レオナは彼女の手を引き、ラハマの孤児院へと引きずっていく。
そこでレオナは、院長先生に差出人が見つかったことを告げる。
「……ここは」
手を引かれて連れてこられた場所は、ラハマの町の外れ。そこにある孤児院、ホームだった。
「まさか!」
ハルカは嫌な予感を感じ、その場で足を突っ張ろうとするも、鍛え抜かれた肉体を持つレオナに手を引かれ、経験豊富なザラに押されれば彼女の抵抗など可愛いもの。
「レオナさん、なんのつもりですか!」
「君は自分の行動の結果を見届けるべきだ」
進行速度が緩むことなく、彼女は孤児院の敷地内へと引きずられていく。
「あら、レオナ?」
人を引きずってきたレオナに違和感を抱いたのか、院長先生は首をかしげる。
「院長先生、みつかりました」
「何が、かしら?」
ハルカはレオナの手をほどこうとするが、手首をつかむ彼女の手は万力のようにびくともしない。
「あのみかじめ料を、取り返してくれた人物です」
すると手首を掴まれたまま、レオナの前に引っ張りだされる。そして、今度は腰回りに腕が回され、後ろから抱きしめられるような形になった。
「この子が、そうです」
院長先生や職員たちは、口を開けて驚いている。
「……この子が?」
「それだけじゃありません」
腰に回された腕に力がこめられる。
「先ほど上空を飛んでいた、地上げ屋の仲間の戦闘機を落とした、蒼い翼の零戦。そのパイロットでもあります」
院長先生たちの表情が、驚愕の色に染まる。レオナやザラよりも年下にしか見えない彼女と、見た目に反するその行動に。
皆が固まる中、院長先生が歩み出る。
「ありがとうございます。なんと、お礼を言っていいか」
「そんな……、大したことなんて、何も」
「いえ、レオナが寄付してくれた、みんなのお金を取り戻してくれた上に、守ってくれて、ありがとうございます」
「……ですけど、私は」
彼女は院長先生の言葉を、素直に受け取ろうとはしない。
自分はあなたたちを騙し、この町を襲った空賊、ウミワシ通商の1人だった。そう素直に告げようと、彼女は口を開こうとする。
「彼女はかつて、このラハマからみかじめ料を皆さんから集め、先日はこの町を襲ったウミワシ通商の一員でした」
レオナが先んじて口を開いていた。
「ですが、先日の襲撃の際には、仲間の空賊を全機落とし、町を守ってくれました。そして現在は、私たちコトブキ飛行隊に協力してくれています」
「そう。空賊から足を洗って、真っ当な道に……」
それでも、彼女は首を縦に振らない。
「そんな立派なことじゃ、ないです……」
彼女は俯きながら言う。
「私は、あなたたちからみかじめ料を徴収する演技に加担して、この町の襲撃までして……、あなたたちの仲間を撃ち落して、そんな私、全然立派でも、なんでも……」
輸送船を襲撃して用心棒を撃ち落し、積み荷を強奪、関係する人々全ての生活を壊した空賊の片棒を担いだ彼女。
彼女は内心戸惑っていた。
長く空賊にいたせいで、恨みを沢山買い、周囲を警戒し、疑い、騙し合いの世界に長くいたせいで、彼女は善意の言葉を、素直に受けとることができなくなっていた。
「確かに、かつてはそうだったんだろうな」
頭の後ろからレオナの声がする。
「輸送船を襲って用心棒を落とし、積み荷を奪った。再起できなかったものたちも、中には居たことだろうな」
彼女の言葉が、胸に刺さる。
「だが、君は今、もう空賊じゃないんだろう?」
耳元で、彼女はいった。
「今は、オウニ商会、ガドール評議会、ハリマ評議会に雇われている用心棒だ。ウミワシ通商の事務方でも、一員でもない」
「……ですけど」
存外頑なな彼女に、レオナはため息をはく。そんなレオナを見て、ザラは苦笑する。
「確かに君の言う通り、空賊から足を洗っても、君の過去はなかったことにはならない。時計の針を巻き戻す方法はない。だが今日、地上げ屋たちを追い払ってくれたことや、君のお金のおかげで、救われた者たちがいることは事実だ」
