荒野のコトブキ飛行隊 ~ 蒼翼の軌跡 ~   作:魚鷹0822

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無事に目的地アレシマに到着したユーリア議員たち。
対談までの時間を利用し、地形や襲撃ルート等を探る
ため町の散策に出る彼女。そして馴染みの情報屋から、
気になる情報を聞かされる。


第6話 裏の世界の住人と心配性の議員

「飛行場からオーシャン・サンフィッシュホテルまで大通りが1本。直進できる。脇道は……、結構ある。戦力は市立飛行警備隊の飛燕に自警団、っと」

 太陽が傾きつつあるころ、ハルカはアレシマの街中をメモ帳片手に歩いていた。

『無事に到着できて、何よりね』

 そうやって、ユーリア議員を載せた飛行船がアレシマの飛行場に到着したのは、昼過ぎの頃。あの襲撃を退いて以降、幸い空賊に襲われることなくアレシマへと到着することができた。

 ホテルに今日は移動しないで飛行船に議員は残るということなので、ハルカは議員と隊長に了承を得て、アレシマの散策にでることにした。

 といっても、目的は観光やまして買い物や食べ歩きでもない。アレシマの地形や、襲撃が予想される場所、襲撃にあった際の脱出経路などを歩いて把握するためである。

 彼女はアレシマに何度か来たことはあるものの、あくまでウミワシ通商の人間だったとき。用心棒としてはまた役割が違ってくる。

 イケスカ動乱以降、イジツは依然混乱の中にある。特にユーリア議員の取り組みは、旧自由博愛連合とイジツを二分する派閥の一派なのだから狙われる理由はいくらでもある。

 空から空賊が襲ってくるケースは勿論、地上から殺し屋等が襲ってくる場合も想定しなくてはいけない。

 存在するルートを把握するためには、自分で歩いて確認するのが一番早い。

「さて、ちょっと用事を済ませますか」

 彼女は大きな通りから脇道へ入り、細い路地裏を進んでいく。

 

 

 細い路地裏を進んだ先にあったのは、小さな露店の集まり。ヤミ市と呼ばれる場所。

 アレシマは、広い通りに面している場所は一見秩序があり、にぎわっているように見える。

 だがイケスカ動乱以降、この町も復興に忙しい町の1つ。

 脇道へ入ってしまえば、マフィアが暗躍する治安の悪い町へと表情を変える。

 彼女は周囲を警戒しながら目的の市。正確には人を探す。

 

 

「そこのおネエさ~ん」

 

 

 聞き覚えのある声に振り向く。その声の主は、紫色の髪をまとめ、黒のジャケットに珍しいストライプの模様の入った服装を着ている。

 そしてシャツの一部はボタンが外され、服の上からでもわかる豊かな胸の一部を拝むことができる。

「どうっすか?寄って行かないっすか?色々取り扱っているっすよ~」

 そしてこの独特の口調。彼女は呼ばれた露店へ向かっていく。

「何をお探しでしょうか?」

 ハルカは店主に向かって言った。

 

「そうですね。……じゃあ、ウォッカで」

 

「ハハハ、いいっすよねウォッカ。無論、薄めてあるものっすよね?」

 彼女は、店先に並べてある市販のウォッカをすすめてくる。

 あいにく、求めているものはそれじゃない。

「いえ、ストレートで」

 店主は微笑む。

「お客さん、キッツいのが好きなんすねえ。喉がやけるっすよ」

「……ええ」

 ハルカも店主と同じく微笑む。

 

「喉が焼けるほど体を温めてくれる、きつい刺激が好きなんですよ」

 

 それを聞いた店主は、そばにいる部下らしき人を手招きする。

「店番頼むっす」

 そういって、彼女は店の裏にある通りへ歩いていく。彼女もあとを追う。

 少し歩いたころ、目の前の紫の髪の女性が振り返った。

 

「久しぶりっすね、ハルカさん」

 

 彼女は微笑みながら応える。

「お久しぶりです、レミさん」

 

 この人こそ、彼女が探していた目的の人物。

 名を、レミという。

 

 

 

