乏しく、道中出会う船員たちから情報を聞きだしつつ、目的地の
船橋にたどり着く。
そこで彼らを待ち受けていたのは、かつての依頼人だった。
「……よし」
人がいないことを確認し、ハルカたちは先へ進む。
飛行船内部はとにかく広い。加えて、船内はいくつもの区画に区切られているのか、ちょっと迷いそうにもなる。
おまけに、船内の情報もないのでは勘に頼るしかない。
とりあえず、船橋はおそらく2つの飛行船をつなぐ中央構造物の前方の可能性が高いため、その方向を目指して進んでいく。
足音をなるべく殺し、周囲の音に聞き耳を立て、見つからないよう注意を払いながら進む。
ふと、通り過ぎようとした部屋のドアが開いた。
中から出てきた飛行服を着た男性が、こちらを見た。
レオナの顔が引きつる。
瞬間、ハルカが左足を軸足にして右足をあげ、男性の頭の右側面をけりつけた。
男性は部屋の中にたおれる。
「入って!」
ハルカは急いで部屋に入り、レオナにリリコが続く。
部屋に入ると、リリコがドアを閉めて鍵をかけた。
ハルカは男性の両手を部屋にあったベルトで縛ると、膝をつかせた状態で口を押え、上半身だけおこさせた。
男性の口を押えながら、ハルカは後ろから話しかける。
「ちょっと教えてほしいんだけど、あなたたちは、ポロッカ所属の人々?」
男性は笑みを浮かべる。
こちらをあざ笑うかのように。
すると、ハルカは左手で男性の口を押えたまま、右手で防寒用の茶色の上着の背中から、何かを抜いた。
「ねえ、もう一度きくよ?」
彼女が抜いたのは、黒光りする鋭い金属の刃、戦闘用ナイフだった。
ハルカは男性の首にナイフを突きつけ、静かに問いかける。
男性の顔が、瞬間的にひきつった。
「あなたたちは、ポロッカ所属の人々?そうじゃないなら、だれ?応えないなら、応えるまで、あなたを切り刻むよ」
冷凍庫から漏れでた冷気のように、ハルカの声が冷たい。
「指先から、少し、少~しずつ。少しずつ切り刻んでいけば、だれでも口を割るとおもうんだ」
ハルカが、笑みを浮かべた。
いつも浮かべる笑みではなく、どこか楽しそうな、締め上げた獲物をこれから食べるのが楽しみという、蛇のような瞳をしている。
おまけに、舌を少し出して、唇をなめる。
その表情や仕草に、男性だけでなく、レオナも寒気が走ったのを感じる。
明らかに、冗談を言っているようには見えなかった。
「さあ、どこから切り刻んでほしい?」
彼女は縛っている男性の手の指に、刃の先端を少しあてる。
「最初は小指の第1関節まで、次に第2関節まで。そして次は……」
「っひいいいいい!ち、違う!俺たちはポロッカ所属じゃねえ!」
「じゃあ、あなたたちはだれ?」
「そ、それは……」
「それは、……何?」
笑顔を浮かべるハルカが、この上なく不気味さと圧をまとっている。
男性の表情筋が引きつり、顔が震え始めた。
「でも、いちいち切り刻むの面倒だから、いっそのこと、首を切り飛ばして……」
ナイフの刃が、男性の首にわずかにあてられる。
「ひいいい!お、おれたちは、イケスカから来た」
「そっか」
特に驚きもしない、想定された答が出てきた。
「ねえ、船橋ってどこ?」
「……この部屋をでて、左へ向かって歩いていけばつく」
「そっか。じゃあ次の質問」
彼女は男性の耳元で囁くように言う。
「だれに雇われたの?誰からこの船の情報を手に入れたの?何が目的?」
「……し、しらねえ!俺は、ただ命令で」
ハルカは男性の腹部に拳を叩き込み、気絶させた。
これ以上の情報は聞きだせそうにないし、時間をかけすぎてはいけない。
船橋への道がわかっただけでも御の字だ。
彼女は男性の両足を縛り、さるぐつわをかませると、男性を部屋にあるロッカーの1つに放り込んだ。
「これでよし」
一仕事終えた、そんな感傷に少々浸っていると、ふと視線を感じた。
彼女はレオナたちに視線を送ると、明らかにひきつった表情のレオナとリリコがいた。
「随分、……手慣れているのね」
「君、まさか本気で、切り刻むつもり」
「ち、ちがいますよ!ただ情報を吐かせるための演技ですよ!」
レオナとリリコは顔を見合わせる。
「あれが演技?」
「君は嘘が下手だ。とてもじゃないが、演技とは思えない」
「やっぱり、あなたこういう尋問や拷問が得意なんじゃ」
「違います!尋問や拷問なんて最低限しかしりません!」
―――尋問や拷問の最低限って、なんだ?
