彼女が話始めたのは、マダムにとっては予想外、アンナにとっては恥ずかしい、マリアにとってはおいしい話だった。
*少々キャラ崩壊気味です。注意してください!
羽衣丸の中には、簡単な遊戯に興じることができる部屋がある。
もっとも、実際は船員同士のおしゃべりの場になっている。
「ねえ、ハルカさん」
テーブルをはさんで向かい合うように座る、青い髪の気の弱そうな女性。羽衣丸副操舵士のマリアは、向かいに座る今回参加した用心棒、肩の下あたりまで黒い髪をのばした女性、ハルカに詰め寄る。
「聞きたいことがあるんだけど……」
マリアの聞きたいことは、察しがついている。
そして、予想通りの言葉が彼女の口からはなたれた。
「ユーリア議員って、変態なの!?」
目をキラキラ輝かせながら聞いてくる彼女に、ハルカは両手を使って落ち着くよう促すも効果はない。
この手の話題に飢えているのか、マリアは獲物を逃がすものかと詰め寄ったまま離れない。
「ま、まあ……。そう思う節が、ないわけじゃないですが……」
「……聞かせて」
今度は両手をつかんでいう。
「あなたが知る、変態な話を!」
「わかりましたから、座ってもらえませんか?」
いうとマリアはソファーに丁寧に腰かける。
ちなみに、彼女の隣には顔を赤くするアンナ、そして苦笑するマダム・ルゥルゥがいる。
「アンナさん、恥ずかしいなら聞かなくても……」
「興味あるの。いいでしょ」
おそらくマリアが先ほどのように暴走した場合の保険なのだろう、彼女には退出する気はないらしい。
「マダムは?」
「私も興味あるの。私の知らないユーリアは、どんな感じか、ね」
キンダーの頃から付き合いのあるユーリアとマダム。知らないことの方が少ないのではないかと思うも、興味があるなら止める理由はない。
「ええ……。では、まず話を始める前に1つ、約束してほしいことがあるんですけど」
水を差されたようでむすっと頬を膨らませるマリアの刺すような視線に耐えつつ、大事なことは言う。
「これから話すことは、他言無用でお願いしますね」
なにせ、これから話すことは、ユーリアとハルカしかいない場面の話だ。情報が漏洩しようものなら、誰が話したのかはすぐ特定されてしまう。
それに議員の名誉のためにも、釘は刺しておかねばならない。
3人とも頷く。
それを確認すると、彼女は呼吸を整えるように大きく息を吐き出す。
あまり話したい内容ではないが、これもオウニ商会の人々と人間関係を構築するうえで必要なこと。そう自身に言い聞かせる。
「あれは、ある昼休みのことでした」
ハルカはゆっくり話始める。
思わず眠気を誘う、あるぽかぽか陽気だった日のことを……。
「くぅ~、かぁ~」
ある日の昼休みのこと、ハルカはガドール評議会の評議員であり、雇い主であるユーリア議員の膝枕の役をこなしていた。
といっても、したくてしているわけではない。
ことの始まりは、ある日議員に仮眠をとられてはと言った際、突如太ももを触られ、枕にされたことがきっかけだった。
しかもその様子を護衛隊の隊長と弟さんに目撃され、温かい笑みを向けられたときは恥ずかしかった。
その後、この膝枕を気に入ってしまったユーリア議員にねだられ、昼休みの仮眠をとる際にはこうしていつも太ももを貸している。
ちなみに、特別手当を払う、とユーリア議員は言った。
それは嘘ではなく、後日本当に結構高額な手当が払われたときは驚いたものだった。
「くぅ、すぅ……」
彼女が考え事をしている間も、議員の気持ちよさそうな寝息が一定のリズムで聞こえてくる。
「ふあ~」
彼女もあくびをしながら、部屋の時計を見る。