 レミはタネガシを拠点にするマフィア、ゲキテツ一家の幹部の1人。

 何者にも縛られない気ままな自由人。

 故に、流れ雲と呼ばれる。

 彼女とのなれそめの始まりは、ハルカが空賊時代、敵対勢力の情報を手に入れるため情報屋を当たっていた中で出会った。

「聞いたっすよ。ウミワシ通商が崩壊したって」

「……相変わらず耳が早いですね」

「それが私の役割っすから」

 口角を上げながら、彼女は言った。

 情報伝達の手段が、新聞や口コミ、数少ないラジオ、飛行機便による手紙が主体のイジツでは、情報が1週間遅れで他都市に伝わることは珍しくない。

 それでもレミは、世間ではあまり騒がれなかったウミワシ通商の崩壊を知っていた。

 彼女は、ゲキテツ一家の中では裏方として動いていて、情報収集や諜報戦、工作活動を得意とする。

 なので、彼女は些細な噂も最新の情報も詳しい。

「で、今回は何をお求めで」

「……1つは、イケスカにいった人物」

「残念すけど、進展がないっす」

 ハルカは表情を曇らせる。

 イケスカに行ったきり消息不明になった、彼女の祖父。

 彼女は何度もイケスカに足を運んだが、祖父の足取りはつかめなかった。

 なら裏の世界の住人ならと、レミに情報収集を頼んでいた。

「そう……」

「まあ、引き続き調べるっすから、進展があったらすぐ伝えるっす」

「お願いします」

 でも相変わらず進展がない。それでもあきらめきれず彼女は依頼を頼み続ける。

「で、他には?」

 

「アレシマの現状について」

 

 途端、レミの瞳が鋭く細められる。

 先ほどまでのにこやかな笑みはどこへやら、親の仇でも見るような瞳だ。

 

「それは、何で知りたいんすか?」

 

 彼女は周囲を見回した。恐らく、周囲にはレミの部下が配置されているはず。

 情報屋として彼女を使ってはいるものの、実のところ彼女はどんな情報もくれるというわけではない。

 レミが提供してくれるのは、あくまでゲキテツ一家に被害が及ばない情報だけだ。

 空賊時代、レミはハルカへの情報の提供に慎重だった。

 

 空賊とマフィア。

 

 はたから見れば同じものと目に映るかもしれないが、マフィアは荒れくれ者たちに行き場を与え、形はどうあれ町を統治する組織。

 それに対し空賊は、知っての通り荒れくれ者たちの集まりで、略奪者。

 マフィアと空賊は、場合によって手を組みもすれば、敵対もする。

 ゲキテツ一家は、少なくとも空賊と手は組まない。

 あくまで、ハルカのいたウミワシ通商の敵対勢力の殲滅が、ゲキテツ一家にとって利益になる場合のみ彼女は協力してくれた。

 

「もう一度聞くっす。なんで知りたいんすか?」

 

 鼻先が触れそうなほど顔が近づき、その視線に射抜かれる。

 彼女は落ち着いた口調で言う。

 

「……警護対象の、安全確保に必要だから。あなたたちの、アレシマのマフィア統一の邪魔をする気はない」

 

 レミは品定めする視線で見つめる。

 まもなく、にこやかな笑みを浮かべるレミに戻った。

 

「まあ、そうっすよね。ガドール評議会護衛隊の、ハルカさん」

 

 彼女はハルカが左胸に着けている、翼にガドールのマークをあしらった徽章を指でつつく。

「議員の用心棒である以上、こちらが手を出さない限り、敵対することはないっすよね~。商売がやりやすくなったっす」

 今彼女は、ユーリア議員に雇われている用心棒。

 少なくとも、ゲキテツ一家が議員に手だしをしない限りは戦う必要はないし、そもそもゲキテツ一家がそうする理由もない。

「現状、アレシマ議会は割れているっす」

「ユーリア派と、自博連派?」

「そうっす。もともとイケスカ派の町だったせいか、今でも自博連派はいるっす。そしてその政情不安の隙に、アレシマのマフィアを統一しようと、色んな勢力が動いているっす」

