その中身を見て驚いた孤児院の関係者たちは、管理者の
1人であるコトブキ飛行隊のレオナに相談を持ち掛ける。
「略奪するウミワシ」の後日談になります。
どこまでも広がる土色の荒野。その中に点在するオアシスのような存在である町。
その町の一角で、子供たちのはしゃぐ声が、敷地の至る所から響く。ボールを投げ合ったり、追いかけっこしたり、何気ないいつもの日常風景がそこにはあった。
ここは、ラハマの外れにある孤児院。ホームと呼ばれる場所。親が死んだり、経済的理由から捨てられたりした子供たちの行きつく場所。
心に傷を負ったり、悲しみに暮れる子供たちも多いが、皆楽しそうに過ごしている。
建物は所々古くなり、御世辞でも環境はいいとは言えない。それでも、みんな不満をいうことなく、日々を過ごしている。
「院長先生、おはようございます!」
「おはようございます」
「あら、おはよう、2人とも」
院長先生は、2人の訪問者へにこやかに挨拶をする。
目の前にいるのは、少し前まで孤児院にいた子供たち。中では年長だった2人。
きれいな長い黒髪に、子供にしては凛々しい表情を浮かべるエリカと、短い金色の髪を揺らす年相応の明るい笑顔を浮かべるユーカ。
「朝から元気がいいわね」
「だってだって!今日はレオナさんが来るんだよ!」
「ユーカ、気持ちはわかるけど時間はあるんだから落ち着きなさい」
「は~い」
どこまでも真っすぐで、底抜けに明るく、先へ先へ進むユーカと、それをたしなめるエリカ。そんな2人を、院長先生は微笑ましい視線で見つめる。
そして、ラハマの空を見つめながら、ユーカが言った人物の名を思い起こす。
レオナ。
この町、ラハマを拠点に活動する運び屋、オウニ商会の用心棒、コトブキ飛行隊という凄腕の飛行機乗りを束ねる隊長。彼女も、この孤児院の出身だった。
用心棒稼業を始めてからは、時折旅先で買ったお土産を抱えて孤児院へ顔を見せにやってきてくれるし、運営のために稼いだお金を寄付してくれている。
以前あった地上げ屋の件以降は、この土地と孤児院の管理者になってくれている。
強くて、かっこいい自慢の子。そんなレオナに、憧れる子供たちは多い。
目の前のエリカとユーカは、レオナにあこがれてメンバーを集め、ハルカゼという飛行隊を結成。
近隣のカイチという町のガデン商会のもとで働いている。
たくましく成長した子供たちを見て、院長先生は嬉しくも、どこか寂しい気持ちにかられる。
「院長先生」
ふと、孤児院の女性職員が足早に歩いてくる。
「おはよう、どうかした?」
女性職員の顔には、不安や戸惑いが滲んでいる。そしてその手には、白く分厚い封筒が握られている。
「その、先ほど郵便受けを確認しましたら、これが……」
女性職員の差し出した封筒を受け取る。宛名も差出人も記載がない。院長先生は封を開け、中身を確認する。
「な!」
想像だにしなかったその中身に、その場にいた全員が言葉を失った。
「今朝この孤児院に、不審な郵便物が届けられた、と?」
「宛名も差出人も記載がないから、正確には郵便じゃなくて誰かが直接届けにきたんじゃないかしら?」
その後、時間になってやってきたコトブキ飛行隊のレオナとザラに、院長先生は今朝の出来事を告げた。
「ええ、それでどうしたものか、こまっていて……」
自警団に相談していないので、少なくとも不審ではあっても危険ではないのだろう。そうレオナは察する。
「それで、中身はなんだったのですか?」
院長先生はテーブルの上に、件の封筒を置く。
「……開けてみて」
「拝見します」
レオナは封筒を手に取る。何の変哲もない、白色の封筒。表も裏も、差出人の名も宛名も何も書かれていない。
外見を確認し、そして肝心の中身を確認するため、封筒の口をあけた。
そこから見えるのは、紙の束。中身をつかみ、引っ張り出した。
「……え!」
レオナは思わず声を上げ、ザラは口を開けて固まった。
封筒の中から出てきたのは、100ポンド紙幣の札束。しかも分厚い。軽く見ても、3万ポンド分はあるのではないかという厚さだ。
「……大金だ」
「……凄いお金ね」
