ナツオ班長から拳骨を受け、怒り心頭のレオナが迫る。
そのとき、現れたユーリア議員は人払いをすると、レオナ、ザラ、エンマ
に話があるという。
議員にひたすら平謝りするレオナとザラ。しかしエンマは尚納得しない。
そこでユーリア議員は、彼女を雇い3人で共有することにした本当の理由
を明かす。
「このアホンダラが!」
「いた!」
帰ってきたエンマを迎えたのは、ナツオ班長の拳骨だった。
先ほどの一件は、隊長のレオナと副隊長のザラから、全員に伝わっていた。
班長はエンマの隼から下りると、今度はハルカの零戦に向かっていき、彼女の頭に拳骨を落とした。
「ハルカ、てめえもだ!」
「ぎゃん!」
そして隊長のレオナは、降りたエンマの首根っこをつかみ、般若のような表情を浮かべて彼女を引きずっていく。
そしてハルカの前で足を止めたレオナの憤怒に満ち溢れた表情に、皆が足をすくませる。
「エンマ……、ハルカ……。お前たち!」
「何事かしら?」
雇い主の声に、皆が動きを止めた。
「あら?今回は随分感情豊かなのね、隊長さん」
「ユーリア議員……」
マダムとユーリア議員が並んで歩いてきた。
「ハルカ……」
ユーリア議員の鋭い視線に、彼女は震える。
「……あとで事情は事細かに説明してもらうわ」
すると、キリエとチカに視線を向ける。
「パンケーキ好きとカレー好き、そして読書家のパイロットさんたち、悪いけど、彼女を連れて町へ行ってきてくれるかしら?」
「へ?町へ?」
するとユーリアは、拍子抜けするキリエに札束を押し付けた。
「ケガしていないか、病院で見てもらいなさい。残ったら、食べ歩きでも買い物でも、好きに使っていいから」
「え!本当に!」
キリエとチカ、ケイトはハルカを連れ、ショウトの町へと繰り出していった。
「さて……。じゃあ隊長さんに、副隊長さん、それに空賊嫌い。3人は一緒に来て頂戴。……話があるわ」
ユーリア議員は、あらゆる感情を押し殺した冷たい笑顔を、顔に張り付けていた。
ユーリアとマダムについて3人は歩く。向かった先は、羽衣丸内にある会議室。
5人は、机を挟んで向かい合う。
ユーリアとマダムが並んで座り、向かいにレオナ、左右にザラ、エンマが腰かける。
「さて、レオナ隊長」
レオナは背筋を伸ばす。
「今回の件、そこの空賊嫌いが、私たちの用心棒を撃った件。それに、無茶な要求を突きつけた件や軋轢を生むような言動に行動を行った件。……何か申し開きはあるかしら?」
レオナとザラは即座に頭を下げた。
「今回の件、本当に!」
「申し訳ありません!」
「謝って済む問題かしら?それに、
ユーリアの刺すような視線は緩まない。
「あまり権力をふるうのは好きじゃないんだけど、警告したわよね。なら、あなたたちをつぶしにかかろうかしら。まず手始めに、アレシマ空運局に働きかけて……」
「申し訳ございません!ですから、ですから今回の件は!」
レオナにザラは、完全に平謝りだった。
「戦闘で撃墜されたのなら彼女自身の責任だけど、無茶な条件を課し続けるは、挙句味方を撃つ。……一体、何を考えているのかしら?」
「……彼女が受け入れたこと。それに、1度だけなら報復してもいいと言ったのも、彼女ですわ」
レオナはエンマに頭を下げさせようと後頭部をつかんで押すが、彼女は抵抗する。
「随分、彼女のことを嫌っているじゃないの、空賊嫌い」
「当たり前ですわ!少し前に敵だったのに、疑わずに受け入れて一緒に戦えなど、無理な要求をしているのはあなた方ですわ!」
「彼女は足を洗ったのよ」
「悪党や空賊に改心など期待できないのは、よくわかっております!これまで散々な行いをしたのに、罪を問われず議員やマダムの庇護のもと、反省した善人ですと。そんな顔をしている彼女が気に食わない!信じられない!それが人として自然な感情なのではなくて!?」
