荒野のコトブキ飛行隊 ~ 蒼翼の軌跡 ~   作:魚鷹0822

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敵影を確認するためといってショウトを離れるエンマ。
万一の用心にと、レオナの命令でエンマを追いかける彼女。
町から見えなくなる場所まで来たとき、彼女はエンマの目的
を知る。彼女へのエンマの報復が、始まる。


第11話 1度限りの報復

「エンマさん、どこまでいくんですか?」

 レオナに言われ、ハルカはエンマの隼を追う。

 ショウトから離れ、もう町が見えない距離まで来た。

「敵影なんて見えませんが……、どういうつもりですか?」

 

『……やっと、2人だけになれましたわね』

 

 無線から聞こえたのは、どこか楽し気な声。

『このときを待っていましたわ』

「このとき……」

『あなた、言いましたわよね?』

 彼女は黙って言葉の続きを待つ。

 

 

1度だけ(・・・・)なら、報復してもいいと』

 

 

 それは、ハルカがエンマに自分を受け入れる代わりに提示した条件だった。

 彼女は、特に驚きもしない。

 

「ええ……。確かに言いましたね」

 

 彼女は、操縦桿とスロットルレバーを握り直す。

『ですから、お望みどおり……』

 エンマの隼が左へ舵を切った。フラップで旋回半径を小さくし、彼女の零戦の背後へ回り込んだ。

 ハルカはプロペラピッチを低ピッチに固定し、エンジン出力を上げる。

 

 

『報復して差し上げますわ!』

 

 

 ハルカの零戦は右へ旋回する。その後ろをエンマの隼が追う。

 

 

 

 

「……くっ」

 ハルカの零戦を追うエンマの隼。2機は先ほどから高度を下げつつ、右へ向かって旋回を繰り返す。

 だが、2人の差が縮まらない。

「なぜですの……。旋回戦ならこちらが有利のはず!」

 エンマの考えは間違いではない。

 主翼が短縮され、追加装備で重くなった零戦52型丙は、翼面荷重が増加しており、低速の旋回戦ではエンマの隼1型に劣る。

 だが、追加装備で重くなっても、エンジンが換装された52型丙は速度で隼1型を上回る。

 旋回性能では上回っても、速度が劣る以上追いつくことは容易ではない。

 零戦が旋回戦をやめ、急降下に入った。

「逃がしませんわ!」

 エンマもあとを追う。まもなく、機体の振動が大きくなった。

「……っち!」

 隼の制限速度が迫り、彼女は機首を上げる。

 それを見た零戦も上昇に転じ、エンマの背後をとった。

「あ!」

 銃口が、彼女に向けられる。

 でも、弾が撃たれることはなかった。

「……何のつもりですの?」

 ハルカの零戦は背後に陣取っただけで、機銃を撃つ様子はない。

「……なめた真似を!」

 速度を上げ、零戦を振り切ろうとする。

「先ほど私を撃ち落さなかったことを、後悔させてさしあげますわ!」

 

 

 

 急いでショウトを離陸したレオナたちは、エンマの飛び去った方向へと飛ぶ。

『あ、あそこ!』

『あらあら……』

 進路上には、空戦中のエンマの隼、ハルカの零戦の姿があった。

「あいつら……」

『あれ、なんで2人とも戦ってんの?』

『あれが理解のための早道か?』

 レオナは、自分の予想が間違っていなかったことを確認する。

 ハルカがエンマに言った、1度だけなら報復してもいい。その条件をエンマは受け入れ、今彼女を撃墜しようとしているのだろう。

「やめさせないと……」

『レオナ、まって』

「ザラ、なんで止める!?このことがマダムやユーリア議員に知れたら」

『もう遅いんじゃないかしら?』

 確かに、エンマとハルカが帰ってこず、コトブキの残り全員がまた飛び立ったと聞けば、あとで説明は必ず要求される。ユーリア議員相手にごまかしは通用しない。

『それに、見てごらんなさい』

 レオナはザラに促され、先を見た。

 

 

「いい加減、離れなさい!さっきから後ろから離れず!しつこくねちねちと、空賊らしい行動ですわね!」

 先ほどから速度を上げ、右へ左へ、上に下へエンマは飛ぶが、ハルカの零戦が一向に離れない。

「それに、撃つ機会が何度もありながら……。馬鹿にしていますの!?」

 エンマは機首を左に振った。零戦も、機首が左を僅かに向く。

 

―――今ですわ!

