道中、ユーリア議員は彼女に話し相手兼警護を命じていた。
そしてユーリアは彼女に、自身の目指す横のつながりか、
自由博愛連合の縦のつながりのどちらの考えに共感する
のか問いかける。
受けることに決めた対談の日は5日後。ガドールからアレシマまで、飛行船で片道約2日の距離になる。
ユーリア議員のアレシマ行が決まると、関係者はにわかに慌ただしくなった。
飛行船、食料、整備部品に燃料、弾薬など必要な資材の手配。護衛隊のパイロット、整備班の召集、機体の積載作業が急いで行われ、翌日の出航に備えることになった。
「ガドールを離陸し、高度250クーリルまで上昇。そして……」
ハルカは隊長たちと航路の選定を行っていた。
イケスカ動乱以降、空賊は増えるばかり。その空賊たちの狙いの多くは輸送船の積み荷だが、中には議員を殺そうとしてくるものたちまでいる。
今回はユーリア議員が乗船するので、狙われる理由はいくらでもある。
綿密に航路を選定し、空賊の少ない航路を通る必要がある。
「その航路上には確か、空賊の拠点があったはずです。名前は、シロクモ団」
「戦力は?」
「飛燕が12機ほどだったかと。もっと増えているかもしれませんが」
元空賊ということで、ハルカは航路上の空賊に関する情報を教えてほしいと隊長に頼まれ、協力している。
「飛燕か。ずいぶん余裕のある空賊だな」
従来、資金のない空賊たちが使える機体というのは旧式のものに限られていた。
空冷エンジンより複雑な液冷エンジンを搭載する飛燕など、まず維持できない。
「おそらく、イケスカから流出した飛燕がわたったと思われます。最近では、疾風を持っている空賊もいるくらいです」
彼女が属していたウミワシ通商にも、飛燕やナカイが買った紫電改があった。
イケスカ動乱以降、流出した飛行機は空賊たちの手にわたっているし、自由博愛連合のパイロットから空賊に鞍替えした者たちは疾風や五式戦闘機、紫電改を持っている。
「……厄介なことになったね、お兄ちゃん」
隊長と副隊長は、あのイケスカ動乱に参加した数少ないパイロット。その結果が今の有様では、内心複雑だろう。
ユーリア護衛隊は、隊長たちの鍾馗が8機、ハルカの零戦52型丙1機の計9機が戦力。
数の上では、開始前からすでに劣勢である。
「ところで、隊長……」
ハルカは神妙な顔で隊長を見つめる。
「何かね?」
「……私のいうこと、すんなり信じて、いいんですか?」
議会では処刑しろとまで極論が出た。
そして、ユーリア議員の報告書でも信じるに値しないといわれる始末。
でも隊長たちはそんな様子もない。
「ユーリア議員が連れてきたんだ、疑う必要はない。あの人は、人を見る目は確かだ」
「はあ……」
隊長は笑みを浮かべる。
「それに、日頃共に仕事をし、議員と接している姿を見て、君が信じるに値する人物であることはわかっている。だから、知っていることは話してほしい」
「……はい!」
元空賊という過去のために、護衛隊でどう扱われるか彼女は不安を抱いていた。だが、皆温かく接してくれていることに、彼女は安堵した。
ただ今は、ユーリア議員が背後にいるから信頼を得られているに過ぎない。
いつか、それが無くても大丈夫なようにしなければならない。今回の仕事は、その第1歩だ。
「だが、相手は12機いることが予想される中、9機か……」
「戦力は増やせないんですか?」
「護衛隊は定数が決まっているから、これ以上増やせない。それに、空賊と戦闘経験が他の隊は我々に比べ少ない。そんな隊を連れて行っても、どうしようもない」
自身の理解者を増やすため、敵と向き合うために外遊によく行くユーリア議員に同伴し、隊長たちは空賊とよく戦闘になったという。
