荒野のコトブキ飛行隊 ~ 蒼翼の軌跡 ~   作:魚鷹0822

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エンマとのいさかいを起こさないよう、羽衣丸で静かに過ごす
彼女。そんな彼女をレオナとザラは町へ連れ出そうとする。
しかし、彼女たちに空賊の戦闘機が迫る。
迎撃のため飛び立つレオナたちだが……。


第6話 牙をむく猛獣

 羽衣丸は荷物を積み込むため、ラハマとショウトの中間に位置する町、ヤクシの町へと降り立った。

「ふあ~」

 眠気がまだあったせいで、ハルカは羽衣丸の後部ハッチ付近で大きなあくびをした。

 コトブキのメンバー、キリエ、エンマ、チカ、ケイトの4人は町へと繰り出していった。

 ハルカも誘われたのだが、エンマがいる中、一緒に居ると間違いなくまたいさかいを起こす可能性が高いので、羽衣丸でのんびりすることにした。

 それに、どうせ町に出てもみたいものも、やりたいこともないのだから。

「……はあ~」

 ふと、彼女は眼下を見下ろす。

 すると、そこには頭を抱えるナツオ班長に整備班のメンバーが目に入る。

「どうしたんだろう?」

 彼女は階段を下りてナツオ班長たちのもとへ向かう。

「班長~」

「お、ハルカじゃねえか」

「どうかしたんですか、頭抱えて」

「ああ……。すぐに積み荷を搬入したいんだが、依頼してきた会社がいうには、積み込み作業員が食あたりで来られないっていうんだ。他にできる奴を寄越せっていったんだが、手が空いてないそうでな。おかげで、積み荷があっても積み込み作業ができねえんだ」

 班長が指さす方向を見ると、輸送車に乗せられた積み荷の山が見える。

 イジツでは、飛行機に乗れる人間は珍しくない。

 飛行機の普及と空路の発達により、逆に陸路は放棄されたため、車を運転できる人間のほうが希少な存在だ。

 積み荷は、輸送船の貨物室まで輸送車両で持ち込み、その先が手で積み込むというのが普通の作業になる。よほど大きなものの場合のみ、直接貨物室へと船外から搬入される。

「仕方ない。ちと面倒だが、一個ずつ地上から手作業で羽衣丸まで運ぶか」

「手伝いましょうか?」

 班長が振り返る。

「私、輸送車両の運転できますし」

「……気持ちはありがてえし、手も借りたいが、いいのか?」

「いいですよ。どうせすることもないですし」

 ナツオ班長が、一瞬真剣なまなざしになる。

「……わかった。手伝ってくれ」

 そして積み込み作業が始まった。

 

 後部ハッチから羽衣丸内部へ、輸送車両で積み荷を運び、そこから下層にある貨物区画へと人海戦術で積み荷を運ぶ。

 ハルカは積み荷を崩さないよう、輸送車両を慎重に乗り入れる。

「よし、そこで停車!さあ、ちゃっちゃと済ませるぞ!」

 彼女も手伝い、積み込み作業は順調に進む。

「えっと、これは奥へ。あ、これは二段積み禁止ですから、上に乗せないでください」

 品目の一覧と、段ボールや木箱に書かれた注意事項に注意しながら、ハルカは指示を出す。

 ウミワシ通商時代、空賊と知る前は運び屋としての仕事が主体だったので、彼女はこの手のことに慣れていた。

「あとは、この箱も二段積み禁止か」

 そう言って手近に置かれた箱を持ち上げようと、彼女は前かがみになる。

 その瞬間、整備班たちの視線がさりげなく彼女に集まる。

 前かがみになったことでスカートの後ろが持ち上がり、その中が見えそうになって……。

 

「こら、てめえらあ!手止めてんじゃねえぞ!何ならてめえらのケツにイナーシャハンドルぶち込んで、動きの悪い頭再始動してやろうか!?」

 

