する飛行船を奪ったものたち。一方、彼女はぼかした言い方に徹し、
ユーリア議員は彼女の秘密を守るため、空賊たちのいうことを真に受けない
ように言う。
交渉の余地はないと察した評議会議長は、攻撃隊の発進を命じる。
「さて、あなたの出番ですよ」
ヒデアキの指示で、両手首を後手で縛られたハルカは、背中を押されて無線機の前までやってくると、後頭部と背中を押さえられ、顔を操作盤に押し付けられた。
「さあ、どうぞ」
ヒデアキは楽しそうに、あざ笑うような笑みで見下ろしてくる。
「……ユーリア議員」
『ハルカ、無事なの!?』
「今のところは……。申し訳ありません。しくじってしまいまして……」
「彼女たちを送り込み、船橋を制圧するつもりだったのでしょうけど、甘かったですね。たった3人に制圧できるほど、空賊といえど甘くはないですよ」
「空賊、ね」
髪を引っ張られて少し顔を持ち上げられると、操作盤に額をぶつけられた。
余計なことはいうな、ということだろう。
「さて、ユーリア議員。この用心棒どうしますか?ガドールへの攻撃を認めるか、空賊を支援してくださるなら、お返ししてもいいのですが?」
『……それは』
『われわれは空賊と取引するつもりはない。自由にすればよかろう』
今のは議長の声だ。
今回に限っては、議長の言っていることは間違っていない。
「おやおや、見捨てられたようですね。あなたが、ガドールにした多大な貢献もわすれて」
「どうかな。私はただのしがない飛行機乗りですよ」
確かに、ユーリア議員がいるから、彼女はこうして日常が送れている。
だから、その分は仕事で返さないといけない。
元空賊だけど、やり直して議会に認めさせる。
そう思ってやってきたが、用心棒はどう言いつくろっても使い捨てのコマだ。
助けてはもらえない。
それに、用心棒1人のために町を危険にさらす議員など、いてはいけない。
「しがない飛行機乗り?ここ最近の、謎の勢力が使ってきたという新しいユーハングの遺産。そのどれもを、あなたは退けている。……ただの飛行機乗りが、なぜでしょうかね?」
「さあ、なぜでしょうかね」
「あなたは知っていたんじゃないですか?まだ知られていない、未知の遺産のことを?」
「さあね。私は本を読むのがすきだから、ガドールの図書館で目にしたのかもしれないね」
遺産の情報をもとに、ガドールに交渉に応じさせよう、という魂胆かもしれない。
だから、ハルカはあくまでぼかした言い方を徹底する。
「本で読んだ程度でできるでしょうかね?例えば、誰かから教えられた、とか?」
「遺産は、これまで幾度となくこのイジツが荒れる原因になった。そんなものの知識を、すすんで教える人がいるかな?そんなことしたら、新たな火種になるだけ。むしろ、独り占めしておきたいんじゃないかな?イケスカのように」
太ももの裏側とお尻のあたりを縄で叩かれた。
「ぐっ……、がぁ!」
「あくまで、シラを切るつもりですか?」
「切れるシラなんて私にはない。私はしがない飛行機乗りだからね」
「そうやって言えば、ごまかせるとでも?」
「さあ……。ところで、1つ聞かせてくれない?」
「なんでしょう?」
「あなたたちが、イサオ氏の後継者として担ぎ上げたのは誰?」
ヒデアキの表情が、なぜか楽し気なものに変わった。
「さて。少なくともあなたが知る機会はないでしょうね」
「そう。なら、土産話に教えてくれてもいいんじゃない?」
「それはできませんね」
「あなたはさっきいった。あのお方の命令だから、今は殺しはしないと。なぜ私を殺すのを躊躇するの?あなたたちの脅威になるなら、この場で殺してしまえばいいのに。いえ、そういう機会はこれまでもあった。なのに、あなたの背後にいるそのお方は、私を殺さないようにあなたに命じている」
ヒデアキの表情が、一瞬怪訝なものに変わった。
「それは、私を手に入れたいからじゃないの。空戦以外の理由で」
「それは否定しません」
ハルカはそこで1つの確証を得た。
イサオの後継者を名乗る人物は、彼女がユーハングの遺産の知識を持っていることをおそらくは知っている。
