侵犯すると自警団などの武力をもって排除される。
侵してはいけない一線があるのは、人間関係も同じこと。
そしてその一線を侵したものは、どうなるのか……。
第3章のその後の話の短編になります。
*R-15と思われる内容になっております。
*この話に出てくるザラさんは少し嫉妬深いです。
キャラ崩壊気味なので注意してください。
イジツの各都市には領空というものが設定されており、近づくと所属や目的を、空港を管理している管制塔や自警団より聞かれる。これに応えられるなら問題はない。
ただし、空賊はこれに応えることができない。故に、自警団がすぐさま発進し武力をもって排除される。
領空は各都市が決めた、侵されてはいけない一線のようなもの。
このように踏み越えてはいけない一線があるというのは、人間関係においても同様である。
静寂が満ちる室内、時を刻む時計の針の音が妙に大きく聞こえる。
「あ、あの~」
彼女は今、自身の身に起こっている状況に戸惑う。
背中にはベッドの柔らかい感触、両手首には押さえつける強い力、そして目の前には仕事仲間の顔。
「ど、どうしたんですか?」
彼女は自分を押し倒した、目の前にいる人物の名を呼んだ。
「ザラ、さん……」
「何かしら、ハルカさん?」
ベッドに押し倒されている、黒髪を肩の下まで伸ばした女性をハルカ。彼女を上から見下ろしている、優美な体つきの大人の雰囲気の女性をザラという。
ザラは凄腕飛行隊、コトブキ飛行隊の隊長レオナを支える副隊長で、レオナ曰く何度彼女に助けられたかわからないと言っていた。
ハルカはそんなコトブキ飛行隊の雇い主、オウニ商会のマダム・ルゥルゥに仕事を依頼され、今回はコトブキの指揮下で行動を共にした。
そして目的の都市に到着し荷下ろしを行って間もなく、空賊の襲撃があったもののこれを退け、明日出航するまでの間、パイロットは全員休暇を言い渡された。
はずなのだが……。
―――なんで?どうしてこうなるの?
「ハルカさん?」
いつの間にか、鼻先が触れそうなほどにザラの顔が迫っていたことに彼女は驚く。
「なんでこういうことになっているか、わかるかしら?」
「いえ、まったく……」
ザラの瞳が細められ、鋭さを増した視線に射抜かれる。
「本当に?」
いつも年下のキリエやチカたちを、母性溢れる視線で見守る母親、もしくは姉という立ち位置の彼女からはおおよそ考えられない表情を、目の前の彼女はしている。
「本当に、わからない?」
「……はい。痛っ!」
瞬間、太ももの内側に鋭い痛みを感じ、顔をしかめた。
「あらごめんなさい、そんなに痛かった?」
痛む箇所を見れば、ザラの右手の人差し指と親指がハルカの右足太ももの内側を抓っていた。
「ここって敏感な場所だから、少し抓っただけでも痛いのよね~」
目の前の獲物をどう料理しようか、考えるのが楽しくて仕方がない。そんな口調で彼女は言い放つ。
「あの……」
「何かしら?」
「……何か、ザラさんに失礼なことをしてしまったのなら謝ります。ですから……」
「離してほしい?」
彼女は頷く。するとザラは満面の笑みを浮かべる。
「だ~め」
妙に楽しそうな口調で言い放った。
「だって、私はあなたに謝ってほしいわけじゃないもの」
「謝罪でダメなら、なんですか?」
「私はね、ただあなたに、
警告という言葉に、ハルカは首をかしげる。
「話を戻すけど、本当に何があったか覚えていない?……
昨夜、というキーワードに彼女は脳内の記憶を必死に引っ張り出す。
「でも、昨夜って私、ザラさんに何もしていませんよね?」
瞬間、再び視線が鋭くなる。少しばかりの殺気を含んで。
「本当に、何も、なかった、というのね?」
若干震えながらも、彼女は頷く。
「そう。なら仕方がないわね」
大きなため息を吐き出すと、彼女はまた顔を近づけてくる。
