「はあ~」
ため息を吐きながら、ハルカはラハマの街を歩いていた。
「襲撃のための事前偵察、か……」
彼女は所属する組織、ウミワシ通商の根城で元自由博愛連合の参謀と自称する眼鏡をかけた、いけ好かない男性との作戦会議を思い出す。
「あなたたちに依頼したいのは、この町、ラハマへの襲撃。そして、この町を拠点に活動しているオウニ商会の所有する輸送船、羽衣丸の破壊。この2つをお願いしたいのです」
「襲撃?」
その依頼内容に、ハルカは疑問を呈した。
「正気ですか?」
「ええ、勿論ですとも」
相手をあざ笑う気味の悪い笑みを浮かべる男性に、彼女はどこか寒気を覚えた。
「今回の依頼は、町の襲撃及び輸送船の破壊。この2つになります。優先すべきは、輸送船の破壊」
彼女は違和感を覚えた。依頼はいくつもあったが、いずれも輸送船の襲撃と積み荷の強奪だった。
襲撃はあくまで積み荷を奪うための手段であり、最終的には積み荷を売って儲けを出すことが目的だからだ。
今回は積み荷が目的ではなく。ただの破壊。初めての依頼だった。
「ナカイさん、依頼、うけるんですか?」
「ああ」
部下からの質問に、ナカイは間髪入れずに答えた。
「襲撃だから、攻撃して離脱すればいい。単純だ」
「ですが、この町は一筋縄ではいきません」
「なぜだ?」
意気込んだナカイは、依頼人へ問いかける。
「このラハマという町には、腕利きの飛行隊がいます。襲撃を行えば、彼らも間違いなく出てくることでしょう。町も空賊の襲撃を何度も受け、戦力が増強されています」
「……その飛行隊と、それから目標の位置、敵戦力の情報は?」
「破壊目標はこちらです」
男性は、破壊目標の輸送船の写った写真をよこした。
「ラハマの戦力は、自警団の戦闘機に、町の至る所に設置された対空機銃です」
「……数や配置についての情報は?」
「ありません」
「……は?」
ハルカは目を見開いた。
「なので、誰かを町へ派遣して事前偵察を行い、情報を集める必要があるでしょう」
「……依頼しておいて、情報は自分達で集めてこいっていうの?」
彼女はいら立ち、眉間に皺がよる。
「まあハルカ、そういうな。これからラハマへ行って、情報を集めてきてくれ」
「……私が行くんですか?」
「いかつくて、飛行服を着たいかにも空賊ですって姿の俺たちに比べれば、警戒されないだろ?」
彼女はため息をはく。
「……了解」
ラハマへ向かうべく、彼女は部屋の出口へ向かう。
「そういえば……」
彼女は、丸眼鏡をかけた男性の方をむく。
「その凄腕飛行隊っていうのは?」
「……ムフ。その飛行隊の名はですね」
「……コトブキ飛行隊、か」
彼女は凄腕と聞かされた飛行隊の名を口にする。彼女はラハマの地図を挟んだ手帳片手に街中をくまなく観察する。
道中、コトブキ飛行隊のことは耳にしていた。
「女性ばかりの飛行隊。人数は6人、機体は隼1型。所属はオウニ商会。輸送船の用心棒か」
隼1型といえば、現在各地で使われている飛行機の中では旧式の部類だが、それでも名が知れわたっているということは、よほどの凄腕に違いない。
彼女は自警団の詰め所付近や飛行場の周囲、山や対空機銃の位置などを観察しては地図に書き込んでいった。
「一度休憩にしようかな」
空腹を感じたので左手首にはめた時計を見ると、ちょうど正午。彼女は出入口から出てくる赤毛が目をひく凛々しい女性と優美な体格の女性と入れ違いに手近な店に入った。
「いらっしゃい、何にします」
早速注文を取りにきた店員に、アホウドリのから揚げ、コーヒー、そして。
「あと、パンケーキを1つお願いします」
「はい、少々お待ちを」
店員が厨房に入っていくのを横目に、コーヒーを一口飲んで落ち着く。
「はあ~」
空賊として根城にいると、食料事情は当然厳しい。パンケーキなど甘いものは無論ないし、生き物を育てる場所もないから肉もない。
日々生きていくための、貯蔵のできる堅いパンや水、粉の多いコーヒー、時折出る少し豪華な缶詰やお酒が日々の食事である。出張酒場も時折やってきたが、ハルカは興味がなかった。
