荒野のコトブキ飛行隊 ~ 蒼翼の軌跡 ~   作:魚鷹0822

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屠龍に脅されながらも、最後通告をつきつけられてもあくまで
自身の姿勢を崩さない議員たち。
ついに最後のときが訪れる。だがそのとき、上空から1機の
戦闘機が飛来した。


最終話 蒼い翼の用心棒

「ホナミ議員。今、なんとおっしゃいました?」

 

 首を傾げ、よく聞こえるよう耳に手を当て、ナハタ市長は問いかえる。

「……何度も言わせないでくれますか?」

 命の危機にさらされているにもかかわらず、場違いなほどすがすがしい笑顔を浮かべ、彼女は何度も繰り返した言葉を言い放った。

 

「無償支援はしません。ハリマは、空賊に屈しません」

 

「命が惜しくないのですか?」

「命が惜しくないわけじゃありませんが、私をどれだけ脅したところで、評議会の決定は覆りません。無駄なことはやめてください」

 評議会の決定は合議によって行われる。ホナミ議員1人が泣きついたところで、その決定が覆ることはない。

 2人の市長はため息を吐き出した。

「これが最後です。ユーリア議員、ホナミ議員を説得してください」

「お断りよ」

「……そうですか」

 アレシマ市長は無線で何かを言うと、上空を周回していた屠龍が距離をとり、こちらへ進路をとった。

「いいのかしら?現役の市長が空賊を使って、評議員を殺したと世間に知られたら」

「証拠はございませんし、死人に口なし。心配はありません」

「ハリマは、もうナハタの頼みを聞き入れることはないわよ」

「聞き入れなければどうなるか、今回の件を利用させてもらいます」

 武装集団はユーリアたちを屋上の端へと追い込み、市長たちと距離をとらせる。

「何事にも動じない、譲らない巨石のような姿勢には感服いたしますが、それで命を落とすことになろうとは、全く笑えませんね」

「空賊と手を組むほど落ちぶれるよりマシよ」

「何はともあれ、これでユーリア派は消滅。イサオ氏の望んだ自由博愛連合が再興。イジツを支配する障害は、これでなくなる」

アレシマ市長は無線に向かっていった。

 

「やれ」

 

 屠龍が一直線に向かってくる。

 ホナミはため息をはいた。

 ハルカはもう間に合わない。

 あの子に言いたかったことが、話したかったことが、まだ沢山あったのに。

 

―――ここまでか。

 

 屠龍が進路の修正を終え、37mm砲のある機首を下げ始めた。

 アレシマは広い町だが、飛行機にとっては一瞬の距離。機首の戦車砲が皆を吹き飛ばすのは、間もなくのこと。彼らは目を閉じた。

 屠龍のいる方角から、火薬が炸裂するような音が空に広がった。

 

 

 

 いつまでたっても砲弾がこない。恐る恐る目をあける。

「……え?」

 目を開けると、こちらに向かっていた屠龍が機首をあげ、アレシマからでようとしている。右側のエンジンと主翼からは燃料が漏れ出し、煙が上がっている。

「な、なんだ!」

 アレシマ市長たちが驚きの声を上げる中、上空から何かが急降下してきた。

 それは空から地面に落ちる稲妻のように高速で屠龍と交差し、アレシマ市街地から出た直後、屠龍の残った左側のエンジンを正確に撃ち抜いた。

 両方のエンジンをやられた屠龍はアレシマ郊外に墜落。燃料に引火したのか炎が上がっている。

「……あ」

 屠龍を撃ち落したそれは高度を上げ、ユーリアたちのいるオーシャン・サンフィッシュホテル上空を通過した。

 主翼が暗い青色で塗られた、1機の零戦。

「ハルカ!」

「来てくれた……」

 安堵したのか、議員2人は膝をついた。

 

『遅れてすいません。無事ですか?』

 

 隊長は腰にぶら下げた無線から聞こえた声に、急いで応える。

「ハルカ君。全員無事だ」

 隊長も大きく息を吐き出す。

 ふと飛行場の方を見ると、黒い機影が上がってくるのが見える。

 それらの機影は、全体を先ほどの屠龍やアレシマに向かう道中に襲撃してきた疾風と同じく、黒と灰色に塗られ、所属を示すマークもない零戦52型と隼2型、合計10機ほどが彼女の零戦目掛けて集まってくる。