「私たちがおかしい、そういいたいの?」
「結局、あなた方は彼女を敵にするのがこわいだけ。彼女の力に屈した
ユーリアの眉がぴくっと吊り上がる。
レオナとザラは額から汗を流しながらそわそわしている。
「エリート興業のように、自分達の足で歩こうと、自分達で一からやり直そうとしている元空賊もいるのに。議員たちの名声で守られ、努力しなくても信用される、信頼を勝ち取ろうとしていない彼女を信じろなど、もとより無理な話ですわ!」
ユーリアもマダムも、醒めた目でエンマを見つめる。
「そんな彼女を雇うなど、何を考えているのかしら?」
勝ち誇ったような笑みを浮かべるエンマ。しかし、マダムとユーリアはため息を吐き出す。
「あなたには、そう見えるの?」
「ええ」
「じゃあ、彼女が1人で努力をすれば、信用に足る、と?」
「勿論ですわ」
ユーリアは大きなため息を吐き出した。
「それは、
「あらあら、彼女は議員たちにおんぶにだっこされないと歩けもしないのかしら?なんてことでしょう」
ユーリアは、内圧を下げるようにまた息を吐き出した。
「……そうじゃないの」
「では、どういう意味だとおっしゃるのかしら?」
ユーリア議員はマダムを一瞥する。
「……ルゥルゥ。あなた本当に何も説明してないのね」
「その必要がなかったからよ。それに……」
マダムは、目を細めユーリアを横目で見る。
「彼女の過去を、本人の居ないところでしゃべるのは、気が引けたからよ」
「そうやって彼女たちに甘い顔をしすぎるから、こんなことになったんじゃないの?」
マダムは何も答えなかった。
室内に険悪な空気が満ちる。
「まあ、いいわ。この際だから話すことにするわ」
ユーリアは向かいに座る3人を見つめる。
「まず彼女をなぜ雇ったかについてだけど、これは私とホナミは強い用心棒が欲しい。ルゥルゥは賠償金の請求がしたい。それ以外に、彼女を敵にしないため、これはわかるわね」
レオナは頷く。
「そして、もう1つあるの。それは……」
ユーリアは言い放った。
「……ハルカを、
「「「……え?」」」
3人はそろって呆然とした。
「どういうことですか?」
「守るもなにも、彼女そこまで弱くないんじゃ……」
レオナにザラの疑問はもっともである。そもそも、ユーリアのもとにいるときのハルカの仕事は、秘書と
守られるほど弱いはずはない。
「別の意味よ」
どうも要領を得られず、3人は首をかしげる。
「あなたたち、賞金首って知っているわよね?」
繋がりが見えず、レオナとザラは首をかしげる。
「そりゃあ……」
「知っていますけど……」
賞金首というのは、捕まえて自警団に引き渡すとお金が支払われることが約束されている、その首に賞金がかけられた人々。
要するにお尋ね者のことである。
主に空賊やマフィア等の悪党がなる場合が殆どであり、賞金首を捕まえることを生業にしている賞金稼ぎたちが対になって存在している。
得られる報酬はかなりの額になるが、それ相応に難易度は高い。
報酬が高く、手配されているということは、自警団が取り逃がした、あるいは返り討ちに会い手に負えない相手であるため、報酬が高い賞金首ほど腕が良く捕まえることは容易ではない。
伝説のムラクモ空賊団をはじめ、賞金首は凄腕が多い。
「ですけど、それが何の関係が……」
言いながらレオナは察した。
「もしかして……」
「ええ……」
ユーリアは静かに言った。
「ハルカはね、賞金首だったの」
その場が静まり返った。
「そんな……、でも」
レオナは妙に納得できてしまう自分を感じる。
