この町が攻撃される可能性があると議長たちに伝えるものの、
ガドールのもつ戦闘機では撃墜に時間がかかってしまう。
どうすればいいのか。議員たちが悩む中、彼女が故郷に頼んでい
たものが到着する。
狭い桜花の操縦席から、周囲の世界がいつもより高速で流れていく様を見ながら、ハルカはガドールへと急ぐ。
桜花の操縦席に彼女は初めて座ったが、心境は複雑である。
かつてユーハングで使われた、人を誘導装置として使う、倫理や人道をかなぐり捨てた結果生まれた、禁断の兵器。
今回は帰還目的で使うからいいが、ユーハングで使われた際、この操縦席に座っていたものたちのさきに待ち受けていたのは、死。
敵とこの機体、パイロットもろともすべてを葬る、十死零生の兵器。
この機体の価値を認め、無人化、配備を行おうとしているイケスカの、イサオの後継者は何を考えているのか。
―――いや、ありえない。
―――今は帰還を考えないと。
ハルカは操縦桿を握りながら、目の前のレバーを操作する。
左右の主翼から爆発音がしたと思うと、主翼の端が吹き飛んだ。
43乙型には、主翼の端を吹き飛ばして速度を増す機構がついている。
主翼が短くなったことで、桜花の速度が増していく。
だが、いかに爆弾の安全装置を外さなくても、街中には落とせない。
それに、この関連技術を、これ以上広めるわけにはいかない。
ハルカは操縦桿を操作し、ガドールの町の外れ、荒野へと機首を向ける。
ガドール郊外は、どこまでも荒野がひろがっているだけ。
そこまでいけば、人を巻き込む心配はない。
ガドールの郊外が見えてきた。
彼女は操縦桿を引き、高度を上げる。
そして地面から距離をとり、建物がある場所を通り過ぎると、両手で風防を開け放ち、次いでレバーを操作して爆弾の安全装置を解除。
直後、彼女は機体の尾翼の位置に気を付けながら、飛び降りた。
時速500kmを超える速度の物体から飛び降りた直後に地面に着地しては、さすがに命がない。
彼女は空中に飛び出すと、トドロキで見つけた、1つしかない落下傘を開いた。
無事に落下傘が開き、降下速度が落ちる。
「……ふう」
それから間もなく、乗り捨てた桜花が荒野の中で爆発した。
機首に満載されていた炸薬が爆発し、一瞬、強風が彼女を揺らし、次いで訪れた熱風が彼女に吹き付けられる。
幸い姿勢を崩すほどの強風でもなく、やけどをするほどの熱風でもなかったため、彼女に影響はなかった。
加えて、爆発したのが荒野の真ん中であったために、巻き込まれたものはない。
「さてと……」
彼女はガドールの中心を見つめる。
ガドールはそこそこ広い町なので、評議会のある中心街までは距離がある。
だが、一刻も早く伝えるには急ぐしかない。
無線機があればいいが、あいにく今はない。
とりあえず、議会まで最短距離で走るしかない。
そう思っていたら、爆発音を聞きつけてか、自警団か評議会のものと思しき車が数台やってきた。
車両のドアを開けて、評議会護衛隊や自警団の制服を着た者たちが続々と降りてくる。
その中に、ハルカは見慣れた緑色の大きな帽子をかぶった女性を見つけた。
「ユーリア議員!」
彼女は右手を振って合図する。
遠目に、ユーリア議員が驚きの表情を浮かべた直後、安堵したのが見える。
すると、ユーリアは右手を高く上げて振ってくる。
だが同時に、左手である場所をつまんでいる。
ユーリア議員の左手は、自分の緑色の長いスカートの裾を少しつまんでいる。
そして手を離すと、人差し指だけを伸ばし、ハルカの方を指さした。
「……あ!」
その様子を見て、ハルカは顔を赤くし、両足を閉じてスカートの裾を引っ張った。
気をつけろ、という意味だ。
荒野の真ん中で、日頃接する機会の多い者たちしかいないならまだしも、町のそばで、衆人の多い中ではさすがに恥ずかしいのか、彼女は耳まで赤くなっている。
彼女は、落下傘で上空から降下するより、地面に不時着して速度を落として飛び降りればよかった、などと後悔しつつ、そのまま地面に足がつくのを待つしかなかった。
少し時間をかけ、地面に脚がついたのを確認すると、ハルカは落下傘を外す。
「ハルカ!」
直後、駆け寄ってきたユーリア議員の腕の中に納まった。
「ユ、ユーリア議員!人前で」
「良かった……」
周囲の野次馬の視線など気にも留めず、背中に回された腕に力がこめられ、お互いの胸がつぶれんばかりに密着する。
