レオナたちと合流したものの、飛行船は操舵ができず、無線が破壊され、
ユーリア議員たちと連絡もとれない。飛行機は1機も残って要らず、
飛行船に残されていたのは、ガドールを攻撃するための爆弾のみ。
一刻も早くガドールにこのことを伝えようとする彼女の目に、あるものが
とまった。
「はあ、はあ……」
船橋から走り去ったハルカは、両手が後ろ手でしばられたまま廊下を走る。
扉をいくつか抜けた後、わきにかくれる。
とりあえず一時的に危機から脱したものの、まずは両手の拘束を切る必要がある。
少し向こう側を見れば、男性が1人、こちらに向かってくるのがかすかに見えた。
彼女は隠れる扉のわきから見ていると、扉をくぐろうとしているのが見えた。
瞬間、ハルカは男性に体重を乗せて体当たりし、鉄扉にたたきつける。
次いで膝裏をけりつけ、膝をついて下がった頭の顎を右足でけり上げる。
脳が揺さぶられ、男性の動きが一時的に止まった瞬間、彼女は男性に組み付いた。
両足を男性の首に絡ませて組み付き、首を締め上げる。
「が……、ああ!」
男性はハルカの両足を外そうと必死になるが、彼女も負けじと両足に力を籠める。
しばらくすると、男性の抵抗がなくなり、大人しくなった。
彼女は男性を転がし、上着をめくってみると、腰にナイフを持っているのが見えた。
口を開けて柄に噛みつき、ナイフを抜き取る。
足音が聞こえた。
彼女は男性が持っている手榴弾を1つとると、両足で挟み、口でピンを抜いてドアの向こうへ蹴った。
そしてナイフを回収すると、その場から走り去る。
爆発するのではなく、煙幕の手榴弾だったようで、男性たちがせき込む音が耳に入るが、無視して彼女は走り去る。
彼女は手近な部屋に入り、だれもいないことを確認すると鍵をかける。
壁際にやってきて床に膝をつくと、両足のかかとでナイフの柄を挟んで固定。
両手首の縄を刃にあてて何度も、何度も上下させる。
縄と刃物がこすれる音がしばらくしたのち、縄が切れた。
「いたた……」
きつく縛られていたせいで、手首に縄の跡が残っている。
ナイフを構え、部屋の鍵を開けて通路へ出る。
見る限り、あの男性たちはいないようだ。
さきほど、首を締め上げた男性もいなくなっている。
「……まずはレオナさんとリリコさんを探さないと」
だが、どこにいるかわからない。
かといって連中から聞きだそうとすれば、今の状況では捕まりにいくようなものだ。
そのとき、どこかからガン、ガンと金属を叩くような音が聞こえた。
彼女はその音を頼りに、警戒しつつも通路を進んでいった。
トドロキの右舷の格納庫では発艦準備が行われていた。
護衛の五式戦闘機や疾風、紫電改などが飛び立ち、遅れて飛龍が発艦する。
「やれやれ、手間かけてくれましたね」
「ヒデアキ様、よろしかったのでしょうか?」
「彼女のことですか?」
「……はい」
「まあ、本当はイケスカに連行するつもりでしたが、このままでは脱出に遅れが生じます」
「ですが、あのお方は殺すな、と」
「そうですね。……まあ、この程度で死ぬような奴ではありません。問題ないでしょう」
「本当でしょうか?」
「この程度でくたばるなら、あのお方が直々に手を下す必要はありません。まあ、どちらにせよ、あやつらに脱出のすべはありません。このままくたばってくれた方が、われわれとしてはありがたい。それを抜きにしても、今回はユーリアめとポロッカの協力関係にヒビが少なからず入ったはず。このままトドロキがガドールを攻撃してくれれば、御の字といったところでしょう」
「そうですか」
「今はイケスカへの帰還を急ぎましょう」
「わかりました」
窓から外を眺めながらヒデアキは考える。
あの小娘が遺産の情報を持っているなら、何としてでも連行してくるか、あるいはあの場で殺してしまうべきだった。
彼女がユーリアたちのもとに戻れば、また脅威になるのは目に見えている。
あのお方も、できれば彼女を手に入れたいから、こうして彼女を生かし、そして連れていける今回のような機会を作ったのだろう。
まあ、事態はおもうようにはいかなかったようだが。
命令だから仕方がないが、できれば彼は彼女を始末してしまいたかった。
その件を以前あのお方に話したら、笑いながらこう言った。
『ハハハ、こちらが新しい装備をつかって一方的に相手を蹂躙して勝ち取った支配など、面白くない!抵抗勢力がいて、野望の実現に少しでも困難さがあるから、勝利に価値が生まれるんだ!』
などと言っていた。