一応、午後の仕事を始める5分前に起こすことになっている。
まだ、20分近く時間がある。
「それにしても、今日はいいぽかぽか陽気だな」
ちょうどいい明るさに気温。まさに、昼寝をするにはうってつけの気候だった。
それは同時に、眠気を誘発する。
「あれ……」
ハルカは、まぶたが重さを増していくのに気づく。必死になって抗おうとするが、眠気は晴れるどころか強くなる一方だった。
「くぅ~、すぅ~」
遂には、彼女も眠りの世界へと、意識が沈んでいったのだった。
「うん……」
ユーリアは、両目をうっすらと開ける。
そばにある時計を見れば、もう午後の仕事開始時刻を20分すぎている。
彼女は体を回し、目覚まし時計の役も兼ねているハルカを見上げる。
「くぅ~、すぅ~」
目覚まし時計兼枕役の彼女も、心地よさそうに寝息を立てていた。
「あらまあ……」
部屋に鍵はかけてあるので、護衛隊の隊長たちが介入する心配はないが、指定した時間に起こすように言っておいたのに、この有様である。
もっとも、この眠気を誘う日和では無理もないが。
「それにしても……」
ユーリアはハルカの顔を見る。安心しきった、安らかな顔をしている。
日頃議員の用心棒は緊張の糸を張っていることが多いので、そばにいるユーリアも彼女のこんな顔を見るのは初めてだった。
「ふむ……」
ユーリアは口端を少し吊り上げ、微笑を浮かべる。
ここまで無防備な彼女を見ることなど、恐らくそうない。
となれば、わいてくるのは
彼女は仕事机からカメラを取り出し、ハルカの寝顔や寝姿を写真に収めていく。
あとで整備班たちに売りつければ、結構な額になるだろうと頭の中で勘定をしながら。
ハルカは知らないだろうが、現状護衛隊唯一の女性パイロットであり、注目を浴びている。
その上、体つきはいいし、見た目だっていい方だ。
なので、ユーリア護衛隊整備班たちは彼女に見つからないよう、ひそかに写真を撮っては裏で取引をしているのは耳にしている。
寝顔の写真など格納庫では撮れるはずもないので、さぞかし高値がつくに違いない。
一通り写真を撮り終えると、ユーリアはカメラをおく。
そして床にしゃがみ込むと、彼女のスカートの裾をつまみ、軽くめくってみる。
―――白いわね。
シャワーを浴びるときや、何気ない日常の中でも何度か見ているが、こうやってみると少し雰囲気が違うし、どこか背徳的な感じがする。
にしても、折角いい体つきをしているのだから、おしゃれに気をつかえばいいのに、と内心思う。
そしてユーリアは考える。
こんな機会滅多にないのだから、ハルカが驚くようなどっきりを仕掛けてみたい、と。
頭の中であれこれ悩むが、どれもいまいちピンとこない。
唸るユーリア。
すると突然、彼女は楽しそうな、いたずら心のにじむ笑みを浮かべる。
「そうね、これはよさそうね……」
彼女はいたずらをしかけるべく、さっそく行動に移った。
「ふあ~」
あくびをしながら、ハルカは書類片手に廊下を歩く。
気が付けば午後の仕事の開始時刻を過ぎてしまっていたが、ユーリア議員は特に咎めることはなかった。
可愛い寝顔が見られたからそれでいいわよ、とか言っていたが。
「変態って噂もあることだし、気を付けないと」
それにしても、気のせいか先ほどから周囲の視線が彼女は気になっていた。
どうも彼女のことを横目でチラッと見ている。
そんな周囲の行動に疑問を抱きつつも、彼女は目的地へ向かって歩いていく。
「おはよう、ハルカ君」
ユーリア護衛隊の隊長と弟さんが前から歩いてきた。
「あ、隊長に弟さん」
「今日は2人して寝過ごしたのかな?鍵がかかったままだったぞ」
「アハハ、ええ。そうなんです……」
