だが彼らは、この作戦の成功率がよくないことをわかっていた。
そんな心中など関係なく目的の飛行船に迫る彼ら。
また呼びかけを行うが、相手の回答は……。
作戦が決まると、ゴドロウ市長と助役に案内され、ガドールの飛行場の格納庫にやってきた。
そこに駐機されていたのは、ポロッカのカラーに塗装された複座戦闘機、屠龍だった。
「これなら文句あるまい」
「整備は完了しております。わたくしたちの分析では、100%トドロキの砲火をくぐりぬけ、着陸できるはずです」
ゴドロウ市長と助役は自信満々だが、ハルカは不安だった。
愛機の52型丙でさえ回避行動をとるのに苦労したのに、それより運動性能の劣る屠龍で大丈夫なのか。
でも、他の機体が用意できないか時間がない今、やるしかない。
「じゃあ、さっそく出発だ」
レオナとリリコが、屠龍に乗り込んでいく。
「あの、レオナさん?」
「どうした?」
「……なんで、2人とも後部席に乗るんですか?」
なぜか2人とも、屠龍の後部席に収まっている。
急造された座席がすこし窮屈そうではあるが。
「決まっているだろう。君が操縦するためだ」
レオナは笑みを浮かべて言い放った。
「レオナさんがするんじゃないんですか!?こういうときこそ、隊長が率先して」
「作戦では適材適所が重要だ。あのトドロキの防御火器の砲火を経験して帰還したのは、君だけ。なら、君に操縦を頼むのが筋だ」
「そんなこと言われても……」
「君の技量なら問題ないだろう?それとも、屠龍の操縦はできないか?」
「……できます」
「じゃあ、頼むぞ」
「……了解」
彼女は気が進まないながらも、屠龍の操縦席に収まる。
屠龍は日頃乗る機体ではないが、操縦方法は祖父のタカヒトから幼いときに一通り教えられているし、実物をナガヤで操縦したことも何度もある。
そのときのことを思い出しながらエンジンを始動させ、必要な確認を終える。
「ハルカ!気を付けて!」
見送るユーリア議員や護衛隊長、副隊長に手を振ると、彼女は正面に向き直り、誘導にしたがって屠龍を動かす。
そして、トドロキめがけて飛び立っていった。
「……大丈夫でしょうか?」
「信じるしかないわね……」
ユーリアは、内心では気が気でない。
ハルカが言っていた通り、この作戦の成功率は決して良くない。
ハッキリ言って無謀というものだ。
数十人以上はいると思われるトドロキ内部の人々に対し、たった3人。
そんな人数で船橋を占拠しろ、など。
―――できることなら今すぐにでも破壊しろ、と命令したいわ。
いくらともにイケスカ動乱を戦ったとはいえ、ゴドロウ市長と助役は破壊は認めないの一点張り。
ハルカのいう通り、取り戻したいもののために他都市に流血を強いるなど、ふざけるなと言いたい。ただのわがままだ。
―――もし彼女に何かあったら、高いツケを払わせてやるわ。
「ところでゴドロウ。制圧部隊はどうなっているの?」
「もうすでに手配し、こちらに向かっております。わたくしの予測では、100%間に合います」
助役が即座に応えるが、ユーリアはこの助役のことがどうも気に入らない。
というより、信用ならなかった。
そもそも、あのイケスカ動乱の際、反イケスカ同盟が追い込まれたのも、ゴドロウの助役が自博連側に情報を漏らしていたのが一因だ。
あのときと助役は交代しているが、ゴドロウに人を見る目があるかは若干疑わしい。
あのときの再来にならないことを、ユーリアは願った。
ガドールを飛び立ってからしばらく、ハルカはトドロキを目指し、航路を進む。
飛行しながら、彼女は作戦の内容をあたまの中で反芻するが、どうもうまくいく未来が想像できない。
「ハルカ、作戦の内容は?」
「トドロキの飛行甲板に着陸し、内部に侵入。船橋を押さえ、防御火器を無力化して、制圧部隊の到着を待つ」
「……うまくいくと思うか?」
「無理でしょう」
「あっさり言うのね」
「嘘言ってもしょうがないでしょう」
だが、リリコもレオナも言い返さないあたり、同じ考えなのだろう。
「飛行甲板に着陸と言いますが、普通に着陸するなら撃ち落とされる可能性が高いですね」
トドロキには、船体上面だけでなく下面にも機銃がいくつもあり、さらにロケットや無線誘導弾もあった。
普通に着陸態勢をとって減速していたら、間違いなく撃ち落とされる。
「じゃあ、どうするんだ?」