自分達も撃墜された経験があるらしいが、護衛隊の中では経験を一番積んでいるという。
「他に空賊の拠点と戦力は知っているか?」
3人はその後も情報交換を行い、航路の選定を行った。
そして護衛隊の他のメンバー、飛行船の船長や航海士、操舵士たちなども交え、最終決定が行われた。
「以上がアレシマまでの旅路になる。空賊の襲撃が予想される。各員、油断のないように」
隊長が説明を終え、全員を見渡す。
「ちなみに、皆知っていると思うが、先日ユーリア議員が新たな用心棒を1人連れてきた」
皆の視線が、隊長の左隣に立つハルカへ向けられる。
護衛隊の隊員たちは微笑んだり、笑いかけてくれる。
一方、船長や操舵士、航海士たちは怪訝な表情をしている。
「彼女に対し色々思うところがあるかもしれないが、今は味方だし、腕は確かだ。戦力として、十分期待できる」
日頃交流のある護衛隊パイロットたちに比べ、飛行船クルーは関わり合いが少ないので関係の構築が進んでない。
それも含めて、今回の仕事で少しでも進めれば、彼女はそう考える。
「では明日、午前9時に出航だ。それまで各員、準備と休息を忘れないように」
クルーたちはそれぞれ持ち場へ戻っていく。
「では、我々はユーリア議員に説明に行こう」
隊長に続き、弟さんとハルカは議員の元へ向かった。
そして翌日、時間通りに飛行船はガドールを出航した。
ガドールを出航。飛行船は250クーリルまで高度を上げ、アレシマへ向かって打ち合わせしたルートをなぞるようにゆっくりとした速度で進んでいく。
その飛行船の部屋から窓を通じ、ハルカは眼下の風景を見渡す。
出航準備までは皆忙しかったものの、ひとたびガドールを離れれば、飛行船の船橋や機関室、食堂などのクルーや整備員等以外、つまり護衛隊はやることがない。
護衛隊はあくまで、空賊が襲ってきた場合の対処が仕事なので、それまではひたすら待機という緊張をある程度保った退屈な時間を過ごすことになる。
緊急出動に備えて飲酒は厳禁。船内にサイレンが鳴り、戦闘機隊の出撃許可が下りたら格納庫まで走り、即座に出撃しなければならない。
それまでは各々の方法で時間を過ごすことになる。
「ハルカ、眼下を見下ろしてみなさい」
彼女は視界に広がる荒野を見下ろす。そこには、かつては町だったのだろう、人々の営みの跡があった。
「あれは、かつては都市だったのでしょうか?」
ハルカは、ユーリア議員の相手をしていた。
出航して間もなく、ユーリアに呼び出された彼女は、この航海の間、空き時間は相手をするように頼まれた。
「信じられる?つい3年ほど前までは人が住んでいたのに、放棄されてあっという間にこんなにさびれてしまうのよ」
「……ガドールやラハマ、アレシマもいつかこうなってしまうのでしょうか?」
「あり得ない話じゃないわ。ラハマは岩塩、ハリマは農産物があるし、アレシマは物流の要所だから今はいいけど。今となっては、あのイケスカでさえ無縁ではいられないわ」
イサオ氏がイケスカ市長だった当時は、イケスカだけはこういった可能性からは無縁だと言われていた。
それは方法はどうであれ、彼のカリスマ性や大会社の資本や人脈によるところが大きい。
そのイサオ氏がいなくなった今、イケスカは混乱の中にあった。
「こういった廃墟を、空賊が根城に使うことはありますね。誰も近づこうとしませんから、隠れ家にはうってつけです」
「頭の痛い問題ね。でもガドールだけじゃない。他の都市もこうしないために、私は政治家をしているの」
「横のつながりの強化、ですか?」
ユーリアが進めている、自由博愛連合の縦のつながりの思想に対して、イジツを二分する横のつながりの強化。好きも嫌いも飲み込んで、共に生き抜く生存努力をする方針。