チカがいれば、アノマロカリスのぬいぐるみ、マロちゃんが何匹買えるか。キリエがいれば、パンケーキ何枚分か計算を始めることだろう。
「凄いですよね!誰でしょう孤児院にこんな大金をくれた心ある人は!」
ユーカは目を輝かせている。一方、レオナとザラは怪訝な顔つきになる。
「ユーカ。残念だが、そんないいことじゃないかもしれない」
「ええ~。なんでですか~?せっかくのお金ですし、孤児院のために使えばいいんじゃないですか?」
「それが最近、悪質な連中がいてな……」
レオナはある噂を耳にしていた。
最近、お金に困窮している組織や個人にお金を、善意を装って貸付け、その後高い利息をつけて返せ、という商売だ。
「ユーカの言う通り、善意でくれた可能性もある。だが、もし悪質な連中であれば、このお金を使うのは危険だ」
「え~」
ユーカは残念そうに項垂れる。彼女のころころ変わる表情に、院長先生やレオナ、皆が苦笑する。
「それで、私に相談を?」
「ええ。使っていいものかどうか、考えあぐねていて……」
孤児院は今、オウニ商会が土地を買い上げ、管理しているとはいえ、決して裕福とはいいがたい。今でもレオナはお金を寄付している。
これだけの大金があれば、色んなことができる。建物の部分的な改築、子供たちの食事の充実等々。
だが後のことを考えると、安易に使うことはためらわれた。
「でも、すくなくとも差出人はわかるみたいね」
レオナはザラの方をむく。彼女は、一辺4cmほどの、小さな正方形の紙切れを見ていた。
「封筒の中に入っていたの」
札束に気をとられ、誰も気づいていなかったようだ。
レオナはザラから紙を受け取り、目を通す。背後から、ユーカとエリカは内容を覗き込む。
『これまでお支払いされたみかじめ料をお返しします。
申し訳ありませんでした
ウミワシ通商』
「これだけ?」
「……だけみたいね」
ユーカとエリカは内容の単純さに拍子抜けする一方、レオナとザラは顔を見合わせる。
「エリカ、みかじめ料ってなに?」
ユーカは意味が分からないのか、エリカに聞く。
「え、みかじめ料……。その……、ごめんなさい」
わからないようで彼女は口ごもった。
「簡単に言うと、住民が自分達を守ってもらうために支払う、用心棒代みたいなものだ」
「そうなんですか。流石レオナさん、詳しいんですね」
ユーカは嬉しそうに言うが、レオナは目の前の院長先生に視線を向ける。
彼女はばつが悪そうに俯き、視線をそらしていた。
「院長先生……、どういうことですか?」
彼女は何か言いにくそうに口を開けては閉じるを繰り返す。
「みかじめ料を支払っていたんですか?ウミワシ通商に」
「レオナさん、これはその、院長先生は孤児院のために仕方なく……」
院長先生は、女性職員の話を手で遮った。
「いいの。全部話すわ」
院長先生は観念したように、話し始めた。
なんでも3年ほど前、このあたり一帯の用心棒を買ってでるといった集団がいた。
その集団の名は、ウミワシ通商。
彼らは、30機にも及ぶ戦力をもって、ラハマを守るといった。
だがその代わり、毎月決まった額のお金、みかじめ料を払うことを求めてきた。
当時、オウニ商会のコトブキ飛行隊はまだ6人揃う前で、航路を広げるためにラハマを留守にすることが多かった。
自警団はいたものの、威張り散らすだけの町のお荷物などと言われ、訓練もろくに行われていない状態。
当時町長は、今と違って事なかれ主義。
そんな中空賊から町を守ってくれるという申し出は、ラハマの住民にとってありがたい申し出だった。そして何人もの住民たちがお金を払った。
そしてこういうものはみんなで協力するものだと、孤児院も出資を迫られ、払わざるをえなかった。
「実際、空賊は来たんですか?」
「ええ。そして彼らは、実際に追い払った」
「でも、エリート興業が来たときは来なかったわよね?」
「あのときは皆みかじめ料の支払いに疲れ、解約していたんです。空賊が来たのも、2~3回だけでしたし……」
すると院長先生は、頭を下げた。
「ごめんなさい。あなたが働いて寄付してくれたお金を、支払いにあててしまって……」
その様子を見て、レオナはため息を吐き出した。
「……頭を上げてください」
院長先生は、ゆっくり頭を上げる。