「まあ、この陽気なら仕方がないが……」
ふと、隊長と弟さんが硬直した。
「あの、どうかされました?」
隊長はわざとらしく咳払いをする。
「ハルカ君……」
彼女は黙って言葉を待つ。
「鏡を見たか?」
「鏡?」
身だしなみを気にしなければならない議員の護衛にいたからか、隊長は手鏡を取り出し、彼女に向ける。
「なっ!」
反射して写し出された光景に、彼女は驚いた。
鏡に写し出されたのは、彼女のおでこ。そこには、唇の形に口紅がハッキリとついていた。
「い、いつの間に!」
こんな目につく所にこんなものがついていれば、そりゃあ通行人は気になりもする。
「……もう1つある」
すると、隊長が指さしたのは彼女の左足太ももの外側。丁度スカートの裾の下あたり。
そこを見てみると、おでこと同様唇の形に口紅がついていた。
こんなことをしそうな人物。いや、できる人物など、1人しかいない。
「……あの変態議員!!」
彼女は怒りをあらわにし、即座に回れ右をすると、ユーリア議員の仕事部屋へと走って行った。
怒りの表情を浮かべ、走り去っていくハルカの背中を見送った護衛隊の隊長と弟さんは、笑みを浮かべる。
「ハハハ。ユーリア議員がイタズラを仕掛けるとは、余程気に入っているようだ」
「楽しそうで何よりだね、お兄ちゃん」
「全くだ、弟。退屈しないな。それに、彼女の色んな表情も見られたことだし」
アレシマへの外遊に同行した際、ハルカはユーリアの考えに賛同し、その上議員の目指す先を見てみたいと期待を込めていった。
それが議員は余程嬉しかったのか、彼女をそばに置くことが多くなっている。
昼休みに昼寝の際膝枕を頼むのも、こういったイタズラを仕掛けるのも、彼女との仲を深めるためだろう。
やり方はあれだが。
「何はともあれ、議員が楽しそうで何より」
「彼女も馴染んできたようだしな」
護衛隊に来た当時のハルカは、どちらかというと表情が硬く、周囲と距離を取ろうとする方だった。
過去の経歴故仕方がない部分もあるが、いつまでもそれでは寂しいと、ユーリア議員や整備班長たちは言った。
でも、最近はコロコロ表情を変えたり、段々彼女は自分を出せるようになっている。
先ほど議員のイタズラで、滅多に見ない怒りの表情を浮かべたあたり、少し荒療治ではあるが効果はあったのだろう。
「さて、我々も仕事に戻るとするか、弟」
「はいよ、お兄ちゃん」
護衛隊の兄弟は、ハルカのあとをゆっくり追って、仕事場へと向かった。
「ユーリア議員!!」
ハルカは、ユーリアの仕事部屋の扉を勢いよく開け放った。
「あら~、どうしたのそんなにあわてて」
怒りの表情を浮かべるハルカを、ユーリア議員は余裕の笑みで、いたずら心をにじませた顔で見つめる。
彼女は確信した。
間違いない。ユーリア議員は、この場に彼女がなぜこんな様子で現れたのかを理解している。
「ひどいじゃないですか!?おでこや太ももに口紅つけるなんて!道中の人々に見られて、気づいたとき恥ずかしかったんですよ!」
「あらそう?でも、もとを正せば、起こすようにって頼んだのに、無防備に眠りこけちゃったあなたが悪いんじゃないかしら?」
「うぐっ……」
「これは、それに対する、ちょっとしたお仕置きよ」
「ぐぬぬ……」
楽しそうに言うユーリア議員に対し、ハルカは言葉に詰まる。
確かに、議員の言っていることは間違いではない。
時間になったら起こすよう頼まれていたのに、それを守らなかった制裁、と言われてしまえばそれまでだ。
「私は楽しかったから、隙あらばまたしちゃうかもしれないわね~」
「……今後は寝ないようにします」
彼女はそう心に誓う。