前任のイサオ会長に比べれば、桜花や橘花等の実用化の必要性を理解し、現実主義者かと思いきや、そういった部分は楽しいこと優先のようで、今の新しい主人のことを、皆はまだつかみ切れていない。
―――まあ、いずれわかるときがくるでしょう。
―――いずれにしても、こうして自由博愛連合が再び動き出した今、ユーリアめたちの好きにはさせません。
―――最後に勝利するのは、今度こそ私たちなのですからね。
ヒデアキは目をとじ、イケスカまでしばしの眠りにつくことにした。
「くそ!開かない!」
この部屋に連行されてきてからというもの、レオナはドアに体当たりをしたり、他に脱出のすべがないか探していた。
「レオナ、その鉄扉を突き破るのは、腕っぷしの強いあなたでも無理よ」
「お部屋で走る君で鍛えた体で、なんとか」
「扉が壊れる前に、あなたが壊れるわよ」
「じゃあ、リリコは何か手があるのか!?」
「残念だけど、道具が何もないこの部屋じゃ……」
レオナは、一刻も早くこの部屋から出たいと気持ちが焦る。
なぜこの部屋にハルカがいないのか。
その理由に、レオナは心当たりがあった。
先日訪れたハリマで、カスガ議長が明かしたハルカの秘密。
彼女の中に眠る、まだ知られていない未知の遺産の情報。
どうやって彼らが彼女に行きついたかは知らないが、このままでは彼女の身が危ない。
一刻も早く、ここからでなければいけない。
後ろにさがって、助走をつけようとした。直後、彼女の後ろで金属製の柵が上から降ってきた。
次いで降ってきたのが、青色のラインが描かれた白色のスカートに、そこから延びる健康的な太もも、そしてその根元にある白色の下着。
それは天井にある通風孔から出ると、地面に降り立った。
「……すいません、遅くなりました」
「ハルカ!……何があったんだ?」
ハルカを見たレオナは唖然とした。
彼女の頬や服に覆われていない腕や足には、何かで叩かれたようなみみずばれや、殴られたとおぼしき痣ができている。
「ああ、ちょっと拷問めいたことをされまして……。それより、早くここから出ましょう」
いうなり、彼女は下りてきた通風孔の出口に飛んで捕まると、両腕で体を持ち上げ、這うように登っていった。
レオナはその様子を見送ると、自分も上るべく飛び移ろうとする。
ふと視線を下げると、リリコがなぜかジト目で見つめていることに気付く。
「……どうかしたか?」
「……いいえ」
レオナも通風孔に入り、ハルカのあとを追う。
幸い、暗い中でも彼女の白色のスカートが良く視認できるため、追うことは容易だった。
船内に空気を循環させるためのダクトを抜け、行きついた先は格納庫だった。
「脱出していますね、彼ら」
「ここは?」
「トドロキの右舷にある格納庫です。ここに飛龍や五式などがあったんですが、1機残らず発艦済ですね」
「あいつらの目的は、ガドールを攻撃することじゃなかったのか?なぜ脱出を?」
「自動操縦装置を設定していったんでしょう。先ほど、ガドールの防空隊が損害を被ってから来ていないので、次を出すべきかもめているんでしょうね」
「もめている間に、必要はことは終えてさよなら、か。……食えない連中だ」
「それで、どうするの?脱出できないんじゃ、私たちも一緒にお陀仏よ」
「まずは、どうにかしてこの状況をユーリア議員に伝えられれば……」
「船橋の無線は使えないか?」
急いで船橋に3人は向かう。
だが、船橋の様子はひどいもので、操作盤は壊され、操舵するための舵輪も原型をとどめないほどに破壊されていた。
「無理ですね。これじゃあ自動操縦装置を外せても、操舵ができない」
「何か……、他に何かないのか?」
「艦載機は1機も残っていない。屠龍は強行着陸したので飛べません」
「じゃあ、せめてこの船から脱出を」
「……先ほどの格納庫に、落下傘は1つしか残ってなかったですよ」
一応、落下傘を同時にさがしていたが、今のところ見つかったのは1つだけ。
人数分はない。
完全に手詰まりだった。
このままでは、ガドールの防空隊に撃墜されるか、ガドールが火の海になるのを目撃するか、どちらかだ。
「反対側の格納庫には、艦載機はないの?」
「行ってみましょう」
左舷の格納庫にくると、3人は言葉をなくした。
そこには、おびただしい数の爆弾や無線誘導弾が並んでいた。
これで、ガドールを攻撃するつもりだ。
「これは……。早く伝えないと」
「でも、どうやって」
ハルカは周囲を見渡す。
ふと、彼女の目に、1機の桜花が映った。周りにあるのは爆弾に無線誘導弾ばかりだが、その中に1機だけ桜花が混ざっていた。
「もしかして……」
彼女は桜花にかけよると、風防を開けた。
