荒野のコトブキ飛行隊 ~ 蒼翼の軌跡 ~   作:魚鷹0822

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羽衣丸を襲った空賊の殲滅に成功した彼女だが、スタンドプレイを
行ったことでナツオ班長やレオナ隊長から叱責を受ける羽目になる。
これだけの成果を示しても納得しないエンマに対し、彼女はある提案
を持ちかけるが……。



第7話 譲れないものと新たな提案

 係留されている羽衣丸に着船するため、数回旋回して速度を落とした後、フラップを下ろして後部ハッチより進入。

 着陸脚が羽衣丸に接地した後、ブレーキを踏んで減速。停止すると、エンジンを切った。

「……はあ」

 一息ついた直後、目の前に星が飛びそうな衝撃が頭頂部に落ちた。

 

「このいかれぽんちが!」

 

「いたぁ!」

 振り返ると、ナツオ班長が主翼付け根にのって操縦席を覗き込んでいた。右手を握り締め、拳をわなわな震わせながら。

 左手に持っているスパナで殴られなかっただけマシと一瞬思ったが、興奮しているのか少し息が荒い。

「は、班長?」

「てめえ!ちょっと降りろ!」

 首根っこを掴まれ、半ば引きずり降ろされる形で彼女はレイから下りる。

「そこに正座しろ!」

 といって、レイのそばの床をスパナでさす。

「あの、班長……。一体」

「いいから、正座だ!」

 あまりの剣幕に、彼女はおずおずと床に正座する。

 ナツオ班長は両腕を組んで仁王立ちしており、刺すような視線で見つめてくる。

 

「ちょっと、ここを見ろ」

 

 班長がさした先は、レイの右主翼の端。7.7mm機銃を受けたので外板が損傷していた。

「あとは、ここだ」

 今になって気づいたが、風防の一部が割れている。

 52型丙は、一部防弾ガラスが使用されているが、側面にはない。

 風防に機銃弾をうけたのだろう箇所が割れていた。

 その場所は、彼女が座っていた座席のそばだった。

「おまえ、レオナが追わなくていいっていったのに、敵を追いかけたよな~?」

「え、そうなん、ですか?」

 ハルカは撤退命令を受けた記憶はなかった。

 正確には、無我夢中で気づかなかった、だが。

「そうやって命令無視して敵陣に突っ込んでいって、生きて帰ってこられたからよかったものの、機銃を風防に受けていた。もう少しずれていたら、間違いなくあの世行きだったろうな~」

「へ、へえ~。そうなんですか~。いや~、運が良かったです……」

 途端、ナツオ班長が目をかっと開いた。

 

 

「こんのばか野郎があああああああああ!!」

 

 

「ひぃ!」

 格納庫内の空気が激しく振動するほどの大声に、ハルカは縮こまる。

 そんなとき、彼女は誰かが肩をつかむ感触を感じる。

 

「結果として、空賊を殲滅したことはすごいが……」

 

 彼女は、錆びた旋回機銃の銃座のように、ゆっくりと声の方向を振り向く。

 

「私の命令を無視したことは、見過ごせないな~」

 

 そこにいたのは、場違いなほど満面の笑みを浮かべるコトブキ飛行隊隊長。

「レ、レオナ、さん……」

「……ハルカ。私は、深追い無用、そういったはずだが?」

 説教の時に浮かべる笑みほど、恐怖だと思うものはない。

「あ~、無線の調子が悪かったのか、聞こえなくて~」

「そうか。なら無線の整備はきっちりしておいてやるから、次は大丈夫だ」

 ナツオ班長が、スパナを手の平にパンパンとたたきつけながら言う。

 そしてレオナの表情が一瞬で引き締まり、次の瞬間、脳を揺さぶるような声が発せられた。

 

 

「このばかああああああああああああ!」

 

 

「ぎゃう!」

 同時に、レオナの渾身の力を込めた拳が彼女の頭頂部に叩き落される。

 落雷のような痛みを感じる間もなく、今度は頬が掴まれる。

 

「今君は、コトブキの一員として動いている!つまり、私の命令に従う義務がある!それを無視して、敵の群れに飛び込んでいくとは何事だ!」

 

「いひゃい、いひゃいですよ」

 両頬を掴まれ、引っ張られているため、上手くしゃべることができない。

 部下に対して、暴力はそうそう振るわない、せいぜい脅しくらいにとどめることが多いレオナだが、今回のことは流石に見過ごせないようで肉体によるボディーランゲージを試みている。