 彼女の後方につくと、機首の機銃を撃ち始めた。

 彼女は機体を横滑りさせて回避。速度を増して高度をあげる。

「ええい、零戦1機に何を手こずっている!さっさと落とせ!」

 ユーリアは隊長から無線を借りていう。

「ハルカ、遠慮することはないわ」

 彼女にとって、背中を見せること、逃げ出すことは癪にさわる。襲撃者に対しても、空賊であれ何者であれ、撃たれたままで終わらせることはない。

 

「全員落しなさい!」

 

『了解』

 

 

 

 

 ハルカは後ろを振り向き、風防の後方を見やる。

 敵の機体は、道中襲撃してきた疾風と同じ模様だ。

 それに、市立飛行警備隊も自警団も上がってこない中、議員を殺しにきた自由に動ける戦力。恐らく、あの疾風もこの隼や零戦たちも、アレシマ警備保障所属のもの。

 ユーリア議員襲撃を、初めから画策していたのだろう。

 誰が情報を漏らしたのか、誰の差し金かはしらないが、彼女はそれらのことを脇に置く。

 こちらに向けられる銃口、そこから放たれる相手の生命を奪おうとする殺意。

 それを背中で受け、ちくちくと背中を刺すような痛みを感じる。

 だが彼女の顔に恐怖や怯えはない。むしろ、逆だ。

 

「……ハハハ」

 

 彼女は操縦席で1人、楽しそうに、愛おしそうに、笑みを浮かべる。

 

―――10機ほど、か。

 

 ウミワシ通商にいたときは、これ以上の相手もよくした。問題ない。

 

「……ふふっ」

 

 彼女は高度を上げた後、操縦桿を前に倒し、機首を下げた。

 黒い零戦や隼もあとを追ってくるが、制限速度のせいで機首をあげる。そこを背後から狙い、撃墜。

 

―――次は?

 

 後ろに零戦たちがついた。スロットルレバーを開き、操縦桿を引いて急上昇。ある程度距離を離しつつ上ったところで、フットペダルを蹴りこんだ。

 空中で失速し、ハルカの零戦に衝突することを恐れた後続が舵をきって追い越す。彼女は即座にスロットルレバーを開き、後ろから撃ち落とす。

 

―――次はだ~れ?

 

 下方に隼の姿が見える。

 機首を下げて高度をさげつつ、速度を失わないよう少し大きめの半径で旋回し、隼2型の背後にまわる。

 スロットルレバーの引き金を引き、機首の13.2mm機銃を隼の主翼付け根付近に撃ちこむ。

 撃墜を確認するまでもなく、彼女は機首の向きを変え、次の獲物へと向かっていく。

 

―――ハハ、ハハハハ。

 

 自身に襲い掛かる敵機を、殺意を放っている敵を、彼女は逃がさない。

 敵機を1機落とすたびに体内に流れる血をたぎらせ、笑みは歪にゆがんでいった。

 

 

 

 

 

 上空で繰り広げられる空戦を、アレシマ市長とナハタ市長は呆然と眺めている。

「そんな、馬鹿な……。なぜこんな」

「市長、空賊と手を組んだのか。それとも私兵でも設けたのかは存じ上げませんが」

 ユーリアは市長に向かって歩み出る。

 

「現役の評議員を殺そうとして、ただで済むと思ってないでしょうね?」

 

 アレシマ市長はユーリアを見返す。

「そういうあなたはどうなんだ!あの零戦は、噂の空賊の機体だ!あなたこそ、空賊と手を組んだんじゃないのかね!」

 ユーリアは笑みを浮かべつつ、市長に言った。

 

「残念。あの子はもう空賊から足を洗った。そして今は護衛隊の一員、私の用心棒なの」

 

 アレシマ市長たちは額から汗を流している。傍目に見れば空賊がやってきて町への攻撃を許したにも関わらず、市立飛行警備隊も自警団も使わず、対談で訪れていた議員の用心棒が対処したとなれば、職務怠慢の上、面目は丸つぶれ。