「じゃあ、思い出させてあげる。こうなった理由を……」
そしてザラは、昨夜の出来事を離し始めた。
「みんな~、お疲れ~!」
コトブキ飛行隊の隊員、赤いコートをまとった黒色の短い髪の女性、キリエが樽ジョッキを片手に、並々と注がれたビールを煽る。
オウニ商会所有のラハマ船籍の輸送船、第2羽衣丸船内にある酒場兼食事処、ジョニーズ・サルーンにて、無事荷物を送り届けた打ち上げ会が行われたのは昨夜のこと。
なお、今回は一時的ではあるものの、レオナの指揮下で動いたハルカの歓迎会も含めてだった。
「……キリエの声がいつもに比べ大きい。恐らく、あまり飲まないビールに含まれるアルコールの過剰摂取によるものと思われる」
「キリエ、飲みすぎは禁物ですわよ」
テーブルで彼女のそばに腰かけているケイトが冷静に分析し、貴族風の格好をしているエンマが注意を促す。
「大丈夫、大丈夫~。苦い水みたいなものなんだから、すぐ酔っぱらうわけないって~」
といいながらも、キリエの顔はもう着ているコートのように赤くなっており、陽気さが増し、呂律も怪しくなってきている。
「キリエさんて、いつもこうなんですか?」
見たことのないキリエの様子に、今回参加した用心棒のハルカは戸惑う。
「……いつもはパンケーキにしか興味がない。パンケーキを差し置いてビールを飲むなど、キリエにはあり得ない」
「つまり、それほどに酔っている、ということですわ」
それでも周囲は止めないあたり、もう慣れ切った光景なのだろうと彼女は察する。
「キリエ、まだジョッキ2杯目なのにもう顔真っ赤じゃん。弱いな~」
そんな煽るような言葉に、即座にキリエは反応する。
「はぁ~?私が弱い?んなわけないじゃん!少なくとも、バカチよりは強いって!」
「そんなわけない!私がキリエに負けるわけないじゃん!」
煽ったせいで火がついた挙句、その火に純度の高いアルコールでも注いだのか、炎は大きくなる様子しかない。
そして2人はしばらくにらみ合うと、揃って店主のジョニーのいるカウンターへと座り込んだ。
「ど、どうしたんだい2人とも?」
店主のジョニーがあたふたする中、キリエとチカはカウンターへ身を乗り出しながら言い放った。
「ジョニー!お酒出して!同じものを私とチカに!」
「どちらかが飲めなくなるまで!」
「だ、ダメだよ!まだラハマに帰るまでの仕事が……」
「いいから!」
「私たち、お酒に強いから!」
そういう人物に限って強いためしはない。オドオドするジョニーに対し、ウエイトレスのリリコはため息を吐き出し、ビールのジョッキを2人の前に置いた。
ジョッキを即座につかんだ2人は、にらみ合いながら中身のビールを体に流し込み、空になったらおかわりを、ビール以外の酒も要求し、ひたすらアルコールの沼へと脚を踏み入れていった。
それから間もなく、2人は揃っていびきをかきながらカウンターに突っ伏した。
「やっと収まったか」
そんな2人を横目に、隊長のレオナはビールのジョッキをあおる。
「いいんですか、放っておいて」
「いいんだ。その方が静かに飲める」
先ほどまでのキリエとチカの飲み比べは、結局引き分けに終わった。大抵一緒に飛んでいるチカとキリエだが、ふとしたきっかけでよくケンカになるらしい。
雇い主のマダムが乱暴や野蛮を嫌うことや、船で喧嘩したら高度何クーリルあろうと即刻叩き出すと言ったレオナの前では、見え透いた仲良しを演出しているらしい。
「でもレオナ、あなたも少しペースが早くない?大丈夫?」
「心配ない。そういう気分なんだ」
心配するザラをよそに、レオナも次々ビールの注がれた樽ジョッキを空にしていく。
「……レオナ、ザラの言う通りペースが早い。少し水を挟むべき」
「明日は休み。それにたまには私も、酒におぼれたい、気分、なん……」