「「「ひい!班長、申し訳ございません!」」」

 整備班たちは急いで作業に戻っていった。

「どうかしたんですか?」

 小包を抱えながら、彼女は班長に問いかける。

「……おまえ、もう少し警戒心というものを持てよ」

「……はい?」

 意味の伝わらない彼女に、ナツオはため息を吐き出し、彼女が抱える小包を奪い取る。

「まあいい。で、積み荷は残りどれだけだ?」

「あと輸送車1台分ですね。取りに行ってきます」

 彼女は輸送車を羽衣丸からだし、最後の輸送車に乗り換え、再び搬入作業に戻った。

 

 

「確認完了、積み荷はこれで全てです」

 一覧とにらめっこし、依頼されたものの積み込みが全て終わったことを確認した。

「ありがとなー、助かった」

 すると、ナツオ班長はお盆に煎餅とお茶を2人分のせてきた。

「休憩だ。茶につきあってくれ」

 彼女も班長のそばに腰を下ろし、お茶に口をつけ、お煎餅をかじる。

「はあ~、落ち着きますね」

「だろう。これが好きなんだ、あたしは」

 2人でお煎餅をバリバリかみ砕きながら、お茶をすする。

「にしても、お前は町へ行かなくてよかったのか?」

「……はい。さっき言った通り、行きたい場所も、したいこともありませんから」

「嘘だな」

 ナツオ班長は、彼女をジト目で見つめる。

「大方、エンマといざこざを起こしたくないから、身を引いているだけだろ?」

「それも、ありますけど……」

「むしろそれしかないだろ?キリエが残念そうに歩いていくのを見たぞ」

 粗暴に見えて、結構周囲を見ているんだなと、彼女は思う。

「私からエンマに言うか?いい加減にしろって」

「……いえ。エンマさんの要求をこなしていけば、いつか」

「受け入れてくれるってか?それは難しいと思うぞ」

 ハルカはナツオ班長に視線を向ける。

「あいつの家は、空賊や悪党に財産をむしり取られ没落した。実体験に基づいて空賊を嫌っている奴に、足を洗ったとはいえ、受け入れてもらうのは難しい」

「そうかもしれません。ですけど……」

「エンマが折れるのが先か、お前が使いつぶされるのが先か。いずれにしてもろくなことにならない。エンマとは、あくまで仕事上の付き合いだと割り切って、キリエたちを大事にしたらどうだ?」

「……でも、自分の選択の結果ですし。それに、エンマさんのような方とは、これから先幾度となく出会うと思います。こんなことで躓いていたら、先はやっていけません」

 ナツオは、思いのほか頑な彼女にため息を吐き出す。

「ハルカ、同じコトブキの面々だって、キリエみたいに積極的に迫ってくる奴もいれば、チカやケイトみたいに様子見をしている奴、レオナやザラみたいに受け入れてくれる奴、エンマのように嫌っている奴と、たった6人だが反応が異なる。全ての人間に好かれようなんざ無理だ」

「その、コトブキに不協和音をもたらしているのは、私です。責任はとらないと……」

「いつまでそうやって自分を責め続けるつもりだ?コトブキは、元々はぐれ者たちの集まり。てめえがいてもいなくても、常にキリエとチカの言い合いは無くならないし、空賊を目の前にするとエンマは暴走するし、機体を荒っぽく扱って手間かけさせるわ、気をつけろっていったのに機体に大穴開けて帰ってきやがったり、命令無視してスタンドプレイをして行方不明になるわ、心配かけるわ整備の手間かけさせるわ、ほんと整備班の苦労というものを……」

「あの班長、後半は何か違いますよ」

 すると、ナツオ班長は目をカッと見開き、鼻先が触れそうなほど彼女に迫った。

 

「とにかく!お前が必要以上に引いて、まして依頼でもない要求を呑む必要はないんだ!わかったか!」

 

「班長の言う通りだぞ」

 

