作戦のため愛機のもとへ向かおうとする彼女だが、うかつに
口を開いたことで尻尾を掴まれてしまう。
ラハマ自警団は彼女の目的を聞き出すため、拘束へ向かう。
『町の様子はどうだ?』
ハルカは隠し持っていた無線で、ナカイへと連絡を入れる。
「羽衣丸は係留中なのを確認した」
『すぐ攻撃にうつるか?』
「でも簡単にはいかない。自警団も、コトブキもおそらく全機がいる」
『どうする?』
彼女は手帳を眺めしばし思案する。収集した町の情報を総合。一つの方法を思いついた。
「……あなたたちは、飛行場とは反対のルートで進入して町を襲撃。高度はレーダーにうつる高さで。そして自警団やコトブキが出撃したのを見計らい、私が低空飛行で飛行場側から進入して、羽衣丸へ攻撃をしかける」
『時間稼ぎってわけか。敵戦力は?』
「自警団が九七戦15機、雷電1機。コトブキが隼6機。数ではこちらが有利。無理な戦闘はしないで。目的はあくまで、羽衣丸の破壊」
『了解した。逃げるのは空賊の
「了解」
『作戦開始時刻は、1330。それまでに出撃準備を整えておけよ』
「了解、終わり」
無線を切ると、彼女は左手首にはめた時計を見やる。
「開始まで、残り50分」
彼女は最終確認をしに、再び町へ繰り出した。
「蒼い翼の零戦?」
コトブキ飛行隊隊長のレオナは、キリエたちにマダムが呼ばれた要件を伝えた。
「最近頻発している、輸送船から積み荷が強奪される事件。いずれの場所にも、その零戦が現れたらしい」
「きっと、かなりの凄腕ね」
いつも余裕ありげな副隊長のザラが、真剣な表情で言う。
「でもいくら凄腕っていっても、零戦1機でしょう?」
「その1機が用心棒を全て叩き落し、輸送船を軟着陸させている。油断は禁物だ」
まだ建造途中とはいえ、羽衣丸も輸送船であり、コトブキ飛行隊が用心棒を行っている以上無縁ではいられない。情報共有の意味で、レオナは全員に伝えた。
「ところでキリエ」
「何?」
レオナはキリエの口の右端を指さした。
「クリームがついたままだ……」
キリエが指摘された場所を指でぬぐうと、確かにホイップクリームがついた。
彼女はそれを舌でペロリとなめとった。
「嗜好や食生活に口出しするつもりはないが、胸焼けしそうなほどホイップクリームの山を乗せたパンケーキを、よくぞカレーと交互に食べられるものだな」
「好きなものは好き!それだけ!」
「ケイトの助言も、馬の耳になんとやら、ですわ」
「いいじゃん別に!それに今日は、同志ができたんだから!」
「同志?」
レオナは首を傾げ、頭に疑問符を浮かべる。
「キリエのパンケーキ好きに理解を示してくれた方ですわ」
「初めは引いていたように見えた。でも、最終的にはキリエと波長があった」
「キリエの冒涜ともとれるパンケーキのトッピングに理解を示すなんて、どんな変人さんかしらね~」
どうも周囲はその存在が信じがたいようで、レオナもザラも怪訝な顔つきか、苦笑を浮かべている。
「それで、なんでエリート興業の親分がここに?」
キリエの視線の先、部屋に並べられた長机の一角には、もみあげが目立つ男性が腰かけている。
かつてラハマを襲撃して雷電を奪った元空賊。
エリート興業の代表取締役親分、トリヘイの姿があった。
「空賊のことは、元空賊に聞くのが一番だからよ」
黙ってキセルを吸っていたコトブキ飛行隊の雇い主、オウニ商会社長のマダム・ルゥルゥが口を開いた。
「今日は偶然絵の行商で、ラハマを訪れていたんだ」
かつては空賊だったが、今は心を入れ替え、絵の行商や輸送を請け負い、株式会社としてやっているようだ。
「それでトリヘイさん。その零戦のいる空賊について心当たりは?」
「しっかし、蒼い翼の零戦な~」
トリヘイは顎に手をあて、天井を見ながら時折頭を指でかき、思い出そうとする仕草をする。
「……ある」
トリヘイの隣に腰かけている桃色の髪の小柄な人物。どう見ても幼い少女にしか見えない、姐さんは答えた。
