るように言われる。
指定された場所へとたどり着いた彼女は、今後のことを
聞かれるも答えに困ってしまう。
そんな彼女は、ある話を持ち掛けられる。
目を覚ましてから一週間後、きれいに洗濯された、着慣れた私服に袖を通したハルカは、病院に治療代を払うと、窓口で伝言を受け取り、その足で指定された場所に向かった。
「レオナさんから、飛行場に来いって……。なんだろう?」
道中に要件を想像するが、彼女には思い浮かばなかった。
少なくとも、今回の件でハルカはレオナの部下、コトブキのメンバーを落としているのだからいい想像は浮かばない。
飛行場でお縄にするべく待ち構えているのか?
それとも今回部下を落としたことに対する報復の準備?
お返しに隼に吊るされ恐怖の空中散歩?
彼女の頭の中には、そんな妙な方向の考えしか浮かんでこなかった。
そうこうしている間に、彼女は飛行場についた。
「ここ、だよね?」
彼女は受け取った伝言で指定された飛行場の、目的の格納庫にやってきた。 シャッターが開いている正面に回り込むと、彼女は目を見開いた。
「レイ……」
そこには、彼女の愛機、零戦52型丙が修理された状態で駐機していた。不時着の際ちぎれ飛んだプロペラも、ナカイの紫電改と衝突したときできた胴体の亀裂も、撃ち抜かれた翼の穴も、全て完璧に修理されていた。
彼女は、愛機の主翼を愛おしそうに撫でる。
「どうだ、羽衣丸整備班の腕は?」
彼女は後ろから聞こえた声に振り向く。そこには、どう見ても成人に達していない、少女にしか見えない容姿の、ツナギを着た人物がイナーシャハンドル片手に立っていた。
「あの……、あなたは?」
「初めまして、だな。整備班長のナツオだ。羽衣丸や、コトブキの隼の整備が、私の仕事だ」
「ええ、……そうなん、ですか」
明らかに年下の少女にしか見えない容姿の整備班長に、彼女は戸惑いながらも頷く。すると、ナツオの瞳が細められ、彼女をジトっとみつめる。
「てめえ、今思っただろ?」
突如低めの、若干ドスのきいた声で、笑みを浮かべながらも全身から殺気をにじみ出させているナツオに、彼女は戸惑う。
「こんな小さな女が……、整備班長なんて信じられるか、ってな」
図星だったことやナツオの迫力に押され、彼女は黙り込んだ。それを肯定と受け取ったのか、ナツオの目がさらに鋭くなる。
「みんなそういうんだよ~。そして、そいつらには毎度、こうしているんだ」
「何を、しているんですか?」
ナツオは目をカっと見開き、イナーシャハンドルの先端を突きつけていった。
「私をガキ扱いする奴は、ケツにイナーシャハンドルぶっさしてかき回してやる!」
「ひっ!」
ハルカはとっさに、両手でスカートの上からお尻を押さえた。
「班長、聞きなれない人を脅さないでください」
「そうよ~。彼女、すっかりおびえちゃっているじゃない?」
格納庫の扉を開けて入ってきたのは、コトブキ飛行隊のメンバーだった。
「さっきのは気にしないで。班長なりの冗談みたいなものだから」
コトブキ飛行隊副隊長のザラは、温和な笑みを浮かべながらハルカに安心するように言うが、さきほどのナツオの迫力に押されてか、冗談と信じていないようだ。
「冗談なんですか?」
「他にも、37mmや30mm撃ちこんでやるとか、吹き流しにしてやるとか、色々あるけどな」
「は、はあ……」
こんなことを日常的に言われているのかと、彼女は班長に少しばかり恐怖心を抱く。
レオナがハルカの正面にたつと、彼女は無意識に背筋を伸ばした。
「体はもう大丈夫か?」
「はい、おかげ様で」
「そうか」
「……それで、私をここに呼んだのは?」
レオナは後ろにある零戦を振り返る。
「1つは、君の零戦の修理が完了した」
「まったく、あんなに機体をボロボロにして。胴体の亀裂とか直すの大変だったんだぞ」
ため息を吐きながらナツオは言う。
「コトブキの人間だったら……、間違いなくケツに37mmぶち込むか、船首から吹き流しにしているレベルだ」