「そのことに怒ってはいません。ラハマを留守にすることが当時は多かった私にも責任はあります。そのことで、院長先生に文句をいうことはできません」
「……レオナ」
怒ると予想していたのであろう院長先生はレオナを見つめる。
「でも、今は私も管理者の1人です。今後は何かあれば、必ず一言相談してください」
「約束するわ」
とりあえず、その場が収まったことに周囲は安堵する。
「ただ、差出人がわかったなら、一言お礼を言いたいわね」
「どうしてですか?」
エリカが、頭に疑問符を浮かべる。
「だって、みかじめ料を返すなんて、普通はあり得ないことよ」
みかじめ料は、毎月決まった額をおさめる必要がある。空賊の襲撃があっても、なくてもだ。
その費用は用心棒たる飛行隊の維持費や装備の更新に当てられ、手元に残らない。
「そして、安心して使うためにも、ね」
「ならこの、ウミワシ、通商ってところに行ってみれば、誰かわかるかもしれませんね」
「それはやめた方がいいな」
ユーカの提案を、レオナは遮った。
「なんで、ですか?」
「みかじめ料をとるような集団は、ろくでもない場合が多い。無理に探りを入れて藪をつつくと、何が飛び出してくるかわからない」
「要するに、あぶないということですか?」
「そういうことね~」
話はそこで行き詰った。差出人がわかれば使って問題ないお金かわかると思ったが、その組織はろくでもないことをレオナとザラは知っていた。
「なら、孤児院の郵便受けにだれがこれを入れていったのか、聞き込みでもしてみましょうか?」
ユーカは手を上げ、元気よく言った。
「え、でも、大事な休日に……」
「いいんですよ。大事なホームのためですし」
「……私の方でも動いてみます。マダムは知り合いが多いですから、つながりを使えば何かわかるかもしれません」
「そう……。悪いけど、お願いできるかしら?」
「は~い!では早速行動開始!」
ユーカはエリカの手をとってどこかへ走って行く。それをレオナたちは追いかけていった。
「ああいったが、聞き込みって住民全員に聞くのか?ユーカ」
「まさか、さすがに全員には聞けませんよ」
レオナは、ユーカに先ほど院長先生の前で言った提案を聞いてみる。
「でも、こういった噂にとても強い人がホームの近所にいまして。その人に聞いてみれば、何かわかるかもしれません!」
自信満々に進んでいくユーカ。その背後を、ため息を吐きながらついていくエリカ。止めないあたり、こうなった彼女は止められないと悟っているのだろう。
先を歩く2人の後ろで、ザラはレオナに耳打ちする。
「ねえ、あのみかじめ料、ウミワシ通商だって……」
「ああ。あんな連中がみかじめ料をわざわざ返すなんて……」
「……考えにくいわね」
ウミワシ通商。
何隻もの輸送船を襲って積み荷を奪い、奪った積み荷を売ることで荒稼ぎしていた空賊。そして先日、このラハマを襲い、羽衣丸を破壊しようとした。
そんな略奪者であり襲撃もやる集団がみかじめ料を返すなど、考えにくい。
「それに、ウミワシ通商はもう崩壊を迎えた組織のはずだ」
それなら金など残っていない可能性が高い。
「でも、わざわざそう名乗っていたってことは……」
「関係者であった可能性はあるが……」
いずれにしても、崩壊した組織を調べることはできない。それとも、しぶとく亡霊のように生き残っているとでもいうのか。
院長先生の手前、レオナはああいったが、実際はユーカのように地味な聞き込みでしかわからないだろうとわかっている。
ユーカは一軒の家の前で足を止めた。
「お~い、ベル~」
ユーカの元気いっぱいの呼び声に応え、中から桃色の髪の毛を束ねた、少しユーカたちより年上の女性が出てきた。
「あら、ユーカにエリカ。何か用?って、レオナさんに、ザラさんまで!」
女性はレオナたちの前に足早にやってくると、丁寧にお辞儀をした。
「こんにちは、レオナさん、ザラさん」
出てきたのは、ユーカやエリカと同じハルカゼ飛行隊の一員、名をベルという。
「こんにちは。ごめんなさいね、突然」
「いえ、尊敬する偉大な先輩たちなら、いつでも歓迎です」
ベルはザラに似た温和な笑みを浮かべる。
