中身を知ることになる。
そして、マダムから新たな依頼がされるが、空賊が大嫌いな人物の介入により
暗雲が漂う。
レオナに案内された先は個室。その部屋には、船内火気厳禁であるにも関わらず、キセルを吸い、赤いドレスに身を包んだ余裕の笑みを浮かべる女性が座っている。
オウニ商会の社長、コトブキ飛行隊の雇い主。
彼女は一礼すると、目の前の女性を見つめる。
「お久しぶりです、マダム・ルゥルゥ」
「久しぶりね、ハルカさん。アレシマでの活躍は聞いているわ」
先日、ユーリア議員とホナミ議員を対談の最中に、アレシマ市長とナハタ市長が彼らを抹殺することを画策。
空賊に偽装した勢力に襲わせたものの、ハルカやユーリア護衛隊の面々に邪魔され、失敗に終わったことは新聞にのり、ラハマにも伝わっていたようだ。
「それで、今日は何の用かしら?」
「ユーリア議員から、お届け物を預かってきました」
彼女は腰にぶら下げた小物入れから、預かってきた小さめの茶色い封筒を取り出し、マダムに手渡した。
「ありがとう」
マダムは封筒の封を切り、中の便箋を取り出して目を通していく。
「それでは、私はこれで」
「え、もう帰るのか!?」
レオナが驚いた声を上げる。
「ええ……、用事は済みましたので」
そう言って彼女はマダムに背を向けようとする。
「待ちなさい」
振り返ると、マダムはニコニコと、楽しそうに微笑んでいる。
「ハルカさん」
「……はい」
「あなた、この封筒の中身は見た?」
「いえ……、見るわけないですよ」
議員が出す封書は、中身が機密文書であったりする場合が多い。そもそも、飛行機での郵便配達がある中、護衛隊員に任せたのだから外部に知られたくない類のものである可能性が高い。
いくら秘書のような役割をしている護衛隊員でも、中身を見ることは許されない。
「そう。なら私が許可するから、文面を見てみなさい」
「え!ですが……」
マダムは、中身の便箋を差し出してくる。
「面白いことが書いてあるわよ」
ニコニコするマダムから彼女は便箋を受け取り、レオナとザラが背後から見る中、文面に目を通す。
そこにはきれいな手書きの文字で、短い文章がしたためられていた。
『 約束通り彼女を派遣するけど、引き抜こうなんて考えないことね 』
端正なイジツの文字は、日頃目にしているユーリア議員の文字で間違いない。だが、それより彼女は思ったことを口に出した。
「……これだけ?」
機密文書どころか、ただのメッセージが書かれているだけ。
「こんなもの届けるために、ガドールから遠路はるばる……」
「無駄足じゃないわよ」
彼女は湧き上がってくる怒りを抑えつつ、マダムへ視線を向ける。
「だって、ユーリアにあなたを寄越してっていったのは、私だもの」
「……どういうことですか?」
すると、マダムは楽しそうに首をかしげる。
「あなた、ユーリアになんて言われてきたの?」
「……マダムへ、届け物をもっていってほしい、と」
「そう。じゃあ、何も聞かされてないのね?」
今度は彼女が首をかしげる。どうも要領を得ない彼女に、マダムは説明を始めた。
今回、ハルカの派遣を依頼したのは、マダムだったということ。
届け物というのは、ユーリアのマダムへの一種のいやがらせで、彼女の到着を遅らせる手段だった。
だが、マダムとしても彼女の実力を見る上でいい機会だったので、そのまま放置して到着をまった。
つまり、届け物など最初からなく、マダムのもとで仕事をしてきなさい、という単純な内容だったということだ。
「そんな~」
彼女は頭を抱えて、その場にペタン、と座り込んだ。
「ラハマまで直行して自警団手伝って空賊撃退して、そして羽衣丸を見つけたと思ったら、また戦闘になって……。増槽2個も捨てる羽目になったのに~」
加えて道中の燃料に弾薬も、無駄だったわけだ。
道中色々あったのだなあと、レオナにザラ、マダムは苦笑している。
「まあ、そういわずに。増槽代と燃料弾薬代は別で払ってあげるわ」
「……ありがとうございます」
彼女はとりあえず立ち上がる。
「それで、私を呼んだ理由。もとい、依頼はなんですか?」
マダムはキセルを吸い、煙をゆっくりと吐き出した。
「ラハマからショウトへ物資を輸送する羽衣丸の、往路、復路での護衛よ」
予想通りの答えに、特に驚きはなかった。
「ところで、私から1つ聞いてもいいかしら?」
「なんですか?」