「は、はあ……」
冗談に聞こえず、彼女はおびえる。
「それともう1つは、彼らから話があるそうだ」
「
ハルカは首をかしげる。
「私たちよ」
声の方向に振り向くと、大人の女性が3人、並んで歩いてくる。
「あなたたちは?」
3人は彼女の前で立ち止まった。
「初めまして。オウニ商会の社長、ルゥルゥよ」
金色の髪に、真紅のドレスに身を包んだ女性。穏やかそうで、余裕のある雰囲気。
「私たち、コトブキ飛行隊の雇い主だ」
「この方が……」
ハルカはマダムの頭からつま先まで、流すように眺める。そして、ある個所を少し見つめたのち、自分の部位と比較して、思わずため息を吐き出した。
「それで、話というのは……」
「あなた、これからどうするつもり?」
ルゥルゥの直球な質問に彼女は一瞬戸惑うも、次第に表情が曇っていく。
「どうって……」
少し思案したのち、彼女は少しぎこちない笑みを浮かべて言う。
「とりあえず、ラハマを離れて、どこかの町で仕事を探そうと……」
「どんな仕事?」
ルゥルゥは間を開けず彼女に問いかける。
「贅沢はいえませんから、色々……。でもせめて、レイを維持できるだけの収入を得ないと……」
「飛ぶ仕事はやらないの?」
「だって、元空賊じゃ信用されませんし……」
「それだけの腕があるのに、勿体ない話ね」
本来ならレイに乗ってできる仕事がいいが、元空賊は毛嫌いされる。
これまで輸送船やその用心棒、町を襲撃した加害者を信用できるのかと聞かれたら、できない、というのが人間の自然な心情だからだ。
でも、祖父と父が残してくれたレイを維持できるだけの収入は、絶対に必要だ。
「なら、1つ提案があるのだけれど」
「……提案?」
ルゥルゥは微笑みながら言った。
「あなた、私
彼女の言葉に、ハルカは引っ掛かりを覚えた。
「私、たち?」
「正確には、私と隣にいる2人を合わせた、計3人で、あなたを雇って共有する、という感じかしら」
「……3人で1人を雇うんですか?」
「ええ。因みに仕事内容は用心棒。コトブキみたいな感じね。零戦とも飛び続けられるし、悪くない話じゃないかしら?」
ハルカは、ルゥルゥの隣にいる2人を見やった。
「名のってなかったわね」
3人の内の1人、緑色の服装に同じ色の帽子をかぶった、目つきが少々きつい、肌が白めの女性が言った。
「ガドール評議会の評議員、ユーリア。よろしく」
ハルカも名のり、お辞儀で返した。
「ハリマ評議会の評議員、ホナミ。よろしくね、ハルカさん」
ホナミ議員は温和な笑みで言った。
「……なぜ政治家の方々が?都市に護衛隊があるはずでは?」
大なり小なり、政治家には護衛の戦闘機隊がいることが多い。ガドールのような大きな都市や、ハリマのように潤っている都市ならあるのが普通だ。
「私は対談で他都市にいくことが多いの。あと、私は発言のせいか、いまだに反乱分子みたいに思われていて、恨みには事欠かない。だから、あなたみたいな強い用心棒が必要なの」
ガドールの高飛車女、急進派、積極的融和派等、ユーリア議員を語るレッテルは多いが、いずれにしても発言が過激で、敵を作りやすいという噂である。
本人曰く、その方が楽しいから、らしい。
いずれにせよ、明確な力関係がある縦のつながりを目指す、旧自由博愛連合派と、横のつながりを目指すユーリア派。
イジツを二分する派閥の一派なのだから、恨みを買う機会や暗殺されそうな理由はいくらでもありそうなものだ。
「私も、あなたの手を貸してほしいの。自警団や護衛隊だけだと、手が回らないことが多くて」
イジツ屈指の食糧生産都市として栄えている緑の大地、ハリマのホナミ評議員。金属よりも場合によっては食料の方が高値で取引されることさえあるイジツでは、ハリマの生産する農畜産物は宝の山になる。
当然それを狙う空賊も多い。
「……議員の方々はわかりました。でも、なぜマダムまで?コトブキがいるじゃありませんか?」
