目撃された女性の見た目の情報、封筒内の手紙。
これらの情報から、レオナは遂に差出人が誰かを
突き止める。
そして彼女は差出人に、なぜこのようなことをしたのか、
その真意を問いただす。
「それで、話って何ですか?」
格納庫の一角に置かれたテーブルに、レオナたち6人がそれぞれ腰かける。
レオナの左側にザラとマダム、右側にユーカにエリカ、ベルが並び、レオナの正面にハルカが座っているので、はたから見れば問い詰められているようにも見える。
「実は……」
レオナは、孤児院の院長先生から預かってきた封筒をテーブルに置いた。
「最近ラハマで、大金の入った封筒が送られてくる、という不思議な出来事がおこっていてな」
「へえ……」
レオナは、目の前の彼女を見つめながら淡々と続ける。
「だが、果たして本当に使っていいお金かどうか、皆悩んでいて、な……」
「使えばいいんじゃないですか?」
彼女は即答した。
「でも~、もし空賊や危険な組織から送られたものだったらどうするの?強引にかしつけてその後高い利息で返済迫られる可能性もあるのよ?それを考えたら、おいそれと使えないじゃない?」
ザラがその危険性を問う。
「孤児院に貸し付けても回収できないことぐらい、空賊にだってわかります。そういうのは、商売をやっている人が対象になるもの。そういう可能性はないでしょう」
言い切る彼女の言動に、レオナやザラは違和感を覚えた。
「大体、ラハマのこのあたり一帯に貸し付けられるほど資金が潤沢な空賊やマフィアなんて、そういますかね?」
「なら、誰がこういうことを?」
「……お金が余っている人じゃありませんか?富豪かもしれませんね。徴収したお金を返す行為なんて、略奪をしないとやっていけない空賊じゃできませんから」
レオナは目を細め、ザラは表情を引き締めた。
「なので、使っても問題ないのではないか、と……」
「……そういうことか」
何か納得した様子のレオナに、ザラは頷く。そして彼女はレオナの隣からハルカの隣へと移動した。
「何が、ですか?」
「この大金を送った人物がわかった」
「えええ!流石レオナさん!もうわかったんですか!」
「ちょっとユーカ」
興奮で立ち上がったユーカを、エリカは首根っこをつかんで座らせる。
「その人物は、目の前にいる」
ユーカとエリカ、ベルは、レオナの視線の先を見る。
「……君だったんだな」
レオナは目の前に座る彼女を見つめる。
「……ハルカ」
一瞬、場が静まり返った。
「あの……、話が見えないんですけど」
首をかしげる彼女に、レオナは封筒を手に取る。
「この大金の入った封筒を郵便受けに入れたのは、君だな?」
「な、なんのことでしょうか……」
彼女は視線をそらし、上の方を見つめる。
「あくまで白を切るつもりか?」
「白を切るもなにも、私はしがない飛行機乗りですよ。そんな大金を孤児院に送るわけ」
「なぜ君は、この大金が
彼女は視線をそらした。
その彼女の耳元に、ザラが唇を近づける。
「それとあなたは、お金を返す行為なんて空賊じゃできない、と言ったわよね?なんで
隣に座るザラから問いかけられる。
ハルカの瞳が揺れ、何か言葉を探すように上下左右に彷徨う。
レオナたちはあくまで、かまをかけただけだ。
孤児院に、大金が入れられた封筒が届けられたことがわかったのは今朝のこと。
このことを知っているのは、孤児院の院長先生に他の職員、レオナ、ザラ、エリカ、ユーカ、ベルだけだ。
用事で訪れていたとはいえ、孤児院を訪れていないハルカは知るはずがない。後知っているのは、この封筒を郵便受けに入れた実行者だけ。
思えば、もっと早くから気づくべきだった。
目撃された、肩の下あたりまで伸びた黒髪、白色のスカートを身に着けた女性。
その特徴に彼女は一致している。
それ以外にも、彼女だと示す証拠はある。
封筒に入っていた手紙には、ウミワシ通商と記載されていた。
だが、レオナもザラも、ウミワシ通商がこんなことをする組織ではないことを知っている。
そんな組織がみかじめ料を返すなど、考えにくい。
それでもあえてその組織名を名乗ってきた、ということは関係のあった人間で間違いない。
そしてお金をわざわざ返したということは、きっとラハマに対して負い目を感じている。
加えて、人目に極力つかないようお金を返していたあたり、姿を見られたくなかったのかもしれない。
それはきっと、先日の襲撃に参加しており、住民たちに顔を見られた可能性があるから。