 そしてユーリアたちがこのまま生存してしまえば、市長たちは空賊と手を組んで現役の議員を殺そうとしたとして、失脚は免れない。

 そうなれば、自由博愛連合再興の障害は残り、自分達の約束された地位や取り組みも、不可能になる。

 なんとしても、この証人たちをこの場で処分しなければならない。

 だが、あの零戦が評議会護衛隊の機体というなら、市立飛行警備隊も自警団も使えない。

 護衛機を攻撃することは、ガドール評議会に喧嘩を売ることと同義だ。

 だがさきほどの空賊、もといアレシマ警備保障の戦力は全て撃ち落された。

「おまえたち!こいつらを!」

 武装しているアレシマ警備保障の者へ命令しようとした瞬間、ユーリア護衛隊の隊長、副隊長は議員の前に立ちふさがると同時に銃を抜いた。

 迷うことなく引き金をひき、彼らを無力化した。

「あ、ああ……」

 そして、階段を駆け上がってくる足音が耳に入る。

 

「ユーリア議員!」

 

「ご無事ですか!」

 

 ユーリア護衛隊の整備班たちが、なぜかドラム缶片手に奪った銃で武装していた。

 整備班たちは、ドラム缶で議員たちの周囲を囲い、銃口を市長たちに向けた。

「班長、覆面集団は?」

「下の階で全員おねんねしてるぞ」

「飛行船や格納庫の集団もです。パイロットやクルーに協力してもらいましてね」

 市長たちに手札は、もうなかった。

「……くぞ」

 市長たちはその場に膝をついた。

 ユーリアは言い放った。

「アレシマ市長、ナハタ市長。対談は明日も予定されていましたよね?」

 市長たちは彼女へゆっくり視線を向ける。

「今回の件も含めて、伺いたいことが沢山あります。明日の対談を、楽しみにしております」

 それでは、と言い残し、彼らはホテルをあとにした。

 

 

 

 

「相変わらず、良い腕してるっすね~」

 

 アレシマ上空でくりひろげられた空戦を、街角から双眼鏡片手に眺める人影が1人。

 昨日ハルカが接触していた情報屋、ゲキテツ一家のレミだ。

「蒼翼の悪魔の名は、伊達じゃないっすね~」

「いい腕どころか、あそこまでいけば立派な脅威だ」

 声のした方へ振り向くと、顔の大半を覆面で覆った男性が立っていた。

「お疲れっす、クロ。で、あの屠龍の目的はわかったっすか?」

 レミ組副長、幼馴染のクロは静かに話し始める。

「ガドール評議会のユーリア議員と、ハリマ評議会のホナミ議員への脅迫、あるいは抹殺だろう。アレシマ市長の手振りと無線で、指示を出していた」

「アレシマ市長も思い切った行動に出たっすね。イケスカ派とはいえ、ユーリア派排除のため議員本人を殺そうなんて」

「戦力は空賊に見せかけてはいるが、アレシマ警備保障の格納庫が、屠龍を含め全て出払っていた」

「市長の私兵の本領発揮っすね」

「事故という名目で空港を閉鎖した上、地上戦力まで投入する念の入れようだ」

「よくそんな中をハルカさんは潜り抜けて、飛び上がれたっすね」

「敵のいない裏路地や地下の水路を使って潜入。彼女は格闘術の心得もあったんだな。武装した敵相手に立ち回って、最後は締め上げて気絶させていた」

「お~怖。誰に教わったんすかね~」

「付け焼刃でもないし、その辺の適当な自称師範でもないだろうな。動きが綺麗だったし、急所であるアゴを最初から狙って蹴り上げた」

「スカートで蹴り技繰り出すのは、どうかと思うっすけどね~」

 状況が状況なだけに仕方ないとはいえ、彼女はもう少し自分の格好を気にした方がいいのでは、とレミは思う。

「何はともあれ、これでアレシマ警備保障は終わりっすね」

 アレシマ警備保障は、レミたちにとっては目障りだった。

 市長と繋がりをもち、金にものを言わせ他のマフィアや空賊を配下に加え、支配力を拡大させていた。

 今回使われた地上戦力も、配下に置いたそういったものたちだったに違いない。

 だが、ユーリア議員やホナミ議員を、空賊にみせかけたアレシマ警備保障を使い抹殺することに失敗。証人が生きている以上、市長は議会で追求されるだろう。

 市長による根拠のない空港の閉鎖命令や、襲撃を受けているにもかかわらず自警団、市立飛行警備隊に出撃命令を出さなかった件などいくらでも追及材料はある。

 落とされたものたちや機体が空賊ではなく、アレシマ警備保障所属とわかるのは時間の問題だろう。

 市長の後ろ盾を失ったアレシマ警備保障や配下の空賊やマフィアは弱体化。他勢力へ吸収されることになるだろう。

「これでまた、アレシマのマフィア統一が一歩進んだっすね」

 嬉しそうにレミは言うが、クロは静かに言う。

 