彼女にとっては、愛機零戦52型丙こと、レイの部品を買いに町へ出たとき、貯めたお金を使って少し豪勢な食事をとるのが数少ない楽しみであった。
彼女はこれまで見た情報をまとめる。
丸眼鏡をかけたいけ好かない男性が写真で示した標的、第二羽衣丸は確かに係留されていた。だが、輸送船である以上いつ出航するか検討がつかない。
周囲に車両や機材が置かれていたが、それが積み込み作業なのか、修理中なのか、建造中なのか外からでは確認できない。
攻撃するなら、この機会を逃すべきではないだろう。
ラハマ自警団の戦力は、九七式戦闘機15機と、雷電が1機。そして町を守るように周囲に配置された対空機銃。
双眼鏡で確認できた範囲でしかないが、これだけの防衛網がしかれている。
―――イケスカ動乱の影響か。
かつて、あの男性も参戦していたという、半年ほど前にあったイケスカ動乱。その際、この町ラハマは自由博愛連合の超大型爆撃機、富嶽の攻撃目標にされたということが、調べた結果わかった。
以後も度々空賊の襲撃をうけ、そのたび防衛網の強化が行われていることも。
―――正面から行くのは得策じゃないか。
ラハマの戦力は自警団16機。そしてコトブキ飛行隊6機の、計22機。
一方、ハルカたちウミワシ通商は根城の戦力を総動員して、戦力は約30機前後。内容も、零戦21型や隼2型が主体で、数機の飛燕を含む。数と質では上だが、最近出撃しているのは彼女一人ということが多いので、現在の練度は疑わしい上に、相手には凄腕飛行隊がいる。
―――誰かが注意を引いてくれないと、羽衣丸襲撃は難しいか。
あのいけ好かない男性は、町の襲撃よりも羽衣丸の破壊を優先するように言っていた。
かつて、自由博愛連合の目的、統一連合国家樹立という名のイケスカによる独裁体制の構築。
その目的を打ち砕いたコトブキ飛行隊やその協力者たちの集った町、船への今回の攻撃依頼。
―――ただの怨念返しか……。
「お待たせしました、パンケーキでございます」
目の前に運ばれてきた丸くこんがりときつね色に焼けた生地に、適度に乗せられたホイップクリームの山。
鼻をくすぐる甘味の誘惑には勝てず、ハルカは思考を打ち切って手帳を開いたままそばに置く。
両手を合わせた後、パンケーキをナイフで切り分ける。そしてホイップクリームの山を崩さないよう生地にフォークを刺してナイフで慎重に切り分け、口へ運ぶ。ゆっくりと味わいながら一口一口をかみしめ、飲み込む。
柔らかく素朴な味わいのする生地にホイップクリームの甘さや舌ざわり。それらが舌の上で合わさって……。
「あ~、おいしい~」
数か月ぶりの甘味に、彼女は頬を緩め、天にも昇るような表情を浮かべる。彼女はパンケーキが好物である。
上に乗せるもの次第で、デザートにも主食にもなる幅の広さや、広がる味の楽しみ。そこに無限の可能性を感じると常々思っている。
こんな素晴らしいものをもたらしてくれたユーハングには、感謝しかない、と。
「ははは、いい顔だね、嬢ちゃん」
気が付けば、目の前で調理担当であろう店員が満面の笑みを浮かべていた。
「そんなにうまいか、うちのパンケーキ?」
「え、ええ。とっても!」
「そうかい、うれしいこと言ってくれるね」
彼女は内心しまった、と思う。
今は襲撃任務のための偵察中。下手に住民の印象にのこることをすれば、足がつく可能性がある。
「だが、そこにいる嬢ちゃんの方が、パンケーキ愛はすごいぞ!」
店員の指さす先を見ると。パンケーキを3枚重ね、その上にパンケーキ全体を覆うほど異常に高く盛られたホイップクリームの山。それを大口で食べる赤い服を着た黒髪の女性の姿があった。
「……胸焼けしそう」
「だろう。だが、あの嬢ちゃんはあれが好きでな。愛のなせる技だ」
愛というか、冒涜ともとれるそのパンケーキの有様を、彼女は茫然と見つめる。
―――愛?それとも冒涜?
