羽衣丸を探す。飛び続けることしばし、ようやく目当ての第二羽衣丸を
探し当てたが……。
風防から周囲を見渡しながら、ハルカは零戦を飛ばす。
「この航路は違うのかな……」
彼女は少ない条件から羽衣丸が選びそうな航路を推定し捜索を行っているものの、流石に情報の少なさは否めない。一向に姿が見えてこない。
燃料残量を確認する。捜索のため増槽を取り付けてきたが、増槽内の燃料がもうそろそろなくなりそうだ。
「ん?あれは……」
彼女の進路上に、巨大な白い気球のようなものが浮かんでいるのが見える。少し進路を右に変え、気球の右後方から確認する。
間違いなく輸送船だ。
双眼鏡で書かれている文字を見ると、側面には第二羽衣丸と書かれており、ラハマ船籍を示す塗装もある。
「見つけた!……あれ?」
羽衣丸の航路上で、小さな火花が散った。それは、飛行機が落ちていくときのものだ。
「空賊に襲われているの!?」
『接近中の零戦、所属と目的を応えてください』
突如、機上電話から声が聞こえた。
『繰り返します。こちらはラハマ船籍の輸送船羽衣丸。接近中の所属不明の零戦、所属と目的を応えてください』
彼女は機上電話で応える。
「こちら、ガドール評議会護衛隊所属、ハルカと申します。ユーリア議員の使いとして、オウニ商会のマダム・ルゥルゥへ届け物を預かってまいりました」
無線の向こうの人物が沈黙する。
少しの間を置いて、声が聞こえてきた。
『オウニ商会社長、ルゥルゥよ。ユーリアの使いさん』
「お久しぶりです、マダム・ルゥルゥ……。ところで、応援に行った方がいいですか?」
『そうしてくれると助かるわ』
「敵は空賊、アオツル団ですね。青い飛燕の」
『ご名答。じゃあ、お願いね』
「了解」
彼女は無線を切り、増槽投下レバーに手をかける。
「はあ~、また増槽捨てるのか」
彼女はマダムに増槽代を請求することを心に決めてレバーを引き、燃料が空になった増槽を切り離す。
そして戦闘速度へ加速し、戦闘空域へと向かっていった。
「もお~!逃げないで勝負しろ!」
『キリエ!後ろだ!』
彼女は後ろを振り返る。2機の飛燕が機銃を放ってくる。
「ヤバ!」
キリエは機銃弾を回避。直後、フットペダルを蹴りこみ、操縦桿を引きバレルロール。飛燕に追い越させ、後ろをとった。
「よし!」
機銃の発射スイッチを押そうとした、瞬間飛燕が機首を下げた。
「こら逃げるな!」
今回の空賊は、コトブキ相手で格闘戦では勝ち目がないと悟ってか、飛燕の突っ込みの良さを生かした一撃離脱に徹している。
隼が苦手とする戦いだ。
『単機で挑もうとするな!ペアで挟んで、敵機が降下に入る前に叩くんだ』
「そうはいっても!」
キリエのペアのチカは、彼女を置き去りに飛燕に食らいついている。
『もう少し!もう少しで星1つ~』
飛燕を落とすことに必死でキリエに意識が向いていない。
その背後に、別の飛燕がついた。
「チカ!回避!」
キリエはスロットルレバーを開いて加速。チカの背後の飛燕に照準線を合わせる。
「いただき!」
『キリエ、よけろ』
淡々としたケイトの声に振り返る。視界に入ったのは、キリエに向かって降下してくる飛燕。
咄嗟に、彼女は操縦桿を前に倒した。
だが、ただでさえ急降下速度で飛燕は隼を上回る。加えて、速度がのっている飛燕相手に、同じ降下で逃げるのは悪い選択肢だ。
キリエも気づいたが、ときはすでに遅い。
飛燕の機銃が咆哮を上げる。
直後、突如火を噴いて落ちていく。
「……え?」
キリエの隼のすぐ真横を、1機の零戦が横切っていく。
「……あれ!」
その零戦は降下した後上昇。下方からチカに迫っていた飛燕の下方にあるラジエーターを正確に狙い、撃墜。
チカが追っていた飛燕は急いで機首を下げ、零戦も追って降下に入った。
降下中に機首の機銃を放ち、被弾した飛燕は勢いをそのままに地面へと突き進んでいった。
降下を止め上昇に転じると、2機の飛燕が零戦の後ろにつく。
2機が同時に機銃を放つが、零戦はそれを軽くよけると機首を下げようとする。飛燕もそれを悟り降下に転じる。
零戦は突如機首を上げ、機体全体を使って減速。飛燕2機を追い越させ、後ろから3丁の機銃を放って2機をまとめて撃墜した。
獲物を追い求める猟犬のように、次々飛燕に襲い掛かっていった。
『こちら羽衣丸。空賊の殲滅を確認しました。帰還してください』
襲来した空賊の殲滅を確認した羽衣丸からの連絡を受け、6機の隼が母船へと向かっていく。
「こちらガドール評議会護衛隊、ハルカ。羽衣丸、着船許可を頂きたい」
『こちらオウニ商会、ルゥルゥよ。着船を許可します。コトブキのあとに着船してちょうだい』
「了解」
