荒野のコトブキ飛行隊 ~ 蒼翼の軌跡 ~   作:魚鷹0822

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ようやく始まった対談だが、すでにされた押し問答
の繰り返しにげんなりするユーリア議員たち。
対談を終え、会場を去ろうとした彼らに、巨大な
鳥が迫る。


第8話 白昼の襲撃者

「ただいま戻りました」

「おかえりなさい、ハルカ」

 飛行船に戻ると、彼女はユーリア議員に帰った報告をする。

「明日は10時に飛行船を離れて対談場所、オーシャン・サンフィッシュホテルに向かうわ」

「車での移動ですか?」

「ええ、アレシマの会社から車を1台借りたから、それで向かうわ」

 さすがに道中何かあっては困るので、車で手早く向かうらしい。

「運転は隊長に任せて、あなたは私の隣に座っていなさい」

「わかりました」

 そう言って部屋に戻ろうとする。

「待ちなさい」

 と思ったら首根っこを掴まれてたたらを踏んだ。

「何か?」

 振り返ると、ユーリアはなぜか彼女の一点を見つめていた。

「ハルカ……」

「はい……」

 ユーリアが手を伸ばし、それに触れた。

「これ、どうしたの?」

 彼女が触れたのはハルカの首の左側。流石に見えないので室内にある姿見でその場所を確認する。

 そこには、虫に刺されたような赤い点ができていた。

「あれ?虫にでも刺されたのかな?いつの間に」

 高い空では関係ないが、地上で蚊に刺されることは珍しくない。

「虫刺されの薬は自室にあるはず。ちょっと取りに……」

 振り返ると、そこには引きつった笑みを浮かべるユーリア議員がいた。

「あの、議員?どうかされました?」

「ハルカ……。ホナミから何かされなかった?」

「へ?」

 なぜそこでホナミ議員が出てくるのか、彼女は首をかしげる。

「何かって……」

 しばし考え、彼女は思い至る。

「何かって、議員を飛行船まで送って……。そういえば」

「そういえば?」

 

「最後、少し抱きしめられました」

 

 ユーリアの眉間の皺が深くなった。

「へえ~、そうなの……」

「でも、なんだか不思議な感じでした」

「どういうこと?」

「なんだか、懐かしい感じがしまして。ぬくもりとか、声とか」

 それがなぜなのかユーリアは察するが、とりあえず今は脇に置く。

「そうなの。それで、抱きしめられたとき、彼女の顔はどこにあったかしら?」

「確か、左側です」

「……そう」

 ユーリアはそれで何かを察したらしいが、ハルカは頭に疑問符を浮かべる。

「ホナミ議員って、可愛い女性が好きなんですか?」

「なんで?」

「いえ、離れた直後、そんなことを言っていましたので……」

「逆に嫌いな人はいないと思うわよ」

 ユーリアはため息を吐き出した。コトブキの隊長さんが機微に疎いとは経験豊富な副隊長の愚痴。でも、目の前の彼女だってこの手の話題には疎いらしい。

 あの跡をつけたのは、十中八九ホナミで間違いない。ハルカの話によると、別れ際に抱きしめられたらしいので、おそらくそのときだ。

 そして首という目立つ場所につけたのも、ユーリアに対して、独り占めは許さない、という意思表示だろう。

「そろそろ寝る支度をしましょうか」

「では、私は部屋に帰ります」

「着替えをもって帰ってきなさい」

「それって……」

「警護を含めて、隣で寝なさい」

 なぜか妙な迫力から、彼女は首をたてに振るしかなかった。

 

 

 

 

「お待ちしておりました、ユーリア議員、ホナミ議員」

 翌日、オーシャン・サンフィッシュホテルを訪れたユーリアたちは、大きな部屋に通された。そこには、初老の男性2人、高級そうなスーツに身を包んだアレシマ市長、アゴヒゲを伸ばしたナハタ市長が待っていた。

