空を翔け、空賊行為にまで加担したハルカ。

 

 キリエと彼女の会話を盗み聞き、ナカイとの通信を聞いた。

 大事なものを守るため、無我夢中だった彼女を見て、危なっかしくて放っておけなかった。

 でも、レオナはザラのような優しさは持ち合わせていない。この場にキリエも来る予定だったのだが、なにを言えばいいかわからない、といって彼女は来なかった。

 

 ハルカにできることをと考えた。思いついたのは、荒療治ではあるが、結末を認識させることだった。

 彼女に区切りをつけさせ、再び歩きださせるために。

 そのためには、家族の最期の声を、届けなければならない。

 

 

 彼らが最期を迎えた、この場所で。

 

 

「操縦席にあった遺体は損傷がひどく、一部しか回収できなかったが、それだけは残っていた」

「その人物は機体がラハマを目指す中、町へ落とさないよう、最後まで奮闘した。それが誰だったのかはわからなかった。でも、君の行動を見てわかった」

 レオナは温和な笑みを浮かべ、告げる。

 

 

「親子は、似るものだからな」

 

 

 自分が命を落とすかもしれない中、関係ない人々を巻き込めない、町に墜落できないと、最後まで機体を操作したハルカと彼女の母親。

 親子とは、妙な部分で似るものだった。

「お母さん……」

 彼女は車いすから立ち上がった。だが傷が痛むせいですぐ前のめりに倒れる。レオナたちは手を伸ばそうとするが、彼女はわき腹を抑えたまま石碑に向かって地面をはっていく。

 そして石碑の前につくと地面に跪き、物言わぬ石碑に向かってつぶやくように言う。

 

「ごめんなさい……、ごめんなさい」

 

 彼女の瞳から零れ落ちた雫が、地面や石碑を濡らした。

 自分と一緒に乗る者たちに迫る死という運命を回避し、町の人々を守るため、最後まであきらめなかった彼女の母親。

 最終的には、自分や同乗者たちの命と町の住民の命。その2つを天秤にかけ、母親は、自分を選べなかった。

 迫りくる最悪の結末を前に、どれだけ怖かったか、辛かったか、彼女はわかった。飛行機乗りなら、想像できることだ。

 

 母親は生前、彼女に事あるごとに謝っていた。娘に対し、申し訳ない気持ちで一杯だったのだろう。

 だが今は、彼女は母親に対して申し訳ない気持ちで一杯だった。

 

 理由はどうあれ、母親にそんな状況を強いるきっかけを作ったのは、ほかならぬ自分だったのだから。

 

 母親にとっては宝物だと、遺留品である写真の裏には書かれていた。年に数回しか会えなくても、最後まで、そう思ってくれていた。

 そんな家族に、彼女ができることは、もうない。みんな、彼女を遺して行ってしまった。

 親孝行することも、注いでくれた愛情に報いることも、言葉を交わすことも、もうできない。

 

『最期を看取った証人として、己の命ある限り、行きつく所まで歩き続ける。死んだ者たちの想いや物語、全てを連れて。彼らの存在を、消させないためにも』

『それが残された、敵も味方の死も看取った、この機体に乗った私が、果たさなければならない、責務だった』

 

 祖父の言葉がよぎる。

 

『もし君が、私の知らない世界を見に行くとき、私のことを思い出してくれると嬉しい。君が覚えていてくれる限り、私はいつも、君と共にある』

 

 皆は、もういない、でも、彼女の中にはまだ、思い出という形で、家族は生きている。

 墜落していればよかった、死んで楽になりたいなど、許されない。

 彼らと紡いだ物語を、記憶を抱いて、行きつくところまで、生きなければならない。

 

 みんなの存在を、消させないために。

 

 祖父との約束を、果たすために。

 

 犯した過ちを、償うためにも。

 

 それが、生き残った彼女にできる、ただ1つのことになった。

 

「こんな時でなんだが、病院に戻ろう」

 

 自警団長が、彼女のそばに立っていた。

「君には、色々聞かなければならないことがある」

 彼女は涙をぬぐう。

「……わかりました」

 彼女はわき腹を抑えながら言った。

「私の知っていることを、全てお話します」

 彼らは病院に戻るべく、来た道を引き返していった。

 

 

 その後、彼女の供述でウミワシ通商の実態が明らかになり、根城や支部への調査が入り、組織は事実上の崩壊を迎えることになった。

 

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