「こうなることがわかっていて、彼女に情報を渡したのか?……今回も」

 

「何がっすか~?」

 クロはため息をはく。

「……以前からそうだったろ?ゲキテツ一家が手を焼いている敵に対して、彼女に情報を渡して排除させたのは」

「クロも人聞きが悪いっすね~。それじゃあ私が黒幕みたいじゃないっすか?」

 レミがハルカに情報を渡したのは、今回が初めてではない。

 彼女がウミワシ通商に居た当時から、何度もあった。

 ゲキテツ一家の不利益にならない、あるいは利益になる場合に限って、レミは空賊であったハルカに、秘密裡に情報を渡していた。

 ゲキテツ一家は、空賊とは手を組まない方針だったから。

 情報を渡して数日後、決まって一家は皆驚いた。

 敵対勢力が、狙ったように次々滅ぼされていく様が新聞に載ったのを見て。

 事情を知っているレミだけが微笑んでいた。

 その敵対勢力が居た場所は、どこもあの蒼い翼が舞った。

「あんな存在、放っておいたらただの脅威だ。ウミワシ通商が崩壊したとき、なぜ引き入れようとしなかった?」

「彼女は、裏の世界でやっていくには有名になりすぎましたからね~」

 蒼い翼の零戦は、運び屋たちの間だけでなく、裏の世界、空賊やマフィアたちの間でも有名だ。それだけ、大きな被害をもたらしたという意味であるが。

「目に見える脅威が有効なのは、表の世界。ルール無用の裏の世界では、それ以外、交渉や取引等、他の手段もないとやってけないのは、クロも知っているっすよね?」

 だから、ゲキテツ一家にはレミのような工作、諜報戦を担当する者がいるわけだ。

「敵になったときは、どうする?」

「その心配はないっすよ。ゲキテツ一家が議員たちに喧嘩を売ることはないですし、ユーリア議員たちが、ちゃんと首輪をつけてくれているっすから」

「ならいいが、この先も彼女と関係は続けるのか?」

「何か問題でもあるっすか?」

「……空賊に情報を渡していたことは、首領やローラ、イサカたちは知っている。フィオやニコはどうか知らんが。シアラは興味無しだろうな」

「あちゃ~、バレてたっすか?」

「敵対勢力を排除してくれているから、黙認されていただけだ」

「大丈夫っすよ、彼女はもう空賊じゃないっすから」

「……続けるのか?」

「勿論す!だって」

 レミは、満面の笑みを浮かべて言い放った。

 

「ハルカさんに情報を渡すと、いつもユーハング酒をくれるっすから!」

 

 クロはその場でこけそうになった。

 

「……結局、最後は酒か。この吞兵衛」

 

 クロは、そう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 議員2人の安全が確保できたことで、隊長から帰還命令が出た。レイの着陸脚とフラップを下げて滑走路へ進入。機体を着陸させた。

 格納庫のそばまで機体を誘導。エンジンを切ると、彼女は風防を開けて操縦席から下りた。

「……はあ」

 ようやく一息ついた彼女に、声がかけられた。

「ハルカ君」

 護衛隊の隊長、副隊長兄弟が見えた。

「2人とも!」

 彼女は隊長たちにかけよる。

「無事だったんですね!」

 

「なあに、ユーリア議員の護衛をしていれば、これくらいのこと日常茶飯事だ」

 

 それはそれでどうなのだろうと、彼女は苦笑する。

「あ、議員たちは?」

「このとおり無事よ」

 隊長たちに少し遅れて、ユーリアとホナミが歩いてきた。

「あ、遅くなって申し訳ありません」

 いきなり頭を下げた彼女に、2人は苦笑いする。

「いいのよ。私たちは生きている。その結果が全てよ」

「ありがとう、ハルカさん」

 それを聞いて彼女は頭を上げる。

 

「あの~、ちょっとよろしいでしょうか?」

 