「今回は対談に応じてくださり、ありがとうございます」

「お初にお目にかかります、ナハタ市長」

 社交辞令でしかない笑みを顔に張り付け、ユーリア議員とホナミ議員は応じる。

 長いテーブルをはさんで、向かい合って彼らは座る。

 ユーリア議員とホナミ議員の後ろには、ユーリア護衛隊隊長、副隊長、ハルカの3人が立っている。

 彼らは議員2人の護衛としてついており、有事の際を考えて銃も携帯し、残りの護衛隊は空賊の出現を考え空港で待機している。

「それで、今回の対談というのは?」

 挨拶もそこそこに、ユーリアが切り出した。

「……私が市長をつとめております町、ナハタは現在経済危機に陥っておりまして」

 ナハタ市長が話し始めた。

「食料を買うお金さえない有様なのです。どうかホナミ議員、無償での支援をお願いできないでしょうか……」

 あまりに予想通りの問いに、ホナミ議員は場に不似合いな笑みを浮かべながらも、毅然とした口調で言い放った。

「何度も申しましたが、無償での支援はできない。これが、ハリマ評議会の統一した見解である。そうお伝えしたはずですが」

 口元に微笑をうかべながらも、眼鏡の奥からの鋭い視線を向けつついう。

「事情は理解しております。ですが、お支払いするための予算が、もう……」

「ですから、返済時期と額につきましては相談に応じる、ともいいましたが」

「とはいえ、経済危機故、返済できる見通しが……」

 ホナミ議員はもう何度もやった押し問答なのだろう、ため息をはかずともつかれた顔を一瞬浮かべた。

「何度も申しておりますが、あくまで有償支援だけです。かつて無償で支援を行った結果、ハリマの善意を踏みにじった人々がいたことは、ご存じでしょう?」

 彼女の笑みが、どこか不気味に感じられたのは、気のせいではない。

「ホナミ議員、そうおっしゃらず」

 隣に座っているアレシマ市長が口を出した。

「評議会の姿勢は理解しますが、彼らも他に頼れる所がないのです。助けを、手を伸ばしているものを救うのも、食料生産都市、ハリマの役目ではないでしょうか?」

 ホナミ議員が一瞬目を細めた。

「……そうおっしゃるなら、アレシマが支援をしてはどうですか?」

「それは無理です……。アレシマも政治が安定せず、物資もギリギリで行っているのはご存じかと」

「ハリマだって余裕があるわけではありません。ですが、完全に手を差し伸べないわけではありません。いつか返済するという約束さえ守ってもらえるなら、今すぐにでも支援をおこなう用意があります」

「ですから、その返済するための予算が……」

 ホナミ議員の視線が鋭さを増した。

「民の命が危機にさらされている中、長のやるべきことなど、1つしかないのでは?」

「ですが民を救いたくても、予算が……」

「ホナミ議員、ここはご一考を……」

 問答を聞いていて、ハルカはどうも不審に思ってきた。

 なぜここまで無償にこだわるのか。それに、返済の見通しが立たないとはどういうことか。

 ナハタは、特産品の売り上げが激減したとはいっても、競合相手のハリマは再建に取り組んでいる最中。敵がいないならある程度の収入はあるはず。

 

「……おかしいですね。ナハタは、紅茶の高級品種で潤い莫大な富を得た。そのときの利益が、もう底をついたとでもいうのですか?」

 

 不気味なほど満面の笑みを浮かべながら、ホナミ議員は言い放った。

「ば、莫大だなんてそんな……」

 

「……競合相手だった、何年もかけた末にできあがったハリマの紅茶畑を、あなた方が加盟していた自由博愛連合の飛行隊が焼き払ってくれました。そのおかげで、ナハタは紅茶の市場の大半を独占。利益は相当なものだったでしょうに」

 

 顔から出る憎悪を必死に抑え込もうとする反面、口から出ようとする感情はさほど抑えられないようで、鉄の笑顔を顔に張り付け、皮肉交じりに言う。

「まだ復興に何年もかかるハリマの紅茶産業と違い、あなた方の産業は無事。なら、自分達で利益を出すこともできるはず。返済額の見通しも、立つはずですよね?」

「イケスカ動乱以降、売れ行きは落ち込んでいるし、皆が復興に尽力している中、高級品種は売れにくい。見通しは立てにくい……」

 