―――でも私も、一度食べてみたいかも。
口ではそういいつつも、彼女も自分の好き、には正直になるのであった。
「キリエ、それ2皿目でしょう?あなたよくそんなにパンケーキばかりで飽きませんわね?」
「だって~、好きなものは飽きないじゃん?」
彼女たちの様子を遠巻きに眺めると、同席している仲間らしき女性たちもそのパンケーキの有様にすっかり引いてしまっている。
「脂肪のとりすぎはよくない。体重が増える」
「私まだ軽いもん!」
「おなかのお肉は防弾板にならないよ~」
仲間からの疑問や助言、冷やかしなどどこ吹く風。それでも彼女のパンケーキ好きは止まらない。きっと仲がいいのだろう。その光景が、ハルカにはどこか羨ましかった。
ウミワシ通商にいるのは、皆年上の男性、まして荒くれ者。年の近い女性との交流など、彼女にはない。
「嬢ちゃん、ここにパンケーキ好きの同志がいるぞ~」
唐突に肩をたたかれたハルカは驚く。
「え!同志!」
パンケーキに舌鼓を打っていた女性は立ち上がり、ハルカに駆け寄ってくる。
「ねえ、あなたもパンケーキ好きなの!?」
「え!?ええ、まあ……」
女性は彼女の前に立つと、鼻先が触れかねないほど顔を近づけてくる。
「あなたもあいつらに言ってやってよ!パンケーキは最高だって!いくつ食べても飽きないし、これだけで3食済むし、一週間続いても飽きないんだぞ~って」
「え、ええ……」
想定しない事態に陥ってしまい、彼女は戸惑う。襲撃作戦を控え、住民の印象に残りやすいことをするのは危険だ。うまくやり過ごさなければならない。
―――こういう場合の最適な答えは……。
彼女は小さく呼吸をして思考を落ち着け、言い放った。
「お、おいしいことは事実ですよね……」
「だよね!」
女性はハルカの両手をとり、握り締める。
「パンケーキには何だって合うよね?」
「ええ、ジャムとかあんことか、色々あいますよね~」
嗜好が合ったのか、目の前の女性の目が輝き始める。
「そうだよね~。何とも合う懐の広さ~」
「そこに無限の可能性を感じますよね~」
印象に残らないどころか、目の前の女性のペースに乗せられつつあった。
「だよね~。それに体重なんて気にしたら負けだよね~」
「……重いと燃費が悪くなるとケイトは思う」
「燃費気にしてパンケーキは食べられません!」
「そうだそうだ!」
「戦闘時における集中力を極限にまで高めるためにも……」
「日常でいかに好きなものを食べて、リラックスできるかが大事!」
「……850キロカロリーは夢ではない。キリエは太ってもいいのか?」
「太ることより、好きなものを食べるのが、一番幸せだと思います!」
「そのためなら、食べる順番なんて知ったことかー!」
「おいしいが、正義です!」
「だよね!パンケーキの誘惑には勝てないよね!」
ハルカは常々思っている。毎日固いパンや粉の多いコーヒーばかりの生活では、死んでも死にきれない。
せめてもっと、おいしいものを食べてから死にたい、と。
そのためなら、摂取カロリーや食べる順番など知ったことか、と。
「勝てません!」
「そうだよね!」
ぐいぐいくる女性に、彼女はペースを合わせる。住民の印象には間違いなく残る行為。しかし誰しも譲れないもの、というものが存在する。
それがこの2人なら、パンケーキに関することだった。それだけである。
そんな2人を見ていた彼女たちは口をあんぐりと開けたまま固まっている。
「キリエほどのパンケーキ好きは、なかなかいないと思っていましたが?」
「ケイトも想定外」
「まさか、いたなんて……」
「ふふん、どうだ!私には遂に、同志ができたのだ!」
と、キリエと呼ばれた女性が手を握り、余程嬉しいのか上下に何度も振り回す。
