荒野のコトブキ飛行隊 ~ 蒼翼の軌跡 ~   作:魚鷹0822

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不定期更新ですが、第2章始まります。


空賊から足を洗った彼女は、ガドールのユーリア議員のもとにいた。
評議会議員の用心棒という新しい環境で、彼女は日々仕事をこなして
いく。



第2章 蒼い翼の用心棒
第1話 ガドールの地で


 

「はあ……はあ」

 

 自らに迫りくる危機に、手や足が震え、呼吸が荒さを増す。狭い操縦席の中、座席に座る男性は己のかる零戦52型を必死に操り、右へ左へ、上に下に逃げ回る。

「ひっ!」

 視界のいい零戦の風防の後方を見つめると、そこにはあいも変わらず敵が張り付いている。敵機の機銃が火を噴き、機体に当たり衝撃が走る。

「くそ……。なんで、なんで逃げきれない!速度はこちらが上のはずだ!」

 また衝撃が走る。どう逃げようと、背後についた悪魔か死神かはわからないが、敵はくっついたまま。

「くそ!いい加減離れろ!」

 操縦桿を引き、フットペダルを蹴りこんだ。零戦の機首が持ち上がり減速。その状態のまま左へ回転。

 バレルロール。後方についた敵を追い越させ、背後にまわりこむ。これで位置関係は変わる、はずだった。

「あれ?」

 だが、水平飛行に戻った彼の前に、追い越したと思った敵機がいない。

「どこにいった……」

 あたりを見回すと間もなく、機体にまた衝撃が走った。背後を振り返ると、またしても敵機が陣取っている。

「くそおおおおおおおおおお!」

 敵機の機首と主翼に取り付けられた計3丁の機銃が一斉に火をふき、彼の乗る零戦52型をハチの巣にした。

 

 

 

 

「う~ん……」

 窓から差し込むまぶしい日の光。心地よい鳥のさえずり、草木の葉のかすれる音。

 そんないつも通りの朝のはずなのに、遠くでも聞こえる戦闘機の高出力エンジンの奏でる爆音で目が覚めてしまう。

「朝から元気なんだから……」

 ベッドで寝ていた女性は体を起こすと、抱き枕にしていたキャラクターのぬいぐるみをベッドの端に置き、寝間着を脱いで身支度を整え始める。

 緑色を基調としたいつもの服装に着替え、同じ緑色の幅の広い帽子をかぶると、彼女は姿見で身なりを確認し、部屋を出た。

 まだ多くの者が寝静まっていて静寂の満ちる廊下を、ガドール評議会の評議員、ユーリアは静かに歩いていく。

 ここはどこまでも荒野が広がる世界、イジツにある都市の1つ、ガドール。そこでユーリアが仕事場兼宿舎として使っている建物の中。

 建物にはわずかな職員たちがいる程度に加え、まだ寝ているのか静かなものである。

 彼女は建物を出ると、ある場所へ足を向けた。

 

 

 彼女が向かった先は、飛行場。その一角に、彼女の護衛を担当するガドール評議会護衛隊の1つ、通称ユーリア護衛隊の隊長と彼の弟である副隊長が空を見上げていた。

「おはよう、2人とも」

 朝の挨拶をすると、隊長と弟、兄弟なので見た目がそっくりだが頭の髪が少ない兄、まだ多い弟の2人はユーリアに振り向いた。

「おはようございます」

「ユーリア議員」

 そして彼女は、2人が見上げていた場所を同じく見つめる。

 そこには、尾翼にガドールの頭文字のガ、を模した模様の描かれたガドール評議会所属の零戦52型が、対戦相手の零戦に追い回されている光景があった。

 52型は背後をとろうと右へ左へ上へ下へ旋回を繰り返すが、対戦相手は動きを読んで同じタイミングで同じ動きをしたり、急降下で引き離したり52型に背後をとることを許さない。

 52型は、訓練用のペイント弾の赤い染料で機体上面が血にまみれたように真っ赤に染まっていて、元が緑色であった面影が全くない。

 かろうじて風防の枠とガラスだけは元の色のままだ。恐らく、対戦相手が気遣って飛行や着陸の障害にならないよう、そこだけは意図して外して撃ったらしい。

「彼女はどう?」

「見ての通りです」

 2人は笑みを浮かべ、それ以上は不要だと簡潔に応える。

 ガドール評議会の零戦52型に比べれば、対戦相手の機体、蒼い翼の零戦は機体のどこにも、1発たりとも染料が付着していない。

 

 

 蒼い翼の零戦。

 

 