「それで、ユーカ。彼女が噂に詳しい人、なのか?」
「ベルは、ご近所さんやいろんな噂話を聞くのが大好きで、情報通なんですよ!」
笑顔で仲間を紹介するユーカだが、ベルは恥ずかしそうに否定する。
「情報通なんて、そんな。ただ近所の人々とお話をよくするってだけです」
「でも、ベルは私たちより大人って感じの話題、私たちが聞くことのない色んなことを知っているんですよ。近所の人々の人間関係とか色恋沙汰とか他にも色々。どんなことも地獄耳のように」
「……ユーカ」
突如放たれた、少々ドスの効いた冷たい声に、その場が凍り付く。
「……悪気がなければ、何をいってもいいわけではないのよ」
穏やかな声で、目が笑っていない満面の笑みを浮かべながら放たれた言葉の迫力にユーカは、
「はい!ごめんなさい!」
と即座に頭を下げた。
「ラハマの孤児院に不審な人物が来なかったか、ですか?」
ザラが事のあらましを話した。
今朝、ラハマの孤児院に大金の入った封筒が送られてきたこと。差出人をはっきりさせ使って問題ないお金か知りたいので、目撃者がいないかどうか。
「そうですね~。でも、みかじめ料が返ってきたって話は何件か聞きましたよ?」
「そうなの?いつ頃から?」
「たしか、つい2日くらい前からだと思います」
2日前。ウミワシ通商はとっくに崩壊している。
「このあたりで払っていた人々は、みんな返って来たって喜んでいましたよ。数回の対処のために大金を払わされて、返金を求めようにも根城がわからないし、敵は武器をもっているから、結局泣き寝入りしかないって皆思っていたそうで」
「どこから返ってきたかって、言ってなかった?」
ベルは上をむき、何かを思い出そうとする仕草をする。
「確か、ハゲタカ……。あれ、ハゲワシ?ウミドリ?」
「ウミワシ通商?」
「ああ、それです!」
孤児院の院長先生が言っていた、みかじめ料を付近一帯が払っていた、という話は本当だったらしい。
「そういえば、早朝にポストに何かを入れていった人を見たって話がありますよ?」
「どんな人だった?」
「すぐ走り去ったそうなので一瞬だけだったらしいですが、女性だったみたいです。白いスカートが翻るのを見たって聞きましたから」
「……白いスカート」
全員の視線が、1人の人物に集まった。
「え?わ、私じゃないですよ!?」
ユーカは両手を振って否定する。彼女の服装は、上は茶色の防寒ジャケット、下は白に近い色のスカートだ。今わかっている情報には最も近い。
「ユーカ……、いつの間に、あんなお金持ちに?」
「ちょっと待ってエリカ!私たちまだそんなに仕事なくて、ひもじい生活しているってわかっているよね!?」
言っていてユーカは若干悲しくなる。ハルカゼ飛行隊は、ラハマから少し離れたカイチを拠点に活動するガデン商会所属の、ユーカがコトブキ飛行隊のレオナに憧れて作った飛行隊である。
だがまだ新米故に知名度がなく、仕事も少ない。
アロワナモドキの展示会の入場料、1人5ポンドを支出するのにも戸惑う有様。あんな札束が出せるだけの収入など、夢のまた夢の状態。
「それも、そうね」
「よかった。もし大金を隊長1人で独占しているっていうなら、締め上げて絞り出させないといけない所だったわ~」
ベルが両手の指の関節をぽきぽき鳴らす。
ベルの仕草に、ユーカは小さな悲鳴を漏らす。空賊曰く、怪力メスゴリラのベルに力では太刀打ちできない。
「あ、でも髪の毛が黒くて肩の下あたりまであったとも聞きましたよ?」
「それ先にいってよ!」
3人のやり取りを見ていて、レオナとザラは微笑ましい視線を向ける。
まだ年下ということもあってか、やり取りがコトブキのキリエやチカに比べて可愛い。あの2人は最悪拳が飛び交い取っ組み合いの乱闘の末、周囲に被害を与えることがある。
どこまでが本気で冗談なのかわからないが、孤児院の後輩は楽しくやっているようで何よりだ。
「レオナ~!」
ふと自分を呼ぶ声に彼女は振り返る。
「ミユリ?どうした?」
孤児院にいる子供の1人、ミユリが慌てて走ってくるのが見える。
「孤児院に、変な人が!急いで帰ってきて!」
レオナは表情を引き締め、急いで孤児院へと走った。