議会で追求されることがわかっていながら元空賊を
雇ったユーリアを、彼女は物好きだなと思う。
そんな物好き議員にある都市の市長たちから対談の
依頼がやってくるが……。
「まったく!」
事務室のドアをユーリアは勢いよく開け放つ。
「頭の固い老人ども!あのいけ好かないイサオはもういないっていうのに、まだ望みを捨てないわけ!」
車中では静かだったユーリアが、事務所に帰ってきて部屋に入りながら悪態をつくのはいつものこと。
先ほど2人で昼食を済ませたのだが、腹の虫は収まっても、虫の居所は悪いらしい。
ハルカは来て間もない頃は少々驚いたが、護衛隊の隊長曰く、これがユーリア議員の平常運転らしい。
「イサオの聞こえの良い言葉は見習うところがあるけど、それに騙され自由を餌に全てを檻にぶち込むつもりだったことにまだ気づかないの!目の前のことさえ見えないアッパラパーどもが!」
ユーリアは、両手の指先を震わせながら言う。
イジツ最大の都市、イケスカの元市長だったイサオ氏。
彼が会長をつとめた、自由博愛連合。
イケスカ動乱に参加していないハルカでも、その噂は耳にしていた。
統一連合国家樹立を目的に、イサオ氏が立ち上げた組織。
でもその実態は、イサオ氏の帝国ともいうべきもの。彼に反発する人間は容赦なく排除され、誰も逆らえなくする。
1人の人間が全てを取り仕切る、単純で、確実な方法で世界を統治することを目的としていた。
最終的に、目の前のユーリア議員を含め、ラハマやポロッカ、ショウト等を含めいくつかの都市で反イケスカ連合を組織。あのコトブキ飛行隊も、イサオ氏と戦いを繰り広げたという。
そして彼が穴の向こうへ消えたことで目論見は阻止できたが、それでも自由博愛連合の残党は残っているし、イケスカは空賊を支援してきた実態が明らかになり周囲から糾弾され、責任の擦り付けあいで内戦状態。
残された遺産は、結局混沌をもたらした。
このガドールも、自由博愛連合に加盟していた。
目の前のユーリア議員のみが、反対票を投じた。
それによって命を狙われ、隊長たちの手引きでガドールを脱出。
動乱が収まったのちまた評議員に返り咲いているあたり、この人は本当にタフなのだなと内心彼女は思う。
「ユーリア議員」
「……何?」
「興奮してばかりだとお体に悪いです。少し休まれた方がよろしいかと」
「……そうね」
予定では、今日の議会は終了。来客の予定も外遊にいく予定もないので、少し休んでも問題ないと判断。
ユーリアは手近にあったソファーに腰かけ、背もたれにもたれかかった。
少し間をとり、隣に彼女も腰かけた。よく室内のブランコに座ることの多いユーリアだが、今は疲れているのかソファーに沈むように座り込んだ。
そして、その疲労がたまる原因の一端が自分にあることを、彼女は悟っていた。
「……あの、ユーリア議員」
2人しかいない静かな部屋の中で、彼女は口を開いた。
「その……、やっぱり今からでも、私を雇うのは」
その先の言葉が続かなかった。
ユーリアの右手が素早く彼女の口を塞ぎ、言葉を発せなくした。
そのまま体重を乗せ、上から覆いかぶさるように彼女をソファーの上に押し倒した。
「ぎ、ぎいん!」
はたから見れば、スキャンダル間違いなしの光景だが、当人にそんなことを気にする余裕はない。
「ハルカ……」
ユーリアの眼光が鋭さを増し、鼻先が触れそうなほど顔が近くまで迫る。
「その先のことは言わないって、約束したわよね?」
有無を言わせない眼光に気おされ顔をそらそうとするも、口を押さえられ、さらに左手で顔をそらせないよう固定される。
「あなた、そんなに私の言葉が信じられない?」
僅かに首を左右にふって意思表示をする。
「そう……。なら、さっきの言葉はもう口にしないことね。わかった?」
彼女はコクコク、と少し首を縦にふる。ユーリアは彼女の口から手を放し、体を起こした。
ハルカも体を起こしてソファーに腰かけると、乱れたスカートの裾を直した。
「ふあ~」
ユーリアが口を大きくあけてあくびをする。
「少し、仮眠をとられては?」
「……そうね。眠くてしょうがないわ」