「ゲキテツ一家も?」

「無論っす」

 この政情不安を利用し、あわよくば裏の世界を牛耳る。この物流の要所のアレシマの裏を支配できれば、それは大きな利益を生み出す。

「ただ最近、空賊なのか会社なのか、よく分からない組織が増えて、困っているんすよ」

「よく分からない組織?」

「アレシマ警備保障っていうっす」

 聞きなれない名前に、彼女は首をかしげる。

「名前の通り警備会社じゃないの?」

 レミは首を振る。

「傍目にはそう見えますけど、どうも怪しいんすよ」

「何が?」

「アレシマ市長が、町の警備強化のためにイケスカのある会社と共同で設立したらしいんすけど、おかしくないっすか?」

「……アレシマには、市立飛行警備隊と自警団がいる」

 アレシマは栄えている町ということもあり、市立飛行警備隊と自警団には高価な機体が配備されている。

 特に市立飛行警備隊には、液冷エンジンを搭載する飛燕が配備されているほどだ。

 それほど予算に恵まれているアレシマであるものの、イケスカ動乱以降航空機需要が高まり、同時に部品の需要も高まり、値段が高騰。整備もままならない飛行隊があるという。

 アレシマも例外ではなく、かつては綺麗な銀色の機体だった市立飛行警備隊の飛燕は、所々サビ、手入れがあまりされていないのが見えた。

 会社を立ち上げる費用があるなら、まず既存の飛行隊に予算を投じるべきだろう。

 あるいは、そうせざるをえない事情があったか。

「その、共同でアレシマ警備保障を設立した際の、イケスカの会社っていうのは?」

 レミは静かに言った。

 

「ブユウ警備保障」

 

 ハルカは目を細めた。

 

 ブユウ警備保障。

 

 かつてイケスカ動乱の際、ユーリア議員たち反イケスカ連合が戦った、自由博愛連合の会長、イサオ氏が会長を務めるブユウ商事の警備部門。

「今は真っ当な会社?」

「それがあやしいんすよね~」

「どういうこと?」

「アレシマ警備保障が設立されてから、空賊がアレシマ周辺に現れることが増えたっす。その空賊を追い払いにアレシマ警備保障の機体がいつも飛んでいくっす。市立飛行警備隊や自警団が出る前に」

 妙な話だ。

 地上設置型のレーダーで常に警戒を行っている市立飛行警備隊や自警団と違い、アレシマ警備保障はあくまで会社。その会社が、市立飛行警備隊よりも空賊の接近を先に探知することができるのだろうか。

 それに、通常会社は依頼があった場合のみ動くはず。

 仮に町と共同体制を敷いても、先に敵の接近に気付くなどあり得るのだろうか。

 それとも、あらかじめ知っていたのか。

「市長からアレシマを守るように常時依頼を受けているようで、すぐ動けるんだといっていますが、実際はわからないっす。市長が依頼主らしいので、市長の私兵、なんて皮肉があるぐらいっすよ」

「でも依頼料は、議会の予算。結局は住民たちから徴収したお金でしょ?」

「おかげで、市民にはアレシマ警備保障を雇うために税金は値上げ。警備隊や自警団より働いているように見えますから、市民たちは仕方ないといっているっすけど、不満はあるようで」

 

 設立から増える空賊の襲撃。

 

 市立飛行警備隊よりも先に空賊の接近を探知する会社。

 

 設立にかかわったイケスカ派の市長とブユウ商事。

 

 ハルカは嫌な予感がした。個人の会社であるなら、利益を度返しすれば自由に動くことができる。

 アレシマ警備保障の戦力はわからないが、充実しているのは間違いない。

 なにより、イケスカ派の市長に、イサオ氏に従ったブユウ商事の警備部門。

 彼らの思惑を頓挫させたユーリア議員。

 何も起こらないほうが、むしろ不自然という感じだ。

「気を付けた方がいいっすよ~。ブユウ商事の人間と言えば、ユーリア議員を恨んでいてもおかしくないっす」

「忠告、ありがとう」

 ハルカは持っていた包を手渡した。

「おお~ユーハング酒じゃないっすか~!」

 レミへの報酬は、多くの場合は酒、ユーハング酒が多い。彼女はゲキテツ一家でも屈指の吞兵衛らしく、とにかく酒を飲んでいることが多い。

 ただ貴重なユーハング酒なので、財布に受ける打撃は少々大きいが。

「ありがとうっす!」

 いうなりレミは酒の口をあけて飲み始めた。日が傾きかけている時間とはいえ、まだ少し早いだろうに。

「じゃあ、またお願い」

「毎度ありがとうっす。……ところで、ハルカさん?」

 彼女はレミに振り返る。

 