イケスカ動乱で、その名を広く馳せた凄腕の用心棒が、オウニ商会のルゥルゥにはもういる。
「今回、そのコトブキの半数を撃墜したのはだれかしら?」
マダムが微笑む一方、チカとエンマからはジトっと見つめられる。
「それにね。私はあなたに
「請求?」
すると、マダムは持っていた紙をハルカの眼前で広げた。
「あなたが壊した羽衣丸やコトブキの隼、自警団の九七式に雷電の修理費用、それにラハマや輸送船祥雲丸への賠償金等々。総額にして、これだけ」
マダムが提示した請求書に記載された金額を見て、ハルカの顔が瞬く間に蒼白に染まった。
「あの、その、今の私に、一括でこんなお金払うなんて……」
その金額が正規のものかは分からない。マダムが少し、いやかなり盛った金額かもしれない。
「大丈夫よ。私のもとで働いてくれたときの報酬から、少しずつ分割で返してくれればいいわ」
マダムが提示した金額は、ハルカが見たこともないような桁の金額だった。飛行船を損傷させたり、墜落させたりした賠償金なのだから、安い額ではないのは当然ともいえるが。
「まさか、踏み倒そうなんて考えてないわよね?」
顔は笑っているが、目が笑っていないほの暗い笑みに、彼女は背筋を震わせた。
「何はともあれ、そういうわけだから、3人であなたを雇うわ」
「……1つ教えてください」
「何かしら?」
「あなたたちは、自分たちに銃口を向けた相手を、信用できるんですか?」
理由はどうあれ、彼女はラハマを襲撃し、羽衣丸を攻撃し、コトブキや自警団員たちを撃墜。ロケットを撃ちこんだ傍には、偶然にせよ議員たちがいた。
自分達を撃った人間をどうして雇えるのか。彼女は不思議に思う。
「信用できるかできないかで言えば、そうね」
ユーリア議員が口を開いた。
「わからないわ」
「……へ?」
ハルカは呆気にとられる。
「……信用できるかできないか。わからない人間を雇うんですか?」
「とりあえず、今はいいんじゃないかしら?」
彼女はよくわからず首をかしげる。
「私たちは、あなたの戦闘能力を買いたい。あなたは今後のために信用を得たい。これはお互いにとって、利害の一致っていうわけ」
一度でも空賊行為に加担した以上、次に何をするのであれ信用を得ることが難しくなってしまう。
失った信用を回復させることは容易ではなく、次の仕事につくことを難しくさせてしまう。
だが、ここで議員や有名な商会の用心棒をやったらどうだろうか。真面目に遂行していけば、少なくとも悪い印象を与えることはない。
時間はかかるだろうが、結果を出していけば信用は獲得できる。これは、その大きな機会だ。
「あなたを信用できるかは、これからのあなたの行動次第ね」
「……あなたたちを撃った人間でも、ですか?」
「使えるものは、何でも使うのが政治家という生き物なの」
「元空賊でも、ですか?」
「口で言い合うよりも、行動で示すほうがハッキリするでしょう?ガドールには、キレイな言葉を並びたてても、やっていることがアッパラパーなクソ野郎どもが議会にいることだしね」
彼女は一歩前に出た。
「でも、私は好きも嫌いも飲み込んで、一緒に生存努力をしようっていうのが方針なの。共倒れなんていやだもの」
彼女は右手を差し出した。
「あなたは確かに許されないことをした元空賊。でも共倒れしなくて済むなら、嫌いな相手でも手をとるわ。あなたは信用を得て、機体を維持できる収入が欲しい。私たちは、強い用心棒が欲しい。なら私たちが、今ここで、そのチャンスをあげる。活かすも殺すも、あなた次第よ」
彼女は数巡したのち、ユーリア議員の右手をとった。
「……わかりました。やらせてください」
それを聞くと、彼女は口端を上げながらいった。
「いい返事ね」
「……ユーリア」
すると、ユーリア議員の隣にいるホナミ議員が言う。
「言っておくけど、あなたが独り占めするのは無しよ」
「そうね。私は第二羽衣丸の費用も含めて請求したいのだから、適度に貸して頂戴ね」
「……わかったわよ」