ハルカも昼食後のためか眠気でまぶたが重さを増してくる。少し昼寝するくらいならいいだろうと、彼女も目を閉じようとした。
そのとき、肌の上を何かが這う感触に眠気が飛んだ。
「ひゃっ!」
彼女が小さく悲鳴を上げる。感触のした場所に目を向ければ、ユーリアが伸ばした手が彼女のスカートから伸びる太ももに置かれている。
「……ちょっと借りるわね」
戸惑う彼女をよそに、ユーリアはソファーに横向きに倒れこんだ。
ハルカの太ももを枕にして……。
「あ、あの!議員!」
「何よ?」
「何じゃないですよ!こんなところ誰かに見られたら!」
「問題ないわ。中には愛人連れ込んでいる奴がいるくらいだもの。あなたは私の用心棒。ならそばにいても問題ないでしょ?」
「大有りですよ!用心棒に膝枕させる雇い主なんて聞いたことないですよ!」
「じゃあ特別手当払うから、30分後に起こして頂戴」
「そういう問題じゃ!」
いうやいなや、下から気持ちよさそうな寝息が聞こえてきた。
「……もう」
観念した彼女は、左手首にはめている時計を見やる。30分後の時間を確認すると、彼女は太ももの上のユーリアを見下ろす。
「……本当に良かったんですか、私なんか雇って」
彼女は小声でつぶやく。
『やっぱり今からでも、私を雇うのは、やめたほうがいいですよ』
先ほど、彼女はそういうつもりだった。
ガドールに来て間もなく、彼女は議会に呼ばれることになった。
評議会護衛隊に迎えるにあたって身辺調査が行われた結果、元空賊であったことは瞬く間に評議会の知る所となった。
そんな人間を雇うなど論外、自警団に突き出せ、処刑しろ、そんなことを言うものさえいた。
彼女はそのときになって、自分の犯した罪の重さに押しつぶされそうになった。
そんなときでさえ、ユーリアは気丈に振る舞い、野次に対して言い返した。
『あなたたちがそれを言える?叩けばいくらでもホコリが出るあなたたちが』
手近にあったコップや紙くず、果てはイナーシャハンドルまで飛び交う中、散々野次や押し問答が行われた結果、ユーリア議員の進める空賊離脱者支援法の実例として、有用性を確かめるために経過観察ということになった。
その後、彼女は事務所にもどってユーリアに先ほどの言葉を言った。すると、彼女は鬼の形相になってハルカを壁際に追い詰め、烈火のごとく怒った。
『こうなることくらい想定していたわ!それでもあなたが必要だから雇った。何か文句でもあるのかしら!?』
『でも、私を連れていると、またさっきみたいに……』
『あんな野次で引き下がるくらいなら、政治家やってられないし、何も実現できないわよ!』
『でも、彼らの言っていることは……』
『間違ってないっていうの!そうやってこの先も生きていくつもり?負い目を感じて、それをダシに一生誰かにゆすられるような生活を送りたいの!?あなたは足を洗ったんでしょう?だったら、胸を張って歩きなさい!それとも、その脂肪の集まりが重いから胸が張れないとかいうんじゃないでしょうね!?』
『そういうわけでは……』
『とにかく、あなたはもう空賊じゃないし、ルゥルゥを通じて賠償金を払っていく。贖罪はしているんだから、もう気にする必要はない!』
『でも、議会は……』
『議会のことは私にまかせておけばいいの!』
『手を煩わせるわけには……』
『……手が届く範囲の人さえ救えない人間に、大きなことができると思う?』
ハルカはそれ以上なにも言い返せず、先ほどの言葉をもう口にしないよう約束させられたのだった。
でも自分のせいで、人が責めを負う姿を黙ってみていられるほど、彼女は神経が図太くない。
「面倒事をわざわざ抱え込んで……。物好きですね、あなた」
だが目下の問題は、この状態をだれにも見られず30分間どう過ごすかである。
運悪く、ドアの鍵はかけてない。かけようにも動けば、ユーリアを起こしてしまう。
「ま、……大丈夫だよね、30分くらい」
彼女はそう信じ込んだ。
だがそういう時に限って来客は来るものである。
ドアがノックされる音に、彼女は凍り付いた。
「ユーリア議員、失礼致します」
―――早速かあああああああ!