2人の心の声が重なる。
「お~い、およびだぞ~」
ドアの向こうから聞こえた声に、全員が体を硬直させる。
このままでは見つかり、増援を呼ばれてしまう。
ハルカは周囲を見回す。
「リリコさんはそこのベッドの下へ。レオナさんはこちらへ」
ハルカはレオナの手をとると、一緒にロッカーの中へ入り、素早くなるべく音をたてないようドアを閉めた。
同時に、リリコはベッドの下へ素早く潜り込む。
まもなくドアが開き、声の主が入ってくる。
飛行服を着た男性。
「おや、いねえのか。あの飛行機が突っ込んできた件で、駆り出されたか」
狭いロッカーの中、ハルカは小さな穴から外の様子をうかがう。
一方、ロッカーが狭いせいでレオナはハルカと体が密着する形になる。
お互い向かい合う形で立っているが、低いロッカーゆえに少し膝を曲げなければならないし、お互いの胸を押し付けあっているような形だ。
「……っち、このままじゃ出られない」
早く部屋に来た男性に出て行ってほしいとじりじりしている。
―――こ、腰が痛い……。
無理に中腰で立っているせいか、腰や足が悲鳴を上げている。
レオナは、右足を上げようとした。
「ひゃう!」
ふと、ハルカが悲鳴をあげる。見れば、彼女の膝はハルカの太ももの間、スカートの中にめり込んでいる。
どこに当たったかわかり、謝罪の言葉を述べようとすると、ハルカは即座に自分とレオナの口を押え、隙間から外をみた。
「なんだ、今の声?」
男性に聞かれた。
彼はこのロッカーに向かって歩いてくる。
どこにも逃げ道はない。
男性の顔が間近に迫り、ロッカーの取っ手に手をかけようと……。
「ぐはっ!」
突如吹っ飛ばされ、床に倒れこんだ。
リリコの蹴りが頭部側面に命中し、男性が気を失った。
「もういいわよ」
ロッカーを開け、2人は外へ出た。
「すいません、リリコさん」
「気にしないで。ところで、さっきの声は誰?」
ハルカはスカートの前側の裾を引っ張りつつ、顔をそむけた。
それを見たリリコは、何やら笑みを浮かべる。
「レオナ、暗いからっていたずらしちゃだめよ?」
「私は何もしてない!」
「そう。でも度が過ぎると、ザラの前で口が滑っちゃうかもしれないわね」
「そ……」
レオナは両手を合わせて、拝むようにリリコにいう。
「それは、勘弁してくれ」
「考えておくわ」
「それより、2人とも」
ふと、ハルカはレオナとリリコに何かを投げつけた。
「飛行服?」
「どうやら、この飛行船の船員はこれを着ているようなので、これを着て船橋まで行って、急いで占拠しましょう」
ロッカーにあった予備に、倒れた男性2人の身ぐるみをはいだものだろう。
「……少し汗臭い」
「贅沢言わないでください。少しの辛抱ですから」
ハルカは着ている服の上に飛行服を重ね着していく。
男性サイズ故か、少し袖をまくってサイズを調整している。
「それから……」
ハルカは2人に何かを投げ渡した。
それは、黒光りする6連発のリボルバー拳銃だった。
「……実弾、か?」
「心配しなくてもゴムスタン仕様です。それでも、当たれば大の大人がもんどりうつ程度には痛いですが」
「なるべくなら、使いたくはないが……」
彼女はシリンダーを出し、6発すべてが装填されていることを確認すると腰のホルスターに収めた。
最後に、飛行帽をかぶり、なるべく顔を隠す。
「それじゃあ、行きましょう」
3人は手早く準備を終えると、船橋に向かった。
あの屠龍強行着陸のせいで、今甲板は火災騒ぎ。消火に人手が割かれているのか、意外にも船橋までの人は少なかった。
それでもすれ違いの際には緊張するし、見つからないにこしたことはないから、道中ある段ボールや木箱の中に隠れてやり過ごしながら向かう。
そして、行き止まりにきた。
その場所には、鉄扉が1枚あるだけ。
ハルカは周囲に気を付けながら、静かに扉を開いた。
室内は、窓が多く視界が開けており、左右や中央には舵を操作する舵輪や計器類が多数配置されている。
「……ここが船橋か」
静かに扉を開けると、足音を殺して侵入する。
万一のことを考え、いつでも銃を抜けるようにしておく。
静かに船橋内に入ると、鉄扉を閉め、彼女は周囲を見回した。
「……誰もいない?」
誰もいなかった。
舵を握る操舵士も、船長席と思われる場所さえも。
「どういうことだ?」
飛行帽を脱いで周囲をくまなく観察するも、だれもいない。
「席を外しているのかしら?」
「そんなこと……」
いくら人手が駆り出されているとはいえ、船橋を無人にするなどありえない。