 振り返れば、そこにはカメラを手にした、新聞記者であろう男性が立っていた。

「アレシマ新聞の記者です。先ほどの件でお話を聞きたく……」

 すると、記者は何やらユーリアたちの背後を覗き込もうとしている。その視線の先には、ハルカの零戦が駐機されている。

 

「あ、あの零戦!あの、パイロットの方はどこに!?」

 

 彼女は即座にユーリアの背後に隠れようとする。が、首根っこを掴まれ、正面に立たされた。

 

「この子よ」

 

 ハルカの顔は驚愕の色に染まり、記者の男性は口を開けて唖然としている。

「あの……、冗談ですよね?」

「冗談じゃないわ」

「あの蒼翼の悪魔と呼ばれる零戦のパイロットが、こんな若い子?」

「でも事実よ。そして……」

 ユーリアは、ホナミの隣まで彼女を引きずりながら移動する。

「今は、私たちの用心棒よ」

 瞬間、記者はカメラのシャッターを押した。

「これはいいネタを頂きました。ありがとうございます!」

 いうなり記者は走り去った。

「ちょ、ちょっと!」

 記者を追いかけようと走りだそうとするも、またも首根っこを掴まれ、たたらをふむ。

「いいじゃない」

 彼女はユーリアを見上げる。

「あなたはもう空賊じゃない。名前が知られたって、問題ないでしょ?」

「そう、ですけど」

「それに、あなたが用心棒だってわかれば、へたな空賊はよってこないだろうしね~」

 運び屋たちの間では畏怖と恐怖の対象だった、蒼い翼の零戦。

 それが用心棒についているとわかれば、議員たちに手だしができない。

 一方で、その翼の舞った場所では、幾人もの運命が狂わされた。そのパイロットがわかった以上、賠償を求めるものたちや狙ってくるものたちも沢山でてくるだろうと、彼女は頭を抱える。

 だが、これは避けては通れない運命。

 頭の中で、そう割り切るしかなかった。

 

 

 

 後日、ガドールに戻ったユーリアの部屋では、段ボールに詰められた大量の郵便物の処理が行われていた。

「これも破棄、これも、これも……」

 護衛隊の隊長、副隊長は開封して中身を簡単に確認して処分用の段ボールに放り込んでいく。ハルカは今、別件で席を外している。

「凄い量ね」

「まったくです……」

 大量の郵便物の中身は、全てユーリアの用心棒、ハルカへの勧誘の手紙だった。

 もっとも、彼女を手放すつもりはないので、全て処分する。

 アレシマでの一件の記事はほかの都市でも発行され、あの日の出来事は多くの人々の知る所となった。

 加えて、これまで謎に包まれていた蒼い翼の零戦のパイロットの顔がわかったということもあり、新聞はよく売れたとのことで、あの記者からは感謝の電話があった。

 会社と偽装して空賊を市民から徴収した金で雇った上、空賊と結託して現役の議員を殺そうとしたということで、アレシマ、ナハタの市長は失脚。新市長を決める選挙が行われることになった。

 なお、アレシマ市長は他にも黒い噂があるようで、議会で追求されるという。

 ユーリアは件の新聞を眺める。

「よく撮れているわね」

 新聞には、

 

「ユーリア議員に強力な用心棒現る!蒼翼の悪魔の素顔は若い女性パイロット!?」

 

などと書かれ、写真にはユーリアとホナミ、2人にハルカが挟まれる形で、彼女の零戦を背景に写っている。

 その記事は一面を飾っており、他の騒ぎは二面に下がっている。

 ちなみに二面には、

 

「アレシマにドラム缶をかぶった謎の集団現る?」

 

という珍事が一緒に書かれている。

 

 そんなとき、部屋の電話が鳴った。

「もしもし……」

 

『無事だったようね、ユーリア』

 

 聞きなれた声に、名乗らなくてもだれか瞬時に察した。

「ルゥルゥ。ええ無事よ、あの子のおかげでね」

『活躍は聞いたわ、私たちの新しい小鳥ちゃんの、ね』

 アレシマでの一件は、ラハマにも伝わっているらしい。だが、ただの世間話のた めにルゥルゥが電話をしてきたとは考えにくい。

 あえて、私たち、というあたり要件を察した。

『じゃあ、今度は私が使ってもいいわよね?』

 やっぱり、とユーリアは思う。

「コトブキがいるのに?」

『賠償金の件もあるし。それに、あなたの独り占めはダメっていったわよね?』

 彼女はガドールに拠点を置いているが、あくまで共有である。なので求められたら断ることはできない。そういう約束である。

「……わかったわ」

『じゃあお願いね。また連絡するわ』

「……ええ」

 受話器を戻すと、いつの間にか隊長が目の前に立っていた。

「何かあったかしら?」

 すると、隊長は1通の手紙を差し出してきた。

 