 運び屋たちの間では蒼翼の悪魔と呼ばれ、恐怖の対象だった機体。そのパイロットは今、ガドール評議会護衛隊の一員、といっても契約社員のような形だが、ユーリア議員の用心棒をしている。

「下りてくるようですね」

 演習は終了したようで、2機は着陸脚を下ろし滑走路へ降りていく。そして着陸しエンジンを切ったのち、整備員たちの手によって格納庫まで押されていく。

「彼女の所へいってくるわ」

 ユーリアは格納庫を目指し、歩き出した。

 

 

 

 ガドールの飛行場は広い。自警団、評議会護衛隊、母艦の飛行船全てが集まっている。

 なので格納庫の数も、滑走路の本数も多い。特に、評議会護衛隊は議員1人につき1つの護衛隊があてがわれている。

 その中の格納庫の1つに、先ほどの零戦52型が戻されていく。

 ペイント弾の染料がほぼ機体上面を覆ってしまっている有様を見て、これから染料を落とさなければならないのだろう整備員たちは項垂れている。

 ユーリアは、自分の護衛隊の格納庫へ足を向ける。

 向かった格納庫内には、ユーリア議員の護衛隊の機体、二式単戦鍾馗が8機駐機されている。イジツの大地の色に紛れる色に塗られた機体が整然と並ぶ中、灰色と青色で塗られた機体は否が応でも目立つ。 

 その零戦の風防が開き、中から1人の女性、というには少し幼く見えるパイロットが下りてきた。

 

「よう嬢ちゃん!今日も快調だな!」

 

 彼女の手をとり、降りる手伝いをするのは、整備員の着る作業着を着た年老いた男性。ユーリア護衛隊の整備班長だ。

「相棒の調子はどうだ?」

「快調そのものですよ」

 班長の手をとり、地面に足を下ろすパイロット。つい一週間ほど前、護衛隊に新たに加わった、元空賊の少女。名をハルカという。

 今はユーリアの元で、護衛隊の一員として仕事をしている。

 もっとも、実際は特定の人間との共有なので、要請があればハリマのホナミ議員やラハマのオウニ商会のルゥルゥのもとへと派遣しなければならない。

「にしても、嬢ちゃんいい腕してんな!これで14連勝!おかげで賭けになりゃしねえ」

 そういいながら、班長はハルカの頭をわしゃわしゃと撫でる。傍目に、孫を可愛がる老人、といった微笑ましい風景である。

 だがその周囲を見れば、他の整備員たちから班長へ殺気を込めた視線が送られている。

 ガドール評議会護衛隊は、男所帯の組織である。

 ルゥルゥのコトブキ飛行隊のようにパイロットが全員女性という飛行隊は、実はかなり例外的な存在で、パイロットは男性の方が多い。ガドール評議会護衛隊も例にもれず、パイロットは全員男性である。

 整備員や事務員には女性がいるが、全体で見れば男性が多数。なので正式な隊員と認められていないが、彼女がここでは現状唯一の女性パイロットということになっている。

 

 

 出会いがない、異性との交流がない、むさくるしい。

 

 

 そう噂される職場に、まだ子供に見えかねない彼女を放り込んで大丈夫だろうか。ユーリアは当初は心配だった。

 だがそれは間もなく杞憂に終わった。

 幸いにして、彼女は周囲から可愛がられている。もっとも、整備員やパイロットたちからすれば、孫もしくは娘に見えるほど年齢は離れているが。

 そんな彼女と交流を持つためか、彼女の機体の整備担当を決める際、ユーリアの護衛隊の整備員全員が、整備を買って出るという事態になり、ちょっとしたもめごとが起こった。

 誰か担当するかを決めるにあたって、ハルカの自分でやるという主張は全員から即座に却下され、ユーハングから伝わった決め方、あみだくじ、じゃんけん、等が行われた。

 最後は長年の整備の腕を買われ、整備班長と彼の選んだ部下が行うことになった。

「班長、使用記録簿ありますか?」

 整備班長はハルカに紙を本のように束ねたものを渡した。彼女はそれを受け取ると、主翼に上がり何やら記入を始めた。

 使用記録簿といって、部品を交換してから何時間飛行したかを記録しているのだ。戦闘機である以上、激しい戦闘機動に部品は常にさらされ、次第に摩耗していく。

 目視でパーツの痛みを確認してはいるが、ものによっては何時間使用したら交換など目安が存在している。

 パイロットの多くは整備班に任せているが、彼女は昔からの習慣だと、大事な愛機のこととあってか自分で記録をつけている。

 

「えっと、これくらい飛行したから、あ!」

 

