荒野のコトブキ飛行隊 ~ 蒼翼の軌跡 ~   作:魚鷹0822

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順調にアレシマへ向かう道中、ユーリア議員の行動に戸惑う彼女。
だが彼女の情報通り、襲撃者の手が忍び寄っていた。


第5話 出撃 ユーリア護衛隊

「あの、ユーリア議員……」

「何かしら?」

 背後から聞こえる声に、ハルカは問いかける。

 

「なんで、こうなっているんですか?」

 

 ハルカはベッドの上で、ユーリアに後ろから抱きしめられている。

 因みに、ユーリアは寝間着に着替えているが、ハルカは防寒用のジャケットとブーツを身に着けていないだけで、寝るときも昼間と格好は変わらない。

 護衛隊はいつ出撃になるかわからないため、昼夜問わず着替えはするが同じ格好でいることが多い。

 この部屋にいろとユーリアに止められ、ならソファーで寝ようかとも思ったが、あろうことか隣で寝ろというお達しが出た。

 なんでこうなる。彼女はそう思わずにはいられなかった。

「こうして接している方が、お互い存在を確認できて安心できるでしょ?」

「……どんな安心ですか?」

「お互いが体温を感じている間は、2人とも無事ってわけ」

「……冷たくなれば死亡と判定ですか?せめて腕を離してください。襲撃があった場合、動きにくいんですけど」

「大丈夫よ。もし誰かがこの部屋のドアを開けて私を殺そうとしてきたら、このままあなたを抱えて盾にするから」

「……肉の壁ですか?銃弾に撃ち抜かれそうですよ」

「でもあなたに死なれるのは困るわね。なら、背中を向けてあなたを守るわ」

「それでは用心棒の意味がないんですけど……」

「枕としての意味はあるんじゃないかしら?昨日してもらった膝枕は、とっても気持ちよかったもの」

 その時の場面や隊長たちとのやり取りを思い出し、彼女はユーリアからは見えないが頬を赤く染めた。

「あれは議員が突然してきたんじゃないですか。それだけじゃ飽き足らず、今度は抱き枕ですか?」

 

 彼女は、このユーリアという人物がわからなかった。

 

 ガドールの高飛車女、積極的融和派、反乱分子。彼女を語るレッテルは多いが、こうして生活を共にしていると、そのどれもが彼女のごく一面しかとらえていないことがわかる。

 さきほどのレッテルは、あくまで彼女の議員としての顔であって、議員じゃないときの顔をとらえてはいない。

 ただ1つ、毒舌というか率直な物言いは議員でも私人でも変わらないことがわかった。

 他に頼れる情報源といえば、彼女とキンダーのときからの付き合いだという、幼馴染のマダム・ルゥルゥしかない。

 マダム・ルゥルゥ曰く、彼女は……。

 

 

―――変態……。

 

 

「痛っ!」

 突如襲ってきた鋭い痛みによって、脳内会議から現実に引き戻された。

「な、なにす、いだだだだだだ!」

 いつの間にかユーリアは、ハルカのスカート上から、彼女のお尻を抓っていた。

「……なんだか、とっても失礼なことを考えていそうだったからよ」

「人の心を読まないでくださ、いだだだだだだ!」

 図星だったことを素直に応えてしまった結果、しばし彼女は痛い思いをすることになってしまった。

 

「あなたがわかりやすすぎるのよ。正面から見えてなくてもわかるわ」

「そんなにですか?」

「ええ」

 悲しきかな否定できない。

 先日、ラハマへみかじめ料を返しに行った際、コトブキ飛行隊隊長のレオナに、なぜ立ち寄ったのか問い詰められ、咄嗟に言った誤魔化しの言い分が全て疑われる程度には彼女はわかりやすいのかもいれない。

 ふと、再びハルカに腕が回される。

「どうせルゥルゥが、私のこと変態だ、とでも吹き込んだのでしょう?安心しなさい、変なことはしないから」

 なら今、年下の女性を腕の中に抱いているのは変なことではないのか、と疑問がわく。

「時々ね、人肌が恋しくなるの」

 そういわれると、彼女はまわされた腕をほどくことができなかった。

 こんなこと、護衛隊の隊長たちや飛行船の船員たちには頼めない。

 用心棒としてそばにいて、同性の彼女くらいしか。

 ハルカは回されている腕に手の平を重ねた。

「議員がそう思うこと、あるんですね」

「……私だって人間よ。寂しかったり、悲しかったり、イライラしたり、人肌が恋しくなることだってあるわよ」

「……マダム・ルゥルゥとは、旧知の仲、なんですよね?」

「そうよ。キンダーの時からの縁。彼女はガッチガチの現実主義者だったから商人に。夢見人の私は政治家の道へ」

「でも、仲悪そうに見えますけど……」

「長い付き合いだもの。そんなときもあるわよ」

 ユーリアの遠慮のない物言いに対し、ルゥルゥは文句ひとつ言わない。

 恐らく、ユーリアはそれでも受け止めてくれることがわかっているし、マダムもユーリアの物言いが昔から変わらないからあきらめているのかもしれない。

 