ハルカは、3人の新たな雇い主にむかって頭を下げた。
「よろしく、お願いします」
ルゥルゥにユーリア、ホナミの3人は笑みをうかべ彼女を見つめる。
「それじゃあ、まずはガドールに向かいましょうか。2時間後に発つから、それまでに準備をしてらっしゃい」
ユーリア議員は自身が乗ってきた飛行船に向かって、護衛隊の制服を着た男性2人を引き連れて向かっていった。
その背中が離れるのを見ると、ハルカはコトブキのメンバーに向きなおった。
「今回の件、本当に申し訳ありませんでした」
そういって頭を下げた。
「頭を上げてくれ」
レオナの言葉に従い、彼女はゆっくりと顔を上げた。
「君がラハマを襲撃したのは確かだ」
彼女は表情を曇らせる。
「だが、たとえ結果的であれ何であれ、君はこの町を守ってくれた」
彼女はハルカへ手を差し出す。
「なら、これで手打ちだ」
彼女はレオナの手をとり、握り返した。
「……それに」
ふと、彼女が笑みを浮かべる。
「もし足りないようなら、これからマダムが君を呼んだ時、働いて返してもらうことにする」
「は、はい……」
ハルカは苦笑する。
マダムの請求の返済にいつまでかかるかはわからないが、彼女は再び、歩き出す機会を得ることができた。
「……ハルカ、あのさ」
ふと振り返れば、いつのまにかキリエがそばにいた。
「キリエさん……」
2人の間に、気まずい空気が流れる。
「……ごめんなさい。あなたをだまして」
「そのことなんだけど……」
彼女はキリエの言葉を待つ。
「パンケーキが好きっていうのも、ウソなの?」
その場にいた誰もが呆気にとられる。
「……いや、それはウソじゃないですよ」
「そっか。よかった~」
キリエはほっと胸をなでおろすが、レオナやザラたちはあきれ顔。
「……キリエ、それは大事なことなのか?」
「だ、大事だよ!だって、私のパンケーキ好きを理解してくれる子が現れたんだもん!大事だよ!」
周囲はあきれるも、キリエにとっては優先順位が高いことのようだ。彼女はハルカの手をとって向き合う。
「今度羽衣丸に来たら、私の大好きな、リリコさんのパンケーキを一緒に食べよ!」
満面の笑みを浮かべるキリエにハルカも微笑む。
「楽しみにしているね」
「うん。だからさ……」
ふとキリエの表情がかげる。
「……絶対に、落とされないでね」
飛行機乗りはあまり知り合いを多く作りたがらない。彼らは積み荷を守るために戦う用心棒。明日の無事も確かでない身の上。
だからこそ、約束や夢、色んなものを胸に抱いて、その日その日を大事にして生きていく。
「ハルカの心配より~、キリエは自分の心配した方がいいんじゃない?」
「な!このバカチ!いい雰囲気だったのに!」
「だって~、最近キリエ撃墜されたばっかじゃ~ん」
そのキリエを最近落としたのが、まさに今手を握っている目の前の彼女なのだが。
「まあバカチは放っておいて……。また、会えるよね?」
「勿論だよ」
ハルカはキリエの手を握り返す。
彼女の雇い主の中に、マダムも含まれている。頻度はどうであれ、呼ばれて彼女と仕事をすることもこれからあるだろう。そう寂しがる必要はない。
撃墜されない限りは。
「キリエさんも、落とされないで下さいね」
年の近い人物とかわした初めての約束に、彼女は胸が温かくなるのを感じる。
そして2時間後、ハルカは愛機に乗り、見送るキリエたちに手を振りながら、ユーリアの飛行船を追いかけ、彼方の空へと向かって、飛び立っていった。
「ところでホナミ、1つ聞いてもいいかしら?」
飛行船の一室で、ユーリアとホナミ議員はハリマ産の紅茶の香りを楽しみながら話を始める。
「なに?」
「今回の、あの子を3人で雇う件だけど、あなたが加わるとは意外だったわ」
「そんなに意外かしら?」
ホナミ議員は紅茶を楽しみながら、わずかにまぶたをあげ、ユーリアを見つめる。
その瞳の奥に、鋭い眼光が見え隠れしている。彼女も政治家。何かしらの損得勘定をしたのだろう。