すると、マダムの表情が引きしめられる。
「あなた、どうやって羽衣丸の居場所を突き止めたの?」
マダムは視線を外さない。
「……ラハマ自警団長から、聞きまして」
「自警団長に伝えていったのは、最終目的地と積み荷だけ。それだけの情報から、どうやって探し出したの?」
マダムの真剣な表情に、はぐらかすことはできないと彼女は思った。
「……積み荷が医薬品ならば、ラハマとショウトの間にあるヤクシの町を経由するはずと思いまして」
「でも、それでもまだ航路はいくつもあるわよね」
「……マダムには、凄腕のコトブキ飛行隊がいます。大回りする安全な航路より、少し危険があっても近い航路を選択するだろうと。他に天候等も考慮した結果、この航路の可能性が高いと考えました」
「それは、空賊時代の勘?」
「まあ、そんなものです」
すると真剣な顔はどこへやら、顔をほころばせる。
「なるほど、輸送船の航路を読むのはお手の物ってわけね」
「……外すときもありましたけどね」
「空賊時代のあなたに、輸送中遭遇しなくてよかったわ。何隻くらい襲撃したのかしら?」
レオナとザラは一瞬慌てるが、ハルカは気にした素振りもなく応える。
どうせ、いずれはわかることだろうから。
「……正確には憶えていませんが、100隻はあったかと」
室内の空気が一瞬固まった。
「……じゃあ、落とした用心棒は?」
レオナが震える声で言う。
「最低でも5機、多いと12機くらい護衛にいました」
「じゃあ、星の数は……」
ザラがざっと計算する。
「毎回5機としても、500機。それより多いことになるわね」
震えの混じる声でザラは言った。
レオナはその場に膝をついた。
「私たちでも、全員で200から300の間なのに……。1人で500以上だと……」
何か小声でつぶやいている。
「で、でもほら……。あくまで、1人で戦わされたからこうなったわけですし。それに、用心棒は何もなければ平穏に終わりますが、空賊は襲撃をするわけですから毎回戦闘になるという条件の違いもありますし……」
空賊の少ない航路を基本的に輸送船は通る。なので、襲撃さえなければ用心棒は出番がない。しかし、空賊は違う。
空賊は襲いに行く側なのだから、標的が見つかれば間違いなく戦闘になる。
ちなみに、ハルカは空賊になる以前は故郷の町にある知り合いの飛行機工場の部品輸送や輸送機の護衛も行っていた。
その時の撃墜数は入っていないので、実際はもっと多いのだが、今いう必要はないと口をつぐむ。
「本当に、あなたに輸送中遭遇しなくてよかったわ」
マダムは、改めて言った。
「それならこの依頼の期間中、君はコトブキ飛行隊の一員として動いてもらう」
「あ、はい。よろしくお願いします」
彼女は隊長のレオナ、副隊長のザラに向かってお辞儀をした。
「じゃあ2人共、彼女を部屋に案内してあげて。あなたたちの部屋、まだ空きあったでしょ?」
「そうですね。キリエたちの部屋は一杯ですし、慣れない中なので1人はまずいですし」
「それと、船員たちへの紹介もお願いね」
「わかりました」
彼女はレオナとザラに手を引かれ、マダムの部屋とあとにした。
部屋に荷物を置いた後、彼女は羽衣丸の船内を案内される。
ユーリア議員の外遊に同伴し、飛行船には乗ったが、評議会の飛行船とは少し異なる。
ユーリア議員曰く、陳家な船という羽衣丸だが、それはユーリア議員もとい、評議会の飛行船が内装を豪華にしているからで、これが普通なのだろうと思う。
「評議会の飛行船に比べれば、色々足りないかもしれないが」
「いえ、別にそんなことはありませんから」
まず、船橋に案内される。
「君がマダムの呼んだ用心棒だね。私は羽衣丸を預かる副船長のサネアツ。よろしく」
少し緊張気味にいった副船長が手を差し出してくれたので、彼女はよろしくとそれに応える。
「副船長?じゃあ、船長は」
「グワアアアア!」
「「ひぃ!」」
レオナにハルカは2人してザラの後ろに隠れる。
そんな2人を見て、ザラは頬をかきながら苦笑する。
そこに居たのは、さきほど格納庫で散々追いかけまわしてきた鳥。
「ああ、こちらが船長のドードー船長だ」
「本当に……、船長だったんですね」
「グワアアアアアア!」
「「ひぃ!」」
少し威嚇したかと思うと、ドードー船長は船橋内の端へと移動すると静かになった。
「まあ、鳥が船長なんて、最初は信じられないわよね?」