 切れない縁。

 

  結局は、それが答えなのかもしれない。

 隊長たちが言うには、愛しているわ、と衆人環視の前でいったのだとか。

「だったら、こういうことはマダムにお願いしては」

「できるわけないでしょ」

 即答される。それなりの大人の女性同士が抱き合う。それはそれで一定の需要があるのかもしれないが、絵面を想像するとスキャンダルのもとになりかねない。

「気を付けなさい。彼女は人を踊らせるのが得意だし、朱に交われば赤くなる」

「赤いドレスを着ているだけに、ですか?」

「そうね。でも、あなたは染まる必要はないわよ」

 彼女は耳元でいう。

「コトブキと仕事するときは、気を付けなさい」

「……はい」

 間もなく、後ろから寝息が聞こえてくるのを確認すると、ハルカも目を閉じた。

 ユーリアは距離を詰めてきている。

 すくなくとも、邪険にされるよりは余程ましだが、彼女との接し方を考える必要があると、思わずにはいられない。

 

 

―――誰かのぬくもりを感じながら寝るのって、何年ぶりだろ。

 

 

 ユーリアの体温を背中に感じながら、ハルカは思う。

 昔は、隣で誰かが寝ているのが当たり前だった。

 幼い頃は母親や父親、姉に兄。そして、祖父母。

 

 でも、みんな1人、また1人といなくなった。

 

 みんな、彼女を置いて、向こう側へ行ってしまった。

 

 ウミワシ通商に居た頃は、部屋で1人過ごしていた。でも、まだ家族が遠くの地で生きていた。

 この同じ空の下に、みんないるんだと。そう思って寂しさを紛らわせていた。

 その彼らも、もういない。

 ガドールに来てすぐ自室で寝るとき、彼女は本当に今の自分は1人なのだと痛感した。自室は不気味なくらい静かで、寒かった。

 電話をかける先も、手紙を送る先も、もうない。

 部屋ではあまり寝られず、班長たちが寝静まるころを見て、彼女は愛機の零戦、レイの操縦席へと潜り込んで、そこで寝ていた。

 そこなら少なくとも、祖父との思い出が、彼女を温めてくれたから。

 

―――温かい。

 

 少し変態という噂が気になったが、誰かが一緒に居てくれるということに、彼女は安心感を覚えていた。

 そして、次第に彼女も眠気にまけ、意識が沈んでいった。

 

 

 

 腕の中の彼女の寝息が聞こえてきたのを確認し、ユーリアは目を開ける。そして、ハルカをひっくり返して自分と向かい合わせる。

 安らかな寝顔に寝息。安心して眠っているようだ。

 彼女は、柄にもないことをしていると思っている。

 でも、彼女を1人にできない理由があった。

 それは数日前、護衛隊の整備班長からある報告を受けてからだった。

 

 

『ハルカが零戦の操縦席で寝ていた?』

『ああ、整備始めようと1人格納庫に早朝に行ったらな。何かあったのか?泣いたあとがあったぞ』

 

 

 そんな報告を受けては、居ても立っても居られない。

 その理由も、察しがついた。

 身内の殆どを失った今、彼女にとって家族とのつながり、思い出になるようなものはあの零戦くらいしかない。

 話を聞けば、なんでも大好きだった祖父と父が一緒に作ったものの1機らしい。

 まだ慣れない環境で1人、適応しようと必死になるも、彼女に投げかけられる言葉は護衛隊から出ればひどいものが多い。

 とくに、議会で非難を浴びたとき彼女は小刻みに震え、怯えていたのを覚えている。

 よりどころとして、家族との思い出に浸りたくて、それしか支えがないから、愛機の操縦席に居たのだろう。そうユーリアは考えた。

 同時に、危ない状態であるとも察した。

 折角彼女はユーリアの考えが、面白い、そう言ってくれた。

 そんな理解者を失いたくない。手の届くところにいる人間1人救えないものに、大きなことがなせるわけない。

 その言葉をユーリアは破らないため、こういう行動に出たのだった。

「……まったく」

 ユーリアは彼女に回した腕に力をこめる。

「周りを頼りなさい、そう教えたはずでしょ」

 たとえ、血縁の人間ほどではなくても。

 ユーリアも眠気にまけ、瞼をさげた。

 

