現在の飛行船の進行ルートから、彼らはガドールを次の
攻撃目標としている可能性が高いと推測。
こうなれば、一刻も早く撃墜したいが、ゴドロウ市長は譲らない。
そんな中、ガドール評議会が招集され説明を求められることに。
「ハルカ、現状報告を」
ユーリア議員の部屋に戻るなり、報告をハルカは求められる。
「トドロキは、こちらからの停船及びポロッカへの帰還要請を拒絶。接近した私を対空兵装で攻撃してきました。ザラさんたちは距離を保って監視を継続中。今のところ変化なし」
「トドロキの次の狙いは、どこだと思う?」
それが、目下最大の問題点だ。
都市を1つ攻撃して以降、どこも被害にあってはいないが、これだけで済ますためにあの飛行船を盗んだとは考えにくい。
「わかりませんが、気になる点はあります」
「気になる点?」
ハルカは地図を広げ、インクをつけたペンで書き入れる。
「トドロキの行動からして、この大きな峡谷にそって移動していると考えられます」
トドロキが移動に使っているのは、イジツでも比較的幅の広い峡谷で、地図にもしっかり記載されている。
「私たちが発見したのはここ。この峡谷に沿って移動していくと考えた場合、予想される進路上にある町は……」
彼女が指示した場所に、ユーリア議員は顔をひきつらせた。
トドロキの進路上には、ガドールがある。
「ここを攻撃してくるっていうの?」
「まだ可能性の話です」
だが、その可能性は高いだろう。
自身のことをわざわざ空賊と名乗り、ポロッカの飛行船を盗んで他都市を爆撃する集団。
なにより、イケスカという言葉で発砲したことから、内戦状態にあるイケスカの派閥である可能性は高い。
「彼らが、イヅルマやハリマを襲撃したのと同一犯なら、ユーリア議員を狙ってくる可能性は高いと考えます。ただ、目下もし本当にトドロキがガドールへ向かってきた場合、どう対処するかの方が、問題と考えます」
ユーリア議員は頭を抱える。
「正式な手順を踏むならば、トドロキに対処できるのは、ガドールの領空を侵犯した場合に限られますよね」
いくら都市に近づいても、警告もなしにいきなり発砲して敵機を撃墜してはいけない。
とくに、今回は相手が飛行船だ。
飛行船が都市に入港する際、船橋では事前に提出した書類の無線での確認が行われる。だが、これに応えられないと入港を拒否され、最悪戦闘機を発進させて排除される。
通常はそんなことにはならないが、要するに飛行船を攻撃できるのはそういった確認作業に応えない場合になる。
でないと、はたから見れば飛行船をいきなり撃墜したとして、のちに問題になる。
だが、仮に順当な手順にのっとって対処したとしても、問題がないわけではない。
先ほど見たトドロキの大きさは、ハルカたちの予想を超えた巨体だった。
羽衣丸の2倍近くもありそうな、巨大な船体を2隻横につなげたような構造。
あれだけの巨体を落とすには、いくら飛行船とはいえ一筋縄ではいかないだろう。
だが、領空を侵犯、確認、不審な相手と認定、戦闘機隊の発進、最終確認、撃墜という手順を踏んでいては、ガドールが攻撃される前に撃墜できるかは未知数だ。
方向を変えさせようにも、機関が多数あるのが見えたので、方向を変えさせるのも一苦労になるのは間違いない。
「……ゴドロウ」
「破壊はまだ駄目だ!それは最後の手段であって」
「それほどに取り戻したいなら、ポロッカの戦力だけでやれないかしら?さっきでも、応戦できなかったせいで回避に専念するしかなかった。これ以上、私の用心棒や護衛隊に危険な真似はさせたくないの」
「そこを頼む!トドロキが奪還できれば、反イケスカ連合にとって、大きな戦力になりうる。それを失いたくはないのだ」
「奪還するために払わなければならない犠牲が、それに見合うかしら?それに、ガドールは反イケスカ同盟の町じゃない。私は例外ってだけよ」
ユーリアはハルカを横目で見る。
彼女は空賊時代によく飛行船を襲撃していた。