「要するに、イサオにおんぶにだっこされないと死んでしまう。そう言いたいのかしら?」

 それまで傍観していたユーリアが口をはさんだ。

 

「あなた方は自由博愛連合に加盟することで、特産品の専売を許され、競合相手のハリマもつぶしてもらった。それで利益を沢山得たはずなのに、何に使ったかしらないけど、予算がないからと無償での支援を、まして自分達が傷つけたハリマに頼み込むなんて何を考えているのかしら?」

「そ、それほどに事態は急を要するので……」

「なら、有償無償問わずハリマに支援をしてもらえばいいじゃない?」

「ですから返済の見通しが……」

 ユーリア議員の眉間に皺がよった。

「あなた、本当に市長なの?」

 場に沈黙が訪れる。

「民衆が大事なら、長はなりふり構っていられない。でもあくまで金は払いたくない。民衆の命を盾に、ハリマに要求をのませようとでも考えていたのかしら?」

「ユーリア議員、それは言い過ぎでは?」

「アレシマ市長。ナハタ市長の言っていることは、もはやただのわがまま。あなたは、それを擁護するというのかしら?」

「そういう意味では……」

「民衆は、もしもの時に自分達を守ってくれると信じて、市長に権力を付与しているはず。ハリマが無償支援できないと言っているなら、有償で頼むか、あるいは自分達でなんとかするか、現実的な解決策を模索するべきではないですか?でなければ、彼の言う住民が飢え死ぬことになりますが?」

「あなたの進めるのは横のつながりでしょう?なら、どの町も同格のはず。手を差し伸べ合うのはあなたの目指す思想では?」

「誤解されては困ります。私は確かに横のつながりを目指していますが、あくまで協力するべきと考えているだけです。相手から差し伸べられた手は取りますが、自分からは何も差し出さないのは協力とはいいません」

 ユーリアは目の前の2人の市長をにらみつける。

「あくまで、自治独立の気概は失ってはいけない、そうも考えています。自身の足で立つ気のないものを救っても、それは無駄に終わってしまう」

「手厳しいですな……」

「あら?あなたたちが信奉していたイサオ氏がやったように、檻にぶち込まれながらも、その中でぬるま湯につかっていた方がよかったかしら?」

 2人の市長は、歯をかみしめる。

「イサオ氏はもう穴に消えました。彼の帰還を待っていないで、自分達の足で歩くことを考えたらどうかしら?」

 室内が静まり返った。2人の市長は、苦々しい顔をしている。

「これ以上は無駄ですね」

 眼鏡のブリッジを人差し指で上げつつ、ホナミ議員は席を立った。

「明日、もう一度対談を行いましょう。そのときはもう少し建設的な話し合いを、同じ押し問答の繰り返しにならないことを祈っております。アレシマ市長、ナハタ市長」

 彼女に続いて、ユーリアも席を立ち、警護の3人も続いて退出した。

 

 

 