 

 

 

 周囲を闇が包む世界。

 イジツの夜は、月明りで空戦ができる程度には明るいが、夜目に慣れるため船橋内は暗く、最低限の明かりのみにおとされている。

 その暗い中、レーダーのモニター上に、点滅する光点が表示される。

 

「船長、2時の方角に機影です」

 

 座っていた飛行船の船長は、帽子をかぶりなおし、表情を引き締める。

「呼びかけに応答は?」

 通信士が不明機に交信を試みる。

「ありません」

 彼は時計を見る。今回から参加した、あのユーリア議員が連れてきた用心棒。

 彼女の情報によると、明け方、この船は空賊の拠点の1つの近くを通ると言っていた。

 時計の針は、朝6時を示していた。

「……流石は元同族、情報は正確だったということか」

「機影の数、12。高速で接近中。戦闘機と思われます」

「やり過ごすことは?」

「無理です。明るくなってきましたし、それに戦闘機ならともかく、飛行船が隠れられる雲が少なく、難しいかと」

「……わかった」

 彼は無線のマイクをとり。船内全体に送信するよう設定する。

「総員、戦闘配置!戦闘機隊は、直ちに出撃!」

 

 

 

 

 サイレンの音が耳の鼓膜を激しく揺さぶり、脳を一瞬で覚醒させる。

 眠っていたハルカは、正面にユーリアの顔があるのに一瞬戸惑ったものの、ベッドから抜け出ると、ハンガーにかけてあった防寒用のジャケットに袖を通し、次いでブーツに足を通し、ジャケットの横にかけておいた飛行眼鏡を手に取る。

「……ハルカ、どうしたの?」

 目をこすりながら、寝間着姿のユーリア議員が体を起こす。

「敵襲です!ユーリア議員は早く船橋へ!」

 ドアがノックされる。

「失礼します!」

 返事を待たず、ドアが開け放たれる。護衛隊の隊長と弟さんだ。

「隊長!」

「準備は!?」

「いけます!」

 隊長は頷くと、ユーリアに視線を向ける。

「出撃します。議員は早く船橋へ!」

「わかったわ」

 彼女は寝間着の上に防寒用の上着をきる。

「格納庫へ走るぞ!」

 隊長たちを追って、彼女は駆けだそうとする。

「ハルカ」

 ユーリアの声に、彼女は足を止める。

「気を付けて」

 彼女は議員に向きなおり、礼をすると隊長たちの後を追って走り去った。

 

 

 

 飛行船の下層の方にある格納庫を目指し、ユーリア護衛隊の隊員たちは走る。緊張に表情を引き締める者、眠気がまださめず眼をこする者、目覚めない同僚を引きずって走る者など色々いるが、それでも向かう場所は同じ。

 廊下をかけ抜け、先頭を走る隊長がドアを開け放った先は、護衛隊所属の戦闘機の並ぶ格納庫。

「各員、すぐ始動準備にかかれ!」

「「「はい!」」」

 各員が乗機の操縦席へと滑り込む。

「班長!」

「おう嬢ちゃん!いつでも出られるぞ!」

 イナーシャハンドル片手に準備万端を伝える整備班長に笑みを返しつつ、ハルカも主翼の付け根から上り、操縦席へと滑り込む。

 各計器類を確認、異常なし。

 レバーを回して、カウリングの左右側面のカウルフラップを展開。

 いつもの手順を進め、彼女は叫んだ。

 

「始動準備!」

 

 翼の下で待っていた整備班長がエンジンの右側からイナーシャハンドルを差し込み、回し始める。

「点火!」

 班長の合図でハルカはエンジンを始動させる。

 栄エンジンが唸りを上げ、目の前の3枚羽のプロペラが回りはじめ、間もなくカウリングの左右から伸びた推力式単排気管から排気が勢いよく噴き出され、プロペラが回転速度を増していく。