「ええ。でも残念なことに、今でも自由博愛連合の再興を望むものたちがいることも、事実なの」
自由博愛連合の会長が穴に消えてなお、再興を望む声はなくならない。
かつて、自分達がいい思いをしたときのことが忘れられないのかもしれない。
「ところで、ハルカ」
「なんでしょう?」
彼女は、少し表情を引き締めたユーリアの方を向く。
「あなたは、私の側なの?それとも、自由博愛連合の思想に共感するの?」
唐突な質問に、彼女は目をしばたかせる。
「……私はあなたの用心棒です。そんなこと聞くまでも」
「そうじゃなくて、あなたの考えを聞きたいの」
議員の真剣な顔を見て、彼女はしばし考え込む。理想や欲望、金にまみれた政治などに興味がなかった彼女なので、しばし時間がかかる。
「……ユーリア議員の側です」
「なんで?」
即座に問われたことで、彼女は少しの間黙った。
「……変なこと、いうかもしれませんよ?」
ユーリアは黙ってうなずき、先を促してくる。
「……まず1つに、イサオ氏のように仲良しクラブに入らなければ排除する、というやり方では問題が残ります。そんなことをし続ければ、反発が起こらなくなるまで、リノウチ空戦やイケスカ動乱のような戦いが、何度も勃発する未来しか見えません。それでは、イサオ帝国ができるのが先か、人類が滅ぶのが先か、そんな問題が出てきます。多様な意見がありながらも、なるべく多数の人間が納得できる政策を打ち出すのが、政治家の役割だと思います」
「なるほど。つまりあなたは、イサオは政治家としての役割をある意味では放棄している、と考えているのね?」
「1つの手だとは思います。嫌いな手ですけど。2つ目ですが……」
彼女は少し間をおいてから話始めた。
「ユーリア議員の考えが、面白いと感じたからです」
「……へ?」
ユーリアにしては珍しく、鳩が豆鉄砲を食ったように口を開けて呆然としている。
「普通の人は、誰と付き合い、誰と接したくないか選択をします。個人的な時間は勿論、仕事であっても」
彼女の話を、ユーリアは黙って聞く。
「イサオ氏は、自分の配下に入らないなら排除する。これを徹底していました。それなら、犠牲は沢山でますが、その後の統治はしやすくなります。いうことを聞く人間だけを選別したわけですから」
彼が創設した自由博愛連合。ユーリア曰くイサオ帝国、イサオの仲良しクラブ。その中に加盟していない町は、ポロッカやショウトのように容赦なく超大型爆撃機、富嶽によって焼野原にされた。
「ですが、そんな世界ろくなものじゃありません。祖父がよく言っていたんです。自分の育った場所は、限られた人間が全てを取り仕切り、反発すれば容赦なく捕まえられ、目的のためなら見返りもなく命まで差し出させられた、と」
1人の人間が取り仕切り、それを崇拝し全てを肯定する人間が周囲を囲んだ先に待ち受けるものど、果てのない搾取や暴走に他ならない。
「でも、ユーリア議員は私を雇う際に言いましたよね。生き残るためなら、嫌いな人間でも手を取り、共に生存努力をすると。普通なら利害が一致していても、嫌いな人間とは手を結ばないものなのに、排除するわけでも、無視するわけでもなく、この人はそれでも手を取りに行く。たとえ相手が元空賊であっても。物好きな人だな、面白い人だなと、当時思いました」
これまで聞きもしなかった言葉に、ユーリアは面食らう。
「そして思ったんです。こんな物好きな人の目指す理想が実現したとき、その時世界は、イジツは、どうなっているんだろうな、と」
彼女は、飛行船の窓から果てなく広がる荒野を見渡す。
「あなたの理想が実現できるなら、そうなった世界を、ちょっと見てみたいって、興味がわいたんです」
彼女はユーリアを見上げる。