 

 フットペダルを蹴りこみ、操縦桿を引く。

 片翼が失速したことでロールしながら、後方の彼女を追い越させ、背後をとる。

「な!?」

 エンマはあたりを見回した。背後に回り込んだはずなのに、零戦の姿がない。

「どこにいきましたの……」

『ここですが?』

 背後を振り返ると、そこには変わらず彼女の機体の姿があった。

「この……」

 エンマはなんとかハルカを振り切ろうと奮闘する。

 だが、どうやっても彼女の背後に回り込めない。

 隼得意の旋回戦に持ち込んでも、先にエンマがGに耐えられず根を上げてしまう。

 

 

 エンマは、ハルカのことを知らな過ぎた。

 そして、彼女が元空賊ということで感情的になりすぎた。

 それが、彼女から判断力を奪っていた。

 

 エンマは凄腕飛行隊、コトブキ飛行隊の1人。腕は十分いい。

 彼女が用心棒稼業を行うようになって、おおよそ3年は経っている。悪党や空賊に財産を搾り取られた両親を養うために、学校をやめてラハマに帰り、戦闘機乗りを募集していると聞き、コトブキ飛行隊に加入した。

 イケスカ動乱を戦い抜いただけに、彼女の腕は一流だし、経験を重ねた洞察力で相手の動きを読んで先回りすることを得意とする。

 

 だが、ハルカも負けてはいない。

 

 彼女が戦闘機に乗り始めたのは、リノウチ空戦が終わった直後。いまから8年近く前になる。

 通っていた学校をやめ、お金を稼ぐために知り合いの飛行機工場の部品を輸送する輸送機の用心棒や運び屋をやった。

 リノウチ空戦以前に、祖父から操縦方法を習い、父や姉、兄の飛び方をよく見ていた彼女が単身で飛べるようになるまで、そう時間はかからなかった。

 当時から腕がいいと、故郷では評判だった。

 そして、空賊ウミワシ通商に所属してからは襲撃を行うため毎度必ず空戦になり、そのたび彼女は単身で用心棒たちを全員叩き落してきた。

 彼女のパイロットとしての経験の年数は、実はレオナとあまり変わらない。

 幼い頃から空をかけ続けてきた結果、体が飛行機の高速戦闘に適応する形で成長し、そして多勢に無勢の状況下で戦い、戦場で爪や牙を研ぎ澄まし、生き残ってきた獣。

 長く乗っているだけあり、色んな戦闘を経験して得た戦闘パターンが、彼女の中には蓄積されている。

 経験年数で上回り、機体性能で上回っているのでは、エンマがハルカに勝つことは容易ではない。

 

「いい加減、離れなさい!」

 エンマは雲に飛び込んだ。

 ハルカは彼女を追わず、雲から出てくるのを待つ。

 そしてタイミングを見計らい、エンマは雲から出た。

 すかさず、零戦の背後に陣取る。

「後ろを取りましたわ」

 エンマは照準眼鏡を覗きこみ、レティクルに零戦を収める。

「いただき……」

 一瞬、機銃の発射スイッチを押す指が、石のように固くなった。

 

―――何で、戸惑うのです?

―――私は、この瞬間を待っていましたのよ。

 

「はあ、はあ……」

 無意識に呼吸が荒さを増し、緊張で体が硬さを増す。

 彼女は進路を変える様子も、回避する様子もない。無防備な背中。

 目の前の照準眼鏡の中心は、彼女にしっかり合わさっている。

 直進しているので、このまま撃てば確実に当たる。

 でも、それは許されない。

 

―――許されない?なんでですの?