「く、空賊は、殲滅したんですから、べつにいいじゃ」

「目的は殲滅じゃない、あくまで羽衣丸を守ることだ!」

「け、結果的に、無事だったんですから」

「偶然と幸運と根性に頼るやつは、パイロットとして下の下だ!」

「ご、ごめんなさい、もうしませんから~」

「ごめんなさいで済む問題か!君が1人突っ走る姿を見て、被弾する様子を見て、私たちがどれだけ肝を冷やしたと思っている!」

 

「べ、別にいいじゃないですか、私に何かあったら、変わりを雇えば」

 

 一瞬、格納庫内の空気が冷え込んだ。

 

 

「……ハルカ、君は今、なんと言った?」

 

 

 転じて、また満面の笑みを浮かべるレオナに、彼女は身震いする。

「よく聞こえなかったんだが、何か言ったか?」

「私に何かあっても、変わりを雇えば、と」

 途端、レオナは彼女の頭を両手で左右から挟んだ。

「ちょ、ちょっとレオナさん!?」

 左右から頭を圧迫される痛みに、彼女は顔をゆがめる。

 両腕をはがそうとするも、鍛え上げられた肉体を持つレオナが渾身の力を込めているため容易ではない。

 彼女は痛い、痛いと悲鳴をあげる。

 しばらくたって、彼女はようやく解放される。

「いた~」

 頭を抱え圧迫された場所をさする。痛みが遠のき、目を開けると間近に迫ったレオナの顔が飛び込んできた。

 

「ハルカ、さっきの発言は取り消せ」

 

「……へ?」

 

「マダムは、変わりがいくらでもきくような人間を雇ったりしない。自分の目で見て、納得した人間しか雇わない」

「でも、用心棒なんていつ死ぬかわかりませんし、本質的に使い捨ての人材なのは否定できないですし」

 途端、目が据わり鼻先が触れそうなほど顔が近づく。

 

 

「と、り、け、せ」

 

 

「……はい」

 

 やむなくうなずくと、表情を和らげる。

「私はすくなくとも、コトブキから死者を出すなんて御免だし、君にそんなことを望んでなんかいない」

「そうなんですか?」

 レオナだけでなく、その場にいるザラにナツオ班長もため息を吐き出す。

「当たり前だ。それに、用心棒は空賊を殲滅することが目的じゃない。追い払って、船を守ることが仕事だ」

 レオナは彼女の頭に右手を載せる。

「空賊にいたときは、敵を殲滅すること、人を使い捨てにすること、それが当たり前だったのかもしれないが、今は護衛隊やコトブキ飛行隊のもとにいるんだ。いつまでもウミワシ通商にいたときの気分でいるんじゃない」

 頭に乗せられた手は、やさしく髪を撫でる。

 思い返せば、彼女はラハマ上空で、ウミワシ通商社長や仲間に危うく落とされかけたことがある。

「気持ちを切り替えるんだ」

「わたしも、折角整備した機体が落とされる姿を見るなんざ、まっぴらごめんだ」

「私も、副隊長として、部下が死ぬのをみるのはごめんよ」

「……わかりました」

「ならいい」

 すると、今度は優しく顔を両側から挟まれ、目を合わせられる。

「あの、レオナさん?」

 彼女は、なぜかハルカの瞳を覗き込むように顔を近づけてくる。

「風防が割れて、ガラスが飛んだせいだな」

 彼女が頬を指先でなぞると、僅かだが血がついた。

 飛散した風防ガラスの破片が、顔のどこかをひっかいたらしい。

「戦闘中、飛行眼鏡はかけていたか?」

「はい、いつも」

「でも、念のため診てもらったほうがいい。幸い、ヤクシの町には病院が沢山あるからな」

 

 

「なら、知り合いがいるから行ってきなさい。連絡は入れておくから」

 

 

 いつの間にか、マダムがキセル片手に立っていた。

「ハルカさん」

 マダムは、ゆっくりとした足取りで近づいてくる。

「ここは空賊じゃないんだし、私が選んだ人間しかいないわ。レオナの言う通り、気持ちを切り替えなさい」

「……はい」

 マダムは微笑む。

「じゃあ、3人には特別ボーナスを出すわ」

 そう言って、マダムは3人に少し厚めの封筒を差し出す。

「さっき空賊は追い払ったし、羽衣丸の修理で出航が遅れるから、医者へ行くついでに町へ出てきなさい。これが、知り合いの病院の位置よ」

「わかりました。じゃあ、2人とも行こう」

「は、はい。わ!」

 ハルカが、立ち上がった途端ふらついた。ザラが、慌てて支えた。

「大丈夫~?正座から突然立てば、ふらつきもするわよ」

「う~、足がまだしびれてます」

「じゃあ、ゆっくり行こうか」

 彼女たちは、羽衣丸を降りていった。

 