彼女の頭の中の悲鳴もむなしく、ドアが開けられた。
入ってきたのは、彼女の所属するユーリア護衛隊の隊長と弟さん。2人はハルカと彼女の太ももの上で寝ているユーリアを見ると、微笑ましいものを見るような表情を浮かべる。
「あ、あの、隊長!これは、その……」
2人は笑みを浮かべたまま、よくわかっていると言わんばかりに数回頷く。
「議員をもう篭絡させるとは、やるね」
「失礼した。ちょっと格納庫まで1時間ほど行ってくる」
「ちょ、ちょっとまって下さい!これは!」
「議員を頼むぞ」
2人は素早く事務室を出ていく。ドアが閉められた直後、外から鍵がかけられる音がする。
「だ、だからこれは、誤解なんですうううううう!」
ハルカの叫びもむなしく、兄弟の足音が部屋を離れるにつれ小さくなっていく。 彼女は遠ざかっていく足音を、黙って聞いているより他なかった。
「うう……早速かぁ……」
とりあえず、これ以上この状況を目撃する人間が増えることはないが、この瞬間をどう言い訳したものか、彼女は頭を悩ませる。
彼女が頭を悩ませるのをよそに、眼下からは気持ちよさそうな寝息が聞こえてくる。
結局、指定された30分後に、彼女はユーリアを約束通り起こしたのだった。
休憩時間が終わり、午後の業務が始まる。
雨が降っていては飛行訓練ができないので、ハルカに護衛隊の隊長に弟さんは引き続き書類の山を崩していた。
「ユーリア議員、すっきりしたお顔をされておりますが、何かあったのですか?」
微笑みながら、隊長は言う。
そしてユーリアは応える。その表情に、少しイタズラ心をにじませて。
「ええ、とっても寝心地の良い枕のおかげで、よく眠れたの」
「おお~」
「そうですか、それはいいことで」
少し驚く仕草をする弟さん、温かい笑みを浮かべる隊長、イタズラ心が混ざっているユーリア。
寝心地の良い枕。それが何なのかこの3人はわかっている。ハルカは恥ずかしさに頬を赤く染めてうつむく。
ふと、部屋に置かれている電話がなった。
「……でます」
彼女は逃げるように電話の受話器を手に取った。
「はい、ユーリア議員の事務室です」
彼女は少し言葉を交わす。
「議員」
「誰から?」
「事務局から連絡です。議員に、対談を希望だそうです」
ユーリア議員の眉が少し吊り上がる。
「……かわるわ」
彼女はユーリアに受話器を渡す。
「もしもし……」
『ユーリア議員。ナハタ、アレシマの市長から対談を希望する連絡がきております』
事務局の女性職員が淡々という。
「……日程は?」
『5日後、アレシマにて。会場はオーシャン・サンフィッシュホテルです』
「今日中に回答するわ。5時までまって頂戴」
『かしこまりました』
電話が切れるのを確認すると、ユーリアは受話器を置いた。
「どこからですか?」
「アレシマとナハタの市長が対談を希望しているそうよ。場所はアレシマ」
「行かれるのですか?」
ユーリアは事務机の椅子に腰かける。
「どうしようか考えているの。もっとも、逃げるつもりはないけど」
それでは答えは決まっているようなものだと察し、3人は苦笑する。ユーリアの辞書に、逃げるの文字はない。
なにせその会場となっているアレシマで、かつて後のイケスカ市長、自由博愛連合の会長イサオと嫌々対談し、空賊がやってきても避難せず、オーシャン・サンフィッシュホテル目掛けて爆撃機飛龍が突っ込んできても紅茶を飲んでいたくらいだった。
彼女にとっては、逃げれば評議会で舐められるだけ。背中を見せること、それが最も許されない行為らしい。
「アレシマは別として、あなたたち、ナハタという町について何か知らないかしら?」
隊長と弟さんは顔を見合わせる。
「いえ、私たちはなにも……。議員は?」
「あいにくだけど、まだ私は行ったことがないの」
対談で各都市に行くユーリアさえ知らないのでは、護衛隊も知るわけがない。
それほどに田舎なのか、あるいは重要ではないのか。
「ハルカ、あなたは?」
「ナハタについて、ですか?」