狭い操縦席には、自動操縦装置がついているが、操縦桿等はそのままだ。
彼女は、あたりを見回して工具を見つけ、計器盤についている自動操縦装置を外した。
「どうする気だ?」
「これで、脱出するんです」
自動操縦装置を外した桜花は、これはハリマ襲撃で使われたのと同じ43乙型のようだが、これならガドールまでとべる。
無論、乗れるのは1人だ。全員は脱出できない。
「これにのってガドールまで行き、ユーリア議員に連絡します」
「そのあとは、どうする?」
「……まもなく、ナガヤに頼んだものがガドールに到着するはずなので、それを使って帰ってきて、2人を収容。その後、トドロキを破壊します」
「ゴドロウ市長が許すと思うか?」
「もう、そんなことを言っている場合ではないでしょう」
船橋の舵輪や操作盤が破壊されている現在、爆弾や誘導弾を積んだトドロキは空飛ぶ火薬庫だ。
設定はわからないが、恐らくガドールの手前と上空で攻撃するよう設定していることは確実。
まして、操縦系統等が破壊されている以上、もう進路変更も、奪還も不可能だ。
「必ず戻ってきます。2人は、中央上部の甲板で待機していてください」
ハルカは操縦席に入ると、資料で読んだ手順を思い出しながらエンジンを始動させ、桜花43乙型の発進準備を行う。
座席には、操縦桿にスロットルレバー等最低限のものしかない。
迷うことはないが、爆弾の安全装置だけは外さないよう注意が必要だった。
レオナとリリコが手動で格納庫のハッチを開放。
風が吹き込み、遠くに町の影がかすかに見える。
「気を付けて」
レオナが座席を覗き込んでくる。
「はい」
風防を締めると、スロットルレバーを開ける。
エンジン出力が高まった桜花はハルカを乗せ、カタパルトから打ちだされ、飛び立っていった。
「行ったわね」
遠ざかっていく桜花を見送ったリリコはいう。
「間に合ってくれよ、ハルカ……」
このままでは、自分たちはガドールが火の海になる様を見るか、撃墜されるかの二択しかない。
一刻も早く、彼女が迎えに来てくれることを祈るしかない。
「ねえ、レオナ」
リリコは言った。
「ハルカさんって、何者?」
「何者って、彼女は単なるパイロットで」
「単なるパイロットが、どうして存在が知られていない遺産の操縦方法や対処法を知っているの?」
リリコはじっと見つめてくるが、レオナは押し黙る。
思えば、桜花などという一般に知られていない遺産を、リリコの目の前でエンジンを始動させ飛び出したのだ。
彼女が疑念を抱くのも、無理はない。
だが情報管理は、しっかり行わなければならない。
それが、ハルカの祖父母との約束だからだ。
「悪い、口留めされていて……」
「……そう。なら仕方ないわね」
リリコは舌なめずりをしながら、言い放った。
「ところでレオナ、あなた、年下の方が好みなの?」
レオナの顔が一瞬で真っ赤になった。
「な、なにを言うんだ!こんな時に!」
「どうせ彼女が帰ってくるまで、私たちすることないでしょ。それはそうと、あなた時折ハルカさんのお尻や太もものあたり眺めていたでしょう?」
「そ、それは……」
「ダクトの中を通っているときは、彼女のスカートの中も」
「だって、仕方ないだろう!……位置関係で。不可抗力だ!」
「……見たことは否定しないのね?」
「ぐっ!」
「……戻ったら、ザラに報告ね」
「そ、それは勘弁してくれ……」
祈るように言うレオナに、リリコは小悪魔のような笑みを浮かべる。
「それが嫌なら、ハルカさんに関すること、少しは教えてくれないかしら?同じオウニ商会にいて隠し事されるのは、ちょっと納得いかないわ」
それなら、ただのウエイトレスで押し通しているリリコの秘密も言わないと不公平だ、とレオナは一瞬思うも、この場では言葉を飲み込んだ。
リリコの、仲間に隠し事をあまりしないでほしいという気持ちはわかる。
レオナだって、ハルカに隠し事をされて思わず怒鳴ってしまったことがある。
でも、彼女の秘密は明かしてはいけない。
それがわかっているから、リリコは少し脅しのような方法を使ってきたのだろう。
隊員をいかがわしい目で見ていたなど、ザラに知られたらどんな冷たい視線を向けられるかわかったものではない。
だが、情報管理を怠れば、それどころではない。
ハリマが、市長と議長がどんな手にでてくるかわからない。
「……すまない。これは、マダムから止められていて」
「そう……。何か余程重要なことなのね」
レオナは、大きくうなずいた。
「それじゃあ、とりあえずこれ以上は聞かないでおいてあげる。甲板まで行きましょう」
2人は、強行着陸をした甲板まで走った。