最初どころか、どこをどう考えれば鳥を船長に据えるのか、疑問しかないが。
言いながら歩み寄ってきたのは、炎のように赤い長い髪を結った女性。
「初めまして、羽衣丸主操舵士のアンナよ」
「……初めまして」
おびえながら応える彼女に、アンナはクスクスと笑う。
「まあ、じき慣れるわよ」
すぐ横に慣れていないコトブキ飛行隊隊長がおりますが、とはいわなかった。
「初めまして、副操舵士のマリア。よろしくね、ハルカさん」
「よろしく、お願いします」
今度は短い青い髪に、少し気が弱そうな女性。スタイルは、アンナより良さそうだが。
「ふふ……。悪魔なんて通り名がついていても、やっぱり女の子なんですね」
「そりゃあ、そうですよ」
「安心したわ。ところで、ハルカさん」
すると、マリアは彼女のある個所を指さした。
「それ、どうしたんですか?」
指をさされた場所を見るが、そこは首の左側なので見えない。
マリアが手鏡を取り出してくれたので、指摘された場所を見る。
「あ、これは……」
思い出されるのは、ガドールを出発する前、ユーリア議員との一件だ。
「あら~どうしたの?これ」
「歯形、だよな?」
ザラとレオナも見る。ハルカの首の左側、シャツに隠れてはいるが、そこには歯形がくっきりついている。
だが、なんでこんなところについているのか、2人は首をひねる。
「ああ、これですか……。ガドールを出発する前に、ユーリア議員につけられまして……」
「ユーリア議員に?」
「はい。出発しようと思ったら、なぜか背後から噛まれまして……。私、嫌われているのでしょうかね?」
なぜ歯形をつけたのか、その理由は未だにわからない。
「ああ……」
レオナは首をひねるが、ザラは何かを察したらしい。
「心配しなくても、嫌われてないわよ」
「本当ですか?」
「ええ。多分、その逆の意味だから、それ」
「それって……」
途端、マリアは首を傾げるハルカに、鼻先が触れんばかりに詰め寄った。
「変態!?変態な話題ですか!?」
口にしていて羞恥を感じないのだろうか、という疑問はさておき、マリアは変態な話題なのか、問い詰めてくる。
目をキラキラ輝かせ、とても楽しそうに。
一方アンナは、頬を赤く染めている。
「変態……?まあ、ユーリア議員は確かに変態という噂、そう思うような行動はありますが……」
人の太ももを突然枕にしたり、寝る際人を抱き枕にしたり、胸という脂肪の塊が重いから胸が張れないのか、という発言とか。
「じゃあ、変態なんですね!」
妙に鼻息が荒さを増す彼女に戸惑う。
「マリア!」
頬を赤く染めた状態で固まっていたアンナがようやく動き、叫んだ。
「そういうことは、人前ではあまり聞かないの!?」
「は~い」
アンナに指摘されると、あっさりマリアは引き下がった。
だが、舵輪を握った直後、ゆっくり振り返っていった。
「ハルカさん、また羽衣丸が停泊したとき、ゆっくりお話ししましょうね」
話題は、間違いなく議員に関することだ。
「……しないという選択肢は?」
「無理」
そう彼女は笑顔で言い放った。
獲物を前にした蛇のように、彼女は目を光らせ、舌で口の端を軽くなめた。
「……わかりました」
「約束ね」
議員に関する話題を少し話そうか、とハルカは思った。
無論、口外禁止という条件で。
最後に、会議室へと案内された。
「ここで出発の際、航路の選択や情報共有をするんだ」
中には、大きな地図が置かれており、航路が書き加えられている。
「にしても、少ない情報からよく羽衣丸を見つけ出したものだな」
「勘と、あとは運まかせみたいなところもありますね」
「そうか」
レオナは、航路が記入されている地図に向きなおった。
「それじゃあ、今記入してあるのが、今回羽衣丸が通る航路なんだが、道中に空賊の拠点があるか、しらないか?」
ハルカは護衛隊隊長に聞かれたときと同様、知っていることを答えていく。
「一番近いのは、マキグモ団。戦力は21型が8機くらいですね」
そして他にも拠点を応えていく。
次第に、レオナとザラの表情が真剣なものに変わっていく。
「知っている範囲はこれくらいです」
「ヤクシまで拠点が、残り2か所」
「そこからショウトまでの間に3か所。ずいぶんあるわね」
彼らが掴んでいた拠点の数は、ヤクシまでの間で2か所、ショウトまで2か所だったようで、想定をこえる数に戸惑いの色を隠せない。