トドロキであっても、飛行船である以上、彼女に落とせなくはないだろう。
トドロキの奪還より、彼女を失うことがユーリアは嫌だった。
ふと、電話がなった。
ハルカは受話器をとり、要件を聞き取る。
「……ユーリア議員、評議会が招集されました」
「評議会が?」
「それと、ゴドロウ市長。……あなたも、評議会に出廷してください」
ゴドロウ市長は戸惑いを隠せない。
そしてユーリア議員とゴドロウ市長は、ガドール評議会へと向かっていった。
「それでは、ゴドロウ市長」
「状況の説明を」
ガドール評議会に呼ばれたゴドロウ市長は、針の筵のような心境に違いない。
ガドール評議会の議員たちが、彼の一挙手一投足見逃さないといわんばかりに視線を向けている。
いつもは豪快さと声の大きさが特徴のゴドロウ市長が、今回ばかりは縮こまってしまっている。
「……数日前、わがポロッカの建造した新型飛行船が、何者かによって強奪され、護衛の戦闘機隊を撃墜し、行方をくらました」
「ほう……。それで?」
ゴドロウ市長の前の檀上に座る、白髪が目立つ眼鏡をかけた、年をめした男性、ガドール評議会の議長は、眉間に皺をよせながら続きを促す。
「3日前、ある町に現れ、爆撃した」
議会がざわめき始めた。議長が静粛にというと、再び静まり返った。
「また行方をくらましたが、本日その姿が確認された」
「現在の位置は?」
「……ここガドールより、北へいった峡谷の中だ。ここを目指して、進んでいる」
「このガドールを攻撃する可能性は?」
「……ないとは言えない」
周囲がざわめき始めた。
「議長、即刻攻撃隊を派遣し、撃墜するべきです!」
「まて!あれはポロッカの予算で建造した飛行船!撃墜は最後の手段だ!」
周囲にいる議員たちを黙らせ、議長が口を開く。
「ゴドロウ市長、あなたにとって、その新型飛行船がポロッカの財産であるというのは承知の上だ」
「なら!」
「だが、我々はガドールの安全に責任を持たねばならない評議会だ。お互い、譲れないものはある」
「その新型飛行船は、イケスカの富岳に対抗する抑止力として建造したものだ!撃墜するというなら、その補償をしてもらわねば、ポロッカの安全にかかわる!」
「そんな重要な飛行船を奪われておきながら、撃墜したら補償?御冗談を。すでに都市を1つ攻撃しているなら、もはや排除対象とみなすべきと考える」
日頃はユーリア議員の敵のような存在の議長だが、今回ばかりは議長の発言に問題はない。
すでに実害をもたらしている以上、排除対象とみなすのは仕方がない。
それを壊したいなら補償しろでは、道理が合わない。
「そんなに撃墜されたくなければ、ポロッカの戦力でやればいいのではないか?なぜわが都市の議員の力を借りる必要がある?」
「何かいい策がないかと思ったからだ!」
「なら知恵だけを借りればよかろう。ユーリア議員が動かしている戦力は、我々ガドールの護衛隊も含まれているのだぞ。飛行船を取り返したいのなら、自分たちだけの戦力でやればよかろう」
「ポロッカも復興に取り組んでいて財政が苦しい!そこまでの戦力が出せないから協力を求めた」
「財政が苦しいのなら、なぜそんな飛行船に予算をさいた。一隻の飛行船より、数十機の戦闘機の方が、役に立つのは明白だ」
「貴様らも見たであろう、あの富岳の力を!イケスカが内戦状態とはいえ、いつまた攻撃に転じるかわからん。イケスカに攻撃の意志をなくさせる存在があれば、多少戦闘機が少なくても問題ない!」
周囲が一瞬静まり返った。
「ゴドロウ市長、あなたは何と戦っているのかな?」
「自由博愛連合の残党だ!」
「しかし、実際住民たちが被害にあっているものの多くは空賊だ。その空賊対策に使えない飛行船を建造するなど、おおよそ現実が見えていない。すでにいない亡霊と戦っているのかね?」
「奴らは亡霊などではない!まだいる!かつてイケスカと手を組んだ、そなたたちならしっておろう!」
「自由博愛連合はもうない。ゴドロウ市長、いつまで妄想に取りつかれている?」