言わんこっちゃない。
いうが否や、レオナの呂律が怪しくなり、次第にふらついてきた。
そして……。
「ひゃっ!」
レオナは倒れこんだ。右隣に座っていた、ハルカの太ももへと。
「あらまあ、これじゃあキリエとチカのこと言えませんわ」
「……レオナの言う通り、酒におぼれた」
ハルカは、太ももの上に倒れこんだレオナの頭をゆする。
「あの、レオナさん起きてください」
だが飲みすぎたのか、彼女に起きる気配はない。
それどころか枕と勘違いしているのか、両手で位置を調整すると、気持ちよさそうな寝息まで聞こえてきた。
「レオナさん、せめて寝るなら自室のベッドに」
「ゆすってはいけない」
正面に座るケイトの言葉に、彼女は顔を上げる。
「ですけど、起こさないと……」
「……しばらく、そのまま寝かせておくべき」
ケイトの言い放った言葉に、彼女は首をかしげる。
「……今回の依頼の最中、レオナはハルカとエンマの不仲に頭を悩ませていた」
淡々と容赦なく言い放たれた事実は、2人の胸に深く突き刺さった。
「……お酒をいつもに比べて沢山早く飲んでいたのも、それによる心労がたまっていたためだと推測。だから膝枕くらい許して、レオナの心労の回復に協力するべき」
ケイトから言い放たれたとは想像しにくい台詞に、ハルカは聞き返さずにはいられない。
「あの、ケイトさん?」
「……協力するべき」
幻聴ではなかった。
「その、ですから……」
「……協力するべき」
先ほどより、少し圧を込めていう。
「……その」
「……しなければならない」
ケイトの淡々とした、静かであっても明確に圧を込めた言葉はハルカに抗弁を許さない。
というより、今回の依頼の最中、レオナに気苦労をかけたのは彼女もわかっていた。
元空賊のハルカと、空賊や悪党に家の財産を搾り取られたエンマ。
こんな2人が同じ空間にいて、何も起こらないはずない。
結果、ハルカはエンマに空賊ともうつながりがない、身の潔白を証明するために襲い来る空賊を単身で殲滅しなくてはいけなくなった。
時に、被弾しているにもかかわらずレオナの命令を無視して空賊を追撃。殲滅に成功したものの、帰還直後に怒られた。
途中空賊を取り逃がしそうになって、またも命令を無視して空賊を追い、一時行方不明になったりもした。
そのことがユーリア議員に知れ、依頼の途中にも関わらずショウトにやってきたユーリア議員に連れていかれそうになったり、敵影を追うといって2人になる状況を作り出し、味方であるエンマから撃たれたり等。
それらの事態に、レオナがどれだけ頭を悩ませていたか。
彼女の心労がたまった理由の一端が自分にあるなら、反論などできない。
「……わかりました」
やむなく、レオナに膝枕をしながら食事をする、という珍妙な行動をしなければならなくなった。
だが間もなく、ハルカは何かただならぬ気配を感じ、防衛本能からかその方向をむいた。
「どうかした?」
「……いえ」
その先にいたのは、副隊長のザラ。一瞬彼女の背後に禍々しい殺気のようなものが見えた気がしたが、彼女は気のせいだろうと流す。
「ひっ!」
ふと、太ももに何か柔らかいものが触れる感触に悲鳴をあげる。見てみれば、枕に顔を埋めるように、レオナの顔が下を向きつつある。
恐らく、彼女の唇が触れたのだろう。
おまけに口が少し開いているようで、呼吸のたびに吸っては吐かれる吐息が肌の表面を撫でるように流れるせいでこそばゆいし、同時によだれが垂れてくる。
「あ、あの」
「起こしてはいけない」
ケイトに制されてしまう。
そんな状況で食が進むわけもなく、彼女は樽ジョッキにつがれたビールをちびちび飲むしかなかった。
「それで、結局こうなるんですか……」
打ち上げが終わった後、キリエとチカはエンマとケイトに担がれ、自室へと戻っていった。