「……私は、ただ自分の重ねた罪に耐えられなかった。だから、あくまで、自分のために……。こんなの善意でも何でも……」
「偽善でも、積み重ねれば善行だ。何が悪い?」
「……細かいことは聞きませんが」
院長先生は彼女の頭に手を載せた。子供たちの頭を撫でるときと、同じように。
「あなたの行いで、傷つけられた人がいるようですが、あなたのおかげで、救われた人たちが、ここにいるんですよ」
ふとハルカは、スカートの裾がレオナに比べ弱めの力で引っ張られるのを感じた。
「お姉ちゃんが、さっきの飛行機を飛ばしていたの?」
そこには、孤児院の子供がいた。髪は短めだが、彼女と同じ黒色をしている。
「え……」
彼女は無言でうなずいた。
「そっか」
すると、その子は笑顔を浮かべた。
「かっこよかったよ」
「……え?」
「お姉ちゃん!かっこよかった!」
満面の笑みを浮かべ、そう言い放った。
「ありがとう!」
子供たちの表情に、彼女は戸惑う。かつて彼女も浮かべていたのであろう純粋な表情。それが今は、とてもまぶしく見えたのかもしれない。
彼女は、子供たちから視線をそらした。
「子供は真っすぐですから。この子たちの言葉は、信じてもいいと思いますよ」
そして、また背後からレオナの声がする。
「人の好意は、受け取るものだぞ」
ハルカは目の前の子供に手を伸ばす。そして、頭をやさしくなでた。
「どう、いたしまして……」
ハルカは照れ臭そうに言う。
子供は撫でられる感触が嬉しかったのか、彼女のお腹に腕を回して抱き着いた。
そのタイミングで、レオナは彼女を腕の中から解放する。
「これが、君の行動の結果だ」
ハルカは、私費を投じて孤児院等、みかじめ料を徴収された人々へお金を返した。それにより、徴収された人々は、経済的に困窮していた状態から、わずかでも余裕が生まれ、その結果、この先をいい方向に考えることができる。
自身の行った結果向けられる彼らからの好意くらい、受け取っても罰は当たらない。
確かに、彼女が犯した罪は決して小さくはない。いつ償いが終わるか、それもわからない。だからこそ、自分の行動の結果を知ってほしい。そうレオナは考えていた。
この先を生きていく理由を、飛び続ける理由を、償いという漠然としたものでなく、その先にある結果に、見出してほしかった。
最後に自分を支えるのは、大儀や理想ではなく、身近なものである。それを、かつて家族のために空を翔けた彼女に、思い出して欲しかった。
そうでなければ、彼女は簡単に向こう側へ、行ってしまいそうに感じたから。
ふと見れば、ハルカはほかの子供たちにも囲まれていた。
「ねえ、飛行機に乗るってどういう感じなの?」
「えっと……。そう、だね~。見れる世界が広がる感じかな~」
「どういう世界が見えるの?」
「遠くだよ。雲の上から見える、どこまでも続く大地や、青い空」
いつの間にか質問攻めにあっている。それに彼女は律儀に1つ1つちゃんと答えている。
「ねえ、お姉ちゃんとレオナ、どっちが強いの?」
「レオナさんと、私?それなら、レオ」
「彼女は、私と同じくらい強いぞ」
レオナの発言により、子供たちは彼女に視線を向ける。尊敬や憧れといった、感情をにじませて。
「お姉ちゃんそんなに強いの!」
子供たちの眩いばかりの視線を浴び、彼女は両手で顔を隠して頬を赤く染める。
さすがに見かねたレオナや院長先生は、ユーカたちに子供たちの相手を頼むことにした。
「ああいう目で見られるのは久しぶりか?」
「ええ……、何年ぶりかです」
レオナとハルカ、ザラは子供たちと戯れるユーカやエリカ、腕に何人も捕まらせるベルを遠目に眺める。
「レオナさんって結構強引ですね」
レオナはクスクスと笑った。
「そうだな。でも、慎重かつ大胆に行くのは、空でだって同じことだろう?」
「レオナの場合、大胆というか一心不乱にいくだけだと思うけどね~」
苦笑をうかべるザラに、ハルカは首をかしげる。
レオナは表情を引き締める。
「いつになれば償いが終わるかなんて、誰にもわからない」