マダムがハルカに空賊時代にあげた戦果を聞いたとき、彼女は輸送船100隻以上、用心棒の機体を500機以上落としていると推定できた。
それだけの被害をもたらしているなら、むしろ賞金首になっていないほうがおかしい。
「でも、彼女からはそんな話……」
「聞いたことないのも無理ないわ。だって……」
ユーリアは手配書らしきものを取り出し、レオナたちにみせる。
それを見て、彼女たちは首を傾げた。
「これが、手配書?」
手配書には、彼女の機体、蒼い翼の零戦が描かれ、賞金の額が記載されているだけだった。
その賞金の額にレオナたちは声を上げそうになるが、それより疑問がある。
「手配書は、普通似顔絵を描くか写真のはず。なぜ……」
「エリート興業の姐さんがいっていたでしょ?蒼い翼の零戦のパイロットは、性別も大人か子供かさえもわからなかったって」
先日のアレシマで襲撃された件が記事になり、その記事にはユーリア、ホナミ、そしてハルカの3人が写真に写った。
その新聞が話題を呼んだ理由が、悪魔と呼ばれた零戦のパイロットの顔が、初めてわかったからだというのが理由の1つだった。
「被害を受けた都市の自警団は手配書を作成したけど、どこもパイロットの顔がわからず、機体を描くしかなかったそうなの。でも、そのことで撃墜された零戦の残骸を使って偽装する事例が多発。結果被害は減らず、増えたのは賞金の額と被害だけ」
似顔絵が描かれなかったために、ハルカは自分が手配されているなど、知らなかったのだろう。
「今も、賞金首なんですか?」
「今は違うわ」
レオナはほっと胸をなでおろす。だが直後、疑問が湧き上がる。
「なぜ、今は賞金首ではないのですか?」
「……手配書を取り下げるよう働きかけたからよ」
ユーリアはマダムをちらりと横目で見る。
「私とルゥルゥ、ホナミの3人で、手配書を作成した都市の自警団を説得したの」
「よく相手が納得しましたね……」
「札束で相手の頬を張り飛ばしたの」
ユーリアの言ったことが、比喩でないことは皆が悟った。
「なぜ、そこまでしたのかしら?」
エンマは訝し気な視線で見つめる。
「彼女が更生して活躍してくれれば、私の進める法案の有用性を示すのに都合がいい。ホナミは強い用心棒が得られる。ルゥルゥは賠償金が請求できる。死なれたら、それ以上なにもできないもの」
あくまで表向きの理由だ。
実際それぞれの思惑があり、足を洗った彼女を使えれば、費やした費用を超える利益が見込めるとユーリアたちは判断し、手に入れるべく動いたのだ。
レオナは悟った。ハルカを3人で雇用することにした理由も、彼女が病院を退院した時点でその話を切り出したわけも。
「あの子がラハマの病院を退院した時点で、雇うという理由で
ウミワシ通商にいた頃は根城に隠れていることが多く、遭遇した賞金稼ぎたちや敵対勢力は殲滅させられ、顔が知られてないから町に出ても問題はなかったし、彼女も印象に残りにくいよう努力はしていたようだ。
「でも、もう賞金首でないなら、関係ないのではないかしら?」
「賞金首から外すことができても、彼女の過去はなかったことにならない。彼女の顔を隠し続けるわけにもいかない以上、いつか恨む人々からの報復が予想される。そうなったとき、彼女を守るには著名な商会や、それこそ政治家のそばに置く必要があった」
著名な人々のそばに置けば、彼らの威光で彼女を守ることができる。もし手出しなどすればどうなるか。容易に想像ができる。
「だから、彼女は私たちの威光をかさに好き勝手しているわけじゃない。私たちの威光がなければ、保護がなければ、普通の生活を送ることもできない。空賊嫌いのいうような、一から自分の足で歩くなんてことやろうにも、そんなことしたら彼女は逃げ続けるか、殺される末路しかなくなる」