そしてレオナも同じく目を覚まさず、ハルカが担いでいる。
理由は言うまでもなく、ケイトの無言の圧力があったためだ。
確かに、今回の騒動の原因は無論、彼女やエンマにある。レオナがどれほど頭を悩ませていたのか、想像するに余りある、
そして、周囲はそんな騒動が憂鬱だったに違いない。なら少しばかり罪滅ぼしをするのは、仕方あるまいと自分を納得させる。
そして、ハルカが間借りしているコトブキ飛行隊の隊長と副隊長の城たる部屋へ帰ってきた。
「よっこいせ……」
背中に担いでいたレオナを静かにベッドに下ろすと、ザラが彼女の位置を調整して布団をかける。
相変わらず寝息は安らかで、起きる気配はない。
ハルカはスカートを少しめくりあげ、右足太ももの内側を見る。
「うう~、べとべと……」
膝枕をしていた時、レオナの口から垂れたよだれが付いたままだった。
とりあえず拭き取ろうと、ポケットからハンカチを取り出そうとする。
「ひゃっ!」
直後、何かが太ももに押し付けられた。
「拭いてあげるから、動かないでね~」
「は、はあ……」
労わるような、どこか撫でまわすような妙な手つきでザラは拭き取りを進めていく。
その後酔いが回ってきたのか、拭く作業を終えると二人してベッドに転がった。
因みに、ザラが太ももを拭いてくれたハンカチを、大事そうにポケットに仕舞うのを見たが、それをどうするのかは聞いてはいけない気がして、さっさと眠気におぼれることにした。
そして翌朝、目がさめると彼女はシャワーを浴び、朝食を済ませ、出航まで何をしようか頭の中で考える。
「私はマダムと話があるから行くが、出航するまではまだ時間がある。羽を休ませておくようにな」
「羽を伸ばす、じゃないんですね?」
「ふふ、ほどほどにならいいぞ」
一晩寝て二日酔いの様子もないレオナは、マダムの部屋へ向かっていった。
とりあえず格納庫の愛機のもとへ行こうと思い、ハルカはドアへ向かって歩き出した。
ドアノブをつかみ、扉を開けるべくノブをひねる。そしてドアを引いて開けようとした。
瞬間、ドアが何者かによって閉められた。
その原因、ドアを押さえている手を見ると、そこには、行動に反して笑みを浮かべているザラがいる。
「あ、あの……、ザラ、さん?」
彼女は戸惑うハルカをよそに、ドアに鍵をかけた。
「ハルカさん……」
不気味なほど満面な笑みを浮かべるザラが一歩近づくと、彼女は一歩後退る。
明らかに好意的な状態ではないと悟るも、言っても飛行船内の狭い部屋の中。すぐ壁につきあたった。
もう下がれないと脚を止めた彼女の首の左右に、逃がすものかと両手を壁についたザラは言った。
「ねえ、ちょっと、お話しない?」
獲物を前にした蛇のような瞳で、彼女を見つめながら。
「ていうことがあったわよね?」
回想とザラからの説明で、ハルカは昨夜から現在まで、何があったかを思い出した。
「1ついいですか?」
「何かしら?」
「今の話だけだと、ザラさんが私に何を警告したいのか、わからないんですけど?それに、なんで警告?」
一瞬、彼女の額に青筋がたち、ハルカは縮こまった。
「えっとね~。あなたが朝起きてシャワーを浴びにいった直後、レオナが起きたの」
思い返せば、二日酔いほどひどくは無かったが、彼女が部屋を出たときレオナはまだベッドの中だったはず。
「そのときね、彼女は言ったの……」
ハルカが部屋を出た直後、レオナが起きた。
「う~ん……」
「おはよう、大丈夫?」
アルコールが残っているのか痛む頭を押さえつつ、レオナは上半身を起こす。
「ああ……。ここは部屋のベッドか?」
「ええ。昨夜は随分飲んでいたわね。食事中に酔いつぶれちゃうなんて」
ザラは、水を注いだコップをレオナに差し出す。