 

 

「ナツオ班長、彼女の零戦の修理は?」

「翼端の軽い損傷に、風防が一部割れただけだから、すぐ直る」

「お願いね」

「了解」

 そしてマダムは自室に戻ろうとする。

「おせえぞ、てめえら。空賊ならもう全員叩き落したぞ」

 入れ替わりに格納庫に入ってきたのは、呼び戻したキリエたち。

「呼び戻して悪かったわね。空賊はもう追い払ったから、しばらくは暇よ」

「見ていた」

 ケイトが静かに応える。

 そして、彼女の視線はハルカの零戦に向けられる。

「彼女が大部分を落としていた」

「そうね。その通り名に偽りのない、怖い戦いぶりだったわ」

 ケイトたちは帰還中、レオナたちが上空で戦っている様子を見ていた。

 空賊が後退を始めたのに、それを執拗に追っていく零戦の姿も。

「エンマ、これで証明にはなったでしょ?」

 ハルカが空賊の殲滅にこだわる理由の一端を作った本人、エンマにマダムは問いかける。

 

 

「……まだ、わかりませんわ」

 

 

「エンマ、もういいでしょ!?」

 キリエは叫ぶも、エンマに気にした様子はない。

 

 

「大体、今いるのは目的地ショウトへの中間地点。ここで心を許して、残りの航路でハメられたりでもしたらどうしますの?積み荷がある状態。空賊にとっては理想的な獲物ではなくて?」

 

 

「彼女は私が呼んだのよ?私の目に狂いがあるというの?」

「そうやって、マダムの威光をかさに、自分で努力をしていない人間を、信用しろというのですか?」

「あなたの要求を受け入れて、それを満たしている。努力は十分しているんじゃないかしら?」

「マダムたちの庇護のもとにあるうちは、努力をしているとは見なせませんわ。エリート興業のように、自分達の足だけであるけば、すぐにでも信用できますがね」

 そういってエンマは皆の視線など意に介さず、自室へと帰っていった。

「……困ったものね」

 マダムは頭を抱える。

 結局、どれだけ要求を満たそうとも、エンマにその気はないらしい。

 だが、本当にハルカが疑わしいだけなのだろうか?実体験を伴っているとはいえ、ここまで彼女を拒絶する理由はどこにあるのだろうか。

 もっとも、この事態を放置することはできない。

 エンマが折れない限り、ハルカは彼女の要求に応え続けるだろう。

 さっきの戦闘ではかすり傷で済んだが、ナツオの言う通り、もう少しで彼女は死んでいた可能性があったのだ。

 それに、ハルカは心の奥底では、用心棒は変わりのきく使い捨て。自分がいなくなれば、変わりを雇えばいい、そう思っている。

 

 際限のない要求を出すエンマ。

 

 どこまでも自分を削るハルカ。

 

 その末路など、わかりきったことだ。

「どこかで、エンマを止めないといけないわ」

 そうしなければ、それこそ、ユーリア議員、マダム、ホナミ議員の努力(・・)。全てが水泡に帰してしまう。

 それだけは、避けなければならない。

 マダムはとりあえず自室へ戻ろうと、足を向けた。

 

 

 

 

「よかったわね、どこも傷ついてなくて」

「はい」

 少し薄暗くなったヤクシの町をレオナにザラ、ハルカの3人は歩く。

 マダムの知り合いの医者にハルカは両目を見てもらった結果、幸い傷はなく、頬についた切り傷だけだと言われた。

 左頬に大きめの絆創膏をはられた彼女は、違和感に少し頬を撫でる。

「じゃあ、今度はサルーンで呑みましょう!」

「……まだ飲むのか?」

 あきれるレオナ。

 先ほど3人は酒場で夕食を済ませ、羽衣丸へ帰る道中なのだが、ザラは帰ったらまた飲むつもりらしい。

「いいじゃない?にぎやかな酒場もいいけど、静かなサルーンも好きなの」

「本当にビールを樽で行けるんですね?」

「冗談じゃなかっただろう」

 そして搭乗口から羽衣丸へと入る。

 

 

「あらあら、英雄のご帰還ですの?」

 

 