それは、これから彼女が歩んでいく険しい道。
「でもできることは、進むことだけだ。進まなければ、何も始まらない」
かつてレオナ自身、リノウチ空戦で助けられてばかりだった。借りを作るのがいやなのは、飛行機乗りである以上、それが必ず返せるものとは限らないからだ。
あの空戦で自身を助けてくれた者の殆どを失った彼女は、ずっとそのことを気にかけていた。
そして、自分自身の理想を追い求めた。でも、それは当時の彼女にはとても届かず、もどかしい思いをする日々。
そんな中だった。隣を歩いてくれるザラに出会えたのは。
「過去はどうあっても消せない。消すべきじゃない。間違いであっても、過去の自分だって、今を作る自分の一部だ」
過去の失敗の末に、彼女はザラに出会い、その後も失敗を続けたが、その結果今のコトブキ飛行隊が生まれた。
歩き続ける先に何が待ち受けているかなど、誰にも、本人にさえわからない。
「事実は事実として受け止める。悪いことも、良いことも、な。歩くのをやめなければ、悪いことにも会うが、良いことにだって必ず巡り合える」
それを彼女に教えたくて、少々強引ではあったが、孤児院まで引きずってきたのだ。
空賊から足を洗ったからって、過去がなくなるわけではない。その過去によって苦しい思いをすることも、心無い言葉を投げかけられることだって、これからいくらでもあるだろう。
ウミワシ通商の生き残りだからと、辛い目にあうこともあるだろう。
でも、歩み続ければ、さっきのように、感謝を述べてくれる人だっている。
微笑んでくれる人だっている。
「空賊にいたことを忘れろとは言わないが、自分と向き合って、折り合いをつけるんだ。そうでないと、記憶や過去が毒になって、自分自身を蝕んで、いつか自分を殺すことになる」
かつてレオナの心には、自身を助けてくれた恩人、イサオの名が楔のようにうちこまれていた。
自身を救ってくれた恩人だからと、彼とアレシマで再会できたときは借りを返そうと仲間を置き去りに戦った。
町を焼き払う等の悪行の限りを尽くしても、彼がそんなことするはずないと事実を受け止められず、戦闘中なのに言葉での説得を試みた。
イサオという毒は、彼女をゆっくり蝕み、最後には銃弾をもって彼女を撃墜という結果に導いた。
幸いにして彼女は生還し、自身の心に区切りをつけ、その後イサオとの戦いに臨んだ。
でも、いつもそうとは限らない。まして、レオナの目の前の彼女は特に。
空を飛ぶ、生きる目的を一気に失った彼女は、今とても不安定な状態だ。
償いのために飛ぶ。それ自体は間違ったことじゃない。
ただ、わずかな判断の遅れが勝敗を分ける空の上では、そういった負の感情は時に判断を鈍らせる。
まして、病院で目を覚ました直後彼女は、自分が死ねばもう被害が出ることもない、と言ったのだ。
そんな考えをまだわずかにでも抱いているなら危険だと、彼女は考えていた。
「それは、年長者の助言ですか?」
「そうだ」
レオナはハルカの両肩に手を置いた。
「時を巻き戻すことはできない。でも、君の生き方でこれからは変えていける。君は生きているし、飛ぶための翼があるんだからな」
本当はコトブキのメンバーのように仲間がいればよかったのだが、元空賊である上に元同族に牙をむいた彼女にそれは望めない。
だったらせめて、一緒にいるときだけでも、支えてくれる人の存在というものを教えたかった。
「ほ~ら、さっきレオナから言われたでしょ?」
いつの間にかハルカの後ろにはザラが立っていた。
「好意は、素直に受け取りなさいって」
「……わかりました」
彼女はレオナにペコリと頭を下げた。
そして孤児院の院長先生や子供たちに別れを告げた彼女は、愛機でガドールへ向かって飛び立っていった。
「ところでレオナ」
オウニ商会の宿舎への帰り道、隣を歩くザラは話を切り出した。
「今回は、ずいぶん世話焼きだったんじゃない?」
「そうか?」
「ええ、いつもに比べて、ね~」
コトブキ飛行隊の中では、一番付き合いの長い相棒。彼女と2人で、コトブキ飛行隊は始まった。