 振り返れば、レオナとザラが、こちらに向かって歩いてくる。

「君が負い目を感じるのは仕方がないにしても、それをダシにつけ込んでいい理由にはならない。依頼でもないエンマの要求を、何度も受け入れる必要はないんだ」

「そういうこと。次々疑っては要求してくるエンマが問題なのは当然だけど、それを受け入れ続けているあなたも問題よ」

「……はい」

「まあ、折角ヤクシの町に来たし、出航は明日だ。少し町に出よう」

 レオナは右手を差し出してくる。

「少し呑みに行きましょう。気晴らしに」

 気にかけてくれる2人の誘いを断るわけにもいかず、ハルカは手をとった。

「それじゃあ、いいですか?」

「勿論だ」

 羽衣丸から階段を歩いて地面に降りる。

「さて、どこに行こうかしら。お酒がおいしいお店がいいな~」

「早速飲むことか」

「だって~、暗い雰囲気のときはお酒が一番よ~」

「ザラさん、お酒が大好きなんですか?」

「ザラは、ビールを飲みだすと何樽になるかわからないほど飲むんだ」

「……本当に?」

「本当だ」

 レオナは、実体験があるように自信を込めて言い切った。

 ふと、ハルカは聞きなれた音に振り向いた。

「どうした?」

「あれは……」

 見上げれば、3機の飛行機が3角形に編隊を組み、こちらへ向かってきている。

「先頭は、エンジンが2つ、屠龍か?後ろの2機は、短い主翼に、膨れた胴体。雷電だな」

「みんな緑色ね。描かれているのは、花?」

「でも、滑走路に侵入するには進路がおかしいです」

 羽衣丸が係留されているのは、滑走路とは反対側。おまけに、屠龍たちが来る方角へ上昇することになっている。

 ハルカは腰にぶら下げた双眼鏡を取り出し、向かってくる飛行機を見る。

「あれは!?」

 双眼鏡を覗くと、主翼に描かれた模様が確認できた。描かれているのは、白いバラ。

「あれは空賊です。たしか、シロバラ団」

 ウミワシ通商時代、死んでもバラは離さない、とかわけのわからないことをほざいていたのが耳障りで撃墜した記憶のある空賊。しぶとく生き残っていたらしい。

 花を描いているが、彼らのやり口は花のようにきれいな人間のフリをして近づいて略奪行為を働くという空賊行為そのもの。

「空賊!?って、なんかこちらに向かってきてないか?」

 先頭を行く屠龍が機首を下げる。

 その先には、レオナたちがいる。

 屠龍の37mm砲が、火を噴いた。

 

 

「逃げろおおおお!」

 

 

 3人は急いで羽衣丸の影に飛びのいた。

 直後、先ほどまでいた場所の付近に37mm砲弾が着弾。飛行場の地面をえぐり、あたりの粉塵を巻き上げ、コンクリートが飛び散った。

「げほ、げほ……」

 レオナは口の中が少し埃っぽいのを無視し、あたりを見る。

「2人とも、無事か?」

 一緒に飛びのいたザラ、ハルカはコンクリの破片やホコリをかぶっていたものの動いた。

「もう、何よいきなり」

「随分手厚い歓迎ですね……」

 2人とも負傷している様子はない。レオナは羽衣丸の影から出て、上空を見る。

 そこには、同じく白いバラの描かれた雷電2機が降下してきていて、左右の主翼に装備された20mm機銃の銃口を、レオナに向けていた。

「危ない!」

 ザラが彼女の襟首をつかみ、急いで引きよせて射線上から離れる。

 直後、雷電の20mm機銃が咆哮をあげ、地面をえぐり、一部の銃弾が羽衣丸の後部に着弾した。

 羽衣丸から伸びる階段を、誰かが駆け足で駆け下りてくる。

 

「てめえら!誰がそれを直すと思ってんだ!下りてこいこの野郎!」

 