賠償金の請求のため等を理由に、ハルカをルゥルゥ、ユーリア、ホナミの3人で雇って共有しよう、と最終的にはなったが、もとを正せば彼女を雇いたいと最初に言ったのはホナミだった。
そこに強い用心棒が欲しいとユーリアが加わり、賠償金の請求のためルゥルゥが加わり、最終的にこの形が落としどころとなった。
だがこれは、あくまで表向きの理由だった。
「私だけか、私とルゥルゥだけで彼女を雇えば済む話よ。だって……」
ユーリアは今回の件の真意を、口にした。
「この件は、彼女を今後、
今回のラハマ上空で繰り広げられた空戦。それによりラハマ自警団は戦力の半数近くを落とされ、守り神の雷電もやられ、挙句あのコトブキ飛行隊も半数がやられるという大損害を受けた。
また技量は定かではないが、ウミワシ通商の紫電改を含む10機以上の敵を単機で撃墜したのを、彼らは目の当たりにしている。
それ以前にも、彼女はナカイの命令で輸送船を何十隻も襲っては用心棒を叩き落し、積み荷を奪う手伝いをしている。
彼女が再び空賊の手に落ちたら、大きな脅威に他ならない。
マフィアの手に渡れば、対立する組織間の力関係を変えてしまう可能性さえある。
もし自由博愛連合の残党の一員になれば、考えるまでもない。
だからあの紫電改に乗ったウミワシ通商社長のナカイは、用済みになった彼女を消そうとしたのだろう。
そんな彼女を放置するのは危険だと、今後敵にしないために、ハルカに首輪をつける意味で、ルゥルゥたちは彼女を用心棒として雇おうと考えたのだった。
もっともユーリアの場合は、空賊離脱者支援法を推し進める上で、足を洗った彼女を用心棒として使い、活躍してくれれば世論の後押しが受けられる。そういう考えもあってのことだ。
なので、ユーリアとルゥルゥで彼女を共有すれば済む話。そこにハリマのホナミが加わる理由は一見無いように見える。
「私は強い用心棒が欲しい、ルゥルゥは修理費用を請求したい。じゃあ、あなたは?」
ホナミは紅茶のカップをテーブルに置くと、静かに話し始めた。
「……私の姉の、忘れ形見なの。あの子」
ユーリアは目を見開いた。思えば、ハルカが取り調べを受けていたときや、処罰をどうするか話していたとき、ホナミは毎度表情を曇らせていた。
「私の年の離れた姉、名前はアスカっていうんだけど、結婚を期に夫の住む町へ移り、ハリマを離れた。後日、子供が生まれたという手紙が届いたんだけど、その子供の1人が、ハルカって名前なの」
「名前が同じだけって可能性は?」
「それも考えた。でも、あの子の容姿を見て、それはないって思った。幼い頃の姉そっくり。髪の毛を伸ばせば、姉そのものってくらい似ている別人が、そうそういるかしら?」
「まあ、そうね……」
「それに、私あの子に以前あったことがあるの。あの子が覚えているかはわからないけど」
ホナミは窓から広がる荒野を見渡し、頭の奥底にしまっていた記憶を呼び起こす。
『ホナミ、久しぶり』
『アスカ姉さんこそ、久しぶり』
『みてみて、この子が私の2人目の娘よ』
姉は後ろに隠れていた女の子を前に出した。少しおびえているのか、何度も視線を合わし、そらしてを繰り返している。
姉の血を色濃く受け継いだのだろう。長い黒髪や顔つきに目元が、姉そっくりだった。
『はじめまして、私はホナミ。あなたのお母さんの妹よ』
『はじめ、まして。ハルカ、と、もうします』
その少女は、頭を下げてお辞儀をした。
「今回、あの子の口から、姉が亡くなったと聞かされたのは、流石にショックだったわね……」
時折手紙のやり取りをしていたものの、いつか返事が来なくなり不審に思ってはいた。
そして、まさに最悪の想定が、的中してしまった。
「あの子のこと、憎んでいるの?」
「まさか……。ハルカは、方法はどうであれ、姉や家族のために動いた。それを非難することはできないわ」
ホナミは椅子に戻り、紅茶を飲み切る。