見た目は少女でも、肝は相当据わっているようで、女帝、などと噂されるほどだった。
「本当に?」
「あんた、ほら。以前食料を売ってくれたときに……」
「あ!思い出したぞ!」
両手を、パン、とならし、トリヘイは合点がいったようだ。
「たしかあれは、食料危機になったときに……」
なんでも、エリート興業の拠点エリート砦は、その天然の要塞であるがゆえに広い場所がなく、食料を自給するには厳しい場所だった。
おまけに農業に詳しい社員がいないことも手伝い、一時食料の備蓄が底をつきそうになったことがあった。
「あのとき、高額だが食料を買わないかって吹っ掛けてきた連中の中にいたな、蒼い翼の零戦」
「その組織の名は?」
「ウミワシ通商、って名乗っていたな」
「マダム、ご存じですか?」
「……聞いたことないわ。カタギではなさそうね」
それなりに顔の広いオウニ商会のルゥルゥでさえ知らないのであるなら、よほど新しいか、あるいは裏の世界の組織である可能性が高い。
「その組織は、普通の会社なのかしら?」
トリヘイは右手で、何かを払うような仕草をした。
「いや、いっちゃあなんだが、中身は空賊だ。後でわかったことなんだが、輸送船を襲って積み荷をかっさらう、よくある手口だ」
「でも成功率は高い。その零戦のおかげ。確か、通り名があった」
「通り名?」
通り名がつくということは、それほどに数多くの修羅場をかいくぐり、敵を落とし、生き残った証左でもある。
「……
「そう……よく?」
「蒼い翼の悪魔ってこと」
「疾風迅雷のキリエとか、一心不乱のレオナ、とは趣が違うわね」
「そもそも、パイロットが男性か女性か、大人か子供かさえわからない。だから機体の特徴とその強さから、そう呼ばれているみたい」
「ウミワシ通商は、そうやって手に入れた物資を高値で売りさばき、儲けている空賊だ」
「ウミワシ通商?ハルカの勤め先と同じ名前だ」
何気なくつぶやいたキリエに、皆の視線が集まる。
「え、何?」
「キリエ、今何といった?」
レオナの視線が少し険しくなった。その表情に、キリエの防衛本能が反応し、思わず体を縮こまらせる。
「えっと、その……。さっき食事中に出会ったパンケーキ好きの女の子と、勤め先が同じ名前だって……」
「その人物の名前は?」
「えっと、ハルカって名乗っていたよ……」
「なんですって!」
突如立ち上がったのは、被害にあった輸送船祥雲丸の船長。
「どうか、されたのですか?」
その慌てぶりに、レオナは落ち着くよう手をかざすも船長は興奮気味。
「確か積み荷を強奪された後、我々に銃口を向けていた男性が無線に言ったんです!」
全員が固唾をのんで言葉を待つ。
「
全員が顔を見合わせた。
「その直後、上空を周回していた零戦が、去って行ったんです」
「でもそれって、ただの偶然じゃ……」
ただの偶然だと普通は思うだろう。だがこのとき、その場のだれもが、それを偶然で処理できなかった。
「そのハルカって女の子が、その零戦のパイロットであるとしたら……」
マダムは視線を細めながら、煙を吐き出す。
「で、でもでも、ハルカは飛行機乗りじゃないって……」
「ケイトは違うと思う」
キリエの隣に腰かけていたケイトが、いつもの口調で淡々と言った。
「彼女の目の周囲、飛行眼鏡をかけていた跡が、まだわずかに残っていた。それに、服から出ていた腕や脚に、レオナほどでないにせよ、鍛えられた様子がうかがえた。ただの事務方とは考えにくい」
「でもそれだけじゃ……」
「それに、彼女が持っていた手帳の中身が見えた。ラハマの地図に、書き込みが沢山されていた。こちらの戦力や対空機銃の位置等が詳細に……」
「……それって」
皆が顔を見合わせる。町の地図に戦力の情報を書き加える行為に、蒼い翼の零戦のパイロットである可能性。それが指し示すことなど、一つしかない。
「……状況証拠は揃ってきたわね」
沈黙を守っていたユーリア議員は笑みを浮かべながらルゥルゥを見つめる。
「町長、いかがいたします?」