 出迎えたのは、敵意を隠そうともしないエンマだった。

「エンマ、もういいだろう?」

「まだショウトまでの中間地点。この後で何かあっては目も当てられませんわ」

「いい加減にしろ!」

 すると、エンマの前にハルカが躍り出た。

「なんですの?」

「あなたが、私のことが本当に気に入らないのはわかりました」

「じゃあ、どうしてくれますの?」

「仕事なので羽衣丸を去ることはできません。ですから……」

 彼女は言い放った。

 真剣な表情で、信じられない内容を。

 

 

「そんなに私のことが気に入らないなら、空戦のいざこざに紛れて、私を背後から撃てばいい(・・・・・)

 

 

「「なっ!!」」

 思わずザラとレオナは目をむく。

 

 

「どうせ空戦の最中、誰が誰を撃ったかなんて、わかりにくいものです。私は1度、あなたをラハマ上空で落としている。なら、1度だけ(・・・・)報復することを許します。それで、終わりにしてください」

 

 

 一瞬驚いたようでキョトンとした表情で固まっていたエンマだったが、彼女の言葉の内容を理解すると、微笑みながら言った。

 

 

「あらまあ、いいお話ですわね」

 

 

「待て!」

 

 

 レオナは、思わずハルカの胸倉をつかんだ。

「軽々しくいうんじゃない!その結果、君がどうなるかなんて、わかりきったことだろう!」

 いくら52型丙に防弾装備があるとはいえ、隼の12.7mm機銃を完全に防ぎきることはできない。その結果、彼女がどうなるかなど、誰の目にも明らかだ。

「でも、もうこれくらいしか」

「そんなこと私やマダムが許すと思うのか!この話は無しだ!いいな!?」

「でも……」

 レオナは彼女を手近な壁に押さえつけ、鼻先が触れるほど顔を近づけていう。

 

「い、い、な?」

 

 彼女の迫力に気押され、頷くしかなかった。

 その後、彼女はレオナとザラに引きずられ、強制的にサルーンで呑むことになったのだった。

 

 

 

 

「受け入れませんわ、絶対に」

 エンマは自室で1人、親の仇でも見るような表情を浮かべ、つぶやく。

 このコトブキ飛行隊に、元とはいえ空賊を受け入れるなど。

 エンマは、この依頼が始まってから、ずっとそのことを思っていた。

 元空賊といえばチカのことがあるが、チカはそうするしか選択肢がなかった、ストリートチルドレン。

 一方、ハルカは普通の家庭に育ちながら、空賊に身を落とし、そこから抜け出ることもしなかった。

 その結果、100隻近い輸送船、500機を超える用心棒を手にかけた。

 それだけの大罪がありながら、ラハマ自警団は町を守ってくれたからと、彼女の罪を問わず、あろうことかマダムやユーリア議員、ホナミ議員は彼女を雇うことにした。

 彼女を敵にするのが嫌だから、が理由らしいが、どんなに言葉を飾ってもそれでは力をふるって好き勝手している空賊に屈服したことと同じではないか。

 それだけは、エンマは何より我慢ならない。

 

「絶対、そんなこと認めません。あってはなりませんわ」

 

 自分から空賊に落ちておきながら、足を洗ったからという理由でその力で相手に半ば恐怖を抱かせ、行動の自由を得て、善人の顔をしている彼女のことが。

 元空賊でも、エリート興業のように、自分達の足で立ち、自分達の足で歩き、信頼を勝ち取ろうとしていれば、まだエンマの印象も違ったかもしれない。

 でも、議員たちの威光で罪を問われないどころか、反省したと善人の顔をし、挙句エンマの数少ない居場所、コトブキ飛行隊にさえ足を踏み入れてくるなど、絶対容認できることではなかった。

 

 社会のダニだった、いや、社会のダニと肩を並べて戦うなど。

 

 一緒の空間で過ごすなど。

 

 空賊や悪党に家の財産を根こそぎ持っていかれた、反省の色など全く見られなかった悪党たちを腐るほど見てきたエンマにとっては、我慢ならなかった。

 

「一度だけなら、報復してもいいのですわよね」

 

 暗い自室の中、エンマは微笑む。

 

「なら、お望み通り報復して差し上げますわ」

 

 静かな部屋に、不気味な笑い声が響く。

「首を洗ってまっていなさい。悪党を憎むものの報復が、どのようなものなのかを。フフフ、ハハハハハハ」

 レオナにはダメと言われたが、ハルカは自分からその条件を出したし、エンマは一度その条件をのんだ。

 なら、お望み通りそうしようと考える。

 

 社会のダニを、駆逐するために。

 

 自分の居場所を、守るために。

 

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