 暖気運転を行う間に、動翼やプロペラピッチの確認を行う。

『全機、相手はおそらく飛燕が12機ほどと思われる。数の上では相手が上だ。用心していくように』

 隊長からの言葉を聞きつつ、確認を終える。暖気が終わり、全機の車輪止めが外される。

「総員注意!制動開始!」

 班長の声に整備員たちは危険個所より退避。隊長と副隊長の鍾馗が動き出し発艦位置へ向かう。それに続き、ハルカはブレーキから足を離し、零戦を滑走路へ向かわせる。

 腰のベルトを締め、副隊長機の後方位置で停止する。

 これまで飛行船を襲撃した経験は数多あれど、護衛した記憶は数えるほど。

 飛行船を護衛するうえでの注意事項を思い出しつつ、発艦の番を待つ。

 副隊長機の鍾馗が飛行船から飛び立つのを確認すると、進路脇の信号に目を向ける。

 点滅していた緑色のランプが常時点灯に変わる。指示に従い、彼女はスロットルレバーを徐々に開く。

 零戦が加速を始め、速度を増していく。操縦桿を軽く前に倒し、尾部を持ち上げる。

 そしてさらに速度を増し、揚力を得た翼が空をつかんだ瞬間、飛行船から飛び出した。

 一瞬機体と体が空に沈み込む奇妙な感覚の後、着陸脚と尾輪をしまってカウルフラップを閉じると、隊長機のそばに機体を誘導する。

 後方から次々発艦してくる味方を背に、彼女は2時方向に視線を向ける。

 月の光のおかげで、イジツの空は言うほど暗くはないが、それでも昼間に比べれば視界は悪い。

 誘導灯や排気管の炎の光を頼りに、味方と衝突しないよう注意を払う。

『全機、無事に発艦したな』

 護衛隊の8機の鍾馗と1機の零戦が、前後2列に並んで飛ぶ。

『前方に機影を確認。情報通り、飛燕が12機ほどだ』

 前方に、月明りに照らされ鈍く銀色に輝く機体が見える。

『各機、2機編隊でいく。敵を追いすぎて飛行船から離れないよう注意』

「隊長」

『なんだ?』

「私は、隊長の指揮下に入りますか?」

『いや、君は好きに動いてくれていい』

「……いいんですか?」

『頼りにしている』

 ハルカはため息を吐き出す。

「……了解」

『よし。ユーリア護衛隊、いくぞ!』

「「「了解!」」」

 彼女はスロットルレバーを開き、雲の中へと飛び込んでいった。

 

 

「お、来たな」

 機体全体を覆うように描かれた蜘蛛の巣模様が特徴の、空賊シロクモ団の飛燕。その先頭を飛ぶ団長は、狭い操縦席の風防から前方を見る。

「飛行船から飛び立ったのは、鍾馗が8機か」

『団長、依頼人の情報通りっすね』

 団長は、飛行船の襲撃を依頼してきた、丸眼鏡をかけたいけ好かない男のことを思い出す。態度が気に入らない男だったが、報酬は破格。

 内容は、用心棒の鍾馗8機を落として飛行船を落とすだけ。

 こんなうまい話はない。

 シロクモ団は飛燕12機に依頼人が用意した助っ人が2機。標的の用心棒は8機。普通に戦えば負ける戦闘ではない。

「よし、シロクモ団。全機、いく」

 突如、先頭を飛ぶ団長の機体を振動が襲った。

「な、なん」

 エンジンを積んだ機首から煙が上がり、瞬く間に火を噴き出した。

「い、いったい何」

『だ、団長!』

 団長の乗った飛燕は制御を失い、地面に向け高度を下げていった。

 その直後、彼は雲から飛び出してきた1機の飛行機が、すれ違い様に副団長の飛燕を撃墜していくのを、視界の端に見た。

 

 

「まず2機」

 雲に隠れながら距離を詰めたハルカは、シロクモ団の側面から仕掛けた。空賊は、飛燕10機が後方2列に分かれて飛び、先頭に1機、そのすぐ後ろの斜め後方に1機いるという、誰が団長なのかあからさまな布陣だった。