こうやって、議員たちの保護があったからこそ、ハルカはある程度の日常生活を送ることが許され、贖罪の機会を得ることができた。
「空賊嫌いさん、わかるかしら?あなたのしてくれたことは、私やホナミ、ルゥルゥがした努力に、費やした時間、あなたがどれだけ苦労しても稼げない莫大なお金。それら全てを無駄にするところだったのよ」
「彼女は用心棒。いつ死ぬかもわからない身の上ですわ」
「戦闘で撃墜されたのなら仕方がない。でも、あなたがやらせたように、わざと不利な条件下で戦わせるのは、仕方がないとはいわないわ」
2人の間に、見えない火花が散る。
「もし彼女が不穏な動きを見せたら、私たちを裏切った場合は、どうされるおつもりですの?」
すると、ユーリアは上着の下から何かを取り出した。
黒光りするそれを見て、レオナたちは顔をひきつらせた。
「もし彼女が不穏な動きを見せた、その時は……」
鋭く目を細め、彼女は言った。
「その場で
ユーリアが取り出したものは、黒光りする拳銃だった。恐らく、実弾が込められている。
「ルゥルゥ、あなたはなぜ止めなかったの?」
「エンマが、2,3回で納得してくれると思っていたからよ」
「そうやって部下を信頼した結果が、さっきの発砲?彼女にもしものことがあったら、どう責任を取るつもりだったの!?」
エンマの体が、一瞬びくっと跳ねる。
「彼女は1発も撃ってないのに、あなたの部下は残り全てを彼女に向かって撃った。幸い撃墜には至らなかったけど、機体側面にかすった跡があったそうね」
エンマは震え始める。無我夢中で気が付かなかったが、かすった弾はあったのだ。
「いくらハルカが言った条件とはいえ、空賊嫌いさん。あなたは彼女を本気で殺すつもりだったの?」
「そ、それは……」
思えば、報復するということは、彼女を殺すことを意味する。
「ただの撃墜で済ますなら、翼を撃てばいい。でもあなたは、胴体を狙ったそうね」
エンマの顔が青ざめる。
「……いずれにしても、ハルカが提示した条件は、1度だけ。これでお互い様、なんて言いたくないけど、軋轢を生むようなことはやめなさい」
「で、ですけど……」
エンマはそれでも納得できない。
元とはいえ、空賊を自分の数少ない居場所に居させるのが、何があっても受けいれられるものではない。
「……1つ言わせてもらっていい?」
皆が黙り、先を促す。
「空賊嫌いさん。あなた、やっていることが空賊と
「なっ!」
エンマはその場に立ち上がった。彼女にとって、最も受け入れられない言葉。
それは、嫌いなものと同じだということ。
「違いますわ!」
「違わないわ」
「私が社会のダニの空賊どもと、なぜ同じなのですか!彼らは略奪者、私は用心棒!」
「……同じよ。あなたが、ハルカにしたことを思い出しなさい」
「ですから、何が……」
ユーリアはため息を吐き出した。
「自覚がないのね。引け目を感じる彼女に付け込み、自身の要求を無理にのませ、それを1度ならず2度、3度と繰り返し続けた。これ、空賊の手口と同じじゃない?」
エンマは目を見開いた。
「そして最後は彼女に向け発砲し、命も持っていこうとした。弱みに付け込んで小さめの要求を何度も繰り返し、最後には全てを持っていく。これが、あなたの嫌いな空賊のやり方じゃなくて、一体なにというの?」
彼女は何も言えなかった。
そのまま、しおれた植物のように椅子に座りこみ、項垂れる。
「さ、話は終わりよ。これでもなお、彼女に無理難題をつきつけて試すのか、考えなさい」
エンマはピクリとも動かず、レオナとザラに連れられ、部屋を出ていった。