「医薬品は空賊も欲しがります。なので、周囲は出現箇所が多いんです」
「拠点を避けられる航路はあるか?」
彼女は頷く。
「これは……、航路の変更をマダムに打診したほうがいいかもしれないな」
いくら凄腕飛行隊がいても、自ら危険を冒す必要はない。
「じゃあ、マダムに早速説明を」
「ちょっと待って下さいませ!」
突如扉を開けて入ってきたのは、貴族風の格好をした女性。
「……エンマ?どういうことだ?」
「言った通りですわ!航路の変更など必要ありません!」
「だが、彼女の情報では、空賊の拠点が複数ある。回避できるなら、それにこしたことはない」
エンマは、ハルカを一瞥して、言い放った。
「彼女の情報が確かだと、なぜ言い切れるのかしら!?」
会議室の中が、一瞬にして沈黙に包まれた。
「彼女は元空賊。私たちの敵でしたのよ!彼女が空賊と組んで、私たちをハメようとしているかもしれませんわ!」
本人を前にして信じられないことを、彼女は言い放った。
「……エンマ、なぜ彼女をそんなに疑う必要がある?彼女はマダムが呼んだんだぞ」
「それは、マダムやユーリア議員の威光がなければ、信じるに値しないということではなくて?」
「何を言うのエンマ!?彼女は……」
「むしろ私から見れば、あなた方はなぜ彼女をすんなり信用できますの?反省したから、心を入れ替えたから。そういっていい寄ってきた悪党や空賊を、私は腐るほどみてきましたわ。悪党に改心を期待するなど、天地がひっくり返っても無理なことですわ」
そう言い放つエンマを、ハルカは醒めた目で見つめている。
レオナはエンマに近づき、怒りの表情で見下ろす。
「エンマ、さっきまで言ったこと、全て撤回しろ」
「嫌ですわ。私の実体験ですもの」
「彼女は、その同族を撃ってラハマを守ってくれた。なぜそんな恩人を信じられない!?」
「彼女も言ったじゃありませんの?ラハマを守ったのは、あくまで結果だと」
あくまでエンマは引かない。レオナは、握った両手の拳が震えている。
「エンマ、いい加減に」
「レオナさん」
レオナは振り返った。
「……やめて下さい。あなたが、そんなに怒る必要はありません」
「だが、エンマは君を」
「いいんです。これが、普通の反応でしょうから」
「ふん……。じゃあ、あなたはどうしますの?今すぐ羽衣丸を去ってくれますか?」
彼女はエンマを醒めた目で見据える。
「いえ、仕事ですから」
想定はしていた。これが普通の反応だ。
「あなたが、私のことが気に入らないのはよくわかりました」
「当たり前ですわ。許されない空賊行為を働いた人間を、信用できるとでも?」
ハルカは、ガドール評議会に呼ばれたときのことを思い出した。
言っていることが、全く同じだった。
「じゃあ、どうすれば少しは受け入れてくれますか?」
静かに、彼女は言った。
「そうですわね……」
エンマは、航路が記された地図を見下ろす。
彼女が、不釣り合いな笑みを浮かべた。
「ここから最初に遭遇した空賊を、殲滅してくださらないかしら?
「「なっ!」」
レオナとザラは驚く。
「エンマ!何を言うんだ!?」
「彼女が、もう空賊と関わりがない、ということを確かめるいい機会ですわ。空賊じゃないなら、同族じゃないなら、全て撃ち落せますわよね~」
三日月のように細めた、明らかに敵意を含んだ瞳で、エンマはハルカを見つめる。
一方ハルカは、醒めた茶色がかった瞳で、エンマを眺める。
「……わかりました。いいでしょう」
「ふふ。なら、せいぜい信用が得られるよう、頑張ることですわね」
「2人とも待て!」
レオナが叫ぶように言った。
「勝手に決めるんじゃない!エンマ、そんな危険なこと、彼女にやらせるのか!」
「新聞によると、彼女はアレシマで10機もの敵機を落としています。ラハマで戦ったとき、私たちコトブキ飛行隊の半数を落とした上に、ラハマ自警団にも損害を与えた。空賊の21型8機くらい、軽いものですわよね~」
「だとしても……」
「レオナさん、やらせてください」
ハルカが、なおも抗弁しようとするレオナを手で制した。
「この問題は、長引かせてもろくなことないです。やらせてください」
ハルカもエンマも、引く気はないようだ。
「……まて、私の一存では決められない」
レオナは内圧を下げるよう息を吐き出し、額を右手で抑えた。
「マダムに報告する。それと、他のコトブキのメンバーも集めて、合議をする」