おまけに、その後継者もある程度遺産のことを知っているだろう。
桜花や橘花を実用化したのも、その価値をしっているからだ。
同時に、彼女の価値も。
ハルカが未知の遺産の情報を持っていることがわかっていて、同じくある程度遺産の知識を有する人物。
それに該当する人間など、限られた人数しかいない。
だが、今知っている人間にそれはあり得ない。
―――まさか……。
ハルカは、頭の中に1つの可能性を考えたが、即座に否定した。
そんなこと、絶対にありえないのだから。
「ぐ!……あぐ!」
またお尻や足が縄で打たれた。
「だからといって、殺されないからとたかを括らないでもらいたいですね。あなたをユーリアめたちのところに返すくらいなら、この場で殺してしまったほうがいいのですからね」
「できるの?」
「さあ、どうでしょうね」
ガドール評議会は、にわかにざわついた。
「ユーリア議員、今の話は本当なのかね?」
「あの用心棒が、未知の遺産の情報を持っているというのは!」
案の定、評議会がにわかにざわつく。
ユーリアは内圧を下げるように、大きく息を吐いた。
「……それは、ありません」
「しかし、あの空賊たちは」
「空賊の戯言を信じるとおっしゃるのですか、皆さんは」
「そ、それは……」
あの空賊は、彼女が遺産の情報を持っていることを議会に周知させ、その価値を持って交渉に臨もうとしたのだろう。
だが、思い通りにはさせないし、彼女を争いの火種にしてはいけない。
「それに、その件について彼女は言いましたよね。自分はしがない飛行機乗りだと」
「だが、彼女が行く先々で使われた未知の遺産に、彼女はいずれも対応できている。その件はどう説明する?」
「確かに、彼女が、いえ、私が行く先々で新たな遺産が使われ、その事態の終息に彼女が貢献してくれたことは否定しません」
「ならば」
「ですが、彼女はあくまでガドールの書庫にあるという資料しか知りません。彼女が休日に図書館に通っているのは、こういった資料から知識を得るため。趣味の域をでるものではありません」
「だが、実際には」
「彼女1人ではありません。むしろ、そういった遺産の研究を専門にしている知り合いがいます。彼らに協力を求め、結果事態の鎮圧ができた。むしろ、資料より協力者の影響が大きいでしょう」
幸い、ユーリアの知り合いには、古生物学や遺産の研究をしているタミルや、穴の研究をしているアレンに、コトブキ飛行隊のケイトがいる。
彼らには悪いが、使わせてもらう。
ここで彼女の価値を議会に知られてしまえば、彼女が争いの火種になってしまう……。
それに加え、ユーリアは先日訪れたハリマでの一件を思い返す。
―――私たちは、孫のことでも手段は選びません。
―――あなたたちにそんな手段を取らなくていいことを、祈っていますよ。
このことが、彼女の祖父母であるシズネ市長やカスガ議長の耳に入れば、どんなことをされるか分かったものではない。
おそらく、ガドールへの一定期間の食糧供給の停止くらい、平気でやりかねない。
そうならないためにも、彼女の秘密は守らなければならない。
「ゴドロウ、今のうちに制圧部隊は送り込めないの?」
「おお、そうであったか。交渉で時間を稼いでいる間に」
ゴドロウは周囲を見回すが、そこに助役の姿はなくなっていた。
先ほどまで助役がいた場所には、退職願、と書かれた手紙が置かれていた。
中には、こう書かれていた。
「そろそろ転職の時期と思ったので、退職させていただきます。それと、制圧部隊などおりませんので、悪しからず」
「なんだと!」
ユーリアはため息を吐き出した。
おそらく、先の助役はイケスカに通じたスパイだったのだろう。
こちらの動きは、すべて筒抜けだったのだ。
先遣隊が3人であることも、捜索隊の位置も。
おそらく、トドロキ奪取にも加担していたのは想像に難くない。
イケスカ動乱で、ゴドロウの助役が内通者であったために、こちらの動きが読まれていた。
今回も同じこと。
「くう!あいつめ!」
「……ちょっとは助役をまともに選びなさいよ」