先ほど強行着陸した屠龍から、パイロットの遺体が見つかっていないことは、もうわかっているはず。
ふと、ハルカは1つの可能性が思い浮かんだ。
「……まさか」
それが間違っていないことが、まもなく証明された。
床に転がってきた軽い金属音に、彼女はそこを向いた。
床に転がっていたのは、細長い缶詰のような形。
それを見て、ハルカは即座に駆け出し、その物体を遠くへけり飛ばした。
「ふせて!」
ハルカはレオナとリリコの手を引いて、そばの操作盤の影にかくれる。
直後、物体が煙を吹き出した。
「口をふさいで!姿勢を下げて!」
そばにいるレオナの口をふさぎ、床に這いつくばるように姿勢を低くする。
だが、煙が次第に部屋に充満し始めた。
飛行帽をとって口に当てるが、このままではいずれ煙を吸う。
ハルカは銃を抜き、全弾を窓の同じ場所めがけて撃った。
ガラスにひびが入り、割れて穴が開いた。
気圧差で、煙が吸い出されていく。
薬莢を即座に排莢し、弾薬を装填。彼女は銃を構える。
直後、隠れている操作盤に何かが跳弾する音が聞こえる。
周囲を見ると、こちらを包囲しようとしてくる。
ハルカは左側から回り込んでくる2人に向かって、頭部を狙って発砲。リリコは右側から、先ほど進入してきた鉄扉から入ってくる2人へ向けて発砲。
4人とも昏倒する。
だが、その後ろからも増援が入ってくる。
「罠か……」
レオナのいう通りだろう。
相手は、ここが侵入者の目的地と知っていて、待っていたとしか思えない。
「やれやれ、とんだネズミが入り込んでいたようですね」
ハルカは銃を構え、声のする方向へ銃口を向ける。
「おやおや、だれかと思えば、あなたでしたか。……蒼き悪魔」
オカッパ頭の、丸眼鏡をかけた男性はいう。
その顔には、見覚えがあった。
そのいけ好かないしゃべり口調も、聞き覚えがあった。
「あなた……」
ハルカは、その男性に向かってその名を言おうと口を開いた。
同時に、首を少し傾げる。
「……誰?」
レオナとリリコを含む、その場にいる全員がずっこけた。
何かまずいことを言っただろうか。
「あなた!ここはお互いの名を呼びあって、因縁の再会を演出する場面でしょう!?」
なぜか苦情が入った。
「そんなこと言われたって、出会ったときあなた名乗ってなかったでしょう?……依頼人」
そう。
ハルカは、確かに目の前にいる男性を知っている。
ウミワシ通商にいた頃、ラハマ襲撃を依頼してきた依頼人だ。
それ以上でも以下でもない。
何より、自身の名を名乗ってなかった。
男性は眼鏡のブリッジをおし、位置を直しながら言う。
「そうでしたか、これは失礼。では改めて」
男性はいった。
「わたくしは、旧自由博愛連合の参謀役、頭脳労働が担当のヒデアキと申します」
「ヒデアキ……」
レオナは苦々しくいった。
「生きていたのか!イサオの子分!」
「おやおや、コトブキの隊長さんまで。これは思わぬ収穫ですね」
「そっか。この船を奪ったのは、旧自博連の残党だったってわけ?」
「ええ、そうですとも。羽衣丸のウエイトレスさん」
リリコの言葉を、ヒデアキは肯定する。
「今更何のつもりだ!イサオがいなくなった今、お前たちは何を考えている!?」
「決まっています。自由博愛連合の再興を、イサオ様の夢の実現。このイジツの、覇権を握るためです」
「何が夢だ!そのためにいくつもの都市を、焼野原にしておいて!」
「必要なことだったのですよ」
「ふざけるな!イケスカの内乱一つ収められないのに、イジツの覇権を握るだと?何を考えている!?」
「まあ、少し前まではそうでしたよ。ですが、イサオ様の後継者が現れましてね。もう内乱からは脱し、準備を進めているのですよ。準備にあたって、こんな飛行船を野放しにしておくわけにはいきません。」
「……イサオの亡霊共が」
「諦めがわるい人々」
「何と言おうと勝手ですが、我々は負けたままでは終わりません」
レオナは銃を抜き、ヒデアキに銃口を向けている。
だが、その手は震えている。
ゴムスタン仕様とわかっていても、人に銃を向けたことがないのだろう。
「まあ、まず今回はユーリア議員にお礼参りに伺います。今邪魔をされるわけにはいかないのですよ」
ヒデアキが指を鳴らす。
合図で、周囲の男性たちが一斉に3人に襲い掛かり、取り押さえられた。
「コトブキの隊長とウエイトレスは閉じ込めておきなさい。その悪魔には聞きたいことがありますので、そこの椅子にでも縛っておきなさい」
「くそ、離せえええええええええ!」
レオナとリリコは抵抗むなしく部屋から連れ出され、ハルカはその様子を見送るしかなかった。