ウミワシ通商に関係があり、外見上の特徴が一致、先日の襲撃に参加していて住民に顔を見られており、ラハマに対して負い目を感じていて、こんなことをやりそうな人物。
レオナとザラが知る限り、そんな人間は1人しか思い当たらなかった。
目の前の彼女、ただ1人しか。
だがその目の前の彼女は、まだ何か言葉を探して視線をさまよわせている。
「あ、ああ~。そういえば用事を思い出したので……」
言い訳が思いつかなかったのか、遂には逃げようとするが、両肩をザラが抑えて椅子に座らせる。彼女は嘘やごまかしがことごとく苦手らしい。
すると、彼女はレオナと並んで座るユーカたちを時折見る。
マダムはすぐ察した。
「ハルカゼの子たち。悪いけど、ホームの様子を見てきてくれないかしら?」
「え?ホームの?」
「ええ。子供たちがまだ怖がってないか。被害がなかったか。確認せずに来ちゃったから、お願いできないかしら?」
「はい!わかりました!」
ユーカはマダムに言われた通り、孤児院へと向かって走りだし、それをエリカとベルは追いかけていった。
マダムは、明らかに人払いとしてそれらしい理由をつけただけだ。完全なウソではないが。
それを見届けた彼女はため息を吐き出し、少しうつむき加減で口を開いた。
「……そうです。みかじめ料を返したのは、私です」
ようやく実行者だと判明したことで、レオナは表情を緩める。
「なぜ直接ではなく、ひそかに返していたんだ?」
「……直接会って返せば、拒絶される可能性があります。私は、このラハマを襲撃した空賊の一員だったんですよ」
少し前、彼女はウミワシ通商の一員として、この町、ラハマを襲撃する依頼を受けた。街中でキリエとパンケーキの話題で意気投合したものの、それがきっかけで尻尾をつかまれてレオナたちと街中で追いかけっこを演じ、上空で空戦をやり、自警団とコトブキ飛行隊相手にたった1機で立ち向かい、損失を負わせた。
その後彼女は、これからはマダムを含め新たな雇い主たちのもとで働くことになり、あれで手打ちだと、レオナは言った。
「君は、もう空賊からは足を洗ったんだろ?」
「だからといって、私の過去がなくなったわけじゃありません」
手打ち、そういったものの、彼女はそれで流せるほど器用ではなかった。
「なんでみかじめ料を返したんだ?」
レオナは、もっとも知りたかった話題を切りだす。
「……騙されてお金を盗られた彼らの生活の、少しでも足しになれば、と思って……」
「騙された?」
レオナは疑問符を浮かべた。ウミワシ通商はみかじめ料を徴収し、そのかわり実際に空賊を追い払ったと、院長先生はそう言っていた。
「ウミワシ通商は、他の空賊と組んで、襲撃者と守り手に分かれて、みかじめ料を徴収する正当性を示すための演技をやっただけなんです」
彼女によれば、善意を装って住民たちに近づき、みかじめ料をできるだけ長期間徴収し続けるために、定期的に空賊同士で空戦ごっこを行っていたのだという。
「みかじめ料を徴収し始めた頃、本当に空賊がやってきて、それを当時ウミワシ通商が追い払ったと、このあたりの住民は言っていました。実際は、他の空賊と組んでそのような芝居を行っただけです。みかじめ料の山分けを条件にね」
住民に信じ込ませるための芝居。そんなことも行うのかと、レオナたちは唖然とした。
「内情はわかった……。ところで、この金の出どころはどこだ?ウミワシ通商は崩壊した組織のはずだぞ?」
レオナには、その出どころの検討はついていた。彼女が口を開かないのも、それを裏付けている。
「……まさと思うが、君の私費か?」
彼女は数巡してから頷いた。
「なんで、君はそこまでする?」
レオナは問いかけるが、彼女は口をつぐむ。
「君の供述や空戦のおかげで、組織は崩壊を迎えた。これでもう略奪が起こることもない。この件は、ここで終わりだ。なのになぜ?」
「崩壊を迎えてめでたしめでたし、なんていうのは物語の中だけの話です。全てが元に戻ることはありません。組織が崩壊を迎えたことで、みかじめ料をだまし取られた人々は、取り返す先、怒りのぶつけ先を失ってしまった。そうなれば、泣き寝入りするしかありません」
そういえばベルが噂で聞いたと言っていた。空賊と知らずみかじめ料を徴収された人々は、組織の崩壊によって取り戻す先、騙された怒りの矛先を失ってしまったと。