 スパナを振り回し叫ぶ班長。そこに、旋回を終えた屠龍が機首を向ける。

「班長さがって!」

 ハルカが後ろからナツオ班長を捕まえ、後ろに飛びのく。

 直後、地面に再び37mm砲が撃ちこまれた。

 再び粉塵が舞い、地面が大きくえぐられた。

「みんな、羽衣丸へ避難だ!」

 4人は搭乗口から伸びる階段を急いで駆け上がっていった。

 

 

 

 

「なんなんだあいつら。くそ、まだ口の中がじゃりじゃりしやがる」

「ただの空賊にしては、やることが直接的すぎないかしら?」

「色々思うところはありますけど、とりあえず羽衣丸かコトブキが狙われているのは確かですね」

 格納庫に設置された電話が、突如けたたましい音を響かせる。

 レオナは受話器を急いでとる。

「こちらレオナ」

『状況はわかっているわね』

 マダムの声だった。

『誰かしらないけど、私の羽衣丸に傷をつけた不貞な輩がいるみたいね』

「ハルカの話ですと、シロバラ団という空賊だと」

『なら話が早いわ。レオナ、あなた以外に誰がいるの?』

「ザラとハルカ。2人だけです」

『キリエたちを呼び戻すわ。それまで3人で時間を稼いで頂戴』

「了解」

 受話器を置いたレオナは振り返る。

「2人とも、緊急発進だ!」

「「はい!」」

「よし!てめえら、急いで準備だ!」

「「うっす!」」

 整備班にパイロット。彼らはそれぞれの機体へ向け走った。

 

 

 

 

「始動準備!」

 ハルカの合図で、ナツオ班長はイナーシャハンドルを回す。

「点火!」

 合図でエンジンを始動。目の前の3枚羽のプロペラが回りだし、左右の推力式単排気管が勢いよく排気を噴き出す。

 レオナとザラの隼もエンジンを始動させ、各部の確認を急いでこなしていく。

『ハルカ、シロバラ団の戦力は?』

「確か、屠龍1機、雷電2機。あとは21型が10機、96式艦戦が8機ほどだったかと」

『数が多いな……』

『多勢に無勢もいいところね』

 普通なら、戦う前に回避が模索されるレベルだ。

 だが用心棒の彼らに、逃げることは許されない。

 暖気が終わったのを確認。手を振って車輪止めを外させる。

 レオナが隼を前進させる。今、羽衣丸は係留されており、いつも発艦している前方ハッチの前には係留塔があるため飛び立つことができない。

 そこで、反対の後部ハッチから飛び立つ。

 レオナを先頭に、ザラの隼、ハルカの零戦が滑走路で停止する。

 合図を示す信号が逆向きはないので、整備班の手旗信号が合図になる。

 

「総員注意!制動開始!」

 

 班長の合図で危険個所から退避。

『発進する』

 合図でレオナは滑走を始め、羽衣丸を飛び立つ。

 次いでザラ、ハルカの3人が発艦する。

 急いで着陸脚と尾輪をしまう。周囲を見渡すと、前方に21型と96艦戦の群れ、9時方向にさきほどの屠龍と雷電が見える。

『来たな』

『より取り見取りね』

「……人気者ですね、皆さん」

『よし。ザラは私の援護を頼む』

『は~い』

『ハルカは独自に動いてくれ』

「いいんですか?背後から撃たれるかもしれませんよ?」

『信じている』

 一言だけだが、それで彼女の意志は伝わった。

『よし、いくぞ!』

「「はい!」」

 3人は、前方からくる21型と96艦戦の群れへと、飛び込んでいった。

 

 

 