「ところで、口紅をつけたのは2か所だけですか?」
濡らしたハンカチで口紅を落としながら彼女は問う。
「ええ、その2か所だけよ。折角だから、落とさなくてもいいんじゃない?」
微笑みながらユーリア議員は言う。
「こんなのつけて、外を歩けるわけないでしょう!」
間違いなくあらぬ疑いを招くことになるというのに、議員は楽しそうに微笑む。
そして、口紅を落とした彼女はいつも通り仕事を始めるのだった。
ちなみに、口紅をつけられたのはもう1か所あった。
その日の夜。シャワーを浴びるため服を脱いだハルカは、右足の付け根あたりに唇の形に口紅がついているのを見つけ、悲鳴を上げることになったのだった。
「ということが、ありまして……」
マダムは笑みをひきつらせ、アンナは頬を赤く染める。一方のマリアは、目をきらきら輝かせている。
「やっぱり、変態なんですね!」
嬉しそうに言うマリア。
「変、態……」
羞恥に頬を赤く染めるアンナ。
「他に、他にはないんですか!?」
次をせがむマリア。そんな彼女を、ようやく硬直から体がとけたアンナが引き離した。
「はいはい。続きはまた今度」
「ぶ~」
口を尖らせるマリア。
折角楽しくなってきたのに、それを邪魔され不満そうだ。
「ハルカさん」
引きつった笑みを浮かべながら、マダムが口を開いた。
「念のために言っておくけど、自分の身が危ないと思ったら、私の所でもホナミ議員の所でもいいから、逃げてきなさいね」
マダムも想像できない内容だったようで、身を案じてくれているようだ。
「……逃げられると思いますか?」
彼女は苦笑しながら応える。
なにせ、相手は比喩ではなく、本当に相手の頬を札束で張り飛ばすことさえ辞さない人だ。
仮に逃げ出しても、あらゆる方法を使って見つけ出そうとするのは想像に難くない。
「そうね……。まあ悪い人じゃないから、どうしても嫌なら、きちんと話し合いなさい。話は通じる相手だから」
「そうします。あとはまあ、ほどほどになるように、気を付けます」
少なくとも、ハルカもユーリア議員との日常を嫌ってはいない。
ラハマで同胞だったウミワシ通商の飛行隊を殲滅し、家族が誰も生きていないことを聞かされた直後、これからどうなるのか不安しかなかったときのことを思えば、こんな日々が送れるとは彼女は想像もできなかった。
今は生活に不自由はしてないし、内容はアレだが、時々イタズラがある程度で済んでいる。
それに、彼らの保護がなければ、こんな日々を送ることはできなかったのだから。
平穏な日々、時々荒事に空戦。そしてイタズラ。
そんな日々がこれからも続くことを、彼女はひそかに願うのだった。
「ハルカさん」
いつの間にか、マリアが目の前に迫っていた。
「また今度、別の話を聞かせてくださいね」
「……ダメという選択肢は?」
「無理」
折角見つけた話のネタを手放すつもりはないのか、彼女はぐいぐい迫ってくる。
「まあ、そんな過激なものでなくていいなら……」
「ええ、勿論」
期待に目を輝かせるマリアを見ると、少し恥ずかしいが、また別の話を用意しておこうと彼女は思うのだった。
無論、口外禁止という条件で。
同時に彼女は、いつか彼らの口からユーリア議員の耳に入らないか、一抹の不安を抱くのだった。
ユーリア議員が変態というのは、無論このような意味でないのはアニメで語られていますが、アニメや小説で変態という言葉に反応し、目を輝かせ、興味ありげに微笑むマリアが印象に残っていたので、このような話を書いてみました。
公式小説で「変態な話題ですか」とナツオ班長の話に食いついていたあたり、
マリアは変態な話題に飢えているのでしょうかね……。