「ありがとう。その後の記憶がないんだが、何かしたか?」
「えっとね。隣の子の太ももに倒れこんじゃって、膝枕でしばらく寝ていたわよ?」
「そうだったのか。悪いことをしたな」
「ところで、寝心地はどうだった?」
深い意味はなく、ただのイタズラ心だった。
「そうだな……」
だが、この後のレオナの答えが、ザラの想定外のものだった。
「これまで膝枕してくれた人は何人かいるが、一番良かったな」
一瞬、室内の空気が凍り付き、割れる音がザラには聞こえた。
「もしかして、ザラか?」
ザラは思考回路が硬直していたが、機微に疎いコトブキ飛行隊隊長が気づく様子はない。間もなく、レオナの声に反応し即座に復旧する。
「え?私じゃ、ないわよ?」
「そうか。じゃあ、一体……。チカとキリエは、ないな。じゃあケイトかエンマか、それともハ」
「ハハハ……。そういえばシャワー浴びてないから、いきましょ。それに朝食も」
「え?ああ、そうだな」
「ていうことが、あったのよ!」
ザラの手に力が込められる。
「これまでで!一番!よかった!そうなのよ!」
「は、はあ……」
すると、ザラは目をかっと見開き、血走った瞳でハルカを見下ろす。
「許せない!これまでレオナに膝枕したり、2人で呑んだり、彼女の隣は、いつも私の居場所だった!レオナは、私を穴倉から救い出してくれた王子様。私は一生そばにいると誓った騎士。その間に、誰かが入る余地なんてないの!彼女の1番は、常に私だった!」
最もレオナとの付き合いの長い、コトブキ飛行隊の副隊長。
「コトブキのメンバーが増えていくにつれ、レオナは私を見てくれなくなるんじゃないかって思った。でも、幸いになかった。レオナにとって、キリエやエンマたちは、あくまで年下の仲間や部下でしかないもの。なのに、それが少し崩れたの……」
今度は、体温を感じさせない冷たい瞳で、ザラは彼女を見下ろす。
「あなたのせいで、ね……」
「私が、何をしたと?」
またも殺気を含んだ冷たい視線で見つめられる。
「レオナに膝枕をした件以外にいくらでもあるわよ。レオナはね、あなたが病院で目を覚ましたとき、真っ先に駆け付けたでしょ?あなたがまた歩き出せるよう、家族の遺品を調べたり、行く先がないならコトブキに引き入れようと考えもした」
それは、大事なもののために無我夢中で空をかけるハルカの姿が、かつて理想のために空を一心不乱に翔けた自身に少し似ていたからだ。
それにより、どうもレオナはハルカを放っておけない節がある。
その様子は、妹を放置できない姉のようで。
「少し、過保護なほどにね」
「レオナさんが、そんな……」
知らなかった事実に彼女は驚きを隠せない。一方、ザラにとってはレオナの気持ちが自分以外に向けられているのが、どうも面白くない。
「まあ、そのことはいいわ。でも、レオナに膝枕したり、彼女の唇が体に触れたり、背中に負ぶったり、頭を撫でてもらったり……。あなたは、一時的とはいっても、私の専売特許を奪った上に、羨ましいことをされていたわよね~」
レオナの唇が体に触れるなど、ザラでも経験がない。
それに頭を撫でてもらえるのは、ある意味年下の特権である。
「だからね、私思ったの。私とレオナの間に突然食い込んできた
「いえ、でもあれは意図したわけじゃ、ただの偶然で」
「偶然であそこまで私たちの間に入ってこられるなら、なおの事放置できないわ」
すると、ザラは紐を取り出し、それで彼女の両手首を素早くまとめた。
「え!ちょっと!」
必死に逃れようとするが、ザラの両手は彼女の右足をつかんで離さない。
「確か、レオナの唇が触れたのは、このあたりだったわよね~」
「ひゃっ!」
右足太ももの内側を、ザラの舌が、レオナの唇が触れた跡を全て消すつもりかのように這いまわる。
