オウニ商会とコトブキ飛行隊のメンバーたち。
本来ならラハマへ帰還する予定だった彼女たちに、
ショウト市長より追加の依頼が入った。
第1話 追加依頼の道中で
「よし、点火だ!」
整備員の着るツナギを着た幼く見える女性、ナツオ班長の合図で、零戦の操縦席に座る黒髪の女性、ハルカは愛機のエンジンを始動させる。
「エンジン始動よし。次、動翼のチェック」
指示通り、ハルカは愛機の零戦52型丙、レイの補助翼やフラップ等の動翼を作動させる。
「次、プロペラピッチ変更。ピッチ角を大へ」
スロットルレバー近くのプロペラピッチ変更レバーを手前に引き、ピッチ角を大きくする。
エンジンの回転数が落ちるのを確認。
「次、低ピッチ」
レバーを操作し、ピッチ角を変える。
「よし、動作確認終了。いいぞ」
確認作業を終え、ハルカはエンジンを切った。
「すまなかったな、整備につき合わせちまって」
「いえ、自分の相棒のことですから」
彼女は操縦席から下りる。
次の目的地へ着くまでの間、パイロットたちは空賊の襲来に備えて待機が命じられている。
その間に、整備班は機体の整備を行う。
そんな中、ナツオ班長は機体のパイロットであるハルカに整備を一部手伝ってほしいと頼んだ。
「にしても、てめえ中々整備の腕がいいな」
ナツオ班長は、手慣れた様子で愛機の整備を行っていく彼女の様子に驚いた。
エンジンの整備や主翼の機銃の角度の確認など、どれもちゃんとこなしていた。
整備班の助けがいらないほどだと、ナツオは思った。
「コトブキのキリエやチカに見習わせたいくらいだ」
「ハハハ、自分で整備しないといけない環境でしたし、大事な相棒のことですから」
ガドール評議会護衛隊や、コトブキ飛行隊のもとにいる今はいいが、空賊であったウミワシ通商にいたころは、専属の整備士などいなかったため、自分で機体の整備はやらなければならない。
自警団から逃げ回ることもあり、中々整備を他人任せにしにくいというのもあった。
「整備の仕方は誰から教わったんだ?」
「……この機体をくれた、祖父からです」
彼女は愛機に近寄り、右手でやさしくカウリングを撫でる。
「機体の整備に、操縦方法、航法、修理。他に護身術や計算。なにより……」
彼女は、どこか遠い目をしながら言った。
「空を飛ぶ楽しさを、教えてくれた人でした」
彼女の瞳には、懐かしさに、少しばかりの悲しみが滲んでいる。
「そうか……。今はどうしているんだ、その爺さん」
「リノウチ空戦から間もなく、……私にこの機体を渡して、イケスカに行ったきり行方不明になってしまって」
「……悪い」
ナツオ班長は、ばつが悪そうに言った。
「いえ、気にしないでください。……何年も前の話ですから」
「そうか……。ところで、何でこの機体には主翼にあるはずの13.2mm機銃がないんだ?」
話題を変えるつもりのナツオ班長だったが、彼女は整備一本で生きてきた人間。若者の話題などしらず、結局機体の話になってしまう。
整備員たちからは、見た目は少女、中身はおっさんともっぱらの噂である。
「この機体は、もともと祖父が乗っていた機体を手本にして、父が祖父と一緒に部品から作ったんです。古くなった祖父の機体を新造するついでにって」
「じゃあ、爺さんも52型丙に乗っていたのか?」
「はい。なぜか祖父の機体も、主翼の機銃が20mmしかなくて。それを参考に作ったから、レイも同じなんです」
「何機作ったんだ?」
「3機です。1機は祖父の機体の新造。2機目は父に。3機目が私の相棒に」
「なるほど」
「……聞きたいことがある」
突如割り込んできた声に、ナツオ班長とハルカは驚き、同時に声のした方向へ振り向く。
そこに居たのは、髪を左右で分けてしばった、いつも限りなく同じ表情を浮かべている人物。
「ケイトか、驚かせるな」
「……驚かせる意図はない。5分前からここにいた」
にしては2人とも気づけなかったあたり、気配を消すのが上手いのかもしれない。
「だったら声くらいかけてくれ、心臓に悪い」
「2人が楽しそうに話している邪魔をしたくなかった」
「そうか……。で、聞きたいことって?」
すると、ケイトはハルカへ視線を向ける。
「ハルカの零戦に描かれている、マークについて」
「レイの?」
ケイトは視線を彼女の愛機の主翼へ向ける。