「も~、食事中に緊急の呼び出しなんて、ついてないじゃん!」

 ヤクシの町の中央通りを、不平不満を言いながら走るチカにキリエたち。

「パンケーキまだ残っていたのに!」

「仕事優先」

「2人とも、不平不満はあとですわ」

 飛行場へ伸びる中央通り、その進路上に1機の機影が見える。

「あれって、雷電?」

 緑の塗装に、翼に描かれるのは白色のバラ。

 雷電は機首を下げて高度を下げる。

「あのさ、なんで雷電が高度さげるわけ?」

 直後、それに応えるように雷電の主翼に装備された20mm機銃が火を噴いた。

「こういうことですわ!」

 すぐ脇道に4人は逃げ込む。

 住民たちは悲鳴をあげ、キリエ達同様脇道へ逃げ込む。

「流石は社会のダニ。やることが非道そのものですわ」

 再び中央通りに戻り、飛行場へ向けて走る。その背後から、今度は屠龍が迫る。

「うわっ!来た!」

「あの屠龍は、機首の下に37mm砲を装備している。当たればひとたまりもない」

 屠龍が機首をさげた。37mm砲を撃つつもりだ。

「全員、もう一度脇道へ」

 直後、突如屠龍が機首を上げて反転した。そしてキリエたちの上空を、何かが高速で駆け抜けていった。

 キリエが空を見上げた瞬間視界に入ったのは、蒼い主翼とそこに描かれた水色の丸。

「あれ、ハルカの零戦!?」

 零戦は反転した屠龍に追いすがり、上方から降下しながら3丁の機銃を一斉射。瞬く間に屠龍を片付けると、今度は雷電に標的をかえる。

 急降下で引き離そうとするも、あいにく相手は急降下速度を上げた丙型。引き離すことはできず、機首を上げた瞬間を撃たれ墜落していく。

 流れ作業のように2機を撃墜した彼女は、今度は21型の群れへと向かっていく。

 その先には見覚えのある機体があった。

「あれ、レオナとザラの隼じゃん!」

「羽衣丸が襲われている。急がないと!」

 だが、キリエとチカは走ろうとする一方、ケイトとエンマは根を生やしたように動かない。

「ちょっと2人とも!」

 ぎこちない動きで、ケイトは指さした。

「……あれを」

 その指の先が示すものを、キリエは見た。

 彼女は、言葉を失った。

 

 

 

『撃墜。もう一杯いすぎよ!』

「空賊にしては、戦力が多すぎる。裕福な空賊か、あるいは自由博愛連合の支援を受けていたか」

『まったく、後始末しなきゃならないこっちの身にもなってほしいわ!』

 レオナは後ろにいるザラを見やる。

「ザラ!後ろだ!」

 後ろについた21型が、機首の7.7mm機銃を撃ち始めた。

 2人はそれを回避する。

「くそ、時間稼ぎとはいえ、この数じゃ」

 突如前方から飛来した機銃弾が、2人を追い回していた21型を撃ち抜いた。ハルカの零戦が、後ろの21型を次々片付けていく。

「ハルカ、すまない」

 だが、彼女から応答はない。

 戦闘中だから当然だ、と思いつつ、次の敵機へ彼女たちは向かおうとする。

 

『……フフフ』

 

「……え」

 レオナは、一瞬戦闘中という過度のストレス下で聞こえた幻聴かと思った。

 

『フフフ、ハハハ、ハハハハハ』

 

 だが、そのうすら寒い声は幻聴ではなかった。

 

『なに、この笑い声』

 

 ザラにも聞こえているようだ。この楽しそうなのに、どこか狂気をはらんでいるような声が。

 直後、21型が1機落ちていく。撃ち落したのは、蒼い翼の零戦。

 

『ハハ、ハハハ』

 

「……まさか」

 零戦は旋回し、レオナとザラへ追いすがる。一瞬の間に、すぐ近くを交差した。

 その際、レオナは、ザラは、操縦席に座っている彼女の表情を見た。

 笑っているはずなのに、歪にゆがんだ笑みを浮かべる口元。

 そして、泥沼のように濁った瞳が。

 先ほどまでとは、明らかに異なる様子の彼女を。

「ハルカ……」

 空賊たちが、町の外側の方向へと逃げ出し始めた。

『空賊の機影が、離れていきます。退却をはじめたようです』

「深追い無用。ハルカ、もういい!」

 だが彼女はレオナの声を聴かず、逃げるシロバラ団たちを追っていく。

 

 

 