「妄想などではない!」
議会の様子を傍聴席から眺めながら、ハルカはため息を吐き出す。
「ハルカ君、どう思う?」
隣に座る護衛隊長が話しかけてくる。
「どうって……。日頃の議長や議員たちを知っているとはいえ、さすがに今回はゴドロウ市長の旗色が悪いかと」
日頃、自分がどれだけ結果を出そうと、過去の行いゆえに仕方がないとはいえ、ハルカを認める気がないガドール評議会に思うところはあるが、今回の件については評議会は間違ったことは言っていない。
いかな理由があれ、今回の件はポロッカの落ち度なのだから、彼らの独力で解決すればいい。
本来、ユーリア議員が手伝う道理はない。
それが、もし自由博愛連合の残党との対決になった際、戦力が多い方がいいからと、ポロッカとの関係維持を目的に手伝っているにすぎない。
すでに被害が出ているにも関わらず、ここガドールを目指している可能性があるにも関わらず、一向に破壊命令を出していないのは考え物だ。
たしかに、ポロッカの資金で作ったのだから取り返したいのはわかる。
しかし、議長たちのいう通り、自由博愛連合の残党がいるにしても、連合自体は存在しないことになっているし、市民たちが頭を悩ませているのは空賊被害だ。
それに使えない飛行船を建造するより、戦闘機の機数を増やしたほうが防衛には役立つ。
そういう意味では、評議会は間違ったことは言っていない。
彼らが、かつて連合に協力していたことは棚にあげているが。
「大体、その飛行船を盗んだ連中の得体が知れない。そんな飛行船を、いきなりは撃墜できないのではないか?」
議長の眉間の皺が深くなった。
現状、その飛行船を攻撃するには、飛行船が敵対勢力のものだと判定できなければならない。
あるいは、ガドール領空に侵入した際、警告の後撃墜するかだ。
曲がりなりにも、それはイジツの共通の法のルールだ。
「……なら、ガドール領空に侵入した場合、警告ののち撃墜する。どうしても取り返したければ、それまでに取り返すのだな」
「わかった。それまでに奪回してみせよう」
一応議会で落としどころは見いだせたみたいだが、問題がある。
「……奪回って、だれがするんでしょうかね?」
「そんなの……」
「知れたことだろう……」
護衛隊長、弟さん、ハルカの3人は頭の中で同じことを考え、ため息を吐き出した。
その奪回の任をだれがさせられるか、明白だったからだ。
「ハルカ、何か考えはある?」
ユーリア議員の問いかけに、ハルカは頭をひねる。
「といわれても……。奪回するなんて、簡単な話じゃありませんよ?」
飛行船トドロキの内部には、それなりの人数がいることが予想されるし、先の戦闘で防御火器も充実していることがわかった。
あの防御火器の砲火を潜り抜け、トドロキに着陸し、船橋を抑えなければ奪回はできない。
だが、飛行機であの甲板に着陸して送り込める人数など数人がいいところだ。
とてもじゃないが、トドロキに何人のっているかは知らないが、かかってこられたら相手にならない。
それに、船橋までのルートもわからない。
トドロキの内部情報を明かしてもらえればいいが、設計図はポロッカにあるそうで、今から取りに行っては間に合わない。
正直、議会の提案した、破壊という手段が一番現実的に思える。
「トドロキの防御火器の砲火を潜り抜けて、甲板に着陸。送り込めるのは数人が限界。そんな人数で数十人はいるであろうトドロキの船員を退け、船橋を押さえる……。内部の情報がなく、数的不利もある中では、およそ成功率が高い手段ではありません」
「一番現実的なのは?」
「破壊です」
「だから、あくまで奪回を前提に話を進めてほしい!」
ハルカは表情を険しくし、ゴドロウ市長を見る。
「ゴドロウ市長、お言葉ですが、それはもはやわがままでは?」
「なんだと!?」