「あの主翼や胴体に描かれている、フチが白色で、水色の丸のマーク」
「ああ、そういやあ、何か意味があるのか?」
ナツオ班長も興味を持ったらしい。
「……あれは、ユーハングの機体に描かれていたマークと酷似している」
ナツオ班長は目を見開き、ケイトは瞳を細め、ハルカをじっと見つめる。
「ハルカは、
じっと見据えて視線がぶれないケイト。驚きの表情の班長に見つめられる。
そんな2人に彼女は、首を横に振った。
「残念ですけど、ご期待には沿えません。私はイジツ生まれの人間です」
大きく息を吐き出すナツオ班長。でも、ケイトの視線はブレない。
「第一、穴を通ってユーハングが帰っていったのは、70年以上も前の話でしょう?」
「……アレンは、その後も穴が定期的に開いていると言っている。イケスカ動乱の際にも、ラハマ、イケスカで穴が開いた。その後でも来た可能性はある」
「……アレン?」
「アレンはケイトの……、
「お兄さんがいたんですか?というか、兄のことを甲斐性なしって……」
「事実だから問題ない」
珍しく感情をこめているなあと思う一方、容赦がないなあ、とハルカは苦笑する。
「お兄さんは大事にしないといけませんよ。……いなくなったら、どんな兄であれ悲しいですから」
「……ハルカにも兄がいるのか?」
「正確には、いた、です。負けず嫌いで、いつもお姉ちゃんと張り合っていて。喧嘩することが多くて、最後は空戦に発展して、実弾で撃ち合って。そしてお爺ちゃんやお父さんから叱られて……」
想い出の懐かしさに浸りそうになる中、さも当然のように実弾で撃ち合うといった彼女に、ナツオ班長は顔を引くつかせた。
「でも、私のことは可愛がってくれました。仕事から帰ってくるたび、小さかった私のこといつも抱き上げてくれて……。出発するときには、頭を撫でてくれて……。でも……」
彼女の表情が曇る。
「お兄ちゃんも、お姉ちゃんも、お父さんも……。リノウチ空戦に行って、帰ってきませんでした」
ハルカの瞳に闇が滲む。
その後、彼女は色んな仕事をやった果てに空賊に身を落とし、残された家族さえなくし、1人残された。
彼女はまだ、彼らに引きずられている。
「そういえば、イケスカに行く直前。この機体を渡されたとき、祖父はこんなことを言っていました」
彼女は愛機を眺めながらいった。
「この模様は、イジツとユーハングが、確かにつながっていたんだ、ということを示す模様だと」
「……どういう意味だ?」
「わかりません。この模様を選んだ祖父は行方不明で、当時もそれ以上のことは話してくれませんでしたから」
「おめえの爺さん、ユーハングに憧れでもあったのか?」
「かもしれません」
ハルカはそれ以上、何も言わなかった。
「ケイト~、ハルカ~」
ふと、元気よく右腕を左右に大きく振りながら歩いてくる、赤いコートを着た人影が1人と、赤髪を縛った凛々しい顔つきの女性が1人歩いてくる。
「キリエさんに、レオナさん?」
「2人とも、そろそろおひるごはんの時間だよ。サルーンに行こう」
「もうそんな時間ですか?」
「空腹を感じる。早く行くべき」
ハルカはナツオ班長に振り返る。
「整備は済んだ。行ってこい」
「行こうよ、早く~」
「なあ、これやべえんじゃねえか?」
「でもよ、エンジンの予備なんてねえぞ」
「けど、班長にばれたら……」
整備員たちのひそひそ話が耳に入る。
班長に知られたくないから音量を下げているのだろうが、そんな小声でもナツオ班長は聞き逃さない。
イナーシャハンドル片手に、ひそひそ話をしている羽衣丸整備員たちにむかって歩いていく。
「おいてめえら、なにひそひそ話なんかしてんだ?」
班長の声が耳に入り、2人の若い男性整備員の顔が青ざめる。
「確か、レオナの機体の整備を頼んでいたが、終わったのか~?」
満面の笑みを浮かべる班長が、このときばかりは恐ろしく見えたに違いない。
整備員の顔が震え始める。
「いえ、それは……」
「どうしたそんなに怯えて。終わったのか?終わってないのか?」
「えっと、その……」
ナツオ班長が一歩踏み出した。
「終わったのか?まだなのか?」
途端、2人の整備員は格納庫の床に土下座した。
「せ、整備は終わりました!」
「た、ただ……」
「ただ……、なんだ?」
班長は、イナーシャハンドルの先端を手の平にパンパンと軽くたたきつけ始める。