6機の隼が降り立ったのを確認すると、彼女はレイの着陸脚を下ろし、着船するため進路を調整する。
ユーリア議員の飛行船で何度もやっているが、この瞬間は油断できない。
フラップを下ろし、速度を調整しつつ、慎重に後部ハッチから進入。
尾輪と着陸脚が接地したところで、ブレーキを徐々に踏み込み減速。
そして、コトブキの隼の最後尾の後ろで止めると、エンジンを切った。
「はあ……」
ようやく一息ついた彼女は風防を開ける。すると、羽衣丸整備班のナツオ整備班長が、胴体左側の足掛けを引き出してくれていた。
「よう!久しぶりだな!」
「……お久しぶりです、班長」
彼女は足掛けに足をのせながら、羽衣丸格納庫の床に降り立った。
そこには、班長以外にコトブキの面々がいた。
赤髪を結った、凛々しい顔の女性が歩み出る。
「コトブキ飛行隊、隊長のレオナだ。君の応援に、感謝する」
彼女は差し出された手をとった。
「ガドール評議会護衛隊、ハルカです。お久しぶりです、レオナさん」
すると、レオナは表情を緩め、笑みを浮かべる。
「君の活躍は聞いている。アレシマではひと暴れしたそうじゃないか?」
先日の一件は、彼女たちの耳にも入っているらしい。
「ひと暴れって、そんな荒っぽいことはしていませんよ?」
武装した謎の人物のアゴを蹴り上げたり、首を少し締めたりはしたが。
「それで、マダムに用があるんだって?」
「ええ、ユーリア議員から届け物を預かってきまして」
「そうか。なら早速マダムのところまで、ひいぃぃぃぃぃぃぃ!」
突如レオナが悲鳴をあげ、そばにいた副隊長のザラの後ろに隠れた。
彼女の視線の先を見ると、そこにいたのは人ではなかった。
「……鳥?」
彼女の視線の先にいたのは、1匹の鳥。その鳥は頭に帽子をかぶり、こちらへゆっくり歩いてくる。
「グワア!」
「ひぃっ!」
なぜかレオナが小さな悲鳴を上げ、そんな彼女を見てザラは苦笑する。
「なんですか、この鳥?」
ハルカは近づいてきた鳥をまじまじと見つめる。
「あ~、あなたは見るのは初めてね。この鳥は……」
この鳥こそ、羽衣丸を預かる船乗り、ドードー船長である。
そう言おうとしたら……。
「……食べ応えありそうな鳥」
彼女の言い放った言葉に、ザラは首をかしげる。
「……へ?」
「結構肉ついていそうですね。太っているわけじゃなくて引き締まっていそうだから、脂は少なめかな。胸肉に、ササミ、モモ……。手羽先も多めに取れそう。でも、捌くには結構大きな包丁が必要そうだな~」
なぜか妙に楽し気に、でも空恐ろしい言葉を言い放つ。このとき、皆彼女の言葉が冗談だとは思えなかった。
ハルカの目が、段々据わってきたからだ。
「何人分とれるかな~。何日生きられるかな~」
言いながら彼女はドードー船長に近寄ると、空賊に銃を突きつけられても引かなかった船長が後ずさっていく。
「どうするのが一番いいかな~。鶏肉は痛みやすいから、素早く捌いてさっさと消費するのが一番だよね~」
ドードー船長の頭から汗が流れる。
空賊時代、ハルカはまともな食事にありつけたことは少ない。食事など、町へ出たときを除けば日持ちする堅いパンに粉の多いコーヒーだけ。
貴重なタンパク源であり高カロリーの肉を食べるなんて、夢のまた夢だった時代。でもそんな状況でも生きなければならなかった。
荒野で生き延びるため、まずくて硬くても食べるしかなかった。
そのためか、肉が目の前にあると、何としてもとらえたくなる欲求にかられてしまう。
そして彼女は、満面の笑みを浮かべながら言った。
「まあいいや。とりあえず捌いて、血を抜いて」
「ギャアアアアアアアアアア!」
悲鳴をあげ、ドードー船長は激しく羽をばたつかせながら逃げ出した。
猟犬のごとく彼女は船長を見定め、捕獲するべく足に力をこめて……。
「あの~、ハルカさ~ん」
「なんですか?ザラさん」
彼女はザラの方へ振り向く。
「その鳥ね~」
「あの鳥は?」
ザラの言い放った言葉に、彼女は驚愕した。
「……船長なの」
一瞬、時が止まったような錯覚に陥ったのは、気のせいではないだろう。
「……船長?」
「ええ」
「……あの鳥が?」
「ええ」
彼女は戸惑いながら、ザラに問いかける。
「あの鳥が、羽衣丸の、船長?」
ザラは、苦笑しながらも、力強く頷いた。
「……ええ」
事態が飲み込めない彼女は、その場に足を止めてしまう。
その隙を、ドードー船長は見逃さなかった。
「グワアアア!」
羽ばたいて飛び上がり、クチバシを下に向けて急降下。ハルカの頭の頭頂部に一撃を見舞った。
「痛っ!」
鋭いクチバシによる一撃に、彼女は頭を押さえる。ドードー船長の攻撃はそれだけでは終わらない。