「今、何時っすか?」

 

「何時って……」

 彼女は左手首にはめた腕時計を見る。文字盤を見て、彼女は凍り付いた。

 時計の針は、8時20分を指している。

 日はとっくに登り切り、傾いてあと数時間で完全に沈む。そんな時間であるはずがない。

 なにより秒針が動いていない。イジツにある時計は手巻き式。日々ゼンマイをまかないと止まってしまう。

 そういえば、昨日はゼンマイを巻いていなかったことを彼女は思い出す。

「レミ、さん……」

「なんすか~」

 彼女は震える口で、同じ言葉で質問をする。

「今、何時ですか?」

 レミは時計を指さす。

「5時30分す~」

 ハルカの顔が蒼白に染まる。町に出る前に言われた、ユーリアの言葉が頭をよぎる、

 

 

『5時までには、飛行船に帰ってきなさいね』

 

 

「あ、ああ……」

 すでに約束の時間を30分もすぎている。その上。ここから飛行船まで戻るのにさらに時間がかかる。

 だが選択の余地はない。

 今彼女にできることは、可及的速やかに飛行船に戻ることだ。

「レ、レミさん……」

「またのご利用、お待ちしているっすよ~!」

「……はあ」

 彼女は表情を引き締める。

「そ、それじゃあまた!」

 ハルカはレミに手を振り、飛行船にむかって駆けだした。

 

 

 

 

「ようこそいらっしゃいました、アレシマ市長、ナハタ市長」

 オーシャン・サンフィッシュホテルの一室で、丸眼鏡をかけたおかっぱ頭の男性、元人事部長こと自由博愛連合の幹部、ヒデアキは2人の市長を出迎える。

 2人の初老の男性、高級なスーツに身を包んだアレシマ市長、顎ヒゲを伸ばしたナハタ市長は少し顔がこわばっている。

「どうでしょう?今回の計画にお力添えいただけないでしょうか?」

「だが、上手くいくのか?」

 アレシマ市長は不安げに問う。

「勿論。自由博愛連合の参謀の計画に、隙はございません」

「だが、今回の計画が失敗したら……。私は失脚することになる」

「大丈夫です。あやつは以前、この町で空賊の襲撃を受けたことがあります。不自然ではないでしょう?」

「都合よく空賊がくるとでも?」

「そのために、あなたのコマ、私兵ともいえる会社の設立に協力したのですが?」

 薄笑いを浮かべながら、ヒデアキはアレシマ市長を見つめる。

 

「それに、イケスカ動乱以降、低迷を続けるあなたの支持率回復のために、協力したのは誰でしょうか?警備隊や自警団より仕事のできる会社の設立に尽力し、市民の理解が得られるよう空戦ごっこの脚本を考えたのは?」

 

 アレシマ市長は黙り込んだ。

 次いで、顎ヒゲを伸ばしたナハタ市長が口を開いた。

「ナハタはあくまで、無償支援を引き出したいだけだ。ここまでしなくても……」

 

「あのガドールの高飛車女を仲介に呼んだくらいで、頭の固いハリマが首を縦にふるとでも?どうせ、両者の主張は平行線、時間の無駄に終わるのが関の山!この世は力が全て!言葉を尽くすのではなく、武力!頭脳!金!これらの力を使ってこそ相手は動く」

 

 ヒデアキはムフッと笑う。

「イサオ氏や、私がそうであったように」

「だが、もうイサオ氏は……」

 ヒデアキは眼鏡のブリッジを人差し指で押し、眼鏡の位置を直す。

「ご安心ください。今、自由博愛連合は表舞台にはたっておりませんが、それはあくまで今だけ」

 ヒデアキは、またムフッと笑う。

「まだ発表しておりませんが、自由博愛連合の次期党首、イサオ氏の後継者が現れました」

 2人の市長は驚愕する。

「執事も認めております。再び、自由博愛連合は立つとき!そのために障害になるものは、今のうちに始末しておくのが得策!成功すれば、かつてと同じ待遇を約束しましょう」

 市長たちは息をのむ。自由博愛連合の重要ポストへの登用、特産品の専売制の復活。

 市長たちは、黙って首を縦にふった。

 