ラハマ町長は、自警団長に言った。
「団長、町の周囲の封鎖を……」
「は!」
自警団長は無線で詰め所に連絡する。
「コトブキの中で、彼女の顔を覚えている者は?」
キリエ、チカ、エンマ、ケイトが挙手をする。
「捜索に参加してくれ!彼女を拘束する!」
「え!捕まえるの!」
キリエが驚きの声を上げる。
「この町に何の用もなく来るとは考えにくい!以前謎の輸送機が山に墜落した件や、最近空賊による襲撃も増える一方だ。町の中を探り、襲撃を計画している可能性がある。すぐに拘束しなければ、町が危ない!」
「狙いは何かしら?私の命?それとも羽衣丸?あるいは、ラハマへの復讐?」
そんな状況を楽しむかのように、ユーリア議員は笑みを浮かべる。
「議員は万一を考え飛行船に避難を!自警団を総動員し、彼女をとらえます!」
「コトブキのメンバーは、自警団に協力して、標的の確保を」
「了解しました」
ルゥルゥの命令に、レオナは応える。
「いくぞ!」
自警団長に続き、コトブキのメンバーは部屋を出る。不安げなキリエも、皆のあとを追っていった。
「さて、議員のお二人も早く避難を……」
「いかないわ」
案内に来た自警団員が呆気にとられる。
「ここで下手に避難したら、評議会のクソ野郎どもに、逃げたって、腰抜けって言われるのがオチよ。絶対避難しないから!」
「で、ですが、議員に万一のことがあったら……」
自警団員は困り果てるが、それでもユーリアは動こうとしない。
「……あなたはいいの?」
ユーリアは隣に腰かけている同い年位の女性議員、ホナミに問いかける。長い栗色の髪、上下ともに灰色のスーツで、スカートのユーリアに対しズボンをはいている。
事務方、という印象だが彼女も議員。優しそうな瞳の奥には、鋭い眼光が光っている。
「私は避難しない。でも、あなたはしてもいいんじゃないかしら?」
先ほどまで沈黙を貫いていた彼女が口を開く。
「私もここにいるわ」
自警団員に避難は不要だと二人はいい、詰め所の会議室の椅子に座りなおす。
ふと見やれば、ホナミは俯き、何かを考え込んでいた。
「どうかしたかしら?気分でも悪い?」
「あ、いえ、大丈夫よ」
そんな彼女をユーリア議員は見つめるが、その後窓の外へ視線を移した。
―――名前、ハルカって、いったわよね。でも、そんなこと……。
ホナミ議員の頭の中を、ある疑問が渦巻いていたことなど、だれも知る由もなかった。
必要な情報収集を終えたハルカは町を出ようと、目的地点へ向かっていた。人目につきにくい裏道を使いながら、彼女は町の端へ向かう。
「ん……」
通りを見ていて、彼女はふと違和感を抱いた。
「自警団の人が増えている」
自警団らしき服装を着た男性たちが街中をきょろきょろ見渡しながら歩いていく。
彼女は壁に身を隠し、やり過ごす。
「……感づかれたかな」
最近空賊の襲撃が多く、外から来た人間には敏感なラハマだ。おまけに、さっきの店でうかつに口を開きすぎた。
ウミワシ通商は表向き会社でも、実態は空賊ということは一部では知られている。自警団が情報を持っていたのかもしれない。
「作戦開始まで、のこり25分……。急がないと」
早くしないと襲撃に巻き込まれる。彼女は愛機のもとへ向かうべく、表に出た。
「あ!」
額に衝撃が走り、一瞬視界に星が舞った。彼女はバランスを崩し、地面に尻餅をつく。誰かとぶつかったようだ。
「いたた……」
痛む額や腰をさすりながら、彼女は太もものあたりが妙に涼しいことに気づく。わずかに目を開けば、膝より上のあたりまでしか丈がない彼女の白色のスカートが盛大にめくれあがっていた。
「……あっ!」
慌てて脚を閉じて裾を抑える。
「いてて……」
「あ、ごめんなさい!」
ぶつかった人の方へ思わず手を伸ばそうとしたとき、彼女は体が硬直した。
ぶつかった相手は、同じく腰のあたりをさすりながら立ち上がった。
見覚えのある赤い服に、短めの黒髪の女性。
「……キリエ、さん」
「あ、ハルカじゃん!」