「あの子の中には、私の知らない姉の記憶が生きている。それに、姉はあの子のことをよく手紙に書いていた」
彼女は思い出す。時折写真を交え、可愛がる様子がよくわかる姉の手紙を。
「今となっては、彼女は姉が残してくれた、ただ1つの遺産。なら私は、彼女の成長を見届けたいの」
それが、彼女が亡くなった姉にできる、ただ1つのことだった。
「いいの?彼女は用心棒。ある日突然死ぬかもしれないわよ?」
「誰もがいずれかは死ぬ。でも、それまでの間でも、時々でもいいから、そばにいてほしい」
「それが、今回の話にあなたが加わった理由?」
彼女は頷いた。
「今の話は彼女には内緒にしておいて。時が来たら、私から説明する」
数回顔を合わせた際に、ハルカはホナミに気付く素振りもなかった。幼い頃の記憶だから、はっきり覚えていないのかもしれない。
あるいは、荒れ狂う空を無我夢中でかける中で塗りつぶされてしまったのか。
いずれにしても、彼女は家族を亡くしたことを知ったばかり。今の状態で話しても、彼女を混乱させるだけだ。
「……わかったわ。余計なことをべらべら言うおしゃべりと思われたくないもの」
「ありがとう」
戦闘機乗りの家族などやってられない。パイロットは、最後は孤独だ。突然どこかにいってしまうし、ある日知らない場所で死ぬこともある。
イケスカ動乱以降、空賊は増えるばかり。彼女のように、ある日突然大事なものを奪われるものも少なくない。
だからこそ、一緒にいることができる時間を、大事にしたい。
―――姉さん、私はもう、あなたには何もできない。
―――でも、あなたの残してくれたものを、今度は私が守っていく。
―――だから、見守っていて。
―――あの子が空を飛ぶとき、その上の、はるか彼方の世界から。
ホナミは蒼い空を見上げながら一人、心の中でそう願った。
かつて世界の中心といわれ、栄華を誇った大都市、イケスカ。そこから少し離れたある山の中を通る洞窟の中、丸眼鏡をかけた男性は手にした新聞に視線を落とす。
「作戦は失敗、ウミワシ通商は壊滅ですか」
丸眼鏡をかけたいけ好かない男は、手に握る新聞を忌々し気に見つめる。
「空賊を使った自由博愛連合の依頼によるラハマとコトブキ飛行隊への復讐のはずが、たった1人の少女によって全滅させられるとは……。やはり、部下を上手く使えない上司ではだめということでしょうかね。ナカイさん」
男性は新聞を机に投げ、端に置いた書類を手に取る。
「折角飛燕や紫電改等をイケスカから融通してあげたというのに、たった1機の零戦にやられるとは……、狂犬に首輪をつけておかないからですね」
男性の見つめる書類には、翼が蒼く塗られた零戦と、その操縦者が写った写真が添付されている。
「……すべては、あの悪魔のせいで。折角の復讐の機会がご破算です」
男性は椅子の背もたれに体重を乗せる。
「こやつ、放っておけば今回のようにまた邪魔を。コトブキと同程度の脅威にはなるかもしれません。さすが、あの方が注意しろ、といっただけはある」
男性は今回の命令を下した、あの方、のことを思い出す。
「まあ、それならそれで、いずれ始末すればいい。ウミワシ通商以外にも、手駒はいくらでもありますからね」
男性は部屋で1人、いけ好かない、不気味な笑みを浮かべる。
「イサオ様が行方不明になって以来、その地位に就くのにふさわしいのは私しかいない。そう考えておりましたが、新たな後継者であるあの方が現れた今、自由博愛連合は再び立つとき。そのために、邪魔者は消します。首を洗って待っていてくださいね、皆さん」
男性は部屋で1人、ムフッと、笑った。
ここまで読んでくださった方々、ありがとうございました。
初めてコトブキ飛行隊をネタにし、空戦を文章で書いたりしまし
たので、読みづらい所が多々あったと思いますが、ここまで付き
合って下さった方々、ありがとうございました。
最終話となっていますが、とりあえず一区切りとなります。
しばらく間はあきますし不定期更新になりますが、続く予定です。