議長が、そばにいる評議会護衛隊のパイロットに指示を出した。
「こうなった以上は仕方がない。隊長、攻撃隊の発進準備を。準備ができ次第、直ちに発進。……トドロキを撃墜せよ」
「は!」
飛行服を着た隊長が飛行場へ向かっていった。
こうなっては、ハルカたちを助け出すことはできない。
トドロキとともに撃墜されるか、イケスカに連れていかれるしかない。
ユーリアは、両手を握りしめ、心の中で彼女に詫びる言葉を繰り返した。
「やれやれ、せっかくの交渉だったのに、残念ですね」
ガドール評議会議長の言葉を聞き、ヒデアキはため息を吐き出す。
「もとより、こうなることはわかっていたでしょう?まもなく攻撃隊がくる。そうなれば、撃ち落とされるのは確実」
「さて、それはどうでしょうね」
ヒデアキが、妙に自信を持っているのが気になった。
まもなく、前方から多数の影が見えた。
上面が明るい緑色、下面が灰色で塗装された、ガドール評議会所属の零戦52型。
トドロキへの攻撃隊だ。
「……攻撃準備。対空ロケット、発射準備」
部下たちはそれぞれ配置につき、操作を始める。
「目標、前方の攻撃隊。12発連続。……撃て」
ヒデアキの指示で、トドロキから白い軌跡を描きながら対空ロケットが放たれた。
対空ロケットは連続で狙いをずらしながら放たれ、攻撃隊の前方で小弾をばらまき、ついでそれらが連続で爆発した。
小弾が次々爆発する中、攻撃隊はその中に飛び込んでしまう。
爆発に巻き込まれ、ガドール所属の52型が次々落とされていく。
「ふむ、まだ生きのこっていましたか」
前方には、残った2機の零戦が向かってくるのが見える。
「……無線誘導弾、用意」
「無線誘導、発射準備。誘導準備」
「発射、誘導開始」
無線誘導弾が放たれ、残った2機の零戦に向かっていく。
そして2機の間で誘導弾は爆発。残る2機も撃墜された。
「ふん、口ほどにもない」
ユーリア護衛隊ならともかく、他の護衛隊は日頃実戦がなく訓練ばかりの日々を過ごしている上に、撃たれたことがない対空ロケットや無線誘導弾を前にしては無理もない。
彼らの訓練は、あくまで対戦闘機を想定しているものなのだから。
「敵影接近!」
「なんですと!」
見れば、前方上方から燃料を噴きながら迫ってくる52型がいる。
さきほどの対空ロケットを受けて、ほぼ落とされたと思っていたが、1機だけかろうじて飛んでいたようだ。
だが、燃料を噴きながらとび、機体もふらついている。
「機銃で落としなさい!」
「各銃座、敵機を落とせ!」
機銃手に指示がいき、対空機銃から銃弾が放たれる。
52型の風防が開き、パイロットが脱出した。
制御を失った52型が、トドロキへ向かってくる。
機銃でハチの巣にされる52型の燃料に引火して火だるまになり、トドロキの左舷の船体に命中。爆発した。
「火災発生!左舷にて火災発生!」
「やってくれますね」
一瞬、ハルカは押さえつけられている腕の力が弱まるのを感じた。
右隣にいるヒデアキの膝裏をけりつけ、膝をつかせる。
そして、両足を踏ん張って自分を押さえつけている男性の顎に、頭突きを食らわせる。
男性が倒れるのを確認するまもなく、ハルカはその場から駆け出し、船橋の出口へ向かった。
消火のために何人か向かったためだろう、出入口があいていた。
彼女は扉に体当たりして開け放ち、船橋から走り去った。
「追いなさい!逃がしてはなりませんぞ!ただし、殺さないように!」
ヒデアキはすぐさま指示を飛ばす。
2、3人の部下が彼女を追う。
「被害状況は?」
「消火作業はまもなく終わるそうですが、船体への被害が大きいと……」
「そうですか……。脱出の準備をしておきなさい。それと、自動操縦装置の設定を。ガドールに到着する前に、搭載している誘導弾で攻撃。その後上空で爆弾を投下」
部下が設定を始める。
「彼女はどうされます?」
「まあ、確保できれば御の字ですが、できなくてもどうせこの船から脱出するすべはありません。彼女には、ガドールが火の海になるさまを、特等席で見てもらいましょう。むふっ」