 

 

 

 

 

 

「ハルカ~、心配したのよ~!」

 結論からいうと、ハルカはユーリア議員に怒られていた。

 ユーリア議員はハルカの頬をしっかり掴んでつねりつつ、身長差を利用して引っ張り上げる。

「いひゃい、いひゃいえすよ、ぎいん(痛い、痛いですよ、議員)」

「仕事熱心なのはいいけど、あなたは私の用心棒なんだから時間になったら帰ってきなさい!もしくは電話の1本でも入れなさい。あなたの頭はアッパラパーじゃないでしょ!」

 約束の時間に1時間も遅刻した結果、ユーリア議員はカンカン。

 部屋につくなり、彼女はドアの影に隠れていたユーリアに捕まり、問答無用でお仕置きと称して頬をつねられ、引っ張られる。

「それで、私との約束の時間に1時間も遅れたことについて、何かいうことはあるかしら?」

「ご、ごめんなひゃい!ふひからは、まもりはふはら(ご、ごめんなさい!次からは守りますから)」

「本当ね……」

 彼女は痛みに耐えつつも頷く。すると、ようやく頬から手が離れた。

「イタ~」

 引っ張られたことで少し赤くなり、痛む頬を彼女はさする。

「……それで」

 鋭く細められた視線に、無意識の背筋を伸ばす。

「約束の時間に遅れた理由は、何なのかしら?」

 彼女はやむなく事情を説明する。

 アレシマの調査に時間がかかったこと、時計のゼンマイを巻き忘れて止まっていたことなど。無論、レミと接触していたことは伏せた。

「そう、仕事に関することなら、仕方ないわね」

 内心、彼女はほっと胸をなでおろす。

「けど!遅くなるなら電話の1本でも入れなさい!心配するでしょ!」

 言い放つユーリアを、ハルカはきょとんとした目で見つめる。

 

「……用心棒の心配なんて、するんですか?」

 

 今度はユーリアが呆気にとられ、口を開けたまま固まる。

「私の役目は、議員の業務の補助と荒事と空戦。流石に心配されるほど弱くは」

 瞬間、頭を左右から挟む圧力を感じたかと思うと、そのまま持ち上げられ、足が地面から浮き上がった。

「ちょちょ、ちょ!議員!」

 ユーリアの細腕からは想像もできない力で、彼女は頭を左右から挟み込まれ、万力のように固定されたまま持ち上げられていた。

「今、なんか言ったしら?」

 ユーリアの血走った目がハルカの眼前に迫るが、彼女は頭の左右から圧迫される痛みでそれどころではない。

「いだ、いだだ!で、ですから、私は議員に心配されるほど弱いわけじゃ」

 

「まずあなたは時計のゼンマイじゃなくて、頭のゼンマイを巻きなおす必要がありそうね~」

 

 力は緩めてもらえず、かといって議員を突き飛ばすこともできず、部屋には痛い痛いという彼女の悲鳴が木霊することになった。

 痛みに耐えることしばし、彼女はユーリアの手からようやく解放された。

「あう~」

 頭を抱え、彼女は部屋の床にペタンと座り込んだ。

 そして議員を見上げようとした、瞬間、背中に腕が回されるのを感じた。

「例えあなたが強くても、遅くなれば心配ぐらいするわよ」

 彼女は、議員の腕の中にいた。

「心配して、くれるんですか」

 背中に回された手がハルカのお尻を力強く抓り、彼女は悲鳴をあげた。

「当たり前よ。私は不要になった部下を平気で処分する、あなたの元上司とは違うんだから」

 ハルカは現状、彼女の言う通りユーリアの用心棒。彼女にとって、依頼主が用心棒の心配などするわけない、そう思っていたのかもしれない。

 先日、不要になった彼女を処分しようとした、ウミワシ通商の元社長のせいか。

「私はそんな血も涙もない人間じゃないわ。人並に心配くらいするんだから、覚えておきなさい」

「……はい」

 最後にギュッと腕がしまった後、彼女は腕の中から解放された。

「とりあえず、あなたに客人が来ているから、一緒に来て頂戴」

「……客人?」

 いうなり、ユーリアは部屋のドアを開け、廊下へと脚を踏み出した。彼女は急いであとを追った。

 

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