「時間の無駄だったわね」

 ホテルの廊下を歩きながら、ユーリアは言う。全く同意だったホナミは大きなため息を吐き出す。

「わかってはいたけど、アレシマまで呼びつけられた挙句、同じ押し問答とはね。徒労に終わったわ」

 対談をというから来たものの、すでに交わされた押し問答の再現。両者とも主張は平行線。それでは無駄というのも仕方がないと言える。

「私の考えが曲解されていたのはなんとも癪ね。ようするに、イサオがいた時代が忘れられない。自分の足では立たず、楽していい思いがしたい。ただ、それだけ」

「彼らに、それを言っても無駄よ」

 足を進め、ホテル正面に止めた車に近づく。警護の3人は周囲に移動し、不審者に目を光らせる。

 ふと、ハルカは聞きなれた爆音が近づいてくるのを感じ、空を見上げた。

「……あれは」

 近づいてくるのは、左右に伸びる長い主翼に、それぞれに取り付けられた発動機が特徴の機体。だが爆撃機ほどの大きさはない。双発戦闘機だろうか。

「お兄ちゃん、何か近づいてくる」

 護衛隊の兄弟も空を見上げる。

 ハルカは腰にぶら下げた双眼鏡を持ち、近づいてくる機体を見上げる。

「あれは、屠龍?」

 機体を見て、彼女は訝しげな表情をした。

 機体のどこにも、所属を示すマークがない。ただ、アレシマへ来る道中に襲撃してきた疾風と同じ、黒と灰色の2色で迷彩模様が描かれているのみ。

 所属が知られてはいけない背景がある。そんな機体が向かってくる理由など、1つしかない。

 そして屠龍は、機首を下げこちらに向ける。

 その機首に取り付けられた、37mm砲の砲口を。

 屠龍の砲口が、火を噴いた。

 

 

「逃げろおおおおおお!」

 

 

 隊長が叫んだ。同時に、弟さんとハルカは車内から2人の議員を引きずり出し、上に覆いかぶさった。

 車に砲弾が命中、直後に爆風と爆炎が周囲に拡散。舞い上がった砂と煙が、瞬く間に視界を遮った。

 砲弾が命中したことで車は跡形もなく消し飛び、地面は抉れ、砂煙があたりに立ちこめる。

「けほ、けほ……」

 付近から耳をふさぎたくなるような住民たちの悲鳴が上がるが、優先すべきは議員の保護。

 ハルカはせき込みながらも立ち上がり、議員2人の首根っこをつかんで立たせようとする。

「2人とも敵襲です!立ってください!」

 駆け寄ってきた隊長と、起き上がった弟さんの手を借り、3人は議員をホテル屋内に避難させる。

「隊長、護衛隊は?」

「それが、無線がつながらない」

 何度も隊長が呼びかけているが、一向に応答する気配はない。有事を考え、対談の最中に護衛隊はいつでも出撃できる体制をとっているはず。

「……ハルカ」

 体や服についた砂埃を払いながら、ユーリアは言った。

「今すぐ飛行場に行って、あの目障りなハエを叩き落してきなさい!」

「ですが……」

 それでは議員の護衛が1人減る。かといって、明確に殺意を持っている鳥が上空をうろついている中、飛行場まで議員を連れて無事にたどり着ける保証もない。

 オーシャン・サンフィッシュホテルから直進できる一本道の表通りを通れば、屠龍に絶対捕捉される。かといって、狭くて治安の悪い裏道を使えば、移動速度は落ちるし別の危険が生じる。

「ここは任せて、君は早く飛行場へ!」

 隊長に促され、彼女は頷いた。

「わかりました。すぐに戻ります!」

 彼女は上空を警戒しながら、飛行場への道を走った。

 

 

 

「この状況じゃ、出られないわね」

「大丈夫よ。どこのだれか知らないけど、すぐ彼女が戻ってきて、上空を掃除してくれるから」

「にしても、屠龍で直接狙いにくるとは……」

「初めから殺す気だね、お兄ちゃん」

 ここまで明確な殺意を向けられたのは初めてらしいが。

 そんな敵でも、さすがにホテルには撃ちこまないだろうと考え、4人はホテルの正面入り口から内部へと戻る。

 ふと、彼らは足を止めた。

 

「……なんの真似かしら?」

 

 正面、右、左には覆面で顔を隠し、銃を構えた男たちが取り囲んでいた。

「……あなたたち、アレシマの自警団?それとも市立飛行警備隊の関係者?」

 男たちは黙ったまま応えない。

「ただの自警団や警備隊じゃなさそうね」

 隊長と副隊長は前後に議員たちを守るように立つが、相手は少なくとも8人ほどで全員武装している。

「……来い」

 正面に立つ男は、短くそういった。だがユーリアたちは動かない。

 男は銃口を天井に向け、引きがねをひいた。

 発射された銃弾が、天井の電灯を撃ち抜き、ガラスが飛散した。あたりにいた宿泊客たちが蜘蛛の子を散らすように、手近な部屋へと避難する。

「……来い」

 短くそうくりかえした。

「……議員」

「わかったわ」

 ユーリアたちは男たちに従い、階段を上り始めた。

 

 

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