少し鼻水をすするような音が聞こえ、ハルカは何も言えなくなった。
「ごめんなさい、助けられなくて」
「いえ、議員の判断は間違っていません」
「でも……」
ハルカはユーリア議員から少し離れると、唇に人差し指をあてる。
「評議会議員が、たかが用心棒1人で決心が揺らいでどうするんですか?あなたの背後にいるのは、この町の人々ですよ」
「そうね、わかっているわ。……わかっている、けど」
いつもの強気な態度はどこへやら。少し弱気になっているようだが、ここで時間を浪費してはいけない。
「それより、まだ事態は終息していません。私を、評議会へ連れて行ってください」
「このままだと、トドロキはどうなるんだ?」
護衛隊長の方を向きながら、彼女は応える。
「ガドールを、火の海にするつもりです」
ユーリア議員、護衛隊長に弟さんの表情が引きつった。
「時間が惜しいです。トドロキは撃墜しなければなりませんし、レオナ隊長にリリコさんが取り残されています」
「わかったわ。とにかく評議会、へ……」
離れたことで、ハルカの手足や顔についた痣や傷が目についたのだろう、彼らの表情が固まった。
「……ああ、ちょっと拷問まがいのことをされまして。それよりも、早く」
ハルカは議員たちが乗ってきた車の運転席に入ると、3人が乗ったのを確認した後アクセルを踏み込み、評議会までの道を爆走していった。
「今すぐにでも、第二次攻撃隊を送るべきだ!」
「だが、最初の攻撃隊が全滅した以上、やり方を変えねば犠牲が増えるだけだ!」
「どんな策があるというのだ!そもそも、うまく行かなった場合の責任を、だれが取るのだ、誰が!」
ガドール評議会は紛糾していた。
トドロキを撃墜するために送った、零戦52型の部隊が全滅。
トドロキは、通常の飛行船とは一線を画す防御火器を備えていた。
次の攻撃隊を送るべきか、何か違う方法をとるかでもめていた。
議長はそんな光景を眺めていると、議会のドアを開けて入ってくるものがいた。
「議長、失礼します」
「何かな、ユーリア」
ユーリア議員が、護衛隊長たちを引き連れて入ってきた。
先ほど、謎の飛翔体をガドールの電探がとらえたというから向かったらしい。
「それで、飛翔体は何だったのかな?」
「……この子の乗った桜花でした」
ユーリアの背後には、彼女が独自に雇っている女性の用心棒、ハルカの姿があった。
「彼女が?桜花とは何かな?」
ハルカは無視して議員の前に出ると、言い放った。
「議長、率直に申し上げます。今ガドールへ向かって、トドロキが進行中。搭載している火器を使い、離れた位置から攻撃し、ついで上空で爆弾を投下するつもりのようです」
評議会がにわかにざわついた。
「君は、トドロキの船橋の制圧に向かったのではなかったのかな?」
「はい。船橋の制圧に失敗。捕まりましたが、逃げてきました。トドロキを占拠していた連中は、とっくに船を放棄し、脱出しています」
「なら、トドロキは無人ということか?どうやってガドールを攻撃する?」
「自動操縦装置で設定されています。暗号がわからない以上、解除はできません」
「待て!無人というなら、今こそ奪還が可能ということではないか!?」
ゴドロウ市長がにわかに騒ぐが、彼女は無視して続ける。
「トドロキの操縦系統や機関室等への扉は破壊され、今乗船しても手に負えません。攻撃は止められない、進行も止められない、方向は変えられない。空飛ぶ火薬庫の状態です」
「ガドールへの攻撃を止めるのは、どうすればいい?」
「……撃墜するしかありません」
「その方法は?」
「……ガドールの零戦や鍾馗では無理です。20mm機銃で撃っても、撃墜するには時間がかかります。それよりガドールが攻撃される方が、先になる可能性が高いです」
「……打つ手なし、ということか?」
彼女は頷いた。
評議会議員たちの表情が引きつった。
自分たちで手に負える限界線を、もめている間に過ぎていた。
この責任をだれが取るのか、すぐにでも責任の擦り付けあいが始まろうとしている。
「ガドールにはありません。しかし、ナガヤにはあります」
「ナガヤに?」
「はい。まもなく到着するはずです。それを使えば、短時間で撃墜が可能です」
「まて!誰が撃墜していいといった!あれを失えば、ポロッカの守りに穴が開く!それを保障してくれるとでもいうのか!?」
「ゴドロウ、いい加減にしてちょうだい」
「ユーリア、頼む!」
両手を合わせて拝むように頼むゴドロウ市長に、ユーリア議員はあくまで険しい表情を向ける。