それだけに、ザラは色んなレオナをだれよりも知っている。
「だって、私はあの孤児院の出身で、管理者の1人でもある。それは世話焼きにもなるさ」
すると、ザラは口先をとがらせ、半目で見つめてくる。
「そうじゃないの」
話が見えず、ため息を吐くザラをレオナは首をかしげながら見つめる。
「じゃあ、何なんだ?」
「……ハルカさん」
ザラはつぶやくように言った。
「あの子に対して、ずいぶん世話焼きじゃない?」
「そう、なのか?」
ザラはまたため息をはく。コトブキ飛行隊の隊長は機微に疎い。
「だって、あの子が病院で目を覚ましたときすぐ駆け付けたし、あの子のために色々調べものしたり、彼女が死に急がないそう一杯助言したり、コトブキに引き入れるためにマダムに交渉しようとしたり……、ちょっと過保護じゃないかしら?」
思えば、ハルカが目を覚ました時、訪れたコトブキのメンバーはレオナだった。
他に、彼女に気持ちの区切りをつけさせるために、自警団の保管していた遺留品を調べたり、今回は助言を沢山した。
ちなみに、ウミワシ通商から足を洗った彼女がもし行くところがなければ、合議の結果ではあるが。ハルカを引き入れるつもりだった。
キリエにチカ、エンマの3人を1人で落としただけに、レオナもザラも彼女の空戦での実力は評価していた。そんなパイロットは滅多にいないし、放置して敵になったら怖いからと、だったら仲間にしてしまえと考えたのだ。
もっとも、レオナが動く前にマダムやユーリア議員、ホナミ議員が動いていたので完全に出遅れてしまった。
結果としては共有という形ではあっても、彼女を使うことができるようになったので、それはそれでよかったのだが。
「そうしないと、彼女が向こう側へ行ってしまいそうに見えたからな……」
そんな彼女の姿が、ザラと出会う前、目的もなく彷徨っていた自身の姿に、少し似ていたように見えたから。
「ふ~ん」
「なんだ?」
ザラは頬を膨らませる。
「遺留品を調べるのは私も手伝ったし、どうすればいいか悩むレオナの相談相手にもなった。なのに、私の誘いを断り続けたことに対して、何かないの~?」
レオナは苦笑する。ちょっと膨れている相棒の可愛さに。
「お礼は今からビールでいいか?」
するとザラはレオナの右手をつかみ、歩く速度を増していく。
「ええ、覚悟しておいてね」
彼女はもう頭の中で決めているのだろう、目的の居酒屋へ向かって歩いていく。幸い、明日は休みの予定だから飲みすぎても問題ないだろうと、レオナは思う。
時計の針は巻き戻せない。誰であっても。
でも、例え可能であっても、レオナはしたくはない。今はそう思っている。
握ってくれている手から伝わる彼女のぬくもり。いつも隣を歩いてくれている頼れる相棒。針を巻き戻して、再び彼女に出会える保証はどこにもない。
これまでの全ての出来事、過去があって、今がある。皮肉な話だが、過去の自分の失敗の結果故に、彼女に会えた。
たとえ過去の失敗を無くせるとしても、過去を正すより、今自分の手を引いてくれている相棒と出会えたことを大事にしたい。
それが、今のレオナの偽らざる気持ちだった。
「そんなに急がなくても、ビールは逃げないと思うぞ」
「レオナと飲む時間が減るの。時間は有限なんだから」
ザラもこの時間を大事にしたい、という考えは同じようだ。
「そうか。なら、少し急ぐか」
レオナは足を早め、ザラの隣に並んで歩く。
今やるべきことは、ただ1つ。
このときが少しでも長く続くよう、これからも頑張っていくこと。
そんなことを思いながら、隣を歩く相棒の手を、彼女は握り返した。
その後、居酒屋でザラは容赦なく何樽分にもなるビールを注文し、その支払いによって、レオナの財布の風通しがよくなったのは、言うまでもない。
後日談は今回で最終話になります。
ここまで読んで下さった方々、ありがとうございました。
この後も続いていきますが、不定期更新で間が空きます。
またお付き合い頂けたら幸いです。