「これがあなたの側につく理由ですが、どうですか?」
彼女の話が終わったところで、ユーリアはようやく現実に意識が引き戻されたように目を瞬かせる。
「……ふふ。ははは」
すると、彼女の口から笑いがこぼれる。
「ハハハ、フハハハハハ、あーははははは!」
笑い続けるユーリアを前に、ハルカは戸惑い始める。
「あ、あの、ユーリア議員?何か気でも触れましたか?」
心配する彼女をよそに、ユーリアは笑い声をあげる。羽衣丸の副船長は、自身のことを日和見派とか、正統的中道主義と言っていて、つまらないと思ったユーリア。でも、目の前の彼女は違う。
「あー、ごめんなさい」
すると、彼女はハルカのあごに右手を伸ばし、顔を少し上げさせて視線を合わせた。
「あなた、面白いこと言うわね」
「そう、ですか?」
「ええ、とっても」
ユーリアをガドールの高飛車女、変態などと悪く評することはあっても、面白いなどと評した人間に、彼女は出会ったことがなかった。
「……気に入ったわ」
ユーリアは彼女に顔を近づける。
「なら、あなたは私の用心棒をこの先も続けなさい。私の目指す世界が実現されていく様を、私のそばという特等席で、しかとごらんなさい!」
「は、はい」
あごが持ち上げられているので、彼女は口で応えた。
「だから……」
途端に表情を引き締め、ハルカの両肩に手を置く。
「死ぬんじゃ、ないわよ。」
ユーリアは、内心ガラでもないことを言ったものだと思う。だが、これだけ強い用心棒は滅多にいないので手放したくはないし、彼女と過ごす時間を、最近気に入りつつあった。
それに、ハルカはユーリア議員の思想の数少ない理解者、ハリマ評議会のホナミ議員の血縁の人間。
もし彼女をむざむざ失おうものなら、ホナミから一生恨まれ続けるのは想像に難くない。
「……はい」
彼女はユーリアと目を合わせながら、静かに頷いた。
一方そのころ、部屋の前では。
「聞いたか、弟」
「うん、お兄ちゃん」
ユーリア護衛隊の隊長と副隊長は、驚愕の表情を浮かべていた。
「ユーリア議員が、あんなに笑われるなど……」
「これまでなかった」
付き合いの長いユーリア護衛隊の2人でも、彼女があんなに笑う声を聴いたことはない。ユーリアが口にすることの多くは、政治的な話や議会に対する不満だったからだ。
そんな彼女が笑い声を漏らしたり、ハルカの太ももを枕にしたり、最近は目に見える変化が訪れている。
きっと、理解者が少しずつでも増えて、自信が持てるようになり、心に少しずつでも余裕が生まれてきたのかもしれない。
「悪いことではないな、弟」
「ちがいないね、お兄ちゃん」
「それでも、我々のやることは」
「変わらないね」
ユーリア護衛隊であるなら、彼女の理想が実現できるその日まで、彼女を守り続ける。それは変わらない。
2人はそのまま静かに、部屋の前から去っていった。
ガドールを出航してしばらく、次第に太陽が落ち、あたりを闇が支配する時刻になってくる。
ユーリアたちは夕食を済ませ、食後のお茶を楽しんでいる。
「どうだった、食事は?」
「おいしかったです」
「そう、口に会ってよかったわ」
ハルカと話してわかったことだが、空賊の食糧事情というのは決してよくない。競合する集団やあるいは自警団などから逃げ回る上で、食料というのは大事だが荷物にもなる。
荒稼ぎしていたウミワシ通商でさえ、日々の食事は保存のきく堅いパンや粉の多いコーヒーとろくなものではなかったらしい。
なので彼女は、食事はあくまで空腹を紛らわせる手段だと割り切っていたようだ。
その割に、出るとこ出て、引っ込むところは引っ込むいいスタイルをしているが。
空賊と悟られないよう食事のマナーはしっかりしているが、日々の食事がそんなものではあんまりだ。