「空賊時代、あるいはそれ以前でもいいわ。何か知らない?」
ふと、彼女の瞳が左右に揺れるのを、ユーリアは見逃さない。
「何か知っていそうね」
「……最新の情報、ってわけじゃ、ないですけど……」
「構わないわ、話して頂戴」
彼女は表情を引き締める。すると、部屋にある高価な紅茶の茶葉が保管してある棚から缶を1つ取り出し、ユーリアの机に置いた。
彼女の行動に、皆首をかしげる。
「産地を見てください」
ユーリアは、缶に書かれている文字を読む。
「産地は……、ナハタってかいてあるわ」
「ナハタは、お茶の栽培で有名な町です。規模は、ラハマより少し大きい程度だったと思いますが」
「なぜそんな町の市長が、アレシマ市長と一緒にユーリア議員に?」
隊長の素朴な疑問に、ハルカはすぐに可能性を頭に浮かべる。
「……ナハタは、かつて高級な品種のお茶の専売で潤っていた町なんです。半年ほど前までは」
「半年ほど前まで?」
その言葉が、ユーリアの頭に引っかかる。
同時に、特産品を専売制にするというエサで、自分たちの仲良しクラブのメンバーを増やしていた組織が、半年前に崩壊したことを思い出す。
わすれもしない。あのいけ好かない男の作った組織だ。
「ナハタは、アレシマ同様、自由博愛連合に加盟していた町です」
隊長に弟さんが目を見開き、ユーリアは眉をひくつかせる。
「自由博愛連合、自博連に加盟したことで、ナハタは高級品種の専売で潤いました。富裕層から一般市民まで、そのお茶が飲みたければ、ナハタのものを買うしかなかった。競争相手を、自博連の飛行隊がつぶしましたから」
「それって……」
「ハリマです」
ハルカの新たな雇い主の1人、ホナミ議員のいるイジツ屈指の食糧生産都市。
「ナハタが専売制で特産品の価格と収入が安定する一方、競合相手だったハリマは爆撃で畑を焼かれました。これで競合相手はおらず、収入の心配をする必要はなくなるはずだった」
「だが、それを妨害した者がいた」
「……ええ」
3人はユーリアに視線を向ける。
「ユーリア議員を含む、反イケスカ連合によって、自由博愛連合は瓦解。連合の後ろ盾を失ったナハタは、経済的に困窮していくことになった。イケスカ動乱によって、どこも復興に忙しく、空賊は増える一方。結果特産品の高級品種の売れ行きは落ち込み、収入は減少。今は、ハリマに食料支援を求めていたはずです」
イケスカ派だったアレシマ。
同じく自由博愛連合に加盟し潤ったナハタ。
連合を瓦解させたユーリア議員。
そんな者たちが会する対談がどうなるかなど、誰もいいようには考えない。
「ユーリア議員、この対談は危険です。断りましょう!」
即座に隊長はユーリア議員に進言する。
彼女の情報が本当とすれば、対談の相手は明確な敵だ。
罠をはっている可能性もある。
「……いくわ」
部屋の中の時が、一瞬止まったような錯覚がした。
「あの、ユーリア議員……」
「今、なんと?」
弟さんと隊長が聞き返す。ユーリアは淡々と答えた。
「その対談、受けることにするわ」
「正気ですか!彼女の話を整理すると、今回の対談相手は明確な敵です!」
「弟の言う通りです!そんな所に、議員を行かせられません。御身が危ぶまれます!」
「受けてたとうじゃないの」
隊長と弟さんは固まってしまっている。
「彼らが信仰していたイサオは、もういない。それをわからせるいい機会よ。それに、私はイサオと違って、好きも嫌いも飲み込んで、あくまで全員で手を組んで生き残るための努力をするのが目標。敵の1人も説得できないなら、この先もうまくいくはずないわ」
「かつてアレシマで受けたような襲撃に、また会うかもしれませんよ?」
「恨みには不自由しないから、確実にあるわね。でも……」
ユーリアはハルカに視線を向ける。
「今の私には、悪魔がついているもの。問題ないわ」
「……私、悪魔って呼ばれるの、あまり好きじゃないんですけど」
何はともあれ、彼女を外遊へ同伴させ、結果を議会へ示せる機会が早速訪れた。
ユーリアは対談に応じることを決め、事務局へ伝えた。