 彼女の手から、記入に使っていた万年筆が滑って操縦席内に落ちた。

 操縦席に上半身を突っ込み、落としたペンを拾おうと手を伸ばす。

「うんしょ、こらしょ……」

 操縦席内しか見えない彼女は気づいていないが、その光景に周囲の整備員たちは整備の手を止めてさりげなく視線を向けている。

 今の彼女の服装は、ユーリアが出会ったときと変わりない、黒のシャツに短い青色のネクタイ、防寒用の茶色いジャケット、茶色のブーツ、裾の方に青い線の入った膝より上の丈が短めの白色のスカート、という姿である。

 正式な隊員と認められてないのに加え、女性隊員がいなかったために、現在護衛隊の制服は男性用のものしかない。

 なので、彼女は以前と変わりない服装に、護衛隊所属を示す翼の徽章を左胸につけている。

「よいしょ、もう少し……」

 手を伸ばす彼女。ユーリアは、整備員たちの視線の先を辿る。

 コトブキ飛行隊の副隊長ザラほどではないにせよ、ハルカのスカートも丈は短め。その裾から伸びているのは、健康的かつ丸みを帯びつつある程よい肉付きの太もも。

 同性のユーリアから見ても、彼女は足が綺麗だと思うことがある。

 同性から見てもそうなのだから、異性の目にはどううつるか。結果は周囲の反応から容易にわかる。

 コトブキ飛行隊最年少のチカほど細いわけでも、隊長のレオナのように筋肉質なわけでもない。

 それがケイトやザラのように隠しているわけでもなく、キリエやエンマのように見放題なのだから、視線が行ってしまうのはある意味仕方がない。

 加えて、彼女が手を伸ばすたびに腰が上がり、スカートの裾が危険な持ち上がり方をしている。

 おまけに飛行機の主翼の上というのは、そこそこ高さがある。

 それを知ってか、整備員たちの視線は目の前の機体ではなく、彼女に向けられている。

 

「……はあ~」

 

 そんな光景を見てユーリアはため息をはく。

 当初は彼女に男性用の制服の一番小さなサイズを支給しようと思ったのだが、元空賊という経歴のために、まだ正式な隊員と認められなかったのに加え、整備班や同じ護衛隊のパイロットから抗議の声が上がったので止めたのだった。

 その抗議の内容というのが、「自分達からうるおいを奪わないでくれ」、というものであった。

 そのうるおいの1つというのが、目の前で惜しげもなくさらされているものである。

 そんな声が議員に直接届いたことで、仕事はちゃんとやるという条件でハルカに制服の支給をやめることにしたのだった。

 男って欲望に忠実ねえ、とあきれる一方、むさくるしいという職場では貴重な清涼剤であるのは確かだし、彼女も警戒心が少々足りないと思う。指摘するのはたやすいが、整備班たちがやる気に満ちるなら安いもの。

 

 

 政治家たるもの、使えるものは何でも使う。

 

 

 ただ、そういう条件だったのだから、仕事はしっかりしなければ契約違反である。

 そろそろ中が見えそうになり危ないと思った彼女は、わざとらしく咳払いをした。

「オホン!」

 それによって、格納庫に議員が訪れていたことをようやく悟った彼らの表情は驚愕の色に染まる。

 そして、仕事をしろ、と言わんばかりに鋭い視線を送ると、皆は迅速に作業に戻った。

 仕事に戻ったのを確認すると、ユーリアは蒼い翼の零戦に向かって歩いてく。

「ハルカ~」

 ようやく万年筆に手が届いたのか、声に反応し彼女は振り向いた。

「あ、ユーリア議員」

 彼女は主翼から下り、ユーリアに向かってお辞儀をする。

「おはようございます」

「おはよう。朝からご苦労様。また演習を挑まれていたの?」

 すると彼女は苦笑をうかべ、はい、と答える。

「……演習もいいけど、ほどほどにしておきなさい」

 ユーリアはハルカの頭に右手をのせる。

「あなたの仕事は、私の用心棒なんだから」

 彼女の仕事に、余計な対戦演習は含まれてない。

「……はい、気を付けます」

 そのとき、彼女のお腹のあたりから腹の虫がなった。

 顔を赤くしながらお腹を押さえるが、一度放たれた音は戻らない。覆水は盆に汲みなおせばいいが、音や声はそうはいかない。

「あなた、朝食食べてなかったの?」

 彼女はこくり、とうなずいた。またもため息を吐き出す。

「私もまだなの。行きましょう」

「……はい」

 ハルカは愛機の整備を班長にまかせ、ユーリアのあとを追って歩いていく。

 

 

 