「「エンジンがかからなくて困っているんす!!」」
格納庫内が静まり返った。
班長は、かっと目を見開く。
「ばっかもおおおおおおおおおおおおおおおおおん!」
「「ひぃ!」」
「なにが、エンジンがかかりませんだ!そんな重大なことを放置する気か!今すぐ修理にかかれ!」
「うっす!」
「班長!質問よろしいですか!?」
「……なんだ?」
「故障個所がわかりません!」
「ばっかもおおおおおおおおおおおおおおおおおん!」
格納庫内の空気を振動させるほどのナツオ班長の声が響く。
「それを見つけて直すのが、整備班の仕事だ!」
「で、ですけど色々ためしましたが……」
「直らなくて……」
それでエンジンを交換しようかとひそひそ話をしていたのか、と皆が思う。
「エンジンの予備なんざ、羽衣丸には積んでない。とにかく、もう一度各部の確認からだ」
「ですけど、もう4回も確認しましたが……」
「直す以外に何がある?」
「「……へい」」
班長の圧を込めた言葉に何も言えず、整備員たちはレオナの隼に向かっていく。
「たく……」
だが悪戦苦闘する整備員たちを見て、班長はため息を吐き出す。
今羽衣丸は目的地へ向かって飛んでいる最中。いつ空賊が襲ってくるかもわからない。
その際、隊長が出られないというのは大きなマイナスになる。
「……ちょっと見てきます」
「え?」
いうが早いか、ハルカが整備員たちのもとへ小走りで行く。
「ちょ、ちょっと……」
ナツオは彼女に、パイロットは休んでいるようにと言うつもりだった。
だがレオナに制されていうのをとどまり、ナツオはハルカの作業の風景を眺める。
彼女はカウリングを外した状態の隼のエンジンの各部を確認すると、そばにあった工具箱から工具を拝借していじり始めた。
彼女にどれほどの整備の知識や腕があるのか、先ほど零戦の整備を手伝ってもらったから少しはわかったものの、今いじっているのは長年ともにある零戦ではなく隼。
班長は内心落ち着かない。
「班長、プラグと配線の新品、ありますか?」
「あ……、ああ。後ろの棚だ」
彼女は棚から目的のものを見つけると、再びエンジンをいじり始める。
そんな風景を見ていて、彼女は物事に集中し始めると周囲が見えなくなるようだ、ということをナツオは察した。
エンジンをいじる際、彼女は姿勢を色々変えつつ作業をすすめる。その際に、彼女の白色のスカートの裾が何度か持ち上がり、中がちらちら見えている。
「……白いね」
キリエが小声で言う。
「何が?」
ケイトは首を傾げる。
「アハハハ……」
レオナは苦笑する。
他の整備員たちは、そんな光景を遠巻きに眺めている。
「イナーシャお願いします」
彼女は整備員に指示を出すと、道具を遠くへと片付け操縦席へと入る。
そして、いつものエンジンの始動手順を行う。整備員がイナーシャハンドルを回して間もなく、隼の栄エンジンが大きく排気を噴き出し、プロペラが回り始めた。
「おお……」
見事にエンジンが直った。
彼女はいくつか確認を終えると、エンジンを切った。
「これで大丈夫ですね」
隼の操縦席から下りると、キリエたちのもとに戻ってくる。
「班長、念のため確認お願いします」
「あ、ああ、わかった……」
「じゃあ、早くサルーンに行こうよ!」
キリエはハルカの腕にしがみつき、彼女を引きずっていこうとする。
「キリエさん!そんな急がなくても!」
「ほらほら、いつ襲撃があるかわからないんだから、急げ急げ~」
キリエを先頭に、4人はサルーンへと向かう。
その背後で、「てめえら!パイロットに仕事取られてんじゃねー!」というナツオ班長の声と、男性整備員2人の謝罪の声が格納庫内に木霊していた。
「じゃあ、いっただっきまーす!」
キリエは、大きめに切り分けたパンケーキにフォークを突き刺し、大きくひらいた口でほおばる。
「う~んま~。やっぱパンケーキが一番」
「あ~、美味しい」
満面の笑みを浮かべるキリエ、表情が朗らかになるハルカ。パンケーキ好きの2人にとっては至福のときなのだろう。
「パンケーキ好きが2人に増えましたわね」
「でもキリエみたいに騒がしくないじゃん!」
「それに食欲が減退するような食べ方もしないし……」
「みんなひどい!」
コトブキのメンバーから言われつつも、パンケーキを食べる手は止めないキリエ。
「リリコさん!おかわり~」