パイロットたちにとって、食事は戦闘の緊張から解放してくれる数少ない楽しみでもある。特に飛行船での長い船旅ならなおさら。
飛行船での旅で一番大事なのは、腕の良いコックをのせているかどうかだ、と言われるほどであった。
ユーリアは目を細め、向かいに座るハルカを見つめる。
彼女は家族を亡くしたことで、不安定な状態にあるのはユーリアも悟っていた。だから、日々の楽しみを少しでも作ることで、なんとかつなぎとめようと色々ひそかに策を講じていた。
彼女の好みがわかれば用意もしやすいのだが、それがまだはっきりしない。というより、好みがあるのかどうかも定かではない。
今度パンケーキ好きやカレー好きのコトブキ飛行隊隊員たちの協力を得て、食べ歩きにでも彼女を連れ出してもらおうかとユーリアは内心考える。
「隊長、アレシマへの到着予定は?」
「今の速度で行けば、明日の昼過ぎころの予定です」
今のところ空賊に遭遇してはいないが、警戒は続けている。
もっとも、議員の外遊の目的地や日程は議会や事務局に伝えてあるが、航路は秘密にしている。情報漏れがない限り、空賊の少ないルートを行けば遭遇は回避できるはず。
「そう。彼女の言う、空賊の根城のある場所を通るのは?」
「明日の明け方です」
今回選んだ航路上には、空賊の根城が1か所存在している。
アレシマは、物流の要所の町で、多くの輸送船が日々ひっきりなしにやってくる。
アレシマ方面へ向かう輸送船を襲えば、高い確率で積み荷を積んでいる場合が多い。なので、周辺には空賊の出没が多数確認されている。
「わかったわ。それまで各員、十分休息をとっておくようにね」
「「「はい」」」
ユーリアはお茶のカップをおくと、憂鬱そうな顔で言う。
「にしても、またアレシマなのね……」
その言葉に、隊長と副隊長は苦笑し、ハルカは首を傾げた。
「何か、あったんですか?」
「自由博愛連合の会長イサオの策略で、空賊を使って私を殺しにきたのよ」
こともなげにユーリアは言う。
「最後はイサオ氏の撃墜した飛龍が、ユーリア議員のいた対談会場、オーシャン・サンフィッシュホテルへと突っ込んできた。幸い、地面との摩擦で止まってくれたがね」
「……そんな場所が今回の対談会場なんですか?」
「言っておくけど、私は空賊どもがまた来ても避難しないわよ」
「議員の身の安全が最優先じゃ、ないんですか?」
「そうだけど、逃げたら議会のクソ野郎どもに散々突っ込まれるのがわかりきっているの!腰抜けって思われるのが一番癪なの!」
隊長と副隊長は苦笑するしかなかった。ハルカも、これがユーリア議員の通常運転なのだなとあきらめる。
「それに、今回は悪魔の加護もあるもの。空賊が大人数で来ようとも問題ないわ」
「……悪魔は加護をくれるものではないと思いますよ」
彼女は、それだけ自分があてにされていると感じる一方、悪魔と呼ばれることはやはり好きになれない。
船員たちが食事の食器を片付け終えたところで、隊長たちは席をたった。
「では、持ち場に戻ります」
ハルカも席を立つ。
「私も」
「待ちなさい」
歩き出そうとしたところで、彼女はユーリアに首根っこを掴まれたたらを踏んだ。
「あなたはこの部屋にいなさい。私の話し相手兼護衛。いいでしょ?」
「でも、あとは寝るだけですよ?」
彼女にも個室が割り当てられているので、シャワーを浴びて戦闘に備えて睡眠をとっておかなければいけない。
「なら私の隣で寝なさい。護衛なんだからそばにいるのが自然でしょ?」
正論のようでとんでもないことを言ってくる議員に、彼女は唖然とする。
「大丈夫だ、ハルカくん」
隊長が微笑ましい表情でいった。
「襲撃があれば、この部屋でもちゃんとサイレンがなる。聞き逃す心配はないから安心しなさい」