笑みを浮かべ、手を差し出してくれるキリエだが、ハルカは立ち上がりながら内心冷や汗を流し、周囲を警戒する。
「ねえ、ハルカ……」
するとキリエは、表情を曇らせる。
「あなた、空賊じゃ、ないよね?」
心臓を鷲掴みされた感覚に彼女は陥り、顔の表情筋が引きつる。
「みんなひどいんだよ!最近輸送船の積み荷を奪っている空賊に、あなたと同じ名前の人がいるからって、みんなあなたが空賊だって。それで捕まえようって……」
その当人などとは思いもせず、彼女は内情をぺらぺらとしゃべる。
やはり、名前や所属をうかつに言ったことで、その手の情報に詳しい人間にはわかってしまったようだ。
尻尾を掴まれた以上、ここに長居は危険だ。でも、ここで彼女を拒絶すると騒ぎが大きくなる。
「そ、そんなの、違うよ。大体、私は飛行機自体乗れな」
「キリエ!居たのか!?」
キリエの背後を見れば、仲間らしき5人が走ってくるのが目に入る。内3人はさっき食事時に見た顔。残り2人は見覚えがないが、間違いなくコトブキのメンバーだろう。
そしてその後ろには、自警団の服装を着た男性が3人追従する。
「あ、レオナ!あいつですわ!」
「キリエ、何している!捕まえろ!」
もう相手は彼女を拘束対象と定めている。こうなった以上、するべきことは1つ。
速やかにこの場から逃げ出すことだ。
「え?みんな待って!彼女だって決まったわけじゃ……」
突如、街中に銃声が鳴り響いた。
「……え?」
自警団長が拳銃を手に、キリエの背後のハルカへ銃口を向けていた。
先ほどの銃声は、彼が発砲したものだろう。銃口から硝煙がのぼり、放たれた銃弾はこの場から離れようとしていたハルカの足のそばの地面を僅かに抉っていた。
自警団である以上、町を守るために飛行機だけでなく銃も場合によっては扱う。ただ、あくまで拘束が目的なので、制圧用のゴム弾が主体だが、火薬を使うので銃声は実弾と変わらない。
銃声を聞いた町民たちが建物へ避難する。
「動くな!両手を頭の後ろに組み、地面に跪け!」
「え、ちょ、本気で捕まえるの!?」
「そうだ!そこにいると君も危ない!離れるんだ!?」
町を守った英雄のコトブキ飛行隊のメンバーに傷でもつけたらことだ。仲間に促され、キリエはやむなくその場を離れる。
「いう通りにしろ!次は当てるぞ!」
自警団員3人とも拳銃を構え、全ての銃口が彼女へ向けられる。
「……仕方がない」
ハルカはやむなく、両腕を組んで頭の後ろに回す。
「貴様は1人か?仲間はいるのか?」
「……私1人よ」
「お前は空賊なのか?最近輸送船を襲っている蒼い翼の零戦のパイロットが、君と同じ名前のようだが?」
いきなり核心をつく質問が来た。せっかちな人と思いつつ、キリエに目をやれば、何かおびえたような視線で状況を見つめている。
「……だったら?どうだっていうの?」
「何が目的だ!何をしにラハマに来た!?」
「……答えると思う?」
自警団員たちの視線が険しくなる。ハルカは頭の後ろで右手の指を僅かに動かし、ジャケットの左袖内に隠し持っているものをつかむ。
「そうか……。なら拘束してじっくり聞き出すまでだ!」
自警団員たちが駆け寄ってくる。彼女はとっさに右手に握ったものを放り投げた。
「下がれ!」
レオナは危険を感じ取り、とっさに叫んだ。
彼女が投げたものが地面に転がると、勢いよく煙を噴き出した。
「な、なんだこれは!」
自警団員たちは足を止めるも、瞬く間に煙が周囲を覆い隠し、昼間にも関わらず視界をふさいでいく。
「煙幕弾。対象の視界を塞ぎ、足止めするもの」
「ケイト今は冷静な解説をしている場合ではありませんわ!」
「少々催涙成分が含まれていると思われる。ぐすっ……目が痛い」
「それを先に言ってくださいませ、ゴホ、ゲホ……」
煙を吸い込んだものたちはせき込み、痛む目から涙を流す。
その隙に彼女は駆けだした。
「待て!」
煙から抜け出し、ハルカが逃げる姿を認めたレオナはザラを伴い、後を追った。