そういってキリエが皿を、ウエイトレスのリリコに向かって投げるのはいつものこと。
「キリエ、そんなに慌てなくてもパンケーキは逃げないぞ」
あきれ顔でいうのは、コトブキ飛行隊隊長のレオナ。
「だって、いつ襲撃があってもいいように、食べられるときに食べておかないと~」
「食事時くらい、ゆっくりされてはどうですか?」
彼女の隣でゆったりとした、優美な所作で紅茶を口に運ぶのは、コトブキのメンバーのエンマ。
「ゆっくり咀嚼することで、消化がよくなる上に、満腹中枢が刺激され少量で満腹を感じ、太ることを防げる。もう少しゆっくり食べるべき」
「え~、好きなものは沢山食べたいじゃん」
ケイトの助言もどこ吹く風。
パンケーキを前にしたキリエは止められない。
「にしても、今回の旅路で襲撃なんて、あるのかしら?」
昼間からビールのジョッキをあおった副隊長のザラが今回の依頼の疑問を口にした。
「可能性としては低いが、警戒は必要だ」
「でも今回の依頼って妙だよね」
キリエがパンケーキを口に含みながら話す。
「キリエ、お行儀が悪いですわ」
彼女は口の中のパンケーキを飲み込む。
「だってだって、ショウトの市長からなんでしょ?」
先日羽衣丸は、ショウトへの医薬品の輸送という依頼を終え、本来ならラハマへと帰還するはずだった。
だが、その場でショウト市長から追加の依頼が入り、次の目的地へと向かうことになった。
「市長からは、ショウト自警団への飛燕の補充機と予備部品を受け取ってきてほしいという内容だ。ショウト船籍の輸送船は復興資材輸送のため全て出払っていて、頼めそうな人が他にいないから、というのが理由らしい」
次の依頼は、ショウト自警団が使用する飛燕の補充機と部品を、発注した町へ取りに行ってほしいというものだった。
先日、元自由博愛連合と思われるものたちの襲撃を受け、ショウト自警団はなけなしの稼働機12機の半数以上を撃墜されるという結果になり、残った稼働機数では町の防衛さえままならないと、市長が急いで発注してある機体と部品を運んできてほしいと泣きついてきたのだ。
「その市長相手に仕事を受けたんだから、高い手当や報酬に関する交渉を、マダムはしたでしょうね」
「流石マダム、容赦ないね~」
チカがいつものことのように言うが、マダムはときに容赦がない。
ハルカが払わなければならない賠償金の額は、間違いなく盛った金額だろうと思えるほどには。
「でもまさか、ユーリア議員の飛行船まで使うというのは、予想外でしたけど」
そう。この輸送任務は羽衣丸だけでなく、ユーリア議員の護衛隊の飛行船も動員されることになった。
エンマに信用を得るために、ハルカが無茶な条件で戦わされていることを知ったユーリア議員は、彼女を連れ戻すべくガドールからはるばるやってきた。
結局は彼女が仕事を投げ出したくないと、レオナの説得でその場はおさめることができたが。
飛行船に乗り、護衛隊も連れてやってきたユーリア議員に、ショウト市長は恥もかなぐり捨ててこの輸送を頼んだ。
輸送するのは、現在完成している飛燕18機と、大量の予備部品。
部品は運べても、飛燕を羽衣丸で1度に全て運ぶことは難しいとマダムは判断。すると市長は、ユーリア議員の飛行船も使わせて欲しいと頼んできたのだ。
「ユーリア議員は、何か言っていたか?」
「あの市長、評議会議員を運び屋に使うとはいい度胸しているじゃない、とは言っていましたが……」
苦笑するハルカを見て、レオナたちはその様子がありありと想像できた。
「でも依頼を受けたあたり、何かしら約束や協力を取り付けたと思いますよ」
商人同様、政治家も土産なしに動くことはない。
あのユーリア議員が仕事を受けたのだから、何かしら約束が交わされたのだろうことは想像に難くない。
「それで、目的地は何て町だっけ?」
「……ナガヤ、だそうだ」
「しらな~い。レオナ知っている?」
チカは手を上げて質問をする。
「いや、私も行ったことがなくて、な……」
「ナガヤはね、ユーハングの人々が昔は一杯いて、工場も一杯つくって、今でも飛行機を作り続けている工業都市なの」
口ごもるレオナに変わり、ザラが応えた。
「ザラはいったことあるの?」
「昔、ちょっとね」
チカの質問に、ザラはいつものはぐらかす言葉で応えた。
ナガヤ。