「私の好きをわかってくれてありがとう!」
「いいえ!わたしこそ!ありがとうございます!」
理解したことになるのかは怪しいが、目を輝かせるキリエという女性に対し、ハルカも満面の笑みで返す。
「そういえば嬢ちゃん、見ない顔だが、どこからおいでなすった?」
ラハマは岩塩で収入を得ている町だが、規模は大きくない。なので住民同士の距離が近く、外からきた人間に気付きやすい。
「ラハマからは、大分遠い場所です」
ハルカはあえてぼかして言った。
「そうか。じゃあ、嬢ちゃんも飛行機乗りか?」
荒野が広がるここイジツでは、陸路を切り開くことは難しく、飛行機が普及するにつれ、陸路は活用されなくなった。
遠い場所から来たのなら、当然飛行機に乗ってきた、そう考えるのが自然になっている。
「……いえ、会社の同僚とやってきまして」
「嬢ちゃん、もう働いているのかい?」
もう、といわれるほど幼くはないのだが、彼女は実年齢に比べ若く見られがちなのがときに嫌だった。今回偵察に派遣されたのも、その外見が理由だった。
「ええ、色んな町から物資を買って、必要としている人々に販売や運送を行う会社に……」
「ほう、なんて会社だい?」
「……ウミワシ通商です」
その物資というのは、無論輸送船から強奪したもので、それを売る相手はカタギじゃないことも多い。実態は空賊でも、表向きは普通の会社ということになっている。
ぼったくる会社だが。
「ウミワシ……、聞いたことないな」
「まあ、まだ小さな会社ですから」
「そうかい。まあ、がんばんな」
店員は笑顔を浮かべ、厨房へと去っていった。
「ねえ、あなたも運び屋?」
先ほどから手を握り締めている女性が、また顔を近づけてくる。
「わ、私は事務方だけどね」
「じむ、かた?」
「書類の作成とか、契約とか、そっちの仕事」
「キリエにはできない仕事だね~」
「むぅ~」
キリエと呼ばれた女性は頬を膨らませ、仲間の一人をねめつける。
「そういえば、名乗ってなかったね。私、キリエ。飛行機乗り」
「……私は、ハルカ。よろしく」
もう手を握り締められているので名乗るだけにする。あまり自身のことを話してはいけないのだが、情報収集の一環としてやむなく、問題ない部分だけを話すことにする。
「もし、空賊に襲われそうになったら、お金はとるけど呼んでね。私、用心棒をやっているんだ!」
「用心棒?」
「悪い空賊から、羽衣丸を守る仕事」
羽衣丸。その名前を聞き、ハルカは脳内で情報の整理を開始させる。
「飛行機乗りって、いったよね?」
「うん!私はコトブキ。コトブキ飛行隊ってところにいるの!」
彼女はわずかに目を細めた。
―――この人が、コトブキの……。
イケスカ動乱の際、その渦中の只中にいた凄腕飛行隊。なら、同席している3人は、きっとその仲間だろう。情報だと6人らしいので、あと2人いないが。
「お金はとるけど、それ相応の、いや、それ以上の働きはするから!」
「キリエなら、パンケーキだけで引き受けそうですけど」
「……ちがいない」
ふと、無線の呼び出し音がなった。キリエの仲間らしき金髪で、貴族のような姿をした女性は、失礼、というと店の外で無線をとり、少し受け答えをすると戻ってきた。
「レオナから呼び出しですわ」
「え~まだパンケーキ残っているのに~」
「召集。それが優先」
「急がないとまたレオナに怒られるじゃん!」
「むぅ~。あ、またね~」
引きずられていくキリエに、ハルカは手を振った。その背中を見送ると、彼女は急いで食事を終えて会計を済ませ、店を後にした。
その背中を、ケイトだけが遠目で見つめていたことに、彼女は気づかなかった。