組織が残っていれば、まだ賠償金などをぶんどることもできなくはない。現に今ハルカは報酬の一部を、マダムを通じてラハマや襲撃した輸送船への賠償金にあてている。
だが、組織そのものがなくなってしまっては、それももうできない。
「それに、ウミワシ通商のお金は社長のナカイが管理していましたので、私が彼を殺した以上、もう保管場所は誰にもわかりません」
ラハマ上空で彼女は自身の愛機の零戦で、紫電改をかるナカイと戦い、最終的に甚大な被害を受けながらも残弾全てを撃ちこんで彼を撃墜した。
ハルカが彼を殺した今、金の保管場所を聞き出すことは永遠にできなくなった。
住民たちにお金は戻らない。泣き寝入りしかない。しかもその原因の一端は、自分にある。
だから彼女は、今回の行動を起こしたのだろう。
「だからって、私費を投じてまでなんて……」
「どうせなら、意味のある使い方をしたかった」
彼女の表情が曇る。
「私にはお金を使う先が、もう、自分以外にないですから」
レオナは察した。このお金は、もともと家族のためにと、彼女が稼いだものだったのだと。だが、ウミワシ通商によって彼女は残された家族を殺されている。
「君は、苦しくないのか……」
「なんで、私が苦しむんですか?」
彼女は首を傾げ、苦笑をうかべる。わずかに、悲しみをにじませて。
「こんなことをしても、何の見返りもないんだぞ!命を危険にさらして稼いだお金を、なんで……」
「レオナさんだって、ホーム存続のためにお金を入れているじゃありませんか?」
「私は、あそこが自分の家だったからだ。君はこんなことを、ずっと続けるのか?」
誰にも知られず、なんの見返りもないことを、この先も。
「悪いですが、……ほかに償いの仕方を知らないんです」
「……償いって。なんの見返りもない、でも命はいつもっていかれるかわかない。それじゃあ何のために……、君の幸せは、どこにある?」
彼女の表情が曇っていく。
「過去は無かったことにはならない。時計の針は巻き戻せない。人の幸せを奪った私に、そんなもの望むことなんて、許されません」
手打ちだといっても、彼女の言う通り、過去はなかったことにはならない。彼女の犯した罪も、消えることはない。
でも、どこかで区切りはつけなければならない。
でなければ……。
「……そんな気持ちでいたら、いつか死ぬぞ」
彼女は視線をそらした。それでもいいと、暗に肯定するように。
「君の償いは、どうすれば終わるんだ?」
「……さあ」
彼女はぎこちない笑みを浮かべながら言った。
「どうすれば、いつ終わるかも、私にはわからないですね」
彼女が襲った輸送船の乗員、撃墜した用心棒、積み荷の作り手、受け取り人、商いをする人々等々、交易には多くの人々がかかわる。彼女は、正常な交易を妨げる大きな存在だった。
それだけに、足を洗うまでに彼女がもたらした損害は計り知れない。
そんなものに対する償いなど、いつ終わるのか。
「聞きたいことは以上ですか?」
彼女は椅子を引いて立ち上がる。
「なら……、帰りますね」
彼女は、愛機の主翼付け根付近に足を載せる。
幸せになってはいけない。
過去の罪に押しつぶされそうになっている彼女は、そう口にした。でも、彼女はラハマの近くで輸送機が墜落した地点に建てられた慰霊碑のそばで、家族の最期の言葉を聞いた。
あのとき、家族の分まで、生き抜くと心に決めた。彼女にその決心をさせ、今こちら側にかろうじて引き留めているのは、家族の最期の言葉だ。
実態のない、でも想いの込められた、確かに力を持つもの。
家族は、彼女の幸せを願うはず。それを否定してしまっては、死んだ彼らは浮かばれない。
彼女だって、今の償いの仕方は、光のない、暗いトンネルの中を進むようなもの。こんなことを、この先も続けるのか。
このまま、彼女を行かせられない。
どうすればいいか、レオナは悩む間もなく駆け出した。
「待て!」
「だから何でそこ掴むんですか!」
またもやスカートの裾をレオナにつかまれ、ハルカはたたらを踏む。一心不乱な彼女の様子に、ザラとマダムは苦笑する。
レオナはそのままハルカのスカートを引っ張り、引きずり下ろすように少し強引に地面に下ろさせると、彼女の右手首をつかんで引く。
「いっしょに来い」
「どこへ、ですか?」
「来ればわかる」
だが、彼女は足を踏ん張って抵抗する。
「ザラ!」
「はいは~い」
「ちょ!ちょっと2人とも~!」
レオナに手を引かれ、ザラには背中を押され、彼女は目的地へ向かって引きずられていった。