 先頭を飛ぶのが団長、そのすぐ後ろにいるのが副団長と悟った彼女は、その2機の撃墜を最優先にした。

 右側面の、少し上方から降下しつつ、すれ違い様に団長機と副団長機を撃墜。

 水平に右に旋回し、シロクモ団の後方につき、13.2mm機銃を撃ちこむ。

 機銃弾は飛燕の急所、胴体下のラジエーターに命中。冷却機構をやられた飛燕が1機落ちていく。

 敵が二手に分かれた。片方はそのまま直進、別れた方は左へ旋回。恐らく後方を取るつもりだろう。

 彼女は周囲を気にしながら前方を飛ぶ飛燕をまた1機落とす。

『ハルカ君!後ろについたぞ!』 

 隊長の声に後ろを振り向く。

 さきほど別れた飛燕が、案の定後方についた。

 機首の機銃が火を噴いた。彼女はフットペダルを踏んで機体を滑らせて回避。スロットルレバーを開き、前方を飛ぶ飛燕との距離を詰める。

 すると、後方を飛ぶ飛燕の銃撃がやんだ。

 彼女の進路上に味方がいる。撃てば彼女に当たるかもしれないが、味方を落とす可能性がある。

 その心理のせいで発砲できないでいる。

 そんな状況に焦れた数機が発砲。機首を下げて降下。彼女に当たるはずだった機銃弾は味方を誤射し、3機が落ちていく。

味方を誤射したことで隙ができた後方の飛燕の下へ回り込み、下方から機首をあげ、飛燕のラジエーターを撃ち抜く。また2機、煙を拭きながら落ちていく。

 

 

「……いい腕ですね」

「悪魔の名は伊達ではない、……ということか」

 飛行船の船橋の乗組員たちは、前方で繰り広げられている光景に唖然としていた。船橋内の雰囲気を見て、ユーリアは思惑が上手くいったことを実感した。

 彼女は護衛隊の隊長と隊員たちに、襲撃があったらスピードを落として進み、ハルカの零戦を先行させるように指示をしていた。

 

―――空戦があったら、彼女に極力敵を落とさせなさい。

―――彼女の実力を、披露するためにね。

 

 日々ともに過ごす時間の多いユーリア護衛隊のパイロットや整備班と違い、飛行船の乗組員たちは彼女の経歴は聞かされても人となりや技量は知らない。

 それに、彼女の元空賊という経歴故に疑っているものも多い。その状態を一刻も早く解消するために、ユーリアは護衛隊と結託して彼女の実力を披露する機会を作ったのだ。

 

―――お披露目はもう十分かしら。

 

 接敵した護衛隊の8機の鍾馗が、2機ずつに分かれ飛燕へと挑みかかっていく。といっても、すでにハルカが半数近くを落としている。

 もう、勝敗は決した。

「レーダーより敵機の反応、消失しました……」

 数の上では空賊が上だったにも関わらず、あっという間に決着がついたことに乗員たちは唖然としている。

「船長、護衛隊に帰還命令を出してちょうだい」

「は、はい……」

 戸惑いながらも、船長はマイク片手に言う。

「護衛隊全機へ。空賊がレーダー上より反応消失。全機」

「待ってください!」

 船橋内に、電探担当の声が響いた、

「2時方向より、高速で接近する機影あり。数2。戦闘機と思われます」

 そのとき、雲を突き破り、全体を黒と灰色の迷彩模様で塗られた、シロクモ団の飛燕とは明らかに異なる機体が現れた。

 2機並んで現れた機影は、護衛隊9機の機体の中で、迷うこともなく彼女の零戦の後方につくと機銃を一斉に放った。

 

 

「っち!」

 ハルカはフットペダルを蹴りこみ、直後に機体を急旋回させて銃弾を回避する。

 後ろを振り返ると、追いかけてきているのは、機体が黒と灰色で塗られて視認しにくいものの、鍾馗の姿に隼を合わせたような特徴的な姿で察した。

「疾風か!」

 彼女は機体を左右に滑らせて銃撃を回避する。そして機首を下げて雲の中へ逃げ込む。

 疾風は雲の中には入らず、彼女が上昇してくるのを待っている。

 雲の中は気流が悪いし、雲で視界が遮られ上方の状況がわからない。

 彼らは無理に深追いせず、彼女が上がってくるのを待つ。

 次の瞬間、変化が訪れた。雲を突き破り飛来したのは機銃弾だった。下方からエンジン付近を撃ち抜かれた疾風が、1機落ちていく。

 その機銃弾の弾幕の後ろから、彼女の零戦が現れた。

 だが、残りのもう1機の疾風はさきの機銃弾を回避するため上昇しており、空中で反転し零戦の背後へ回り込んだ。

 すると、零戦は機首を下げて急降下に転じ、疾風もあとを追う。

 疾風のパイロットは、一瞬笑みを浮かべた。零戦52型丙が、急降下速度が引き上げられているとはいっても、疾風には及ばない。

 先に制限速度になって機首を上げるのは相手だ、そう確信を抱く。

 間もなく訪れる上昇に転じた瞬間を狙えばいい。そう考えた。

 速度計の針が、次第に52型丙の制限速度に近づいていく。

 疾風が近づき、彼女の真後ろについた。

 

―――今!