「ゴドロウ。あの飛行船は、たとえガドールを火の海にしてでも、取り返す価値のあるものなの?」
ゴドロウ市長が黙る。もう、そんなことを言っている場合ではない。
だが、事ここに及んでさえ、2人は折り合えない。
「そんなに不安なら、ナガヤから穴埋めとして、機体を代わりに提供致しましょうか?」
ユーリアたちが振り返った。
「あ、クラマ市長」
「よう嬢ちゃん、間に合ったか?」
評議会に入ってきたのは、飛行服に身を包んだナガヤの市長クラマ氏と、ナガヤ飛行機製作所の工場長、ナオト氏だった。
「嬢ちゃん、例のもの、持ってきたぞ」
「ありがとうございます」
「おい、まだわしは破壊を認めたわけでは!」
「なら、ナガヤに丁度零戦52型30機が融通できる準備があります。数回しか使っていない新古の機体ですが、トドロキの撃墜を認めてくれるなら、割引価格で提供します。……どうですか?」
ゴドロウ市長の視線が揺れる。
頭の中で、損得勘定をしているようだ。
「他都市を爆撃し、この上ガドールを攻撃しようとしている飛行船を仮に取り返せても、そんな飛行船を使うならポロッカの信用は落ちるだけ。それより、飛行隊を増強した方が、余程戦力になると思いますが?」
「そ、それは……」
「それとも、このまま時間切れになって、ポロッカがガドールを攻撃したと、世間に公表された方がいいですか?」
「ポロッカはこの件に関与しておらん!」
「ですが、ポロッカのマークの入った飛行船がガドールを攻撃すれば、世間がどう見るか。それより破壊すれば、それ以上の被害拡大は防げた、と一応のけじめはつけられ、零戦30機の戦力が安く手に入る。……悪い話ではないと思いますよ」
クラマ市長が、ゴドロウ市長に取引を持ち掛ける。
彼のいう通り、今更トドロキを取り戻せたとして、都市を1つ、これからガドールを攻撃したら、それらの事実がある以上、そんな飛行船を使うポロッカは間違いなく信用を失う。
奪われたとして、ポロッカが関与していなくても、ポロッカ所属のマークが入っている以上言い逃れはできない。
ならば、始末をつけるためにも、撃墜した方がまだましというものだ。
まして、その代わりに戦力を安く融通してくれるという話が目の前にあるのだ。
数巡した末に、ゴドロウ市長は言った。
「……わかった。その話を飲もう。トドロキはあきらめるから、52型の件は頼む」
「わかりました」
すると、クラマ市長はハルカの両肩に手を置いた。
「ユーリア議員、彼女をお借りしますよ。それと、コトブキの副隊長さんと隊員さんたち、護衛としてついてきてください。無論、報酬はお支払いします」
クラマ氏は、それまで事態の推移を見守っていたザラ副隊長に声をかける。
少し話し合った末、コトブキの力を借りれることになった。
「何を始めるつもりなの?」
ユーリア議員がクラマ市長に問う。
「ナガヤから持ってきた試作機を使います。それの操縦手に、ハルカ君が必要なんです」
「その機体には、俺と市長、嬢ちゃんが乗る。コトブキには万一の護衛を頼みたい」
「……わかったわ。ハルカ、行きなさい」
「はい!」
彼らは議会の扉を開け放ち、空港へ急ぎむかっていった。
トドロキの中央の最上部にある甲板で、レオナとリリコは寒さに耐えながら座っている。
「来ないわね」
「……ああ」
「何かあったのかしらね?」
「……さあ」
2人の間にはあきらめの空気が漂っていた。
ハルカの乗った桜花を見送ってからというもの、この甲板で待ち続けている。
だが、無線機は持ってない上に、甲板の後方に強行着陸した屠龍の無線は壊れており、トドロキの無線もヒデアキたちが脱出時に壊したのであろう。
1個だけあった落下傘は、ハルカが桜花から脱出する際に使うため持って行った。
結果、彼らが助けを求める方法はなく、こうやってハルカを待つ以外に選択肢がなかった。
「でも、彼女が帰ってくるといったなら、きっとくる。そう信じている」
「なんだかんだ、あの子のこと信用しているのね」
「そうだ。彼女はコトブキの7人目だぞ」
「なら、同じオウニ商会の人間として、少しくらい情報をくれてもいいと思うけど」
「そ、それは……」
ふと、2人の耳に聞きなれた音がとどいた。
空冷星型エンジンの奏でる爆音が、トドロキに迫っている。
2人はトドロキの進行方向を見た。