 宿舎兼仕事場に戻るまでの道中、ハルカはユーリアのすぐ隣を歩く。

「ところで、これで挑まれたのは何回目?」

「えっと、14回目です」

 彼女が来てから1週間ほど。その間、彼女は対戦演習を挑まれることが多い。勝敗数は、14戦14勝0敗という結果だ。

 

 元空賊だった人物を評議会護衛隊に迎え入れる、ということでユーリアは評議会で非難の声を浴びることになった。

 

 ハルカが襲撃した輸送船の中には、ガドール船籍のものも含まれていた。

 その場の評議員たちは、新聞や飲み物のカップ等そこらにあるものを手あたり次第にユーリアに向かって投げつけつつ、そんな人物を雇うなど論外、今すぐ自警団に突き出して余罪を明らかにするべき、即刻処刑すべき、などという極論まで言い出す始末だった。

 そのときのハルカは、両手を膝の上で握り、小刻みに震えていたのをユーリアは憶えている。

 確かに空賊行為は許されることではないが、だからといって足を洗った人物に再起の機会さえ与えないのは問題ではないか、と反論。

 そして、ユーリアの提唱する空賊離脱者支援法を適用した場合の事例として、有用性を示す、と主張。

 それでも彼らは納得しなかったので、やむなく汚職や空賊、マフィアとのつながり等の裏事情の一部を暴露することをにおわせた途端、皆手の平を返して、しぶしぶではあったが彼女を護衛隊に入れることを承諾した。

 あくまで正式な隊員ではなく、経過観察を行いながらの契約社員のような感じだが。

 元空賊など大したことないだろうと、他の議員の護衛隊が彼女の実力を確かめるためと憂さ晴らしや退屈しのぎに、対戦演習を挑んできた。

 そして、その誰もが返り討ちにあう結果となった。

 その実力を披露した途端、今度は評議員たちは彼女を引き抜こうと隙あらば勧誘を行うようになった。

 

―――節操のない奴らね~。

 

「あまり鬱陶しかったら、言いなさい。やめさせるから」

「……ですけど、こんな些細なことで議員にご迷惑をかけるわけには」

 するとユーリアは足をとめ、ハルカに振り返った。

「あのね。あなたは私の用心棒。こんなくだらないことに時間を割いて、肝心な本業が疎かになる方が、余程困るの!」

「は、はい……」

 ウミワシ通商で染みついた癖か、彼女はあまり周囲を頼ろうとしない。

 それは、輸送船の用心棒の排除から、軟着陸、積み荷の強奪が終わるまでの上空警戒を、全て彼女1人にナカイとかいう社長がやらせていたことによる弊害だった。

 だから、ユーリアはそのあたりの考えを改めさせるべく、人を頼れ、と教え込んでいる。

「……まあ、今はとにかく空腹をなんとかすることを考えましょう」

 2人は、再び宿舎に向かって歩き出した。

 

 

 

 朝食を済ませ、時刻は午前8時30分。ユーリアの事務室でその日の仕事が始まる。

「ハルカ、今日の予定は?」

「本日は、午前9時30分より開かれる議会に出席。他は特に来客の予定等はありません」

 彼女は仕事用の手帳を見ながら答える。用心棒となっているが。ハルカの仕事はユーリアの所にいる場合、秘書のような役割と荒事と空戦だそうだ。

 そしてこの部屋には彼女以外に、護衛隊の隊長とその弟の姿があった。

 彼らは皆、事務机に高く積み上げられた書類の山を崩すべく、今日も仕事に取り掛かる。

「えっと、この書類はここが間違い。これは事務局へ突き返して、これは宛先が違う……」

 ハルカは積まれた書類の仕分けを始める。

「えっと、先日の外遊の際のルートは……」

「弟、ルートはこの赤い線の通りだ。あと使った燃料の量は船員たちが記録していたはずだ」

「わかった。ちょっと確認してくる」 

 弟は書類片手に部屋を出た。

 護衛隊は、住民から徴収した税金によって成り立つ評議会の所属組織。飛行船の燃料や戦闘機にかかった費用は、定期的に書類にまとめて提出する必要がある。

 いくつもの書類に、彼らは悪戦苦闘する毎日だった。

「いつも思いますけど、凄い書類の量ですね……」

「これでも君が来てくれたから、大分捗っているんだ。私と弟だけでは、な……」

 隊長の顔にほの暗い闇が滲んだ。

「事務員とか、秘書とか雇わないんですか?」

 すると隊長は、

 

「まあ、色々あって、な……」

 