 空賊を効率よく落とすための、零戦の中央処理装置となったハルカは、ただひたすら敵を追い回す。

 彼女の頭の中では、あの言葉が繰り返し再生されていた。

 

『あれだけのことをしておいて、足は洗ったから許されるなんてこと、あると思うのか!』

―――思ってないよ、そんなこと。

―――そもそも私は、許されちゃいけないから。

 

 

『……空賊行為に加担したのに、何の罰も受けず、議員たちの威光をかさに、自分はもう反省した善人です。そんな顔をしている彼女が、気に食わないことは認めますわ』

―――そう、おかしいよね。

―――悪人は、罰を受けなくちゃいけない。

 

 

『要するに彼女を信じているわけではなくて、彼女の力を恐れているだけじゃありませんの』

―――そう。私は存在するだけで脅威だし、火種になる。

―――そんなもの、処分するべきだよね。 

 

 

『彼女は空賊にならない道も選べた。選択肢のなかったチカは違いますわ』

―――うん。私は、自分で選んで空賊の道に落ちた。

―――どんな理由であれ、結果的であってもね。

 

 

 向かってきた21型の7.7mm機銃の弾が風防をかすめ、ガラスが飛散。

 飛行眼鏡をかけていたが、おおわれていない頬をガラスがかすめ、彼女の頬を軽く切り裂いた。

 でも、彼女は気にも留めない。

 

 

『……じゃあ、彼女が黙って野垂れ死にを選べばよかった、とでもいうのか?』

『結果としてみれば、そうだったかもしれませんわね』

―――そうだよね。

―――いつか、私は死ななきゃいけない。

―――でもその前に、犯した過ちの償いだけは、しないといけない。

 

―――だから……。

 

「……絶対逃がさない。全員、落としてあげるね」

 

 彼女は歪にゆがんだ笑みを浮かべ、操縦席で1人、静かにつぶやいた。

 

 

 逃げる21型や96艦戦を、彼女は逃がさない。シロバラ団の進行方向の、左後ろからすれ違い様に敵機を2機撃墜。

 追って来ようとする3機の21型を急降下で引き離し、相手が機首を上げた瞬間にこちらも機首を起こし、3機を撃墜。

 また後ろにつかれたら、左に機首をふって旋回するとみせかけ、スナップロールで相手をおいこさせ背後に回り込む。

 96艦戦が右へ旋回するそぶりを見せると、その予想進路に13.2mm機銃の弾を短時間撃つと、相手の方からあたりにきた。

 彼女は旋回戦に一撃離脱、急降下等、使える機動を使い分け、相手を自身の得意な土俵に引きずりこんでは落としていく。

 血に飢えた猛獣のように、彼女は敵を逃がさない。

 

 最後の1機が、彼女に向かってくる。

 機銃の銃口を向け、相手と正面で向かい合う。

 

 そのとき、彼女は目を見開いた。

 

 目の前にいるのは、カウリングの形状が21型とは異なる、零戦22型。

 その機体に描かれている模様は、血のような赤色で描かれた、雷を模した、赤い稲妻。

 その模様に、記憶の奥底から、何かがこみ上げてくる。

 途端、機体に衝撃が走った。

「ぐっ!」

 すれ違う前に、22型の撃った7.7mm機銃が52型丙の右主翼端に命中。

 彼女はフラップを開いて旋回。

 22型の右主翼と尾翼に、機首の13.2mm機銃弾を撃ち込んだ。

 22型は火を噴いて地面に墜落。

 パイロットは無事だったらしく、機体から下りると、走って遠ざかっていく。

 そのパイロットの顔に、見覚えはなかった。

 そのときになって、いつの間にか呼吸を忘れていたようで、肺が酸素を求め、彼女は荒い呼吸を繰り返す。

 

『こちら羽衣丸。出撃中のコトブキ飛行隊へ。空賊の殲滅を確認。帰還してください』

 

「……了解」

 彼女は短く応えると、羽衣丸への進路をとった。

 

 

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