「いえ、そういう問題じゃ……」
「なら隊長、この子借りるわね」
「はい、構いません」
本人の意向を無視し、話がまとまった彼女は、その場で項垂れるしかなかった。
「はあ……」
議員の個室には、その部屋でしたいことが完結できるよう、トイレやシャワールーム、寝室等が全て一部屋にまとめられている。
そのシャワールームの脱衣場で、彼女は服を脱いでいた。
「なんでこうなるかな……」
彼女は小声で愚痴をこぼす。
思い返せば昼間のやり取り、ユーリア議員のことを物好き、面白いと言って以降、距離を詰めようとしている。
そのやり取りによって、ユーリアはハルカへ興味を持ったようだ。
「恥ずかしがらず、さっさと脱いじゃいなさい」
せかす彼女に、ハルカは少々恥ずかし気に頬を染めながら服に手をかける。
防寒用の茶色のジャケット、そして黒いシャツと上から順に脱いでいく。
上半身が下着だけになったとき、ユーリアは彼女のある個所に視線が釘付けになった。
「ハルカ、それは……」
「……ああ。これですか」
彼女は気にした様子もなく、淡々と言った。
ユーリアの視線の先、ハルカの左腕の上腕には、腕を切り裂いたような大きな傷跡が走っていた。
彼女の綺麗な肌の中でも肉がわずかに盛り上がっており、目立って見える。
「昔、九七式戦闘機に乗っていたとき、空賊が撃ってきた機銃弾が操縦席を貫通しまして。なんとか落としたんですが、気が付けば左腕から血が流れだしていて。傷跡が残ってしまったんです」
わき腹にある傷跡は、先日のラハマ上空で行われた空戦の際、紫電改と戦ったときのものだという。
「後遺症は残らなかったの?」
「幸いにして。でも、あまり見られたいものじゃないですね」
「……いつから?」
「正確には憶えていませんが、大体8年くらい前ですね」
そんな時期から彼女は危険な空をかけていたと思うと、ユーリアは表情を曇らせる。
スカートも脱いだ彼女の体を見ると、日頃服に隠れて見えない部分には、切り傷や銃創といった傷がいくつか見られた。
「気にしないでください。戦闘機乗りは、人に見せたくない傷の1つや2つ、珍しくありません」
そういうものの、ユーリアは気にならないわけではなかった。
これまで彼女は、一体どんな修羅場を潜り抜けてきたのか。気になる一方で、知りたくない恐怖のようなものがあった。
そして2人は、上から降り注ぐ温かいお湯の雫でその日の疲れを洗い流す。
その間、2人は無言だった。
「そろそろ、出発時刻ですよ」
ムフっと口端を上げて笑うおかっぱ頭に丸眼鏡をかけた男性に向かって、飛行服を着た白髪が目立つ男性は嫌そうな顔を向ける。
「目的は、例のガドールの高飛車女が乗った飛行船の撃墜、だったな」
依頼の内容を確認する白髪の男性は、空賊シロクモ団の団長。
「ええ、そうですとも」
「戦力は、鍾馗が8機で間違いないんだな」
「勿論。私の情報が信じられないと?」
丸眼鏡をかけた男性は、根城の中に並ぶ戦闘機を見つめる。
白色の塗料で、機体全体を覆うように描かれた蜘蛛の巣の模様が特徴の、シロクモ団所属の12機の飛燕。
「こちらは、飛燕が12機。加えてアレシマから助っ人を2人呼んでおります。助っ人は、疾風が2機。十分な戦力でしょう?」
「金の約束は?」
丸眼鏡をかけた男性が指を鳴らすと、部下と思しき人物が大きなトランク3つを開けた。
中には、札束が敷き詰められていた。シロクモ団の団員たちは息をのむ。
「……わかった。行くぞ!野郎ども!」
団員たちは団長に続き、乗機の操縦席へと滑り込んだ。
「ムフッ、ガドールの高飛車女。私たちの野望を邪魔してくれたお礼に、今夜伺いますよ」
男性は1人口角を上げ、ムフッと笑っていた。