「……甲板に胴体着陸します。速度を殺したら、撃ち落とされますからね」
賭けになるが、ある程度の速度で砲火の中を突っ切り、機体を飛行甲板に押し付ける胴体着陸くらいしか、できることはない。
「屠龍を壊すことになるぞ」
「私たちは、トドロキを奪い返せって依頼されただけで、屠龍を無傷で返せ、なんて依頼も約束もしていませんからね」
「いいのか?」
「こんな無理難題を頼んできたんです。屠龍1機くらいで文句言われたくないですね」
すでに被害都市が出てもなお奪回をあきらめないのだから、飛行機1機失ったくらいで文句を言わないでほしいものだ。
「だが、そうすると帰りの足がなくなるぞ」
「そのときは、制圧部隊の輸送機に乗せてもらいましょう」
「失敗したときは?」
「どうしてものときは、落下傘を奪って降下するしかないでしょう」
「荒野の真ん中でどうするんだ?」
「ガドールか、キリエさんたちが回収してくれることを祈りましょう」
「着陸した先は、運しだい……。博打みたいだな」
内部の情報が少ない上に、少人数で潜入など、おおよそうまくいく未来が見えない。
「でも、できれば落下傘で降下は避けたいな」
「荒野で野垂れ死にだけは、ごめんですね」
「いや、ハルカ……」
レオナは言いよどんだ後、少し小声で言った。
「君……、いつもの服装だろう?」
その言葉で、ハルカは意図を悟った。
「ご心配なく。荒野のど真ん中じゃ、だれも見てませんよ。それに、それを気にして捕まるよりいいでしょう?」
ちなみに、イケスカ動乱の際、墜落しそうになったチカは隼から脱出し、落下傘を開いた際、そのことを気にしていたとエンマは証言している。
「私と以前格闘戦したとき、私にその隙をつかれていたわよね?それでよく足技使ったりしたものね」
「状況によっては仕方がないでしょう。……それよか、見えてきましたよ」
そうこう言っている間に、線路上の巨大な飛行物体が見えてきた。
ハルカは大きく迂回し、トドロキに後方から近づく。
「あれが、件の飛行船?」
「やはり巨大だな……。たった3人で、これを制圧しろなんて……」
「じゃあ、呼びかけを行いましょう」
「またか?」
「ポロッカからの依頼です。では、レオナさんかリリコさんがしてください。私は先ほど一度通信してますから、声がわれています」
「わかったわ」
リリコが慣れた手つきで機上電話を操作する。
「おほん。……すいませ~ん、こちらポロッカ所属の屠龍で~す」
いつもと異なる弾んだ話口調に、レオナとハルカはずっこけそうになった。
「すいませ~ん、燃料が残り少なくて困っているんです。着艦させてもらえませんか?」
だが、トドロキからの返答はない。
「すみませ~ん。誰かいらっしゃいませんか?このままじゃ墜落しそうなんです!誰か」
それに応えるように、トドロキからせり出したロケット発射機が、ハルカたち屠龍の方向を向いた。
「……これが答えですか」
発射機からロケットが放たれ、白い軌跡を引きながら屠龍へ向かって飛翔する。
「捕まって!」
ハルカは急いでプロペラピッチを変え、次いでエンジン出力を上げる。
戦闘速度に加速すると同時に操縦桿を引き、高度を上げる。
それを見越したように、ロケットが弾道を変えながら放たれる。
真後ろでロケットが小弾をばらまき、破裂音が響く。
ついで、遠目に飛行機のようなものがせりあがってくるものが目に入る。
それは後方から煙を吹き出しながら、発射台から放たれた。
「来た!」
高度を上げるハルカたちの屠龍と同じように、それも高度を上げていく。
「な、なんだあれは!」
「こっちに迫ってくるわ」
ハルカは高度を上げ終わると、左エンジンの出力をとっさに絞り、左へ短時間で旋回する。
そして機首を下げると、垂直に近い角度で降下を始めた。
「うおおおおおおおおおおお!」
日頃戦闘機に乗りなれているレオナが、身体が座席から浮かび上がるような感覚に悲鳴をあげる。
空戦で急降下をよく使うハルカでさえ、ほぼ垂直ということはめったにない。
でも、こうでもしなければ無線誘導弾から逃げることはできない。
同乗者の悲鳴を無視し、ハルカは屠龍で降下。トドロキの下方へ回り込むと機首を上げて水平飛行にうつる。
その背後を、無線誘導弾が追ってくる。
「一体、なんなんだこれは!?」
「追いかけてくるわ」