「差出人が差出人なので、中身を先に見るのは、まずいと思いまして」

 

 差し出された手紙を裏返し、差出人を見る。ユーリアは目を見開いた。

 

「ハリマ評議会、議長……」

 

 ハリマ評議会の重鎮にして議長、ホナミの父親のカスガ氏からだった。

 ユーリアは、横のつながりを強化していく取り組みの過程で、彼に出会っている。

 もう老人という年なので髪に白髪が目立つが、年齢の割に力は衰えず、農家と議員を今でも両方している。

 

 ハリマは食料生産都市として、あらゆる都市と交易を行い、関係を構築すべき。

 

 その理念のもと、孤立派に手を焼きながらも今でも議会の方針となっている。自分は遠方への長旅はできないから、変わりに娘を紹介しよう。

 後に理解者になるホナミとであったのは、そんなことがきっかけだった。

 議長からの手紙となれば重要な要件だろうと、ユーリアは封を開いた。

 

 

 

「ユーリア議員、報告書できあがりました」

 部屋に入ると、ハルカはユーリアに書類の束を渡す。

 だが、ユーリアは彼女を見つめたまま動かない。彼女は首をかしげる。

「あの、議員?」

 ユーリアは意識が現実に引き戻されたように、目が瞬いた。

「あ、ごめんなさい」

 急いで書類を受けとる。

「それはそうと、さっきルゥルゥから連絡があったわ」

「ルゥルゥ……、オウニ商会の?」

「ええ。近いうち、あなたを呼びたいって。詳しいことはまた連絡するそうよ」

「わかりました」

 彼女は部屋を出ようとする。

「ところで、ハルカ」

 彼女は足を止めて振り向く。

 

「あなたの身内って、もう誰も生きてないの?」

 

 一瞬、彼女の表情に悲しみが滲み、瞳が揺らいだ。

「……以前申し上げた通り、誰も生きていません。祖母は老衰、父と兄姉はリノウチで戦死。母と妹、弟はウミワシ通商によって殺された。祖父は行方不明ですけど、イケスカが内戦状態では……」

「そう……。今回のことが大々的に報じられているから、彼らの目に留まって、連絡でもくれればと思ったんだけど」

「……そう、ですね」

 彼女は話を打ち切るように、部屋から出ていった。

 1人になった室内で、ユーリアは息を吐き出す。

 彼女が一瞬悲しそうな顔をしたのは胸が痛かったが、あの様子ではやはりまだ自分の中で処理できていないのだろう。

 でも、聞かなければならなかった。

 ユーリアは引き出しをあけ、中からハリマ評議会議長から届いた手紙を取り出し、文面を見返す。

 

 

『 新聞でアレシマの件を知りました。ご無事で何よりです。

  今回手紙を出したのは、あなたの雇っている用心棒のことです。

  記事の写真に、あなたとホナミと写っている女性、ハルカは、

  私の長子の子に間違いありません。

 

  お願いです。どうか彼女に、会わせてはもらえないでしょうか   』

 

 

 それが、議長がユーリアに手紙を送ってきた理由。ハルカへの面会の申し入れだった。

 カスガ氏にしてみれば、寝耳に水のような話だったのだろう。

 ホナミ曰く、彼女の姉、アスカというらしいが、姉からは定期的に手紙が届いていた。だがいつしか途絶え、返事が全くこなくなった。

 姉の手紙から、姉と娘のハルカ、そして弟に妹、4人が残っている所までは把握していたようだ。

 最後の手紙が来て以降音信不通になったとき、ホナミたちは最悪のケースを考えた。

 そんなとき、生きている望みは薄いと思っていた娘の子供、孫のハルカの生存が、先日の新聞によってわかったのだ。

 孫に会いたいという祖父の心情は理解できる。

 だから娘のホナミを通り越して、いきなりユーリアの所に手紙を送ってきたのだろう。

 だが、この話をすんなり承諾することはできない。

 