 と言葉を濁した。何かあるのだろうとそれ以上追求しなかった。

 評議会護衛隊は、言うまでもなく上空警備や議員の乗った飛行船の護衛が本業であり、書類仕事は本来雇った秘書官や事務局の事務員の仕事である。

 だが、今ユーリアには秘書官が1人もいない。

 それは、彼女があまりに敵を作りすぎる点にあった。

 過激な発言故敵が多く、議会では反乱分子のような扱いを受けている。今でこそユーリア派という、旧自由博愛連合派と対立する潮流を作り出すに至っているが、かつては敵が多すぎたことで、彼女がいつ議会から追放されるか。

 つまり、いつ自分達が失業するか、秘書官たちは皆不安に駆られていた。

 以前、ユーリアはガドールの自由博愛連合加盟に反対票を投じた直後、命を狙われ、護衛隊の兄弟の手引きでガドールを脱出したことがある。

 そんな議員の様子を見て、自分たちの将来を心配した秘書官たちは別の議員へ転職していってしまい、長続きしないことが多かった。

 中には、彼女は変態だ、という噂をうのみにし、自身の身の危険を察して辞職したというよくわからない例まであった。

 

 ユーリアの幼馴染、ラハマのマダム・ルゥルゥ曰く、それは敵が多い方が楽しいというユーリアの一風かわった面のことらしいが、真偽のほどは定かではない。

 

 秘書官がいないため、ユーリアは書類仕事を護衛隊の一部の人員、特に兄弟にやらせていた。

 最近は元空賊などにここの仕事が務まるわけない、という事務局のいやがらせにより、関係ない書類まで含まれることが多い。

 だが、ハルカはそんなこと気にせず、もくもくと手早くこなしてく。

 ウミワシ通商の事務方だった、というのは完全なウソではなく、襲撃のない日は本当に事務方の仕事をこなしていたようで、書類の作成、費用の計算など彼女は空だけでなく、陸でも活躍してくれている。

 彼女曰く、一応初等教育の途中までは学校に通っていたが、あとは自分で勉強したり、祖父に教わって覚えたらしい。

 他に、空賊と悟られないよう身なりや礼儀などが重要だったとは彼女の経験談。  空賊の中には、そうやってうまく一般人に紛れるものもいるから侮れない。

「ちょっと書類を突き返してきます」

 誤配の書類の山をダンボールに詰め、彼女は部屋を出た。

 

 

 

 

「……そろそろ行くわ」

「わかりました、お送りいたします」

 9時になり、ユーリアは議会に向かうべく席をたつ。議会までは遠いため、隊長にいつも車で送ってもらっている。

 その道中、通路上に見慣れた風景が見え、ユーリアは眉をひそめた。

 

「で、ですから、私にそんな気はありません!」

「君はユーリアにはもったいない。私の所へこれば、給料弾むし、色々利益もあるよ~」

「ですから、私はユーリア議員に雇われていて……」

 

 ハルカは壁際に追い詰められ、他の議員からの勧誘にあっていた。

 彼女は断っているものの、政治家というのはしつこい生き物でもある。相手も引く気配がない。

「またですな……」

 ユーリアは隊長を追い越し、速足で歩いていく。

「そうか。でも私についておいた方が、後々きっといいことが……」

 ユーリアはわざとらしくヒールのかかとを鳴らした。

 その音にハルカと、目の前の初老の男性が振り向いた。

 

 

「おやおや、朝からお盛んですね。議長……」

 

 

 彼女に迫っていたのは、ガドール評議会の議長だった。ユーリアは温かみや感情といったものを一切感じさせない、氷のように冷たい無表情を顔にはりつけ議長を見つめると、彼は苦々しい表情をする。

「……ユーリア」

「議長。はたから見れば、子供に迫る怪しい老人にしか見えませんが?」

 ユーリアは議長を無視し、ハルカの左手首をつかんで引き離した。

「何が目的であれ、私の用心棒に手を出さないでもらえますか?彼女は、あなたの護衛隊のようにただの演習に明け暮れる環境で腐らせるにはもったいないですから」

「……ふん」

 議長は踵を返し、去っていった。

「……ハルカ」

「は、はい!」

 大きな声ではないが、妙にドスの効いた声に、彼女は背筋を伸ばした。

「ダメならダメと、きっぱり言いなさい。政治家はしつこい生き物だから、逃げるなり大声上げるなりしないとだめよ」

「は、はい……。わかりました」

 縮こまる彼女の頭に、ユーリアは右手を載せる。

「じゃあ、仕事に戻りなさい」

 彼女は少し頬を赤らめた後、笑みを浮かべ、事務室へと帰っていった。

 その背中を見送ると、ユーリアは車に乗り、隊長の運転のもと評議会へ向かった。

 

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