空中で羽ばたきながら彼女の頭に、2撃目、3撃目を加える。
「痛い、痛い、痛いですって!」
彼女はその場から逃げ出す。
だが船長も逃がすものかと後を追う。
追いかけながらドードー船長は、彼女の頭やら背中やら腰やら、お尻やら足をクチバシで何度もつつく。
「ご、ごめんなさい!食べ応えありそうなんていってごめんなさい!捌くつもりなんてないですってば!痛い痛い痛い痛い痛い!痛いですって!イタタタタタタタタタ!」
必死に逃げ回るが、彼女の足でも空を飛びながら追いかけてくるドードー船長を振り切ることはできないようで、痛い痛いと悲鳴を上げながら格納庫内を駆け回る。
そんな光景を見ているコトブキの面々と言えば……。
「ドードー船長を見て、食べ応えありそうなんていう人、初めてみたわ」
苦笑するザラ。
「でも、ドードー船長がどんな味がするかは、興味がある」
冷静なようでそうでない感想を述べるケイト。
「ケイト、今船長に聞かれたらああなるわよ~」
「ムグっ……」
ケイトは口を両手で抑える。
「ハルカ~がんばれ!船長に負けるな~!」
なぜか応援するチカ。
「ちょ、可哀想だよ!船長を止めないと!」
心配そうにいうキリエ。
「あら、自身の発言のせいでこうなったのですから、反省の意味も込めて放っておくのが一番ですわ」
辛辣なエンマ。
「そんな~、それは可哀想だって!」
「ユーハングではこういうそうでしてよ。口は災いのもと、と」
「エンマひどい!」
「それに、誰があの船長を止められるのでして?」
エンマの視線の先を見ると、ザラの背後に隠れるレオナがいた。
「……船長、怖い」
頼りになりそうもなかった。
遂にはハルカが涙目になってきたので、ザラがやむなく仲裁に入り、この追いかけっこは幕を下ろしたのだった。
「申し訳ありませんでした!まさか船長とは知らず!」
格納庫の床に土下座をして、ハルカは船長に頭を下げる。
「グワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
それでも怒りが収まらないのか、羽を大きく広げながら船長が咆哮する。
「ひぃ!」
すっかりドードー船長に彼女はおびえる。
「あはははは、船長。ドードードー」
船長をザラはなだめる。その後何度も謝ったことでようやく船長は機嫌を直したのか、どこかへ去っていった。
「行った?もういない?」
ザラの背後でおびえるレオナは、船長が居なくなったか問いかける。
「もう大丈夫よ、レオナ。ハルカさんも災難だったわね」
「うう~、まだあっちこっち痛いです」
そうとうつつきまわされたのか、彼女は頭や背中、お尻をさする。太ももの裏側には、何か所も赤い点のようなものがついている。
「あはは……、ところでマダムに用があったのよね?」
「え……、あ、はい」
当初の目的を思い出し、彼女は頷く。
「ユーリア議員からお届け物を預かってきまして」
「オホン、なら、マダムの所へ案内しよう」
気を取り直したレオナは、彼女をマダムの部屋へ案内するべく歩き出した。
「……ふん」
エンマはつまらなそうに、どこかへ歩き出す。
「あれ、エンマどこ行くの?」
「自室ですわ。あの方が帰ったら教えてくださいませ」
眉間に皺をよせながら、彼女は去っていった。
「……どうしたんだろう?糖分の不足?それとも紅茶不足?」
「キリエじゃあるまいし~」
キリエはムッとチカを見つめると、ふと立ったまま動かないケイトに目がいった。
「ケイト?」
反応がないので、キリエは彼女のそばへ移動する。
「どうかしたの?」
ケイトの視線の先を追うと、そこにはハルカの愛機、零戦52型丙ことレイが駐機されている。
正確には、その主翼に目がむけられている。
「……似ている」
「何に?」
「……ユーハングの飛行機に描かれていたマークに」
「……え?」
「彼女の機体の場合は水色で、ユーハングは赤だったけど、同じもの」
ハルカの零戦の主翼は、半分近くを暗い青色が覆い、主翼両面と胴体中央より少し後ろの位置には、白色を縁取った水色の丸が描かれている。
空賊でも用心棒でも、同じ飛行隊に属するもの同士、同じマークを描くことが普通である。
キリエたちコトブキ飛行隊の隼には、2枚羽のプロペラをかたどったマークが描かれている。
でも、ハルカは特定の飛行隊に属しているわけではない。
ウミワシ通商のマークは、名前の由来になっているウミワシが描かれていたはず。
では、このマークは何なのだろうか。
ケイトがユーハングのマークと似ている、といったのは偶然なのか。
それとも……。
「後で、彼女に聞いてみる」
「それがいいと思うよ」
疑問は脇に置き、キリエたちも自室へと向かって歩き出した。