 

 零戦は降下をやめ、機首を持ち上げた。上昇、ではない。

 ハルカは零戦を、機首を上げた状態で固定。その姿は、首をもたげた蛇のようだった。

 機体全体を降下方向に対して垂直に持ち上げたことで、空気抵抗が増し零戦は大きく減速。後方の疾風は衝突を避けるため右へ舵を切り追い越した。

 ハルカは即座に機首を下げて機体を降下させ、疾風の後ろをとる。

 13.2mm、20mm機銃計3丁を一斉に放つ。命中した主翼付け根から火の手が上がるも、間もなく消火装置が作動したのか鎮火される。

 だがさらに撃ちこまれた機銃弾は、疾風の垂直尾翼に右側の水平尾翼、左主翼の翼端を損傷させた。バランスを崩した疾風は煙をふきながら、荒野へ落ちていった。

「……はぁ~」

『ハルカ君、無事か!?』

 隊長の焦った声が聞こえる。

「無事です。疾風は2機とも落としました」

『そうか……』

 遅れて、安堵の息をはく音が無線から聞こえる。

『レーダー上に空賊の機影なし。全機、帰還してください』

「……了解」

 護衛隊全機が、飛行船へ機首を向ける。彼女も愛機の機首を向ける。

「はあ~」

 安堵した彼女も、操縦席内で大きく息を吐き出す。

「フフ……」

 操縦席内で彼女は、不敵な笑みを浮かべた。楽しそうでありながら、不気味な笑みを。

 体を刺すような寒さ、一瞬の気のゆるみも許されない高速での空戦、火薬の燃える硝煙の匂い、体を押しつぶさんばかりのG。そのどれもが、今の彼女には愛おしかった。

 生と死の交錯する空。迫る死の気配、得られる生の実感。

「……ハハハ」

 飛行船に戻るまで、彼女はどこか楽しそうに、小さく笑い声を漏らしていた。

 

 

 

 

「どういうことだ!話が違うじゃねえか!」

 ボロボロになった服装で、着の身着のまま根城に帰ってきたシロクモ団の団長と団員たちは、待っていたいけ好かない態度の、丸眼鏡をかけた依頼主に怒鳴った。

「何が違うというのでしょうか?」

「とぼけるな!相手は鍾馗8機という話だった!零戦が1機いるなんて聞いてないぞ!」

「零戦1機増えたところで、何か問題でも?飛燕12機に疾風2機。十分でしょうに」

 それだけそろえて全滅したのか、おまえたちは。とでも言いたげに依頼人は団員たちを冷めた目で見つめる。

「ただの零戦じゃない!あの噂の機体だ!」

「……噂」

 依頼人、ヒデアキは目を僅かに細める。

 噂になっている零戦。

 数で優勢だった状況でも立ち向かい、状況をひっくり返した技量。

 彼の頭に、1つの可能性がよぎった。彼は先日、その現場を遠くから見ていたのだから。

「噂の、というと、もしや……」

「蒼い翼の零戦だ!あいつがいるなんて聞いてない!知っていたら、初めからこの話をうけるなんてしなかった!」

 ヒデアキは団員たちのことなど目に入らないようで、1人何かをつぶやいている。

「あやつが、ユーリアに……。なぜ」

「とにかく!おれたちを騙したんだ!報酬は払ってもらうぞ!」

 ヒデアキの手振りで、部下であろう男たちは全員銃を抜いた。

「おっと動かないでくださいね」

「……貴様」

「依頼が失敗したのですから、報酬は当然なしです。それとも、命と引き換えに金を奪いますか?」

「……こいつ」

 そのまま動けないシロクモ団の団員たちを背に、依頼人、ヒデアキは根城をあとにした。

 

 

「どうなさいます?」

「……彼らの話が本当か、確かめる必要があります。彼らの目的地はアレシマでしたね?」

「はい。ガドールの協力者によると、ですが」

 ヒデアキは顎に手をあて、何か考えるしぐさをする。

 ウミワシ通商の崩壊以降、行方がわからなかった蒼い翼の零戦。敵になったとすれば、かなり厄介な相手になる。

 自由博愛連合は、今はまだ表立って動くときではない。

 ならば、使える手駒を使うまで。

「アレシマ警備保障に連絡を。対談の日に、襲撃を行いましょう」

 彼は日の登り始めた空を見上げながら、ムフッと笑った。

 

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