くすぐったいような、不快な、そんな感触が合わさった、味わったことのない未知の感覚に彼女は戸惑い、少しでも気を紛らわせたくてもがくが、両手は縛られ、足は押さえつけられ、できることは声を上げるだけ。
「可愛い声で鳴くのね。こういうのは初めて?」
「あ、当たり前で、あっ!」
でも、声を上げればザラを喜ばせるだけで、やめてくれなくて。
そのまましばらく、彼女はザラがあきらめてくれるまで耐えるしかなかった。
「はあ……、はあ……」
ようやくザラが止まってくれたことに安堵した彼女は、肩で呼吸を繰り返す。
「さて、私とレオナの間に深入りするとどうなるか、わかったかしら?」
声を出す気力もないのか、ハルカはゆっくり頷いた。
「そう。理解が早くてたすかるわ」
「ザ、ザラさん……。ですから、もう……」
「やめてほしい?」
少し力をこめて、彼女は頷く。
「まだダメ、最後の仕上げをしないと」
彼女は耳を疑った。
「け、警告ならもう十分わかりました。ですから……」
「ダ~メ。レオナといちゃつく様を見せつけられて、私の心を傷つけた責任はとってもらうわ」
ザラは、彼女の右足をしっかりつかみ直す。
「ちょっと、恥ずかしい思いをしてもらおうと、思ってね~」
またもザラがやめてくれるまで、彼女は声を上げ続けた。
「あ、ハルカにザラじゃん」
昼時になり、コトブキ飛行隊の隊員たちがジョニーズ・サルーンに集まる。
「こっちこっち、パンケーキがおいしいよ~」
元気よく手を振るキリエだが、少し怪訝な顔つきになる。
「あれ?ハルカ?」
「な、なんですか?」
少し頬を赤らめ、彼女は次の言葉をまつ。
「右足のそれ、どうしたの?」
キリエが疑問の思ったのは、ハルカの太ももにある虫に刺されたような赤い点の跡だ。
「あ、これですか?これは、いっ!」
声を押し殺し、痛みに耐える。背後では、彼女のお尻をスカートの上から、ザラが力を込めて抓っている。
「蚊に刺されただけ。そうよね~」
目を三日月のように細め、気味の悪い笑みを浮かべるザラを前に、彼女はただ頷く。
「え、ええ。そうです……」
「そうなの?」
「……にしては、随分数が多い」
「かゆくないの?」
「あはは、虫刺されの薬を付けましたから、大丈夫です」
無論ウソだ。
何度もザラに太ももを吸われ続け、つけられた跡だ。
しかも、スカートの裾を引っ張っても隠せない絶妙な位置につけられたので、消えるまで少しばかり恥ずかしい思いをするしかない。
「……ハルカ」
レオナ隊長が立ち上がり、彼女の前で足を止めた。
「な、なんですか?」
そして顔を近づけると、おでこ同士をくっつけた。
予想だにしない事態に、ハルカは硬直する。だが機微に疎い隊長さんはそんなことを知る由もない。
目の前には、レオナの凛々しい瞳や、形のいい鼻や口が良く見えて。
「少し熱いかな……」
間もなく、彼女は離れた。
「体調管理も、飛行機乗りの大事な仕事。疲れがたまっているなら、休むようにな」
「は、はい……」
レオナが席に戻る一方、彼女は骨が折れんばかりの怪力で左肩を掴まれる。
少しずつ顔を向けると、殺気のオーラを隠す気もないザラがいた。
「ハルカさん……」
彼女は、ザラの言いたいことがわかった。
「あとで、じっくりお話しましょうね~」
拒否権はなかった。
その後、ハルカはザラとレオナの領空を絶対侵犯しないことを誓ったのだった。
侵してはいけない一線というものはどこにでもある、と思ったこと
から書いた話です。
コトブキ飛行隊の中で、最も付き合いが長くともに過ごしてきた
時間の長いレオナとザラ。
穴倉から救い出してくれた王子様と、共にいると誓った騎士。
頼り、頼られ、支え合ってきた2人の関係に下手に割り込んで
しまえばどうなるか。きっと母性溢れる副隊長さんでも容赦しない
に違いない。などと妄想した話となりました。