「レオナさん、機銃は?」
「残念だがない」
今回の作戦にあたって、この屠龍は使い捨てることを想定していたのか、トドロキを傷つけさせないためなのか、本来装備されているはずの機銃の類はすべて外されていた。
途中空賊に遭遇でもしたらどうするのか、など言いたいことは山のようにあるが、ハルカは無線誘導弾を振り返りながら、機体を操縦する。
誘導弾はまっすぐついてくる。正面には崖が迫ってくる。
彼女は操縦桿を両手でつかみ、手前に力いっぱい引いた。
機首を上げた屠龍は、機体全体を使って減速すると同時に高度を上げ崖を登っていく。
直後、誘導弾が崖に当たって爆発し、爆風で機体が揺れる。
崖を登り切った屠龍は、トドロキを追い越し、上方まで高度を上げる。
2発目の誘導弾が放たれる。
ハルカはそれをやり過ごそうと機首を上げる。
直後、機体の下方で誘導弾が爆発した。
「な!」
誘導弾の爆風にあおられ、機体が揺れる。
同時に、爆散したときに生じた無線誘導弾の破片が機体にめり込む。
いくつかが左側エンジンに当たり、エンジンが煙を吹き始めた。
主翼の燃料タンクにもあたったようだが、セルフシーリングタンクがすぐに破損個所をふさぎ、燃料の漏洩を防いだ。
だが、エンジンの破損はどうしようもない。
次第に、機体の振動が大きくなり始めた。
「……こうなったら」
ハルカはスロットルレバーを開き加速。トドロキ中央構造物の最上階、発着艦用甲板と思われる場所へ突き進む。
「ハルカ、どうする気だ!?」
「強行着陸します!捕まって!」
彼女は屠龍が被弾するのを気にも留めず、トドロキの対空機銃の防御圏を突き抜け、発着艦の甲板へ迫ると。着陸脚を出さず操縦桿を下げて機体を甲板に押し付ける。
機体にすさまじい振動が走った直後、両エンジンのプロペラがちぎれ飛び、甲板と機体の摩擦で火花を散らしながら、屠龍は速度を落とし、停止した。
「急いで!」
彼女が操縦席の風防を開け放つと、全身が凍えるような風が吹き込んでくる。次いでレオナたちの乗る後部席の風防に手をかけ、開け放つ。
外は強風が吹いているのだろう。
彼女の白いスカートがバタついている。
「燃える前に、早く!」
レオナは彼女の手を握り、急いで屠龍から這い出る。
リリコも這い出ると、3人は甲板から船内に通じる出入口に走る。扉を開けず、耳を澄ませる。すると、鉄扉の奥からは、無数の足音が聞こえる。
「来ます!」
出入口付近には、飛行機の部品等の物資が収められているのだろう木箱が多数あったので、その陰にかくれる。
直後、開け放たれた扉から出てきた者たちは、屠龍に向かって消火作業を始める。
その隙に、レオナたちは船内へと潜入を開始した。
「誰もいないですと?」
「はい。消火に向かった者たちによると、強行着陸した屠龍には、だれも乗っていなかった、と」
「ふむ……」
報告を受けた丸眼鏡をかけたオカッパ頭の男性は、手を顎にあてて考えるしぐさをする。
「風防はいずれも開いていました。着艦時の衝撃で、全員空中へ投げ出されたか、機体を放棄して落下傘で降下したのではないでしょうか?」
部下の報告を聞いた男性は、口元をゆがめた。
「いえ、乗っていた人間はおそらく生きています」
「あの機体の損傷で生きていると?」
「おそらくは。まずは船内をくまなく探しなさい。目的地は、この船橋の制圧」
「予想通りにくるでしょうか?」
「間違いありません。ネズミが情報をくれましたからね。さっそく捜索に向かいなさい」
「はあ……」
部下は半信半疑ながらも、船橋から出ていった。
「ふむ……」
オカッパ頭の男性は考える。
あのコトブキ飛行隊の隼に、蒼い翼の零戦に出くわしたのは想定外だったが、恐らくポロッカのゴドロウあたりがこのトドロキの破壊を認めないのだろう。
彼らは機銃の1発も撃ってこなかった。
あの蒼い悪魔が無線誘導弾を回避したのは予想外だったが、先程の屠龍も同じ回避行動をとっていた。
飛行機乗りというのは、その動きに癖が出る。
急降下で回避したあたり、あの屠龍にあの悪魔が乗っていたのは間違いないだろう。
「とんで火にいる夏の虫とはこのことでしょうか。思わぬ収穫です。あちらからくるというのなら、丁重にもてなさなければなりませんね。……聞きたいこともあったことですし」
男性は船橋で1人、いけ好かない笑みを浮かべていた。