そこにあったのは、コトブキ飛行隊の隼5機と、その中心にいる巨大な飛行機、見た目は飛龍のようだが、少し飛龍というには違和感があった。
機首から、細長い棒のようなものが伸びている。
飛龍のような機体は、トドロキを通過すると旋回し、数回旋回を繰り返して速度を落とすと、着陸脚を出して甲板に着艦する姿勢を見せた。
そして飛龍のような機体は、屠龍の残骸をよけ、甲板に降り立った。
「レオナさん!リリコさん!」
側面のドアを開け放つと、ハルカが出てきた。
「早く乗ってください!すぐ出発します」
約束通り彼女が来てくれたことに感謝しつつ、2人は機内に入る。
そして、空いている座席に座ってベルトを締めると、以前会ったナガヤのクラマ市長がドアを閉めてロックをかける。
「発艦します」
操縦席に座り、操縦桿を握ったハルカはスロットルレバーを開くと、機体が滑走を始める。
まもなく、速度を増した機体がトドロキを離れた。
「ハルカ!トドロキは!?」
「これから撃墜します。ゴドロウ市長が、ようやく折れましたからね」
機体はトドロキから距離をおくと旋回し、正面から相対するようにすすむ。
ハルカの隣に座るナガヤ飛行機製作所のナオト工場長は、何やら大きな砲弾を手にするとそれを操縦席近くの装填口へ入れる。
「嬢ちゃん、いつでも撃てるぞ」
「はい。いきます」
ハルカは照準器をあわせた後、操縦桿に取り付けられているボタンを押した。
直後、機体が一瞬止まったかと錯覚するほどのすさまじい爆音や衝撃とともに、機首から延びた細長い筒から砲弾が発射され、トドロキの中央構造物の前方、船橋の位置に着弾。
船橋のあたり一帯を、苦も無く吹き飛ばした。
ナオト工場長は次弾を装填。
ハルカは、今度は左舷の格納庫、誘導弾が収納されていた場所めがけて打ち出した。
砲弾が着弾し、格納庫内で炸裂。周辺を破壊し、船内から炎が噴き出した。
「何て威力だ……」
飛行船とはいえ、その巨大な船体を苦も無く破壊する威力に、レオナは唖然としていた。
彼らが乗っているのは、ナガヤが開発途中の試作兵器。
飛龍の機首から、細長い筒、37mm機関砲のような大口径の航空機関砲さえ足元にも及ばない巨砲、75mm砲の砲身が伸びている特殊な外観をしている機体。
敵爆撃機の機銃の防御圏外から、直進性がよく高威力の75mm砲弾を当て、爆撃機を一撃で葬り去ることを目的に、ユーハングが実用化した空飛ぶ対空砲ともいえる機体。
特殊防空戦闘機、キ109。
かつて、ナガヤが富岳に爆撃されそうになったとき、ハルカが相打ち覚悟で撃墜してくれたことがあった。
あの一件以降、ナガヤはイケスカをけん制し抑止力になる爆撃機を保有することではなく、爆撃機を迎えうつ対抗手段の研究を本格化させた。
ハルカをテストパイロットに据え、いくつもの試作機を同時に開発。
その中の1つが、このキ109。
富岳クラスの巨大な爆撃機をも1撃で葬れる75mm砲は、飛行船を苦も無く破壊していく。
ハルカが砲弾を撃つたび、ナオト工場長が砲弾を手動で装填する。
放たれた砲弾は、トドロキの中央構造物の船橋、右舷、左舷の船体とハルカは順に破壊していく。
「残りの砲弾もすくねえ。そろそろ決めるぞ、嬢ちゃん!」
「はい!」
ナオト工場長は砲弾を装填。ハルカは旋回を終えると、左舷の船体と中央構造物の真ん中、連結個所を狙い打った。
船体をつないでいた連結部を撃ち抜き、着弾してまもなく、トドロキは真っ二つに割れ、地面へと高度を下げていく。
地面に落ちたトドロキは、左右の飛行船の船体の骨組みが壊れ、船体がつぶれる。
旋回を終え、最後にハルカは中央構造物へ砲弾を叩き込んだ。
直後、大きな爆発が起こり、機体が揺れる。
高度を上げ、機体を傾けて地上を確認すると、トドロキは見る影もなく、炎に包まれていた。
「ユーリア議員。トドロキを撃墜。もう攻撃の心配はありません」
『了解、お疲れ様。早く帰ってきなさい』
「はい」
ハルカはキ109の機首をガドールへ向け、帰路についた。
「はあ~」
後部席で、レオナは大きく息を吐き出した。
「どうかした?」
「いや、内容の濃い一日だったな、と」
「そうね」
「まあ、こんな一日、もう勘弁願いたいです」
トドロキを発見、砲火をかいくぐり、奪還のために強行着陸、潜入、ガドールとの交渉、トドロキの撃墜など、今日は一日に色んな出来事が起こりすぎた。
ハルカにレオナ、リリコは早く休みたいという気持ちで頭がいっぱいだったのは、仕方のないことだろう。