―――これは、そう。社会のダニの駆除。

―――そう、いつもしている空賊退治と同じですわ。

 

 彼女は左手の親指を、機銃の発射スイッチにのせる。

「はあ、はあ……」

 呼吸を落ち着けようと、彼女は息を吸って、吐いてを繰り返す。

 

―――空賊は許すまじ。

―――他人を陥れようとする社会のダニは、駆除してしかるべき。

―――そう、これは当然の行い。

 

「人に不幸をもたらしたものは、罰を受けるべき。ダニは……、駆除しませんと」

 

 空賊は叩き落す。

 

 自身の大事なものを、居場所を守るために。

 

 彼女は奥歯をかみしめる。そして……。

 

 

「う、うわああああああああああああああ!」

 

 

 彼女が絶叫を上げるのと同時に彼女の乗機、隼1型の機首の12.7mm機銃が咆哮を上げた。

 放たれた12.7mm機銃の弾が零戦に殺到する。

 だが、そのどれもが零戦の胴体左側側面を通り過ぎていく。

「なんで、なんで当たりませんの!?」

 ハルカは悟られない程度にフットペダルを踏み、機体を微妙に右に滑らせていた。だが、絶好の機会を得たと思い冷静さを失ったエンマは気づかない。

 

 

『エンマ、やめるんだ!』

『機銃を撃つのを止めて!』

『エンマ、何やっているのさ!』

『今すぐ発砲を止めるべき』

『エンマやめて!彼女は敵じゃない!』

 

 

 コトブキのメンバーから悲鳴にも似た通信が入るが、エンマの耳には届かない。

「この!」

 進路を右に修正。

「今度は外しませんわ!」

 機銃の発射スイッチを押し込んだ。

「……え」

 だが、ボタンを押しても、カチ、カチという音がなるだけ。

「た、弾切れ……」

 隼には機首の2丁の機銃しかない。

「この!折角のチャンスが……。あ!」

 目の前を飛ぶ零戦がバレルロール。エンマの隼の後ろに回り込んだ。

「……あ、ああ」

 背後には、照準器を右目で覗き込み、こちらに狙いを定めているハルカの顔が目視できる。

 あとは引き金を数センチ引けば、機銃から弾が放たれエンマは落ちる。

 命を握られているような感覚に、彼女は身震いする。

 

「……撃ちなさいよ」

 

 彼女はつぶやくようにいった。

「ええ……、撃ちなさい!私は報復したのです!今度は、あなたが報復する番ですわ!」

 彼女は叫ぶように言った。

 

 

「撃ちたいなら、お撃ちになればいいわ!ええ、撃ちなさい!撃たれて差し上げますわ!撃て!撃ちなさあああああああい!」

 

 

 遠目に、彼女が照準器から目を外すのが見えた。

 

『なんで、ですか?』

 

 無線から声が聞こえた。

『かつては、確かに敵でした。ですが、少なくとも今は、あなたは私の敵じゃない。あなたを撃つ理由が、私にはありません』

 エンマは奥歯をかみしめ、太ももの上で拳を握り締めた。

 たった一度の報復のチャンスを使い果たした今、これ以上彼女と軋轢をうむ行動は許されない。

 でも、感情は納得してくれない。

 

 

『……聞こえるか?』

 

 

 レオナの声に、エンマは青ざめる。

 

『エンマ、おまえ……。自分が何をしたか、わかっているのか!』

 

「そ、それは……」

 口が震え、言葉が発せない。

 はたから見れば、彼女がやったのは味方を撃墜しようとしたのだ。

 到底、許されることではない。

『レオナさん、彼女を責めないでください』

 エンマを庇う言葉に、彼女は驚く。

 しかも、先ほど撃墜しようとした彼女が。

『1度だけ報復してもいいと、そう言ったのは私ですし、彼女の思惑に気付きつつ、付き合ったのも私です。責めるなら、私に』

『……帰ったら、覚悟するように』

『……はい』

 そして彼らは、母艦羽衣丸へと進路をとった。

 道中口を開くものは、だれ一人いなかった。

 

 

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