「ポロッカの不手際で、最新の飛行船を盗まれた挙句、その飛行船で爆撃され被害を受けた町が出た。ことここに及んでは、一刻も早く事態の終息を図らなければ、ポロッカの信用にも関わります。そして今、トドロキはガドールを目指して進んでいる。奪回できなければ、ガドールが2番目の被害都市になる可能性は高い。トドロキは、都市二つを犠牲にして奪い返す価値が、ある代物なのですか?この状況下では、もはや奪回などという悠長なことを言っている場合ではないのでは?」
「言いたいことはわかるが、あれを失えば費やした費用は水の泡。ポロッカの安全が保障できるものがなくなる。住民の安全のためにも、必要なものだ」
「ポロッカの住民の安全のために、他都市に流血を強いるのは、必要なのかしら?」
結局、ユーリア議員もゴドロウ市長も引かない。
「なら、こうしよう。少人数を先遣隊としてトドロキに送り込み、船橋を制圧。防御火器を無力化したら、追加で制圧部隊が乗った輸送機を送り込む。その制圧部隊は、ポロッカで用意する」
「はい、すぐに手配いたします」
「先遣隊は誰がやるの?」
「心当たりはないか?」
「ハルカ、だれが向いていると思う?」
彼女は頭に手を当てる。
「あの防御火器の砲火を潜り抜け、強行着陸ができる技量のパイロット。少人数で行く以上、この手の潜入に慣れている必要があります。潜入できるのは、せいぜい3人が限界です……」
「……そういえば、羽衣丸が以前占拠されたとき、レオナ隊長は潜入したことがあるのよね?」
たしか、イケスカにイジツではめずらしい魚、アロワナもどきを輸送する際、羽衣丸が謎の集団の襲撃を受け占拠されたことがあったそうだ。
結局はイケスカの自作自演だったようだが。
「なら、レオナ隊長はうってつけね」
「ですが、ジョニーのような立ち位置がいないと、少人数での成功は難しいと思われます」
こちらが少人数に対し、相手は飛行船の乗組員を総動員すれば数十人どころか百人規模にもなる。
あまりに分が悪い。
そんな中、羽衣丸の食事処、ジョニーズ・サルーンのマスターのジョニーは、逃げられジョニーとその名をとどろかせた早撃ちの名人。
たった1人で非殺傷弾を使って数十人を無力化してしまった。
最低でも彼のような人間がいなければ、後続の者たちがいても船橋の占拠は無理だ。
だが、あいにくジョニーは羽衣丸にいるため、ガドールに来るには数日かかる。
その前に、トドロキがガドールを攻撃するだろう。
それに、そんなジョニーだが、ヤマセの一件で、室内に閉じ込めておいたハルカが脱走し、格納庫で彼女を取り押さえようとしたとき、いとも簡単に無力化されている。
「せめて、リリコがいてくれれば」
ただのウエイトレスで押し通しているが、おおよそそんなことは誰も信じられない。
ウエイトレスから、飛行機の操縦から潜入までやってのける、あのウエイトレスがいればまだ可能性はあがる。
しかし、彼女も羽衣丸にいる。
このままでは、成功率は絶望的と言わざるを得ない。
以前同じく羽衣丸奪還のため潜入したキリエでは不安があるし、この場にいるケイトは腕っぷしが強い方ではない。
空賊相手にエンマでは冷静さを失うし、チカは騒がしい。
ザラは、隊長不在時に隊を任せる必要がある。
「私がどうかした?」
驚きと同時にレオナは振り向いた。
いつの間にか背後に、噂をしていたリリコが立っていた。
「リリコ、羽衣丸にいたんじゃ……」
「私も捜索に駆り出されていたのよ。それで、あの飛行船に潜入するの?」
「話が速くて助かる」
「わかったわ。でも、私とレオナの2人だけじゃきついと思うわ」
「それなら心配ない」
いうなり、レオナはハルカの襟首をつかんだ引き寄せた。
「彼女を連れていく」
「れ、レオナさん!?」
「何を言う?リリコとジョニーを素手で、まして一人で無力化した君を連れて行かないわけにはいかないだろう?」
「それはそうね」
ハルカはすがるようにユーリア議員に助けを求めるが、彼女はため息を吐き出し、決まりね、と言い放った。
これにより、トドロキ内部に潜入するためのメンバーが、決まってしまったのだった。