 その最大の障害が、ハルカ本人だ。

 

 さっきの質問からも、彼女は身内が生きているとは思っていない。ホナミと何度顔を突き合わせても、初対面の人間に会うときの仕草しかしなかった。

 ホナミは幼い頃何度か会っているといっていたが、おそらく本当に覚えていないのだろう。

 幼い頃から運び屋ではなく、少しでも多くのお金を得るために戦いの空を翔けねばならなかった彼女は、強くあらねばならなかった。

 父親、姉、兄という支えを失いながらも、幼い心で恐怖に耐えながら空を翔け、日々家族のもとへと帰らなければならなかった。

 その中で余分なものとしてそぎ落としたか、あるいは塗りつぶされてしまったのか。

 新しい環境に慣れようと必死な彼女に、混乱の種を増やしたくない、というのが理由ではある。

 だが身内が生きているなら、彼女にはまだ帰る場所があるのだと、死者に引きずられている彼女をつなぎとめることもできる。

 もっとも、彼女は元空賊。その経歴が周囲に及ぼす影響は小さくない。特に、議員となればなおさら。

「……まずはホナミから、一度話をしてもらう必要があるわね」

 ユーリアは電話をとり、彼女に電話をかけるべく、ダイヤルを回した。

 

 

 

 イケスカのそばにある洞窟の中で、丸眼鏡をかけたおかっぱ頭の男性、ヒデアキは電話でだれかと話していた。

『本当なのか?彼女がユーリアについたというのは?』

「ええ、残念ですが。アレシマの一件から、間違いないかと」

 アレシマ新聞の一面を見ながら、彼は答える。

 今回彼は、ユーリア議員への報復を本来行う手筈だった。だがそのために雇ったシロクモ団の証言から、作戦を変更せざるを得なかった。

 蒼い翼の零戦に遭遇した、という報告は無視できなかった。

 本当に彼女がユーリアの側についたのか確認するため、アレシマ市長とナハタ市長に協力するフリをして、アレシマ警備保障を使い、彼女が出てこざるをえない状況を作り出した。

 そして上空で手配した戦力を殲滅したのは、見紛うことなき、あの悪魔の零戦だった。

 電話の向こうの主は、沈黙する。

「彼女を放置すれば、いずれ大きな脅威になります。その前に、摘み取るのが得策かと」

『無理だ』

 電話の相手は即答した。

『彼女には気を付けろ、そういったはずだ。アレシマでも、単機でアレシマ警備保障の戦力を殲滅した。並みの空賊では歯が立たない。だからといって、われら自由博愛連合は今、表立って動くわけにもいかない。戦力の損失は、極力避けたい』

「では、どうされるおつもりで?」

『今は様子見するしかない』

「ですが、放置すれば……」

 彼女を放置すれば、間違いなく自由博愛連合にとっては不利益しかもたらさない。

 電話の向こうの主は言った。静かに、でも確かな意志を込めて。

 

 

「時が来たら、私が始末する』

 

 

 ヒデアキは目を見開いた。

 

「あなたが自ら、手を下すですと!?」

 

『時が来たら、だ。今は放っておけ。報告だけは継続して頼む』

「かしこまりました」

 電話が切れた。

 ヒデアキは新聞をテーブルに放り出し、ソファーにもたれる。

「はあ~。ウミワシ通商が崩壊して以降、行方知れずだった彼女が、よりにもよってユーリアの側につくとは……。運命とは、残酷なものですな」

 男性は、電話をかけてきた主人のことを思う。

 主人にとっては、運命のいたずらだろう。

 でも、イサオ氏の意志を継ぐというなら、主人はそれもいずれは排除するだろうと、彼は信じる。

 そのために、彼は立ち上がった。イサオ氏の理想を実現するという大義のために。

「ですが、あなたが手を汚したくないというなら、私が動くまで。精々、それまで生を謳歌してくださいね、蒼翼の悪魔。ムフッ」

 薄暗い室内で、彼は1人不気味に微笑んだ。

 




ここまで読んで下さった方々、ありがとうございます。
第2章はここまでとなります。

いつ更新できるかはわかりませんが、第3章が始まった
とき、またお付き合い頂けたら、幸いです。

ありがとうございました。
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