ショウトから離れた場所に位置する都市で、ザラが言うように今でも飛行機工場が多く存在し、生産数ではかつてのイケスカに劣らぬ勢いを持っていた。
70年近く前に穴の向こうに去っていくまで、ユーハングの人々が多くいた都市の1つでもあり、彼らが伝えた文化の一部が今も残っているという。
「そこの飛行機工場の1つ、ナガヤ飛行機製作所が、受け取りに行く先らしい」
「はいは~い。飛行船2隻で飛燕と部品を積んでショウトまで輸送って、なら自警団の人々が出向いて受領してこればいいんじゃないの?」
チカが疑問を抱いた。
「操縦して持ち帰ろうにも、パイロットを空輸する必要がある。出向くにも輸送機も出払っているそうだし、なら輸送船で一気に運んだ方がいい」
「それもそうか」
「いずれにしても、飛燕と予備の部品を受け取ってショウトまで届けることが、今回の依頼だ」
通常なら、コトブキ飛行隊が依頼を受けるかどうかは合議で決めるのだが、あまりに急だったことやマダムの意向もあるため、合議ができなかった。
「特別手当弾んでもらえることになったし、いい話だね」
「……無事に済めばな」
レオナは用心深く、あくまで慎重に行く姿勢を崩さない。
「……ナガヤ、か」
ふと、ハルカがポツリとつぶやいた。
「ハルカ、どうかしたか?」
「え?いえ、なんでもないです」
レオナは何か引っかかるものを感じたが、それ以上は何も追求しなかった。
その時だった。サルーン内に、警報が鳴り響いた。
荒野が広がる中、いくつもの工場や格納庫が立ち並ぶ町、ナガヤ。
その一角、滑走路そばの格納庫の前で、飛行服を着て左頬にひっかいたような傷のある男性が空を眺めている。
「団長、落ち着かないかね?」
飛行服を着ているのは、ナガヤの自警団長。団長は声の主へと振り向く。
声の主は、スーツに身を包んだ、少し白髪交じりの男性。
「これは、市長」
姿勢を正し、敬礼しようとした団長を市長は制した。
「はい……。どうも、落ち着かなくて……」
「こうも空賊からの襲撃が連日あると、落ち着く暇もないね」
市長は自警団長の隣にくると、格納庫の壁にもたれる。
最近、ほぼ毎日のように空賊の襲撃が1日1回のペースで続いている。
原因は、ナガヤが空賊の要求を突っぱねたからだから、どちらかがあきらめるまでこの襲撃は続くだろう。
「ですが、空賊にしては戦力が潤沢だったり、爆撃機を持っていたり、妙な集団です」
「まあ、このナガヤを従わせたい、つぶしたいという都市や集団はいくらでもあるからね」
ナガヤは飛行機の生産を行っている工業都市の中では、現在最大の規模を誇っている。
ここを従わせることができれば、イケスカ動乱以降、部品や機体の価格が高騰している現在、損失や修理面を気にする必要がなくなる。
そんな規模を持つ都市が味方になるかどうかで、今後のイジツの勢力図が変わるかもしれない。特に、旧自由博愛連合と、ユーリア派にとっては。
「嬢ちゃんがいてくれたら……。時折、そんなふうに、思ってしまうんです」
市長は、少し表情を曇らせる。
団長の言った嬢ちゃん。それが誰であるか、即座に察した。
「当時でも、腕は誰よりもよかったからね。でも、だからこそ、我々は頼りすぎた……」
「ええ。いつまでも子供にぶら下がろうとする、情けない大人で申し訳ないですが」
襲撃が始まって1週間ほど。日に日に自警団の機体の損失は増えている。
苦難の中、人々の折れそうになる心を支えるのは、今も昔も突出した技量を誇り、圧倒的な戦果を挙げる撃墜王や英雄の存在。
このナガヤにも、それがかつてはあった。でも、今はもうない。
彼女は昔、このナガヤを出て行ってしまったのだから。
「……でも、屈するわけにはいかない」
市長は静かに、でも確かに意志を込めていう。
「確かに僕らは、かつてまだ幼った彼女に何度も頼るしかなかった。でも、いつまでもそんな情けない状態のままでは、彼女にも、彼女のおじいさんやお父さんにも、顔向けができない」
「……そうですね」
自警団長は空を見上げる。
直後、町中にサイレンが鳴り響いた。
「来たね」
「市長は避難を!」
自警団長は格納庫にある乗機、紫電のもとへと走る。
「敵襲だ!出るぞ!」
格納庫の中があわただしくなる。
市長は手近にあった電話をとる。
「市長より、全市民へ。空賊と思われる集団が接近中。総員、戦闘準備!」